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第62話 贈り物

 地震から数日後、ベースキャンプはすっかり元の生活に戻っていた。

 地震直後は倉庫の扉が開かなくなったり、一部壁が崩れたりしていたが、工兵科の部隊がそれらを迅速に修復してくれたおかげで、いまではすべて元通りになっている。

 彼らの活動のおかげで快適に暮らしていけるのだ。誰もが工兵部隊に感謝していた。


 その彼らが居住する5階層に、ハヤトは足を運んでいた。

 兵士団の居住区は2から5階層に広がっており、その中でも5階層は兵士団の中で優遇されている層だ。

 とはいえ、ハヤトの住む7階層に比べると手狭で、廊下には兵士たちの服が干され、汗の匂いがかすかに漂っている。

 快適とは言いがたい環境だ。


 ハヤトは洗濯物をかきわけながら通路を進み、工兵部隊の居住区にたどり着いた。

 その入口で、中年の人のよさそうな顔をした男が、部屋の壁に空いた窓のような穴から顔を出してきた。


「よお、勇者の兄ちゃん。今日は何を作ってほしいんだい?」


 工兵部隊の住む部屋は、ほかの部屋とは異なり、彼らが住みやすいよう手が入っている。

 たとえば、男が顔を出している窓のような穴。この穴のおかげで風が通り、涼しいらしい。

 穴にはカーテンも取り付けられており、閉じれば外から中が見えることはない。


 また、部屋の入口には扉がついていた。

 あたりまえのようだが、実はベースキャンプでは扉がついている部屋は珍しい。

 たとえば、メルヴィアの書斎にも扉はないし、ハヤト、メイドたちの部屋の入口には布を垂らしているだけだ。

 その布も完全ではなく、メイドたちの部屋の前を通る際に中が見えてしまうことがあり、ハヤトは目をそらすよう気を使っている。

 

