第74話 掃討
コローダーを銃で倒した広い空洞で、ハヤトたちは警戒しながらメルヴィアの3階層制圧完了を待っていた。
ときおり2階層へ続く坂の下から爆発音が響き、メルヴィアが倒した危険生物の数を淡々と報告してくる。
一行は思い思いに地面に座って待機していた。
ただひとり、メルヴィアだけは立ったままだ。
おそらくマジックドールの操作と関係があるのだろう。ハヤトは声をかけるのを控えた。
場を満たすのは、ただ重苦しい沈黙。
誰も何も喋らず、ただ時間が過ぎるのを待つばかりだった。
ハヤトもその空気に飲まれ、最初は張り詰めた緊張感に圧倒された。
しかし、しばらくすると、その緊張感が徐々に薄れていくのを感じた。
爆発音以外に変化がない状況に、だれてしまったのだ。
暇を持て余したハヤトは、さきほどの射撃について振り返る。
リノの特訓の成果は出ていたと思う。予想以上にうまくできた。
Cランクの危険生物を2体、ものの数秒で倒したのだ。
ラダンは騎士6人で戦うと言っていたことを思うと、自分の働きは悪くなかったはずだ。
もっとも、今回の危険生物は遠距離攻撃に相性が良い相手だった。
メルヴィアほどでなくとも、魔術師なら誰でも同じように倒せたのかもしれない。
それでも、魔法と比べて銃の利点は明確だ。弾丸さえあれば撃つ回数に限りはない。
(弾の消費も少なかったし、まだマガジンの半分は残っているはずだ)
そう考えながらふと気づく。
(半分使ったのだから、いまのうちに交換しておくべきだな)
ハヤトはリュックを下ろし、新しいマガジンを取り出して交換する。
予備のマガジンは10個以上ある。今回は弾切れの心配はないだろう。
それでも、次の攻略――虫のいるゲート2では念入りな準備が必要だ。
騎士たちに予備のマガジンを持たせれば、弾薬切れのリスクがさらに下がる。
そのためには、ミリアが計画している作戦を通してもらう必要があるが、シアも賛成しそうだし、きっとうまくいくだろう。
そこまで考えたとき、不意に気づく。
いつの間にか、自分が次の攻略の中心になることを当然と考えていた。
(おかしいな……)
本来、そうならないよう対策するつもりだったはずだ。
射撃が上達し、知らず知らずのうちに過信してしまっているのだろうか?
ハヤトは自問するように、手にした銃を見つめた。
危険生物を簡単に倒せるこの威力は頼もしい。
だが、自分が攻撃されたら終わりだという事実は、以前と何も変わっていない。
やはり、前線に立つことは可能な限り避けるべきだ――それが生き残るための賢明な判断に思えた。
そのとき、遠くからくぐもった爆発音が響き、ハヤトの思考が中断された。
「2体倒したわ。これで3階層は10体ね。――シア、残りは何体いる?」
メルヴィアが問いかけると、シアが静かに感知魔法を唱え始める。
しばらくして、彼女が目を閉じたまま、淡々と答えた。
「……3階層に動体反応3。メルヴィアの位置からおよそ100メートルの距離。あちらの方角から移動してきています」
シアが指さした方向を見て、メルヴィアは小さくうなずいた。
「いま4階層へ続く坂の前にいるけど、坂の下から登ってくるコローダーはもういないみたい。3階層はその3体で終わりね」
シアの感知魔法のおかげで、撃ち漏らしなく次の階層に移れることが確実になった。
これにより、本隊が襲撃されるリスクが大きく減るうえ、制圧にかかる時間も短縮できる。
ゲートに入ってからまだ30分ほどしか経っていないが、3階層の制圧もすぐそこだ。
しばらくして、また洞窟内に爆発音が響いた。
それと同時に、メルヴィアが口を開く。
「3体の撃破を完了。これで3階層は制圧したわ」
その報告に、岩に腰を下ろしていたシアが立ち上がる。
「ご苦労です。それでは、出発しましょう。――ラダン」
シアの指示を受け、ラダンや騎士たちも立ち上がった。
「これより、2階層へ下りる。下りる順序は以前と同じだ。――行くぞ!」
ラダンの掛け声で、部隊は再び動き始めた。
ハヤトも立ち上がり、魔術師たちも遅れてのろのろと腰を上げる。
最初にラダンがロープを掴み、斜面へと足を踏み出した。
続いてほかの騎士たちが慎重に足場を確認しながら、一列になって下りていく。
金属鎧を着た状態だが、その足取りは思った以上に安定している。
その様子を見て、ハヤトは少しだけ安心した。
(これなら、軽装の自分なら問題なく下りられるだろう)
次はシアの番だ。
彼女はロープを軽く握ると、素早く斜面を進み始めた。
革鎧に身を包んだ彼女の動きは驚くほど軽やかで、危なげなく足場から足場へと移り、あっという間に下まで到達する。
その姿を目にしたハヤトは、シアの下り方を参考にしようと考えていたが、自分には到底真似できそうにないことを悟る。
やがて自分の番が回ってきた。
シアの足場選びを参考にしながら慎重に進んだハヤトだったが、滑りやすい岩肌に何度かヒヤリとさせられる。
それでも、なんとか無事に下りきることができた。
次のメルヴィアはというと、ロープをほとんど使っていないように見える。
