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第6話 襲撃

 ベースキャンプは何者かの襲撃を受けているようだった。

 喧騒は徐々にベースキャンプ全体に広がっていく。

 金属音を立てながら、ハヤトたちがいる7階層を下から駆け上がっていく複数の足音が聞こえた。


「……だいじょうぶでしょうか」


 エルルを見ると、小さく震えていた。


「大丈夫さ。騎士団も迎撃に向かったようだし」


 ハヤトはエルルを安心させようと努めた。

 だが、シアから聞かされていたように、騎士団でも手に負えない怪物がこの世界には存在している。

 ベースキャンプに来るまでに遭遇したというAランクの危険生物のことを、エルルも知っているかもしれない。

 

 それでも、ハヤトは気休めを言うしかなかった。自分自身を安心させるためにも。


「そうですよね……」

 

 エルルはそれだけ言うと黙り込み、思いつめた表情をしている。

 もしかしたら、このベースキャンプに逃げ込むまでの出来事を思い出しているのかもしれない。

 ハヤトは早く事態が収まるよう祈るしかなかった。

 しかし、上の階層から響く喧騒は、一向に静まる気配がない。


 いま襲撃しているのはどんな生物なのだろうか。

 もしAランクの危険生物だったら、一体どうなってしまうのか。

 ハヤトは、胃の奥が締め付けられるような不快感に襲われた。


 ふと見ると、エルルはテーブルの上に肘をつき、祈り始めていた。

 目を閉じ、かすれた声で祈りの言葉を紡ぎ出している。

 しかし、彼女の震えは次第に大きくなり、その顔には恐怖の色が浮かんでいた。


「エルちゃん、大丈夫だよ」


 ハヤトは震えるエルルの手をそっと握った。エルルは目を開け、ハヤトを見つめる。


「大丈夫」


 ハヤトはエルルの目を見て、力強く言った。

 エルルは小さく「はい」と頷いた。その震えは少しずつ収まっていく。

 ハヤトは、自分の中にあった恐怖も和らいでいくのを感じた。


 しばらくして、上の階層から歓声が聞こえてきた。

 どうやら襲撃を撃退したようだ。

 歓声は次第に下の階層にも広がっていく。


 ハヤトはほっとしてエルルを見た。

 エルルはハヤトを見返し、にこりと微笑んだ。

 ハヤトもつられて笑ったが、ふと、自分がずっとエルルの手を握り続けていたことに気づき、慌てて手を離した。


「ハヤトさん、ありがとうございました」


 エルルは小さな声で、けれどしっかりとした口調でお礼を言った。

 

 襲撃は撃退したものの、ベースキャンプはまだ喧騒に包まれていた。

 ハヤトたちがいる7階層でも、メイドたちが慌ただしく動き回っている。

 彼女たちはどうやら上の階層へ向かっているようだ。


 ハヤトとエルルも、ほかのメイドたちに続いて6階層へ上がると、ちょうど負傷者が即席のタンカに載せられ、6階層に運び込まれるところだった。

 ハヤトは、温泉の出る部屋の隣が治療室になっていることを思い出す。

 

 兵士たちが担ぐタンカに道を譲り、壁際に寄るハヤトとエルル。

 タンカが通り過ぎるとき、ちらりと負傷者に目をやると、鎧に大きな穴が空いており、そこから血が溢れ出ていた。ひと目で重傷だとわかる。

 次に通る別のタンカには、片腕を失った男が唸り声を上げていた。

 

 想像していたよりもずっと激しい戦闘だったようだ。

 ハヤトは再び恐怖がこみ上げてくる。

 エルルを見ると、彼女は唇を硬く結んでいた。

 

 ハヤトたちは治療室に入った。

 室内には負傷者が床の上に並べられており、メイドたちが看護に追われている。

 床には血だまりができており、その光景にハヤトは圧倒された。


「わたしも、お手伝いしてきますね」


 ハヤトが立ちすくんでいると、エルルはそう言って負傷者の看護に加わった。

 彼女の顔は蒼白だったが、それでも懸命に作業をしている。


 ハヤトは深く息を吸い、気持ちを落ち着けようとした。そして、自分も看護に加わろうと一歩踏み出した。


 そのとき、新しいタンカが部屋に運び込まれ、ハヤトのすぐ横を通り過ぎた。

 タンカに横たわる少年を目にした瞬間、ハヤトは急に吐き気を感じた。

 

 そのタンカの上に載せられた少年は、腰から下がなく、腸らしきものが飛び出ていた。

 少年を載せたタンカが床に下ろされると、おびただしい血が少年の身体から溢れ出した。


 少年は何事かつぶやいていた。

 タンカを運んできた騎士のひとりが耳を少年に近づける。そして、騎士は頷くと少年に声をかけた。


「大丈夫だ。シア様は無事だ」


 騎士は続けて少年を励ます。


「もうすぐシア様が来られるぞ。それまで頑張るんだ」


 ハヤトは胃から何かが逆流する感覚を受けて、口を抑えて治療部屋を出た。

 そのままふらふらと治療室から遠ざかる。

 血なまぐさい臭いから離れて新鮮な空気を求めたのだ。

 

 ハヤトはタンカの上に載せられていた少年に見覚えがあった。


(あれは、初日に突っかかってきた少年騎士だ……)


 ハヤトは吐き気が我慢できず物陰に入った。そして置いてあった空の壺のひとつに夕食のすべてを吐き出した。

 吐き終わり顔を上げると、近衛やメイドの集団が通りすぎるところであった。その集団の中心にはシアがいた。

 ハヤトは物陰にいたため、誰もハヤトに気づいた様子はなかった。


 集団が通り過ぎたあと、ハヤトはその場に崩れ込んだ。小さく息を整えながら、さっきの少年騎士のことを考える。

 あの傷の状態では、現代の医療をもってしても助かるとは思えなかった。シアが到着するまで、果たして持ちこたえられたかどうか。


(シアはあれを見ても平気なんだろうか?)


