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第67話 出撃準備

「新しく見つかったゲートの攻略が3日後に決まったわ。あんたも出陣することになったから」


 メルヴィアがそう告げたとき、ハヤトは床に散らばった書類を拾うふりをしながら、ローブの切れ込みからのぞくメルヴィアの生足を眺めていたところだった。

 

 やましい行動の最中に突然声をかけられ、ハヤトは慌てて立ち上がると、正面からメルヴィアを見つめた。

 メルヴィアは微笑をたたえ、とくに怪訝そうな様子もない。どうやらハヤトの挙動には気づいていないようだ。


「あ、そうなんだ。うん。そうか。俺も出陣な――――」


 その言葉の意味がようやく脳内に浸透する。


「ウワーッ! やっぱり俺も出ることになったのかよ!」


 ハヤトは手に持っていた書類を再び床に落とし、頭を抱えた。


「大丈夫。安心しなさい。私も出陣することになったから。あんたの安全は保証するわ」


「え、おまえも来るのか」


 メルヴィア――自称戦闘力53万の魔術師。

 以前、13階層の装置から湧いてきた危険生物をいとも簡単に屠ったことがある。だから、その数字は嘘ではないだろう。

 あのとき、メルヴィアは「黒い体」に変身していた。詳細は不明だが、片手で危険生物を引きずっていたことから、肉体も強化されるのだろう。

 ゼノンやマドールと比較してどれほど強いのかはわからないが、もしかするとふたりを足しても敵わないほどの実力を持っているかもしれない。


「なによ。迷惑?」


「いや、そんなことはない。ありがたいことだ。おまえ、ここで一番強いんだろ?」


「そうよ。その私があんたの安全を保証するのだから、大船に乗った気でいていいわ」


 メルヴィアは不敵に笑い、胸を張る。


「私が出るからには、戦闘はすべて私が行うわ。あんたは後ろで見ていればいいのよ」


「やったあ! 頼もしい!」


 ハヤトは両手を上げて大げさに喜んでみせた。

 その様子に、メルヴィアはふふっと笑う。


「あっ。でもさ、後ろで見てるだけなら、俺行く必要なくない?」


 ハヤトが疑問を口にすると、メルヴィアは即答した。


「シアがあんたに戦闘を慣れさせたいのよ。以前から調査中のゲート攻略では、あんたも戦うことになる可能性があるから」


 その言葉に、再びハヤトは頭を抱えた。

 

「やっぱり、そっちも行くことになるのか……」


「そうよ。そっちの攻略は騎士主体の部隊になるから、シアが求めない限りは騎士たちが率先して戦うことになるでしょうけど」


 メルヴィアは手を止めていた書類の処理を再び始めながら答えた。


「求めないで欲しいなあ。騎士たちで全部倒して欲しい」


「シアが求めなくても、自発的に戦うことになるかもしれないわよ。たとえば、危機的状況に陥るとかね」


 そう言いながら、彼女は手にしていた書類を軽く指先で放り、ハヤトの足元に飛ばした。


「うわー、そんな状況、想像したくもない!」


 ハヤトは空中で書類を受け止めようとするが、手をするりと抜けて地面に落ちた。


「安心なさい。そうならないように、調査してるんだから。ちゃんと必要なだけの戦力を用意するわ」


「頼むぞ」


 ハヤトは床に落ちた書類を拾った。ついでに、さきほど自分で床にばらまいた書類も一緒に拾い上げる。

 そんなハヤトにちらりと目を向け、メルヴィアは次々と書類を投げ続ける。


「でもまずは3日後のゲート攻略よ。だから、あんたにはいまからすべての雑用を免除するわ。もうメイドと一緒に給仕しなくていいわよ」


 その言葉に、ハヤトは書類を拾う手を止め、立ち上がった。


「もう雑用しなくていいのか?」


 問いかけるハヤトに、メルヴィアは視線も向けず、手にしていた書類を一枚放り投げながら答える。


「そうよ。ゲート攻略に関係ないことはしなくていい。その分、体をよく休めなさい」


「うん、わかった」


 ハヤトはそう答え、拾い集めた書類をそっとメルヴィアの机の隅に置いた。

 

「じゃあ、俺はこれで……」


 部屋を出ようと背を向けると、メルヴィアに呼び止められた。


「ちょっと、どこ行くのよ?」


 ハヤトは振り返り、意図がわからず首を傾げる。


「え、雑用を免除されたから、部屋で休んでようかなって」


 その答えに、メルヴィアは書類を置き、じっとハヤトを睨む。


「ここの掃除は雑用じゃないのよ」


「でも、いまゲート攻略に関係ないことしなくていいって……」


「関係あるの! いま処理してる書類はゲート攻略に関するものよ! あんたが掃除して肩を揉んでくれなきゃ、私の仕事が滞るの!」


「えー……」

 

