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第61話 魔性

 ミリアとの面会を終えたハヤトは、食器を載せたトレーを手に上の階層へ向かっていた。

 階段の近くまで来ると、見覚えのある白髪の美人――ユーリの姿が目に入った。


 彼女は階段のそばで誰かと話をしている。

 軽やかな笑みを浮かべながらも、どこか困惑した様子だ。

 近づくと、微かに彼女たちの会話が聞こえてきた。


「ユーリさんの数値、おかしくないですか?」


「そう言われても……。でも、どこで知ったんですか?」


「参謀長の部屋にあった書類をちょっと拝借して――あ、勇者くん!」


 ユーリと話していた人物が、ハヤトに気づいて手を振ってきた。


 その人物は、鮮やかな青色の髪を持つ魔術師エレオだった。

 その髪は光を反射してきらきらと輝き、純粋さを感じさせる大きな瞳が、何か楽しいものを見つけたかのようにハヤトを見つめている。


 ミリアたちと入れ替わるように最近になって食堂に姿を見せるようになったエレオは、やたらと活発で、誰にでも愛想よく接していた。

 その明るい態度に、ハヤトは内心「こんな魔術師もいるんだな」と驚きつつも、その親しみやすさに安心感を覚えていた。


「勇者くん! どうしたんですか? こんなところに」


 エレオはさらさらの青い髪を揺らしながら、スカートを押さえて小走りでハヤトに駆け寄ってくる。

 ふくらはぎまで届くスカートには彩り豊かな刺繍が施されており、軽やかな生地が彼女の動きに合わせてふわりと揺れる。

 魔術師らしからぬ町娘のような服装が、彼女の親しみやすい雰囲気をさらに引き立てていた。


「あー、ミリアさんのとこに行ってたんですね!」


 ハヤトが持つトレーに気づくと、エレオは「ああ、なるほど」と言わんばかりに大きくうなずいた。


「おう、自室待機になってると聞いてな」


「へー、謹慎処分になると、勇者くんが食事を持ってきてくれるんですか? 私もなろうかなー」


 エレオは本気か冗談かわからない笑顔を浮かべてそう言った。


「いいけど、その代わりちゃんと反省文も書かないとダメだぞ」


 ハヤトが冗談交じりに言うと、エレオは「それくらいなら余裕でーす♪」と笑いながら右手を上げた。


「それでね、勇者くん。私、勇者くんに大事な話があるんだー」


 夏の空をそのまま閉じ込めたような瞳で、エレオはハヤトを見つめた。

 その澄んだ瞳には、どこか挑発的な光を宿しながらも、親しみやすさを感じさせる。


「うん? 何かな?」


 ハヤトが首をかしげたそのとき、ユーリが近づいてきて声をかけた。


「エレオさん。会議の時間じゃないんですか?」


「えっ、会議!? 忘れてた!」


 エレオはぱっと目を見開き、手をバタバタと動かす。

 青い髪が彼女の動きに合わせて揺れ、その慌てた表情は、まるで寝坊して急いで家を飛び出す学生のようだった。


「もう行かなきゃ! また遅刻しちゃう!」


 エレオは頭を抱え、ぐるぐると回りそうな勢いで慌てている。

 その動きにスカートがふわりと舞い、ハヤトは思わず目を引かれた。


 エレオはハヤトに向き直ると、急いでいるにもかかわらず楽しげにウィンクを飛ばした。


「じゃあ、勇者くん! 私は普段参謀室にいるから、いつでも遊びに来てね!」


「ああ、またな」


 エレオは長いスカートを片手で抑え、もう片手で軽くひらひらと振りながら去っていった。


「あの明るさはどこから湧いてくるんだろうな……」


 ハヤトはエレオの背中を目で追いながら、苦笑した。


 エレオが立ち去ったのを確認すると、ユーリがハヤトに声をかけてきた。


「ハヤトさん。あの人のところには行かないほうがいいですよ」


「え、なんで?」


「今朝の定例会で、勇者を操作して銃を撃てるって主張してたので。ふたりきりにならないほうがいいと思います」


「それ言ったの、あいつか……」


 ミリアが話していた「ハヤトごと操作して銃を撃つ」という案の発案者が、エレオだったようだ。


「見た目じゃわからんものだな……」

 

 ほかの魔術師が着ている地味なローブと比べると、エレオの服装はかわいらしく、普通の町娘のように見える。

 だが、やはり中身は魔術師ということなのだろう。


「あの人、ミリアに代わって新しく参謀になったんですよ」


「へー。じゃあ、優秀なのか?」


「去年、魔術学院を首席で卒業した才女ですよ。とてもそうは見えないのだけど」


 ユーリは片頬に手を当て、首をかしげる。

 どうやらエレオの経歴に半信半疑のようだ。


「ふーん。で、前参謀のミリアは?」


「卒業した年は違いますけど、ミリアは次席ですね。ちなみにクレアが七席で、私は最下位でした」


 ユーリはにこにこと微笑みながら、指先で自分のこめかみをトントンと叩く。

 その仕草にはどこかあっけらかんとした明るさがあり、本人は全く気にしていない様子だった。

 

