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第59話 度重なる地震

「終わった……。終わったぞ。もう俺は寝る!」


 ハヤトはふらふらの足取りで書斎を見回す。

 1時間ほどかけて、ようやく床に散らばっていた小道具や書類を整頓し終えた。

 部屋は大雑把に片付けられ、ようやく「書斎」と呼べる形を取り戻している。

 

「ご苦労。じゃあ次は私の肩をもみなさい」


 メルヴィアは机に向かったまま、こちらを一瞥することもなくさらりと言い放った。

 書類に目を落としたままで、ハヤトの返事すら待つつもりがないようだ。


「おまえ……。俺を本当に寝かさない気か?」


「私だって頑張ってるんだから応援しなさいよ。私は徹夜なのよ?」


 ペンを走らせながらの当然といった口調に、ハヤトは力なく天井を見上げた。


「はあ……。しかたないな……」


 肩を落としながらも、ハヤトはメルヴィアの後ろに回り込み、手を伸ばす。


 掃除している間、メルヴィアはずっと書類をひっくり返しながら、計画の見直しを行っていた。

 少し聞いてみたところ、今回出かけた山の近辺での食料採取は今後禁止し、三つ目の狼の活動範囲を見極めるために調査隊を派遣するということらしい。

 調査隊のメンバー選定、調査計画の立案、そして新たな食料採取計画の策定を明日の朝までに行うそうだ。


「明日起きてからやってもいいんじゃないか?」


 ハヤトはメルヴィアの肩をもみながら、控えめに提案してみた。


「明日は明日でやらないといけないことがあるのよ。増えた仕事は睡眠を削ってやらないと終わらないんだから」


 メルヴィアの言葉に、ハヤトは思わずため息をつく。

 

 メルヴィアの多忙ぶりは、総司令という立場ならではだろう。

 毎日、ユキナによって運ばれてくる大量の書類を処理するだけでも相当な負担だ。

 彼女は魔術師団の分析結果を読み、新たな調査を指示する。

 さらに、騎士団や兵士団からの生活改善案や要望にも目を通し、裁可を下さなくてはならない。

 ベースキャンプ内で争いごとが起これば裁定を行い、調査隊が帰還すれば報告書を精査する。

 そのうえで、調査計画を策定し、次の指示を出さなくてはならないのだ。

 

「なんでもかんでも自分でやりすぎじゃないのか? 少しは部下にやらせたらいいのに」


「やらせてるわよ。それでも終わらないから、私がやらなきゃならないのよ。それに、ほかの人にやらせたとしても、最後は私がチェックしないといけないし……。とにかくやることが多いのよ」


「大変だな」


 ハヤトはメルヴィアの肩をもみながら、ふと思い出す。

 以前、ミリアが魔術師たちは自分以外、外に出たがらないと言っていた。

 あれは外に出るのが嫌というより、単に抱えている仕事が多すぎて、外に出る暇がないということなのではないだろうか。

 

 ミリアはいまも忙しく仕事をしているのだろうか?

 そういえば、彼女は自室待機を命じられているのだった。

 

 ふと、クレアからメルヴィアに赦免を願い出るよう頼まれていたことを思い出す。


「そうそう。ミリアって、いま軟禁されてるんだって?」


 肩をもみながら軽く尋ねると、メルヴィアはすぐに答えた。


「軟禁じゃなくて、自室待機よ。用がなければ自室から出ないように言ってあるだけ」


 その言葉のあと、ハヤトは気づく。メルヴィアのこめかみがわずかに歪んだことに。


「それって、前回のゲートへの遠征の責任を取らされたって聞いたけど」


「そうよ。騎士団にたくさん負傷者が出たのに、たいした成果が得られなかったんだから、計画立案者として責任を取らせる必要があるわ」


「でも、ちゃんと銃は見つかったじゃないか」


 ハヤトの言葉に、メルヴィアのこめかみがさらに引きつる。


「本来の目的は、騎士たちにも使える『銃』を手に入れることだったのよ。それが、あんたにしか使えないものばかりじゃ話にならないの」

 

 なぜ銃がハヤトにしか使えなかったのかはわからない。

 銃には個人認証の仕組みがあり、最初に使ったハヤトが登録されただけだと思っていた。

 しかし、新しく持ち帰った銃はハヤトが触っていないにも関わらず、誰にも使えなかった。

 一方で、ハヤトが使うと普通に機能した。

 いずれにせよ、新しい銃を拾ってくれば騎士たちも使えると言ったのはハヤトだったので、そのせいでミリアが処罰されたのは申し訳なかった。

 