 朝昼晩の給仕はそれほど負担ではない。

 むしろ、こちらの掃除を免除してくれるほうが、体を休められるというのに――ハヤトはそう思ったが、口には出さず、大人しくメルヴィアの書斎の片付けを続けるのだった。




 

 夕食後のいつもの訓練――ハヤトは12階層でリノと共に射撃訓練を行っていた。


「はい、そこで撃つ!」


 リノの合図に従い、ハヤトは的に狙いを定めて銃の引き金を引く。

 放たれた弾丸は、かろうじて的の端に命中した。


「はい、すぐに移動!」


 構えを解いて、定められた位置まで駆け足で移動する。


「撃つ!」


 銃を構え直しながら呼吸を整え、再び狙いをつけて引き金を引く。

 弾丸はまたしても的の端をかすめる程度だった。


「遅いよ! もっと早く撃って!」


「了解!」


「移動!」


 ハヤトは今度はさきほど撃った場所に向かって駆け出した。

 所定の位置に到着すると、リノの声が飛ぶ。


「撃って!」


 急いで銃を構え、狙いをつけて引き金を引く。

 だが、今度は的を大きく外し、弾丸が背後の壁にめり込んだ。


「遅いのはダメだけど、外すのはもっとダメだよ!」


「り、了解……」


「はい、すぐ移動!」


 ふたつの地点を反復しながら射撃するこの訓練は、最近導入されたばかりで、ハヤトはまだ慣れていなかった。

 それ以前の訓練では、動かずにひたすら撃つ練習を繰り返しており、その場合の近距離での命中率は9割を超えていた。

 

 だが、この新しい訓練では命中率が一気に5割を切っている。

 移動を繰り返すことで足の疲労が安定を崩し、構えが乱れる。乱れた構えでは狙いも定まらない――結果として、命中率は大きく低下するのだ。


 リノによれば、実戦では動く標的を相手にするため、命中率はさらに下がるらしい。


「はい、終了! お疲れさまでした」


 リノの声が訓練の終了を告げた。

 たっぷり2時間に及んだ射撃訓練を終え、ハヤトはその場にへたり込む。

 

「途中から全然当たらなくなっていたよ。走り込みをしたほうがいいみたいだね」


「じ、次回からにしてくれ……」


 銃を放り出し、床に座り込んだハヤトは、もはや立ち上がる気力すらなかった。

 リノの言うとおり、訓練の後半はほとんど命中しなくなっていた。

 外すくらいなら、もっと狙う時間をくれればいいのに――そう思うが、この訓練の目的は短時間で狙いをつけることにあり、それは許されなかった。


 時間をかければ、近距離の的にはほぼ確実に命中させられる。

 実戦でもそれが許される状況なら問題ないだろう。

 しかし、危険生物がいきなり目の前に現れた場合、迅速に狙いをつけて撃ち倒せなければ、接近戦が苦手なハヤトは容易に命を落としかねない。

 

 この訓練で使われている近距離の的は、その状況を想定している。

 この距離で外せば、懐に飛び込まれる――つまり、危険生物に殺されるということだ。


 疲れていない状態でも命中率が5割を切る。

 それはつまり、一対一の接近戦になったら、ハヤトが生き残る確率も5割を切るということを意味していた。


「やっぱ、危険生物を相手にするのは無理だ……」


 床に寝転がりながら情けなくそうつぶやくと、リノがそばまでやってきて屈み込み、ハヤトの顔を覗き込んだ。


「実戦では、騎士さまたちが周りを固めてくれるから大丈夫だよ。それに、訓練を続ければもっと当たるようになるし」


「出発は3日後だよ。もう訓練が間に合わない……」


「そうだね。3日後はなんとか無事で戻ってきてね」

 

 それまで笑みを浮かべていたリノが、急に真顔で言った。

 そんな表情を見せられると、なんだか急に不安が募ってくる。


 ――そういえば、今日の掃除のあとに、メルヴィアから「最後の別れを済ませておけ」と言われたのを思い出した。あれは、そういう意味だったのか?