 扉付きの部屋は、ハヤトの知る限りでは魔術師たちの部屋とシアの部屋くらいだ。

 騎士たちの階層には行ったことがないためわからないが、ほかに扉があるのは会議室と倉庫くらいである。

 会議室は会話が外に漏れないようにするため、倉庫は盗難対策として鍵までついている。

 限られた物資を守るための、当然の措置といえた。


「今日はこの間頼んだペンダントを受け取りに来たんだ」


 ハヤトは工兵の男に挨拶し、そう答えた。

 先日の食料採取で洞窟から命がけで持ち帰った宝石の原石を、ペンダントに仕立ててもらうよう頼んでいたのだ。


「ああ、あれか。できてると思うぜ」


 男は部屋の中に向かって声をかけた。

 部屋の中から別の男の返事が聞こえてくる。


「できてるってさ。扉は開いてるから入ってくれ」


 ハヤトは扉を開けて中に入った。

 部屋の中は、所狭しと家具が並んでいる。

 おそらく注文を受けて作ったものだろう。工兵部隊は報酬さえ渡せば、椅子や机、棚などさまざまな家具を作ってくれるのだ。


 ハヤトもこれまでに、調理場から調達した食べ物を工兵部隊に渡して、私的なものを作ってもらったことが何度かある。

 このやり方はメイドの娘たちから教わったもので、正式に許可されてはいないが、メイド長も黙認していた。

 いわゆる役得というやつだ。


「勇者の兄さん、できてますぜ! お待たせしやした!」


 部屋の奥にあるテーブルから、小太りの男が声をかけてくる。

 そして、テーブルの上にペンダントをそっと置いた。


「ありがとう。見せてもらうよ」


 ハヤトはペンダントを手に取る。

 洞窟から持ち帰った宝石の原石は、くすんだ色をしていたが、いまや磨かれ青く美しい光彩を放っていた。

 ペンダントの紐は丈夫な革製で、青い宝石との調和が見事だった。


「これは素晴らしいな」


 アクセサリーに詳しいわけではないハヤトだったが、このデザインなら、元の世界でも売れそうだと素直に思えた。


「へへ。勇者の兄さんの頼みなら、そりゃあ気合いも入るってもんですよ」


「じゃあ、こっちも奮発しないとな」


 ハヤトは革袋から細長い木の棒を取り出し、テーブルの上に5本並べた。


「5つもくれるのかい!? ありがてぇ!」


 この木の棒は、ベースキャンプ内で流通している一種の通貨である。

 基本業務以外の任務を行った際に配られる仕組みで、食料や家具などと交換することができる。

 ハヤトは食料採取の任務で1本、以前のゲート遠征では20本をもらっていた。


 すでに部屋の家具は揃え終わっており、食料についてもメイドたちとのつながりで融通が利くため、ハヤトにとって木の棒はあまり使いみちがなかった。


「いつも世話になってるからな。これからもよろしくということで」


 ハヤトはさらに懐から、食堂からこっそり持ち出した魚の干物を取り出し、テーブルの上に置いた。


「まいど!」


 男は木の棒をかき集めると、鍵付きの箱を取り出し、大事そうに中へ詰めていく。

 

「疑問なんだけど、そんな木の棒ぐらい、いくらでも作れるんじゃないのか?」


「もちろん作れますぜ。でも、ほら。魔力を込めるのは俺たちには無理でしてね」


「魔力?」


「兄さん、気づいてなかったのかい? この木の棒には魔力が込められていて、偽造なんてできないようになってるのさ」


「そうだったのか」


 たしかに、この棒はやたら頑丈にできている。

 以前、試しに力を込めて折ろうとしてみたが、まったく折れる気配がなかった。

 おそらく魔力の注入は、偽造防止だけでなく、耐久性向上の目的もあるのだろう。


「へへ。これで王国産の酒が飲める日も近いなあ」


 男は嬉しそうに箱を閉じ、鍵をかけた。

 

 酒は最も貴重な物資のひとつである。

 国から持ってきた酒の多くは船に取り残され、一部しか運び出すことはできなかったらしい。

 騎士たちですら遠征から帰ったときくらいしか口にする機会がない。

 一部の兵士は、大陸で採れる果実から酒を作ろうと試みているが、いまのところ甘すぎて酔える代物ではないらしい。


「じゃあ。ありがとう」


 ハヤトはペンダントを革袋にしまいながら言った。


「またいつでもお越しください! お待ちしてますぜ!」


 陽気な声を背に、ハヤトは工兵部隊の部屋をあとにした。




 7階層にあるメイドたちの休憩室。

 ハヤトはエルルと紅茶を飲みながら談笑していた。


「それで、ハヤトさんはAランクの危険生物を前にして怖くなかったんですか?」


 エルルがカップを手に問いかけてくる。


「まあ。距離があったからね。あまり怖くはなかったかな?」


 もう何度も同じ話をしているのだが、エルルは飽きずにこの間の食料採取でのハヤトの武勇伝を聞いていた。

 ふたりきりで話をするのは久しぶりのことだった。


 以前はもっと頻繁にお茶を楽しんでいたが、エルルがシア専属のメイドになってからはその機会が減っていた。

 ほかのメイドと共に一緒に食事をとる時間はあったが、こうしてふたりきりで過ごすのは、食料採取から帰還して以来初めてだった。


 エルルにペンダントを渡すには、いまが絶好のチャンスだ。

 しかし、どう切り出すべきか、ハヤトはさっきからソワソワしていた。


「ハヤトさんも勇者らしくなってきましたね。シアさまの言っていたことは本当だったんですね」


「そういえば、前からシアはそんなこと言ってたっけ」

 

 シアが中心となって行った勇者召喚の儀式は、術者が必要とする存在を呼び寄せるらしい。

 メルヴィアはその術を失敗だと言っていたが、銃を手に入れたいまにして思えば、儀式は成功していたのかもしれない。

 ただ、訓練された現代の兵士や傭兵が呼ばれたほうが適任だったと考えると、失敗ともいえるだろう。


「わたしたちを救った勇者として、ハヤトさんは後世に語り継がれるんですよ、きっと」


 エルルは「すごいなあ」とつぶやきながら、ぼんやりと宙を見つめ始める。

 おそらく、後世とやらのことを想像しているのだろう。


 エルルが自分の世界に入り込んでいる隙に、ハヤトはポケットからペンダントを取り出した。


「エ、エルちゃん!」


「はい」


 勇気を振り絞って声をかけると、エルルはにこりと笑って返事をする。

 

