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第60話 面会

 食料調達から帰った翌日の昼休み、ハヤトは9階層を訪れていた。

 手には、メイド長が作ったおいしい料理を乗せたトレーを持っている。

 見舞いに行くからと、特別に盛り付けを奮発してもらっていた。


「ミリアの部屋は、たしかこの先だったな」


 ミリアは銃を取りにゲートへ行くことを提案し、結果として遠征隊を危険にさらしてしまった。

 その責任で自室待機を命じられていた。

 

 ハヤトはクレアからメルヴィアへのとりなしを頼まれていたが、まだ赦しを得るには至っていない。

 それでも、自室待機は長くは続かないという言質をメルヴィアから得たため、その報告も兼ねてミリアに会いに来たのだった。


 記憶を頼りに、ミリアの部屋と思われる扉の前までたどり着く。

 ハヤトやメイドの部屋は入り口に布を垂れ下げているだけだが、魔術師たちの私室はしっかりとした扉がついている。

 隙間から中を覗いて確認することもできないため、意を決して扉を軽く叩いた。


「はい。どうぞ」


 中からミリアの声が返ってきたので、ハヤトは安心して扉を開けた。

 

 広い部屋には机とベッド、本棚、そして服などが入っているらしい木箱があるだけで殺風景だ。以前来たときと変わりはない。

 ミリアは机に向かい、何かを書いている最中だった。


「よう。ひさしぶり。元気してたか?」


 ハヤトの顔を見ると、ミリアは驚いたような表情を浮かべた。

 彼女はいつものように緩いローブを身にまとい、金髪を後ろでまとめている。

 心なしか少し痩せたようにも見えた。


「食事を持ってきたぞ」


 そう声をかけるが、ミリアはハヤトをじっと見つめたまま固まっている。

 ハヤトは少し首をかしげながら尋ねた。

 

「どこに置けばいい?」


 ミリアは黙ったまま机の書類の一部を片付け、スペースを空けた。

 ハヤトはそこに持ってきたトレーを置く。


「今日の食事はおいしいぞ。特にこのきのこは、俺が昨日採ってきたもので、絶品だからな」


 実際のところ、大半は兵士たちが採ったものだったが、ハヤトもきのこ狩りに参加したのは事実だ。それくらいのことは言ってもいいだろう。

 しかし、ミリアは顔をぷいっと横に向け、頬を膨らませた。


「んん? きのこ、嫌いだったっけ?」


 ハヤトはフォークできのこを刺し、ミリアの口元に近づけた。

 

「このきのこはうまいから! 騙されたと思って食べてみろ」


 だが、ミリアは逆方向に顔を背ける。


「食わず嫌いはどうかと思うぞ。とりあえず一口食べてみようよ」


 ハヤトがきのこをぐいぐい突きつけると、ミリアはいよいよ怒り出した。


「止めなさいよ!」


「じゃあ、食え」


「あのね! あたしがなんで怒ってるのかわからないの?」


 ハヤトはフォークの先に刺さったきのこへ視線を移す。

 

「きのこが嫌い?」


「違うわよ!」


 ミリアは机を叩いた。机が揺れ、スープが零れそうになる。


「来るのが遅いじゃない! あたしが自室待機になってから、何日経ってると思ってるの!?」


 ミリアは机の上で拳を握り、ハヤトを睨みつけた。

 どうやら、面会に来るのが遅れたことが原因らしい。


「でも、昨日クレアから聞いて知ったからさ」


「昨日まで知らなかったってどういうことなの!? あたしが食堂に現れないの、変だと思わなかったの!?」


 ミリアの声がさらに大きくなる。

 ハヤトは肩をすくめ、どう答えるべきか一瞬迷った。


「クレアとユーリも見なかったから、きっと忙しいんだろうなと思ってた」


「そもそも、昨日知ったんだったら、昨日のうちに来なさいよ!」


「昨日は時間がなくてさ。いろいろ報告とかもあったし」


 事実、メルヴィアに呼び出されて遅くまで時間を拘束されていた。

 もっとも、それがなかったとしても、さっさと寝ていただろう。


「ふん。まあいいわ。こうして会いに来てくれたわけだし」


 ミリアは前のめりになっていた体を戻し、椅子に座り直すと冷静に続けた。

 