「あれから結構経ってるし、もうそろそろ許してやってもいいんじゃないか」


 ハヤトが提案すると、メルヴィアは手に持っていた書類を机に置き、首を横に振った。


「そうしてあげたいけど、まだ騎士団から魔術師団への苦情が多いのよ」

 

 メルヴィアは机の一角に積まれた分厚い書類を手に取り、ページをめくりながら説明を続けた。


「広大な調査地域に対して、日程に無理があるとか。食料採取の警護に人員を割きすぎとか……」


「食料採取の警護は必要だろ? 今日だって危険生物に出くわしたし」


「今日は遠方だったからいいのよ。でも、このベースキャンプ周辺の食料採取でも護衛に騎士団をつけているわ。最近はこの周辺で危険生物を見かけなくなっているから、無駄な任務だと思われているのよね」


「じゃあ減らせばいいじゃないか」


 ハヤトの言葉に、メルヴィアは首を振った。

 

「警護を減らして万が一のことがあれば取り返しがつかないのよ。安全を重視するなら、人数は減らせないわ」


「それで……騎士団の不満をかわすために、ミリアをスケープゴートにして厳しくしてるのか?」


 ハヤトの問いに、メルヴィアは書類をめくる手を一瞬止め、ため息混じりに肩をすくめた。


「そうじゃないわ。騎士団の不満は過密スケジュールにあるの。でも、そのスケジュールを立てたのがミリアだから、彼女個人への不満が溜まっているみたいなのよね」

 

 たしかに、以前から食堂でミリアと騎士たちが言い争いをしているのを見かけていた。

 当時はミリアのほうが騎士たちに言いがかりをつけているように思えたが、実際は不満を抱えた騎士たちが彼女につっかかっていたのかもしれない。


「……ミリアも大変だな」

 

「ミリアが騎士たちと顔を合わせると、偶発的な争いが発生するかもしれないわ。そうすれば事故が起きる可能性もあるし、そうならなくても、魔術師団と騎士団の亀裂はますます深まる。それを未然に防ぐために、ミリアを参謀から外したし、ほとぼりが冷めるまで騎士たちと顔を合わせないよう、自室待機を命じたのよ」


 そういえば、前回の遠征時にも騎士のひとりがミリアにキレていた。

 あのときはシアの側近であるナズリーが止めてくれたおかげで、大事にはならなかった。

 しかし、そばにシアもナズリーもいなかったらどうなっていただろうか。冷や汗が滲む。


「わかったかしら? これはミリアのためでもあるのよ」


「そういうことだったのか」


 もっともらしい説明だ。だが、本当にそうなのだろうか?

 ハヤトは疑問を口にした。

 

「でもさ、騎士たちと顔を合わせないようにするだけなら、自室待機までは必要ないだろう? 魔術師団がいる階層から出ないようにすれば、それで済む話じゃないか。騎士たちはわざわざ魔術師たちのいる階層に来たりしないだろ?」


「それはそうだけど……」


「じゃあ、自室待機は解除していいな?」


「……やけにミリアの肩を持つのね」


 メルヴィアは書類を読む手を止め、ちらりとハヤトの方を振り返った。


「まあ、クレアに頼まれたしな。今回、クレアには助けられたわけだし」


「ふうん」


 メルヴィアは手に持っていた書類の束を机の上に投げ出した。

 それが別の書類の山に当たり、崩れた書類が混ざり合う。なんだかメルヴィアの機嫌が悪そうだ。


 少しの間、沈黙が流れた。ハヤトの肩もみに合わせて、メルヴィアの体がわずかに揺れる。

 メルヴィアが何を考えているのか、ハヤトにはわからなかった。


 何か地雷を踏んだのだろうか。

 ハヤトが肩をもみながら頭を悩ませていると、不意に書斎の壁が軋む音が聞こえた。

 そして、小さく書斎全体が揺れ始める。


「じ、地震!?」


 ハヤトは驚いて声を上げた。

 机の上に置かれた小道具がカタカタと音を立て、半分崩れていた書類の山がさらに大きく崩れ始めている。


「今日は多いわね……」


 メルヴィアがうんざりした声で呟いた。

 揺れは強くないが、長く続いている。戸棚に置かれた小道具が少しずつ動き始めていた。

 ハヤトは直感する。このあとに大きな揺れが来ると。


「大きい揺れが来るぞ! 机の下に潜れ!」


「え?」


 椅子に座ったままのメルヴィアの腕を引っ張り、強制的に立たせた。

 