 シアは二十歳になるかならないかの年齢だが、一国の王女だ。

 彼女なら、あの毅然とした態度を崩さないままでいられるに違いない。

 

(王女だからしっかりしている……。いや、シアだけじゃない。エルルだってそうだ)


 ハヤトの脳裏に、顔色を失いながらも必死に看護していたエルルの姿が浮かぶ。

 自分よりずっと年下の少女ですら、懸命に自分の仕事を果たしていた。

 この世界の人々は、現代社会の人々よりも精神的にずっと強いように思える。

 

 しばらくの間、ハヤトは壺を抱えたまま、床に座り込んでいた。

 ふと気づくと、周囲の喧騒はほとんど静まっていた。

 ハヤトは、自分の心も同じように落ち着いているのを感じた。

 立ち上がり、壺を抱えたまま7階層へと戻った。

 

 誰もいない7階層の洗い場で、ハヤトは壺を洗いながら考えた。

 このベースキャンプの中も、安全ではないのかもしれない、と。

 早くゲートが見つかって、無事に元の世界へ帰りたい。

 しかし、残されるエルルたちはどうなってしまうのだろう。

 

 エルルの話では、「ゲート」を使うことが帰還への唯一の手段だということだった。

 しかし、シアは「ゲート」を使って同じ世界同士をつなぐのは難しいと言っていなかったか?

 いままで自分のことばかり考えていたが、シアたちは一体どうやって自分の国に帰るつもりなのだろう。

 

 ハヤトは洗い終えた壺を棚に置き、自分の部屋へ向かった。

 夜の廊下は、魔法の明かりが弱められていて薄暗い。

 数メートル先はもうぼんやりとしていて、何かが闇に潜んでいるような気がしてならなかった。


 ハヤトはそれが気のせいだと自分に言い聞かせながら、一歩ずつ部屋へと歩を進めた。

 ずいぶん長い時間がかかったように思えたが、実際には1分もかからず部屋にたどり着いていた。


 ハヤトはベッドに潜り込み、毛布を頭からすっぽりと被った。

 嫌なことを忘れて眠りたかったが、いくら経っても眠れる気配はない。

 

 頭の中をさまざまな思いが駆け巡る。

 ベースキャンプが襲撃されたこと、あの少年騎士のこと、エルルやシアのこと。

 そして、これからどうなるのかを考えると、ますます目が冴えてしまった。

 

 結局、寝付けたのは明け方になってからだった。


 翌朝、睡眠不足で体が重いまま食堂へ向かう。

 メイドたちが朝食の準備をしていた。

 

 ハヤトもいつものように、食器の準備や食材の運搬などの手伝いを始める。

 体を動かしているうちに調子が出るだろうと思ったものの、むしろ体はどんどん重くなっていくように感じられた。


 兵士たちの食事が終わり、ようやくハヤトやメイドたちの食事の時間が始まる。

 ハヤトがいつもの席に食事を持って向かうと、すでにエルルが座っていた。


「おはよう、エルちゃん」


 エルルはハヤトに気づき、小さく「おはようございます」と返事をした。その声には疲労の色が濃かった。

 ハヤトは昨夜のことを尋ねることもできず、ただ黙って食事をしていた。

 しかし、しばらくするとエルルのほうから口を開いた。


「ハヤトさん、昨晩は眠れましたか?」


 どうやら気を使わせてしまったらしい。


「ああ、うん。実は明け方まで寝付けなくて、寝不足なんだ」

 

 エルルはにこりと笑い、「わたしも寝たのは明け方です」と言った。そして、昨夜の襲撃について話してくれた。


 襲撃してきたのは怪力を持つ人型モンスターで、兵士が棍棒で鎧ごと叩き潰されたらしい。

 最終的に、騎士団が追い払ったが、死者は四人、怪我人は三十人以上出たということだった。

 

 死者の内訳は、騎士一人、兵士三人。ハヤトはあの少年の顔が浮かび、気分が悪くなった。


 いつもより早めに食後の休憩を切り上げ、日課であるメルヴィアの部屋の掃除に向かった。


・ベースキャンプ(390→385人)

 シア               生存

   メルヴィア          生存

     魔術師団(14人)    健在

       参謀マドール     生存

     冒険者団(6人)     健在

       英雄エイブラ     生存

   騎士団長ゼノン        生存

     騎士団(72→71人)  健在

     兵士団(236→233人)健在

   近衛団(10人)       健在

(非戦力)

 ハヤト              生存

 メイド団(48人)        健在

   エルル            生存

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