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第57話 ランクA

 地震が完全に収まったあと、騎士たちが洞窟内に閉じ込められた兵士たちの救出を始めた。

 騎士たちは、ハヤトが押してもびくともしなかった岩を軽々と動かし、洞窟の中へと入っていく。


 兵士たちは半ば生き埋めになっていたが、魔力で身体能力を高めていたおかげで、致命的な怪我を負うことは避けられたようだ。

 何人かは骨折などの怪我をしていたが、命に別状のあるものはいなかった。


 ハヤトはつくづく魔力の凄さに感心する。

 魔力を使えば、半ば生き埋めになっても生き延びられるだけの強度を体に与えることができるらしい。

 中には大きな岩に潰されてしまった兵士もいたそうだが、それでも足を骨折しただけで済んだという。


 ――もし、自分が同じ状況に置かれていたら。


 魔力のないハヤトには、そんな耐久力はない。

 もし洞窟内に残されていたのが自分だったら、助からなかった可能性が高いだろう。


「ハヤト殿が無事でいてくれて、ほっとしましたぞ」


 ラグラスが人の良さそうな笑顔で声をかけてくる。


「なあ、ラグラスだったら、あの洞窟の中にいたらどうしてた?」


「私がですか? そうですな……下手に動くのも危険ですので、周囲の岩が崩れぬよう強化魔法でもかけていたでしょうかな」


「なるほど。魔術師の魔法は、やっぱり便利だな」


 ハヤトは感心しながらも、羨ましさを感じずにはいられなかった。

 肉体の能力ではハヤトもラグラスも大差ないはずだ。

 しかし、魔術師は魔法を使って身を護ることができる。攻撃力全振りのハヤトとは大きな違いだ。


「どうされましたかな? ハヤト殿」


「いや……俺があのままあそこにいたら、死んでいただろうなと思ってな」


 ラグラスは顎に手を当て、真剣な表情で考え込む。

 

「ハヤト殿は我々魔術師以上に攻撃に偏っていますからな。その攻撃力を活かすには、常に背中を守ってくれる存在が必要でしょうな」


「背中を守ってくれる存在……か」


 ハヤトはラグラスの言葉にうなづきつつも、その必要性を痛感していた。

 だが、いまのところ騎士はあてにならない。

 そうなると魔術師に頼ることになるが、ミリアとふたりで危険生物と戦ったときの感触では、かなり危険な綱渡りだった。

 結局、騎士なしでは危険生物とまともに渡り合うことは難しいのだ。


「シア様のそばを離れないようにしていれば、大丈夫ですよ」


 ハヤトの不安を察したのか、ラグラスが付け加えた。

 彼はなかなか気配りが効くらしい。


「そうだな。心がけることにしよう」

 



 予想外の事故による多少の遅れはあったが、予定通りの収穫を得て、帰路につくことができた。

 幸い、負傷者も自力で歩ける程度の怪我だった。

 足を折った兵士ですら、杖をついてすいすいと歩き回っている。おそらく、これも魔力による肉体強化の賜物だろう。


 一方で、ラグラスは何も運んでいないのに布で顔を拭って辛そうな様子を見せている。

 ミリアやラグラスを観察していると、魔術師たちの体力は現代人とあまり変わらないように思えた。

 むしろ、運動不足の一般人といったところだろうか。


 下働きで日々体を動かしているハヤトのほうが体力では優れているといえそうだ。

 騎士たちが魔術師を当てにしない理由のひとつは、ここにあるのだろう。


 すべての危険生物を倒せるわけではない。

 持てる戦力をすべて注ぎ込んでも倒せない敵――ランクAの危険生物も存在する。

 そうした相手には逃げるしかない。だが、そのとき体力のないものが足手まといになるのだ。


 前回の遠征でランクBの危険生物に遭遇した際、ハヤトとミリアは騎士たちに置き去りにされた。

 もしラグラスがその場にいたら、彼もついていくのは難しかっただろう。


 シアのそばにいれば安全とは言うが、それには彼女についていけるだけの体力が必要だ――ハヤトはそう結論づけた。





 