「それで、そのきのこ、ハヤトが採ってきたものですって?」


 ミリアはフォークの先のきのこをじっと見つめ、首を傾げた。


「そんなにおいしいって言うのなら、食べてみようかしら」


 そう言いながら口を「あーん」と開ける。

 ハヤトはフォークを差し出し、ミリアの口にきのこを入れてやった。


 ミリアはきのこを咀嚼し、飲み込むと満面の笑みを浮かべる。


「おいしいわね! もっとちょうだい」


「おう」


 ハヤトは別のきのこをフォークに刺しながら、まさかこれを延々と続けることになるのではと内心で思った。


「射撃の腕は上がったようね。毎日の練習のおかげかしら」


 ミリアは食後のお茶を飲みながら、昨日の食料採取について話していた。

 どうやら、すでに上がってきたレポートを読んで内容を把握しているらしい。

 

 ハヤトは食事を届けたらすぐに部屋を出るつもりだったが、ミリアが話を切れ間なく続けるので帰る機会を逃し、いまに至っている。

 ミリアの対面に座り、話の相手をしながら、お茶を飲み終わるのを待っていた。


「前にゲートへ潜ったときには、一発も当たらなかったのにね」


 ミリアはカップを軽く揺らしながら、くすりと笑った。

 ハヤトも苦笑いを浮かべる。未熟だったあのときを思い出し、しばし言葉を探す。


「そうだな。あのときの爪の危険生物。いまなら銃で仕留められるかもな」


「さすが勇者の武器よね。魔術師団の中での評価は上がり続けてるし、騎士団のほうだって、ハヤトのことを見直し始めてるそうよ」


「騎士たちにそんなそぶりはないけどな」


 ハヤトは肩をすくめる。騎士たちの態度は相変わらずのように感じていた。

 ミリアはカップを置くと、手元の書類に視線を落とす。


「クレアの書いた報告書に書いてあったわ。フロッカーを倒したあと、騎士たちのハヤトを見る目が変わったって」


「フロッカー?」


 突然聞き慣れない名前が出てきて、ハヤトは首をかしげる。

 

「Aランクの危険生物。目が三つある犬みたいなやつ」


「ああ、あいつね」


 ハヤトは思い出して納得した。

 魔術師たちは危険生物に妙な名前をつけるのでわかりづらい。

 騎士たちのように「三つ目の狼」や「触手野郎」など、見た目そのままで呼んでくれたほうがわかりやすい。


「けど、あれってリノが狙いをつけて撃つタイミングも決めて、俺はただ引き金を引いただけなんだけどな」


「そうね。あの子がハヤトごと銃を道具として使った、というところかしら」

 

「うぐっ……否定できない……」


 ハヤトはたじろいだ。たしかにそうなのだが、そう言われてしまうと身も蓋もない。


「あの仕組み、結構いいんじゃないかって、今朝の魔術師団の定例会で盛り上がったらしいのよね」


「何がいいんだ?」


「ハヤトを操作して銃を撃つ。これなら、魔術師たちも銃を使えるってことになるじゃない」


「やめい!」


 ハヤトが抗議すると、ミリアはひとしきり笑って「冗談よ」と返した。

 だが、変人が多いのが魔術師団だ。本気でそう考えているものもいそうで、ハヤトは背筋が寒くなった。


「でも真面目な話、銃を持ったハヤトの存在は、無視できない戦力になりつつあると思うわ」


 ミリアは急に真剣な面持ちになる。


「ゲートの内部は細い通路が多い。来る方向が限られているなら、遠距離攻撃は強いわ。魔術師の場合、魔力が持たないという問題があったけど、銃なら周りの騎士に予備の弾を持たせれば、好き放題撃てるじゃない」


「いや、あいつら予備の弾を持ってくれるかな……」


 ハヤトは不安を覚えながら返した。


「そういう作戦を立案して承認されれば、断るわけにはいかないでしょ。あたしが参謀に復帰したら、すぐに立案して会議を通してみせるわ!」


 お願いするのではなく、作戦に組み込んで有無を言わせず従わせる。

 そんなミリアの強引なやり方が、周囲との軋轢を生んでいるように思えた。


 ミリアはますます勢いに乗り、話を続ける。

 