彼女は魔法を使っているのだろう、まるで階段を下りているかのような滑らかな動きで下りてきた。
それを見たハヤトは思わず感心した。
問題は魔術師たちだった。
彼らはロープをぎゅっと握りしめ、必死の表情で下り始めるが、その動きは遅く、不安定だ。
途中でロープに絡まったり、足を滑らせたりして、ついには2人が斜面を転がり落ちる羽目になった。
幸いにも、手足に擦り傷を負っただけで済み、痛そうにしながら持参の傷薬を塗っていた。
一方、ユーリはなんとか無事に下りることができ、ハヤトは胸を撫で下ろした。
(ミリアがいれば、こんなとき楽に下してくれるだろうな……)
そう思いながら、ハヤトはため息をついた。
魔術師だからといって、こういった状況を楽に切り抜けられる魔法を、誰もが使えるわけではないようだ。
この調子では、いざ強敵が現れて撤退を余儀なくされたとき、悲惨なことになるのではないかとハヤトは不安になる。
下りるだけでもこれほど時間がかかったのだ。登るとなれば、さらに時間がかかるだろう。
魔術師たちが下りるのにもたついている間に、メルヴィアから報告が入った。
「1体撃破。これで6体ね」
続いてシアが感知魔法を使い、追加の情報を告げる。
「4階層、残り反応5。メルヴィアの位置からこちらの方向、距離50に3。あちらの方向、距離100に2。ただし、後者の2体はさきほどまでは反応がありませんでした」
シアの指さした方向を確認し、メルヴィアがうなずいた。
いまの報告によれば、4階層の制圧は半分以上終わったことになる。
4階層に下りてきてから、まだそれほど時間が経っていないというのに。
「順調のようだけど、疲れてないか?」
ハヤトが声をかけてみたが、メルヴィアは短く「問題ないわ」と答えた。
たしかに見た感じでは疲れた様子はまったくない。
とはいえ、以前ミリアの魔力切れに気づけなかったことを思い出す。
もしかしたら、メルヴィアも実は相当消耗しているのかもしれない。
しかし、「問題ない」と言われた以上、それ以上詮索するのはやめた。
ハヤトは彼女の強さを信じることにした。
メルヴィアが4階層を制圧している間に、本隊は3階層へ続く坂へ向かうことになった。
いまようやく坂を下りたばかりの魔術師たちは、地面にへたり込んだまま立ち上がるのも一苦労という様子だ。
一行が歩き始めると、彼らの顔にはさらに疲労の色が濃く浮かんでいった。
2階層は1階層よりも地形が複雑で、凹凸が激しい。
無数の岩が転がり、湿気を含んだそれらは滑りやすく、一歩一歩慎重に進まなければ足を取られそうだった。
さらに、天井は1階層よりも低く、圧迫感がある。
垂れ下がった鍾乳石がところどころに行く手を阻み、頭上を気にしながら進まなければならない場所も多い。
「ここは歩きづらいな……」
先頭を進むラダンが低くつぶやいた。
足元の岩が騎士たちの重みでわずかに崩れる音がしており、そのたびにハヤトは不安そうに足元を見下ろした。
魔術師たちは杖を頼りに歩いていたが、滑りそうになるたびに短く息を漏らし、立ち止まることを繰り返している。
後続の一行も次々と足を止めるため、全体の進行速度はますます遅くなっていった。
そんな中、メルヴィアから4階層の制圧完了と5階層へのルート発見の報告が入る。
これにより、本隊は3階層へ続く坂に到着次第、再び坂を下りることになる。
その報告を聞いた魔術師たちは、がっくりと肩を落とした。
(本当に問題なのは、危険生物ではなく、この移動かもしれない)
ハヤトはそう思わずにはいられなかった。
メルヴィアが危険生物を制圧するのにかかる時間よりも、魔術師たちが移動する時間のほうがはるかに長い。
現状のボトルネックは明らかだった。
ようやく3階層へ続く坂にたどり着くと、そこにはさきほど下りた坂と同じくらい急な斜面が待ち受けていた。
ユーリが杖を振って坂を照らし、騎士たちはロープを岩に結びつけて慎重に準備を進める。
照明魔法をかけ終えると、ユーリはその場に座り込んでしまった。
その姿を見たハヤトは声をかける。
「ユーリ、大丈夫か?」
ユーリはうなずくだけで、声を出す気力もないようだ。
その様子を見たハヤトは、シアに休憩を提案する。
シアは少し考えたあと、うなずいた。
「わかりました。私は感知魔法を使うため先に下りますが、ハヤトさんたちは十分休んでから下りてきてください」
そう言い残し、シアは騎士たちに続いて軽やかに斜面を下り始めた。
彼女はロープをほとんど使わず、足場を慎重に選びながら、驚くほどスムーズに進んでいく。
その姿を見たハヤトは、ただ感心するしかなかった。
(ラグラスは「シアのそばを離れなければ大丈夫」と言っていたが、これは案外難しいかもしれないな……)
ハヤトはそう考えながら、疲れ切った魔術師たちがその場でへたり込む様子を見て、自分も壁にもたれかかった。
微かに冷たい石壁の感触が、心地よい安堵感を与えてくれる。
いまは無理をせず、体力を温存するほうが得策だ――次の行動のために。