 ハヤトはそんな彼女の余裕に感心する。

 しかし、その視線が思わず胸元に滑り、天は二物を与えなかったのだな、と内心でつぶやいてしまった。


 目を戻すと、ユーリは柔らかな笑みを浮かべて言った。


「ミリアのところに行ってきてくれたんですね」


「おう。食い終わるまで話に付き合わされてな」


 ハヤトは持っていたトレーを軽く持ち上げて見せた。


「ハヤトさん。ありがとうね。ミリア、最近落ち込んでましたから」


 ユーリが微笑みながらそう言うと、長い白髪がふわりと揺れた。その声のトーンには、ミリアを気遣う優しさが滲んでいる。


「そうだったのか? あんまりそんな風には見えなかったけどな」


「私やクレア以外には弱みを見せない子ですからね。でも本当は結構繊細なんです」


「へー、そうだったのか」


 と言いつつも、ハヤトは内心で「絶対ウソだ」と思っていた。あれが繊細なら、何が図太いと言えるのだろうか。

 そんなハヤトの内心を知ってか知らずか、ユーリは優しい笑みを浮かべたまま話を続ける。


「クレアも、食料採取から帰ってきてから機嫌がいいみたい。外で何かいいことがあったのですか?」


「うーん? なんだろう。外で動物たちと戯れた?」


 ハヤトが軽い調子で答えると、ユーリはふっと笑った。

 その上品な笑い声が廊下に静かに響く。

 

「それもあるかもしれませんけど、ほかに何かあったんじゃないかしら?」


「クレアには、昨日の食料採取でいろいろ助けられたな。みんなの役に立てたことが嬉しかったんじゃないか?」


「そうですね。それもあるかもしれません。でももっとほかに何かあったはずです」


 ユーリはなぜか確信を持った様子で尋ねてくる。

 そう言われても、ほかに何かあっただろうか。


「そういえば、クレアって魔法学院時代に勇者学を研究してたんだってな。その辺の話をちょっと聞いたぐらいかな」


「それかしらね?」


 ユーリは首をかしげながら考えるように、軽く唇に指を当てた。

 

「クレアはどんな話をしたのかしら?」


「なんだっけ。度量衡が勇者からもたらされたとかなんとか。俺の世界で使ってる単位と同じだから、きっと俺は歴史上呼び出された勇者と同じ世界から来てるんだろうって」


「まあ、そうだったのですか。ハヤトさんが伝説の勇者たちと同じ世界から来ていたなんて驚きですね」


 ユーリは目をぱちりと見開き、手を口元に当てながら少し首をかしげた。

 ただ驚くだけでなく、何かを考えているようだった。


「……歴代の勇者のように強くなくて悪かったな」


 ハヤトは冗談ぽく言いながら肩をすくめてみせる。

 現在のハヤトのメインの仕事は、メイドたちとほとんど変わらない。

 いまもこうして食器を運んでいるのだ。とても勇者の仕事には思えない。


 そんなハヤトに、ユーリは気にした様子もなく話を続けた。


「でも不思議ですわね。ハヤトさんの魔力がないのは、そういう世界から呼び出されたからだと思っていましたけど、同じ世界から呼び出されているのにどうしてハヤトさんだけ魔力がないのかしら?」


 たしかにそのとおりだった。

 ハヤトはこれまで、魔法なんてない世界から来たのだから魔力がないのは当然だと考えていた。

 しかし、過去の勇者が自分と同じ世界から呼び出されていたのだとしたら、なぜ彼らには魔力があったのだろうか?


「やっぱり術式が失敗したのかしら?」


 ユーリは首をかしげながら、かわいそうなものを見るような目でハヤトを見つめた。

 その視線が妙に胸に刺さり、ハヤトはたじろぐ。


「ぐっ……!」


 思い返せば、メルヴィアもそんなことを言っていた気がする。やっぱり術式が失敗していたのか?

 ハヤトが不安を抱え始めたそのとき、ユーリは急に無邪気な笑顔を浮かべた。


「なーんてね」


「え?」


 ハヤトは拍子抜けしたようにユーリを見つめる。

 彼女は悪戯っぽく微笑みながら続けた。


「ハヤトさんには『銃』があるから、魔力は必要ないんじゃないかしら?」


「結果的にはそうだったけど、喚ばれた時点では銃なんてなかったじゃないか」


「すぐ近くに陥落済みゲートがあって、そこに強力な武器が眠っていて、喚び出した勇者がたまたま使えた――そんな偶然があるかしら?」


 ユーリの言葉にハヤトは一瞬考え込む。

 たしかに、銃を知らないものが召喚されていたら、銃を活用することはできなかっただろう。


「偶然では……なかった?」


 ハヤトがつぶやくと、ユーリは満足げに笑みを浮かべた。


「強力な武器があったこと自体は、たぶん偶然だと思うんです。でも、それを使える人として、勇者召喚魔法がハヤトさんを選んだのだと思います」


「召喚魔法のことはよくわからないが、そういうものなのか?」


「伝説上の勇者も、呼び出された直後はまだその力を引き出せていなかったと聞きます。時間をかけて、この世界に順応していったのでしょうね」


「まあ、最初はレベル1だろうな」


 ハヤトは苦笑しながら言った。

 ゲームでも、勇者は最初は弱く、冒険を重ねることでやがて魔王を倒せるほどに強くなるものだ。

 召喚された勇者がすごい力を秘めていたとしても、最初は弱かったのかもしれない。

 