「こ、これ……!」


 ハヤトは少し緊張しながら、ペンダントをエルルの前に差し出した。


「わあ。どうしたんですか? これ」


 エルルが目を丸くし、興味深そうにペンダントを見つめる。

 紅茶を置いた手が自然と伸び、きらきらと光る青い石を指先でそっとなぞった。


「塩を取ってきた洞窟にきれいな石があったから、工兵部隊の人に頼んでペンダントにしてもらったんだ」


「すごくきれいですね」


 エルルは目を輝かせながら、微笑んでペンダントを眺める。


「エルちゃんにあげるよ」


「え、いいんですか?」

 

 驚いた表情のまま、エルルがハヤトを見上げる。その瞳には純粋な喜びと戸惑いが混ざっていた。


「いつもエルちゃんにお世話になってるから。そのお礼がしたくて……」


「わあ。うれしいです。ありがとうございます!」


 エルルはそっとペンダントを手に取り、青く輝く宝石を丁寧に指先で撫でた。

 その笑顔は、宝石と同じくらい輝いていた。


「これ、つけてもいいですか?」


「うん。そうしてくれると嬉しい」


 エルルがペンダントをつけるために後ろ髪を上げる。

 その仕草は、普段の可愛らしさとは違い、どこか大人びていて、ハヤトは少しどきりとした。


「どうですか?」


 エルルが胸元のペンダントをそっと触れながら聞いてくる。

 ほんのり赤らんだ頬と微笑みが、彼女の喜びを物語っていた。


「……すごく似合ってる!」


 ハヤトは正直な感想を口にした。

 白黒のメイド服の胸元で青く光るペンダントは、清楚な印象を一層際立たせていた。


「こんなすてきなペンダント、生まれてはじめてつけました」


 エルルは胸元のペンダントを優しくなでながら、感慨深げに微笑む。

 その仕草はどこか神聖なものを扱うようで、見ているハヤトの心をくすぐった。


「お、俺も女の子に贈り物をするのは初めてだよ」


「えー。メルヴィアさまに髪飾りを贈ったと、シアさまから聞きましたけど」


「え? あー、あれは……」


 ハヤトは言葉に詰まる。

 本来、あの髪飾りはエルルへのお土産として用意したものだった。

 だが、ちょっとした事故でメルヴィアに渡ることになってしまったのだ。


 ハヤトは視線をさまよわせながら考えた。

 あれを「ノーカウント」として押し切るべきか、それとも素直に認めるべきか。


「…………うん。ごめん。人生で二度目でした……」

 

 ため息をつきながら、後者を選んだ。

 変に言い繕えば、あとで面倒なことになるかもしれない。それなら最初から正直に話したほうが良い。


「ふふ。そんなにがっかりした顔しないでください。メルヴィアさまの次にもらえるなんて光栄ですよ」


 エルルはくすくすと笑いながら、そっと手を口元に添えた。


「そう? それならよかった」


 エルルに喜んでもらえたことで、ハヤトも安堵して微笑んだ。

 プレゼントを渡すという懸念が解決し、エルルが入れてくれたお茶がいつもよりおいしく感じられる。


 こうして、ハヤトたちはいつものように楽しいひとときを過ごした。



 

「どうしてエルルだけにプレゼントなんですか?」


「あたしもほしー」


「ふたりはそんな仲だったの?」


 その日の夕食後、ハヤトがメイドたちとお茶を飲んでいたとき、エルルに贈ったペンダントの話題で盛り上がり始めた。

 メイドたちは興味津々の様子で、次々と質問を浴びせてくる。


「いやあ、エルちゃんにはいろいろお世話になったからね」


 ハヤトが照れながらそう答えると、メイドたちがすかさず口々に声を上げた。


「私だってハヤトさんのことをお世話しましたよ?」


「あたしもあたしも!」


「具体的に、何をお世話になったのかしら?」

 