 日がまだ高いうちに、ハヤトたちは下山を済ませ、平原を歩いていた。


 クレアは、すでに乗っていたクマを解放し徒歩になっている。

 彼女はハヤトとラグラスの少し前をひとりで歩いていた。


 一見ただ歩いているだけのように見えるが、実際には違う。

 いまこの瞬間も、複数の動物を操りながら、周囲の様子を探っているのだ。


 突然、クレアがぴたりと立ち止まった。

 遠くを見つめたまま、動かない。


「どうしたんだ? クレア」


 止まった彼女に追いついたハヤトが尋ねる。

 クレアの表情はいつになく真剣だった。


「この先にいる……。ランクAの危険生物、フロッカー」


「なんですと!?」


 ラグラスが驚いた声を上げた。


「それは、たしかですかな!? クレア殿!」


 いつも冷静なラグラスが慌てる様子に、ハヤトも思わず緊張する。

 周囲の兵士たちもラグラスの声に反応し、足を止めてこちらに注目していた。


 クレアは真っ直ぐに腕を前方に伸ばし、はっきりと告げる。


「この方角に約1キロ。Aランクの危険生物フロッカーが一匹、歩いている」


 クレアの静かな、しかしはっきりとした言葉が兵士たちに伝わるまで、わずかに時間がかかった。

 しかし、それが浸透するや否や、関を切ったように兵士たちは騒ぎ始める。


「Aランクだと!?」


「それはやばいんじゃないか!?」


「ど、どうするんだ!?」


 動揺した兵士たちの中には、背負っていた荷物を放り出し、逃げる準備を始めるものまでいる。

 その混乱を抑えるように、ひとつの力強い声が響き渡る。


「静まれ!」


 部隊隊長のラダンだ。

 彼は兵士たちが落ち着きを取り戻すのを確認すると、毅然とした声で続けた。


「フロッカーは三つの目を持つ狼だ。Aランクといっても、一匹一匹はそれほど強くない。奴らの脅威は、集団で現れることにある。ただの一匹であれば、我々騎士団の敵ではない!」


 力強い断言に、ハヤトは少し安心感を覚えた。

 兵士たちも同様に安堵の表情を浮かべ始める。


 しかし、そこに横やりを入れるものがいた。


「――とはいいますが、フロッカーは必ず群れで行動するものですぞ。おそらく、そう遠くない場所にほかの個体が潜んでいる可能性が高いでしょう」


 汗をハンカチで拭きつつ、ラグラスが冷静にそう言い放つ。

 その言葉を聞いたラダンは、彼を一瞥し、クレアに向き直った。

 

「クレア殿。ほかにも見えているか?」


「…………いいえ。見える範囲にはいない。でも、何かの陰に隠れていて見えない可能性は否定できない」


「過去の調査隊の記録では、フロッカーはすべて群れで行動していましたぞ。最初は一匹に見えても、音か臭いに反応して次々に現れ、最終的には逃げるしかなかったと」


 ラグラスの言葉が再び兵士たちの間に動揺を広げる。

 今度は兵士だけではなかった。騎士のひとりが持っていた槍を手から滑らせ、地面に落とす音が響く。

 兜で顔は隠れているものの、騎士たちも動揺しているのが明らかだった。


 ハヤトはメルヴィアの話を思い出していた。

 ――騎士で構成される調査隊は、この大陸を探索しているが、負傷者が出ても死亡者はいない、と。


 ならば、今回だって逃げれば大丈夫なのではないか?

 それなのに、なぜ騎士たちまで動揺しているのか?