「でも、私たちの状況ではそんな時間的猶予なんてなかったんです。すぐに戦えるようになる勇者が必要でした。召喚魔法が私たちの状況を解析し、すぐ近くに眠っている武器を使える存在としてハヤトさんを選択したんだと思います」


「おー、なんかそれっぽい説明だな」


「そうでしょ。きっとそうなんですよ」


 自信たっぷりに語るユーリの説明に、ハヤトは感心した。

 彼女の明るく前向きな態度に、少し気持ちが軽くなる。


 だが、ふと疑問が頭をよぎり、ハヤトは考え込んだ。

 

「うーん。でも、そうだろうか?」


「何か気になることが?」


 ユーリは首をかしげ、好奇心の込もった瞳でハヤトを見つめる。


「俺はここに来るまで銃なんて触ったことなかった。けど、俺の世界には銃を日常的に扱ってる人たちがいくらでもいる。軍隊の兵士なんて呼び出してたら、すぐにでも無双してたと思うよ」


「そうなんですか。でも、あの銃はハヤトさんしか使えないじゃないですか。だから、ハヤトさんが喚ばれたんじゃないですか?」


「その点も謎なんだよな。なんで俺しか使えないのか。少なくとも、俺の世界の銃なら誰だって使えるはずなのに」


 銃を入手したゲートにはアンドロイドもいた。

 あのゲートは、ハヤトの世界とは別の世界につながっていたのだろう。

 しかし、なぜ銃がハヤトにしか使えないのか、あるいは、なぜハヤトがその銃を使えるのか、その理由はまったくわからなかった。


「そんなに不思議なことですか? 伝説上の武器は使い手を選ぶと言われていますし、それほど奇妙には思いませんけど」


 ユーリは、とくに疑問に思っていないらしい。

 ミリアも同じだった。

 

 魔法の武器ならそういうものかとハヤトも納得する。しかし、銃は科学技術で作られたものだ。

 そんな仕組みを作ることは可能だとしても、なぜその仕組みがハヤトだけに使用を許可するのか。


 異世界の科学技術で作られた銃。

 理由はわからないが、現実にそうである以上、使用にはなんらかの条件があるのだろう。

 そして、その条件は思ったより限定的なのかもしれない。

 だからこそ銃を触ったこともない自分が、条件を満たすものとして選ばれた。

 ユーリが言うように。


「……そう考えるのが自然……なのか?」


「はい。銃に選ばれた勇者さんなんですよ、ハヤトさん」


 ユーリは「期待してます。頑張ってくださいね」と言い残して去っていった。

 ハヤトは、後ろ髪を揺らしながら歩くユーリの背中を見つめ、なんとなく不安な気持ちになる。


 いつのまにか、ユーリにまで勇者として期待されている。

 ミリアはハヤトをゲート攻略の中心に据えようと考えている。

 外堀がいつのまにか埋められてしまったような感覚だ。


 果たして、自分は期待に応えられるのだろうか。


 不安な気持ちでユーリの後ろ姿を見送っていると、突然彼女は足を止め、短く声を上げた。

 

「あ!」


 ユーリは振り返り、白い長い髪を軽やかに揺らしながら小走りでこちらへ戻ってきた。

 ハヤトの前でぴたりと立ち止まると、その動きに合わせて胸元が上下に揺れた。


「ハヤトさん、言い忘れてました!」


「な、なんだ?」


 ユーリは真剣な表情を浮かべ、少し息を整えると、まるで重大なことを告げるかのように口を開いた。

 そのまっすぐな瞳が、ハヤトをじっと見つめる。


「ハヤトさんは、今度虫のゲートの攻略に参加しますよね」


「ああ、なんかそうなってるみたいだな」


 急に雰囲気が変わったユーリに少し驚きながらも、ハヤトは答えた。


「そのときに、魔術師もひとり同行することになります」


「まあ、そうなんだろうな」


「その人選に、ハヤトさんの希望を通せるかもしれません」


「俺の?」


 意外なことを言われ、ハヤトは眉をひそめる。

 ユーリはうなずきながら続けた。


「その人がハヤトさんの背を守ることになります。誰に来てほしいか、よく考えたほうがいいと思います」


 そう言い残して、ユーリは再び去っていった。


 ハヤトは食堂に戻りながら、言われたことを考える。

 もし選べるのなら、誰を連れて行くべきなのだろうか。


 ハヤトを守ってくれそうな魔術師――ミリアか、クレアか、それともユーリか。


 三人の顔を思い浮かべ、ハヤトはしばらく悩んだ。

 誰にすべきか、すぐには決められない。


 だが、ひとつだけ言えることがある。


 ――ユーリの胸が一番でかい。


 ハヤトは、胸じゃなくて背中の話だったな、と自分にツッコミを入れながら、食堂の入り口をくぐった。

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