「やっぱり、危険だと思う?」


 ハヤトは半身を起こし、リノに問いかけた。


「うーん。危険というか……。死ぬことはないと思うけど、無事でいられるかどうかは……」


 リノは首を傾げ、慎重に言葉を選ぶように答えた。


「死ななかったら、シアがどんな怪我でも治してくれるんじゃないのか?」


「そうなんだけど、壊れた心はシアさまでも戻せないからね」


「ああ、なるほど」

 

 ハヤトはリノの言わんとすることを理解した。

 生死の境を経験した人が心理的な障害を抱えることがあるという話を聞いたことがある。

 具体的にどんな症状が出るのかは知らないが、元の世界でも治療が長引くケースがあるとニュースで見た記憶があった。


「たぶん、大丈夫じゃないかな」


 ハヤトは過去の経験を思い出す。

 銃を取りに陥落済みのゲートに向かったとき、アンドロイドに銃撃されて危うく命を落としかけた。

 また、危険生物に飛びかかられた際には、服一枚の差で攻撃をかわしたこともある。

 どちらも運がよかっただけだが、それでもいまこうして元気でいるのは事実だった。

 

「ふうん。さすが勇者さんだね」


 リノが感心したように微笑むと、ハヤトの手を引いて立たせた。


「明日は軽めの練習にして、明後日はお休みだから、よく体を休めてね」


「ああ、助かる」


 その後、リノに誘われ、彼女の友人の墓参りに付き合ってから部屋へ戻った。

 



 自室に戻ると、エルルが待っており、出陣に向けて荷造りを手伝ってくれた。


「タオルは3つ入れておきますね。傷薬はタオルに挟んでありますから、軽いけがをした場合は使ってください」


 エルルは一つひとつ説明しながら、テーブルの上に置かれたリュックに手際よく荷物を詰め込んでいく。


「保存食は2日分入れておきます。当日の朝にお弁当を持ってきますので、それを先に食べてくださいね」


 予定では、朝早く出撃して昼からゲート攻略を開始する。日が暮れる前には撤退し、夜にはベースキャンプへ戻る計画だ。

 食料は一日分あれば足りる計算だったが、保存食と弁当を合わせて3日分の食料を持っていくのは不測の事態に備えてのことだった。


 以前、陥落済みのゲートへ向かった際には、負傷者の治療が入り、予定より一日帰還が遅れたことがある。

 今回も同様の事態が起こる可能性を考えると、食料を多めに持つのは必要な準備だった。


「はい、これで準備は終わりました」


「ありがとう、エルちゃん」


 ハヤトがお礼を言うと、エルルは「どういたしまして」と言い、にこりと笑った。

 その笑顔を見た瞬間、訓練の疲れが和らぐのを感じ、ハヤトも思わず笑顔になった。


 その後、エルルに訓練の様子を聞かれたハヤトは、リノとの射撃訓練のことを話した。

 話題は徐々に訓練から雑談へと移り、楽しい時間が過ぎていく。

 

 寝る時間が迫るころ、自然と会話が途切れた。

 二人の間に静かな沈黙が流れる。


 魔法の照明が深夜モードへ切り替わる頃合いだった。そうなると、朝までほとんど真っ暗になる。

 そろそろお開きにすべきか――そう思いつつも、もう少し話していたい気持ちもあった。

 どうするか迷っていると、エルルのほうから口を開いた。


「ハヤトさん――」


「うん?」


 エルルの声は、それまでの会話とは違い真剣味を帯びていた。

 テーブルを挟んで向かい合って椅子に座るエルルが、思いつめたような表情でハヤトを見つめている。

 その視線を受け止め、ハヤトも自然と口をつぐむ。

 

 ふたりの間に短い沈黙が流れたあと、エルルがようやく口を開いた。


「今度の出陣にはメルヴィアさまも参加されると聞きました」


「ああ、そうだよ」


「ハヤトさんは勇者だから、だいじょうぶだと思いたいですけど……とても心配です」

 

 エルルの言葉に、ハヤトは軽くうなずいた。

 総司令たるメルヴィアが自ら出陣する状況――エルルが不安になるのも無理はない。


 だが、ハヤトはメルヴィアの自信たっぷりの姿を見ている。その実力の片鱗も以前目撃していた。

 ハヤトの安全を保証すると言ったメルヴィアは、少なくとも騎士たちよりよほど頼りになる存在だと感じていた。


「大丈夫だよ、エルちゃん。心配してくれてありがとう」


 ハヤトがそう言うと、エルルは黙ったまま小さくうなずいた。

 そして、ふわりとやわらかい笑顔を浮かべる。


「ハヤトさんがそう言うのなら……信じます」


「うん」


「強くなりましたね、ハヤトさん」


 その言葉に、ハヤトは少し驚きながらも考える。

 そうだろうか? たしかに、射撃の腕は少しずつ上がっている。

 危険生物とも何度か遭遇し、勝てるかは別として戦う心構えはできている気がする。

 護られる側から護る側へ――そうなれる日は、もしかすると遠くないかもしれない。


「それでは、おやすみなさい」


「おやすみ」

 

 エルルを見送ったハヤトは、疲れた体をベッドに投げ出した。

 魔法の照明が消えるまでの間、エルルのこと、今日の訓練のこと、明日と明後日の準備、そして3日後の出陣について思いを巡らせていた――が、照明が消えるより早く眠りに落ちた。

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