 メイドたちは飾り気のない白黒のメイド服を身にまとい、アクセサリなど身につけていない。

 対照的に、シア専属のエルルは同じ白黒のメイド服ながら、生地が上質で、さりげない飾りがあしらわれている。

 その胸元で儚げに光るペンダントは、エルルがほかのメイドたちとは少し違う存在であることを主張しているかのようだった。


 メイドたちの視線を集められて、エルルもしだいに居づらくなったのか、そっと席を立った。


「シア様へのご奉仕があるので、失礼します」


 そう言い残して去っていくエルルを見送ると、部屋に静けさが戻る。

 ハヤトがカップを置く音だけがやけに響いていた。

 

「いいなあ」


 ひとりのメイドがぽつりとつぶやく。その隣に座っていたメイドも、同じように「いいなあ」と続けた。

 さらにその隣、その隣へと順番に「いいなあ」が繰り返されて一周すると、全員がハヤトをじいっと見つめてくる。


 その視線は明らかに、「私たちにもほしい」と言っていた。


「あー、うん……。今度機会があったら、みんなの分も用意するよ」


「「「やったあ!!!」」」


 メイドたちは一斉に喜びの声を上げ、笑顔で盛り上がる。


 ハヤトは内心、石がたくさんあったのだから最初からみんなの分も取ってくればよかったのでは、と考えた。

 とはいえ、地震による洞窟の崩壊という事故があったのだから、結局ひとつしか持ち帰ることができなかっただろう。


「まあ、次の機会があればな……」


 ハヤトは苦笑しながらそうつぶやき、メイドたちの期待に応えられる日が来ることを祈るのだった。




 


 その後、しばらくメイドたちとお茶を飲んでいると、にわかに上の階層が騒がしくなり始めた。


「何かしら?」


 メイドのひとりが不安げに天井を見上げると、ほかのメイドたちも次々に視線を上に向ける。

 遠くから、大声をあげる誰かの声がかすかに聞こえてきた。


 ハヤトは胸がざわつくのを感じた。

 以前、エルルとお茶を飲んでいる最中に、ベースキャンプが危険生物の襲撃を受けたことを思い出す。

 あのときは騎士たちの奮闘で撃退に成功したが、犠牲者も出た。


 少年騎士アレンの瀕死の姿が脳裏によぎる。

 あれは本当に紙一重だった。助かったのは奇跡に近い。


「誰か降りてくる!」


 メイドのひとりが声をあげ、全員が耳を澄ませた。

 たしかに、階段を駆け降りる軽やかな足音が聞こえる。


 ハヤトたちは息をひそめ、廊下の方に目を向ける。

 扉のない部屋からは、廊下が直接見えている。

 足音が階段を降りるのを止め、そのまま部屋の方へと近づいてきた。


 そして、廊下に現れたのはスカートの端をつかんで走るひとりのメイドだった。

 彼女は部屋の前を通り過ぎ、そのまま奥の部屋へ向かっていく。


「すごく慌ててたわね」


「こんな時間に上の階層で何をしてたのかしら?」


「ほら、あの御方が警護担当だったから、差し入れでも持っていったんじゃない?」


「ああ、そういうこと」


 緊張した空気は、メイドたちのおしゃべりでしだいに和らいでいった。

 「あの人がかっこいい」だの、「誰と誰ができている」だの、軽口が飛び交い始める。


 しかし、その雰囲気は、さきほどのメイドがシアを伴って再び廊下を駆け抜けた瞬間に一変した。


「怪我人が出たのかしら……」


 ひとりのメイドが、ぽつりとつぶやく。

 シアが呼ばれたということは、緊急の治療が必要な事態である可能性が高い。

 遠征から帰還した騎士たちに怪我人が出たのではないか、とメイドたちの間で不安げな話が飛び交った。


 そんな中、エルルが部屋に戻ってきた。

 その顔色は蒼白で、何か重大なことがあったのが一目でわかる。


「エルちゃん、何があったの?」


 ハヤトが尋ねると、エルルは震える声で答えた。


「調査隊の騎士様に……死者が出たそうです……」


 その言葉が告げられた瞬間、部屋全体が凍りついた。

 誰も口を開かず、ただ静寂が息苦しいほどに場を支配する。


 ハヤトは、エルルの言葉を反芻しながら、拳を握りしめた。

 この地の危険性は理解していたつもりだったが、目の前の現実を突きつけられると、何か大事なものを忘れていたような気がしてならなかった。

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