「無尽蔵の遠距離攻撃を主体としたゲート攻略。騎士たちは壁の役割を果たして敵の突撃を防ぎ、勇者の遠距離攻撃でリスクを抑えながら敵を排除する」


 壁扱いされた騎士たちが怒る姿が目に浮かぶようだった。

 ハヤトは心の中でため息をつき、なるべく穏便な作戦を立てて欲しいと切に願う。


「どう? いいと思わない?」


 ご満悦そうな顔で尋ねるミリアに対し、ハヤトは直接答えず、代わりに別の案を提示することにした。


「盾って意味なら、シアの防御魔法が使えそうじゃないか? この間のアンドロイドとの戦いでも、向こうの攻撃を全部弾いてたし」


「それは非常手段よ。絶対防壁の魔法は、魔力効率が悪いらしいのよ。シア様には探索魔法や、いざというときの治療魔法に魔力を温存してほしいわ」

 

 ミリアはそう言うと、「それに」と言葉を続けた。


「あれ、絵面が悪いわよね。シア様を本当に盾にして」


「それはたしかに……」


 ハヤトは思い出す。

 あのときは、絶対防壁魔法を展開するシアを後ろから抱きかかえるようにして銃を撃ったが、あれを普段からやるとなると、騎士たちの反感を買いかねない。


「まあ、状況次第ではそれもありだけど、基本は騎士たちを盾にして、射撃で敵を倒すのが一番よ」

 

 ミリアの話はいつの間にか、ハヤトが主力として扱われる前提になっていた。

 しかし、ハヤトとしては予備兵力的な位置づけにしてほしいと思っている。


 騎士たちと違って、自分が敵の攻撃を受けたら一発で致命傷だ。

 たとえシアの回復魔法があったとしても、即死してしまっては意味がない。

 なるべくシアの周りの安全な場所にいて、銃が必要な場面だけちょこっと撃つ――そんなスタンスでいたいのだ。

 

 この間の陥落済みゲートに潜ったときも、ハヤトはシアの後ろについていき、安全なつもりでいた。

 それでも結局、危険な目に遭ってしまった。

 前線に立つようなことがあれば、命がいくつあっても足りない気がする。


 作戦を立案するつもりのミリアに、いまのうちに自分の考えを吹き込んでおいたほうがいい――そう思った。


「やっぱり戦力の要は騎士だと思うな。攻撃力と防御力のバランスがいいし、数もたくさんいる。前線で怪我をしたら交代で下がってシアに回復してもらえば、無限に戦えるんじゃないか?」


「そんなに簡単にはいかないわよ」


 ミリアは少し呆れたように答えた。


「シア様の回復魔法はいかなる傷も治せるけど、治療にはすごく時間がかかるの。戦闘中に裏で回復魔法を使っている暇なんてないのよ」

 

 そういえば、アンドロイド戦で負傷した騎士たちの治療は、人数が多かったとはいえ、だいぶ時間がかかっていた。

 そのため、帰還を一日延期することになったのだ。


「呪文を唱えてすぐ回復、ってわけにはいかないんだな。具体的にはどのくらいの時間がかかるんだ?」


「切り傷や骨折程度なら十数分。内臓にダメージがある場合は一時間程度。腕や足などの部位欠損だと数時間はかかるわね」


「うーん。微妙な時間だな」


 ハヤトは思わず眉をひそめた。

 たしかに下半身を失っていたアレンが一晩で完全に回復したのだから、すごい魔法であることは間違いない。

 しかし、ゲート攻略中にどれくらい使えるかは難しいところだ。


「攻撃は最大の防御よ。敵との接触を減らして、アウトレンジから一方的に叩く。攻撃される前に倒してしまえば回復魔法も不要。シア様は探索に魔力を集中できるし、ゲート攻略も効率化するわ」


 ミリアの話を聞いていると、たしかに理屈はそうだと思えてくる。

 しかし、実際にはそんなにうまくいくはずがない。

 なんとか反論しようと頭を巡らせたが、すぐには良い案が思い浮かばなかった。


「うん。この作戦は絶対いいわ!」


 ミリアは最後に残ったお茶をくいっと飲み干し、「ごちそうさま」と言ってカップをトレーに置いた。

 その様子を見たハヤトは、反論は次の機会に持ち越すことに決めた。

 

「じゃあ、そろそろ戻るわ」


 トレーを手に取り席を立とうとしたところ、ミリアが呼び止めた。


「今度から食事はハヤトが持ってきてよ」


「えー。いいけど、忙しいから次からは食事を置いたらすぐ戻るからな」


「それでいいわ。食器は暇なときに取りに来てくれればいいから」


 そう言われてミリアの部屋をあとにしたハヤトは、食堂に戻る帰り道でふと思った。

 暇なときに食器を取りに行ったら、また無駄話につきあわされるんじゃないか、と。

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