「きゃっ」


 らしくない声を上げるメルヴィアに構わず、ハヤトは椅子をどかし、彼女を机の下に引き込んだ。


「な、なに!?」


 うろたえた声を出しながらも、メルヴィアは抵抗しない。

 ハヤトたちはあっさりと机の下に潜り込むことができた。

 その直後、書斎全体が大きな音と共に激しく揺れだした。


 激しい地震だ。

 今日の洞窟内での地震と同じか、それ以上に大きい。

 机の下でメルヴィアの肩を抱きながら、ハヤトは天井が崩れてこないよう祈るほかなかった。

 

 机の上にあった書類が目の前に落ちてくる。

 戸棚からは小道具が次々と床に落ち、揺れが続くたびにその音が響いた。

 やがて軽くなった戸棚がバランスを崩し、床に倒れる音が聞こえた。


 揺れは長く続き、終わりが見えないように思えた。

 しかし、しだいにその激しさは小さくなり、やがて完全に止まった。


 ハヤトたちは揺れが収まってからもしばらく息を潜めていたが、再び揺れる気配はない。


「はあ……なんとか耐えたようだな。天井が崩れなくてよかった……」


 ホッとしたのも束の間、ハヤトは自分がメルヴィアの肩を抱き続けていることに気づく。

 思わず彼女に顔を向けると、メルヴィアは顔をうつむけて小さく震えていた。まるで彼女だけまだ地震が続いているかのようだ。


「大丈夫か? もう揺れは止まったぞ?」

 

 優しく声をかけるが、メルヴィアから返事はない。

 よほど怖かったのだろう。ただハヤトの腕の中で震えるだけだった。

 やがて、彼女の頬からぽつりと水滴のようなものが地面に落ちる。


「え、どうしたんだ……?」


 おそるおそる尋ねるが、やはり答えはない。

 メルヴィアは黙ったまま肩にかかったハヤトの手をそっと払い、うつむいたまま机の下から這い出た。

 ハヤトもあとを追い、机の外へ這い出ると書斎を見渡した。


「だいぶ派手に散らかったな……」


 全ての戸棚が倒れ、小道具が床に散乱している。

 机の上に積まれていた書類もほとんどが地面に散らばっていた。

 

 ただ、不思議なことに、机の上に置かれていたいくつかの小道具だけが、落ちることなくそのまま残っていた。


「お、ラッキーだったな。それ、割ったら大変なことになるとかいう瓶だろ?」


 机の上に置かれている小道具のひとつが空の瓶だ。

 どう見てもただの空の瓶にしか見えないが、メルヴィアはこれをいつも机の端に置き続けていた。おそらくハヤトを困らせるためだろう。

 ハヤトが不安そうにその瓶を机の中央に戻すと、メルヴィアはいつもニヤニヤと笑って眺めていたものだ。


 その瓶が、ぎりぎり机の端で踏みとどまっていた。

 あと少し揺れが続いていたら、床に落ちていたかもしれない。

 

 メルヴィアはハヤトに背中を向けたまま、ちらりと机の上の瓶に目を向けた。

 その直後、彼女は怒ったように机を片手で叩く。

 瓶が振動で揺れ、いまにも机から落ちそうになるが、ぎりぎりのところで踏みとどまった。


「おい、なにやってんだ」


 驚いたハヤトを残して、メルヴィアはそのまま部屋を出ていった。

 どうやら怒らせてしまったらしい。


「……まあ、こんな瓶どうでもいいか」


 ハヤトは改めて部屋を見渡す。


 この洞窟は地盤が硬いだけあって、部屋そのものには損害は見当たらない。

 だが、棚はすべて倒れており、床に散乱した小道具の中には壊れているものもあった。

 見た目はガラクタに見えるが、これらは魔力がこもっていたり、調査団が持ち帰った貴重なサンプルだったりするらしい。


「はあ……。これ、いまから片付けたほうがいいのかな……」


 このまま放置して自室に戻ったら、あとで面倒なことになるのは目に見えている。

 ハヤトは深いため息をつくと、床に散らばった書類を拾い始めた。


 結局、部屋を片付け終えるまでメルヴィアは戻ってこなかった。

 おそらくそのまま寝てしまったのだろう。

 ハヤトも猛烈な眠気に襲われていた。もう限界だ。


「寝ずにやるとか言ってた計画立案はどうなったんだよ……」


 軽く悪態をつきながら、ハヤトは書斎をあとにした。

 



 



 翌朝、ハヤトがメルヴィアの書斎を訪れると、そこにはいつものメルヴィアがいた。

 機嫌も良さそうだったので、ミリアの自室待機について話を振ってみたところ、まもなく解除される見通しという回答が得られた。

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