 その答えに、ハヤトはすぐにたどり着いた。

 騎士たちだけなら逃げ切れるだろう。しかし、兵士や魔術師、そしてハヤトまで加わったらどうなるか。


 ――自らの経験に照らし合わせればわかる。


 ついていけないものは置いていかれる。

 そして、置いていかれたものは危険生物の餌食になるのだ。


 騎士たちは、この先に起こるであろう惨状を理解している。

 その予感が、彼らを動揺させているのだろう。


 ラダンが、落ち着いた、しかしよく通る声で告げる。


「俺と数名であの狼をここで迎え撃つ。もし増援が現れれば、それも足止めする。その間に、ほかのものたちは撤退してくれ」


「俺も残ります!」


 アレンがいち早く反応した。しかし――。


「駄目だ。おまえは勇者たちと共に撤退しろ」


「ですが――」


「いいか。勇者は、今後重要な戦力となりうる。それを護ることこそが、より重要な任務だと知れ」


「――――!」


 なおも食い下がろうとするアレンを、ほかの騎士がなだめる。

 無駄な押し問答をしている時間は、明らかにない。


 ラダンは、騎士たちの中から、ここに踏みとどまるものへ順次声をかけていく。

 そのときだった――。


「フロッカーがこっちに近づいてきてる!」


 クレアが短く声を上げた。


「なに!?」


 騎士たちに動揺が走る。兵士たちもざわつき始め、Aランクの危険生物がいるらしい方角を一斉に見つめた。

 ハヤトもその方角に目を向けたが、広い平原のどこにいるのか、まったくわからなかった。

 

 そのとき、兵士のひとりが身を隠そうとしゃがみ込んだ。

 すると、それに続いて次々としゃがみ込むものが現れる。


 ハヤトも周囲の動きに合わせて地面に膝をつき、長い草の陰に身を縮めた。

 緊張が走るなか、風が草を揺らす音だけが耳に残る。


 そのすぐ横で、クレアは立ったまま、遠くをじっと見つめていた。

 もはや、立っているのはクレアと騎士たちだけになっていた。

 

「どのくらい近くまで来ている?」


 クレアに近づいたラダンが、声を潜めて尋ねた。


「およそ800メートル。まだこちらには気づいていないみたい。でも、あと2、3分もすれば発見されるかもしれない」


「ちっ! いますぐ撤退だ! みんな立て!」


「――待ってください!」


 草むらからひょいと顔を出し、リノが立ち上がった。

 どうやらいつの間にかそばまで来ていたらしい。


 ハヤトを挟むようにして、リノがラダンに話しかける。


「逃げるのではなく、気づかれる前に狙撃しましょう!」


「狙撃? 無理だ。おまえの技では一撃で仕留められないだろうし、俺には気づかれない距離で当てるのは難しい」


 ラダンは即座に否定したが、リノは引き下がらなかった。

 

「そこで勇者さんの銃です!」


「勇者?」


「え?」


 リノに指名され、ハヤトが驚きの声を漏らす。

 その声に一瞬目をやったラダンだったが、すぐにリノに視線を戻す。


「狙撃の訓練はしたのか?」


「本格的な訓練はしていません。でもだいじょうぶです! リノが狙いをつけるから! 勇者さんはただ撃つだけ!」


 これまでの練習を見る限り、リノの弓の腕前は100発100中だった。

 たしかに彼女が狙いをつけてくれるのならいけるかもしれない。

 

 ハヤトはそう思ったが、ラダンは首を横に振った。


「駄目だな。『銃』は音が大きすぎる。周囲の奴らをかえって集めることになるだろう」


「あ、そっか……」


 背中からリノの落胆する声が聞こえた。


 いや、いける――。


 ハヤトの頭にアイデアが浮かぶ。

 しゃがんだまま周囲を見渡し、すぐ近くでしゃがんでいたラグラスに目を留めた。


「ラグラス。魔法で音を消したりとかできるんじゃないのか?」


「え? ……いや、その。……あいにく、そのような魔法は聞いたことがありませんな」


 ラグラスの返答に、ハヤトは失望しかけた。

 だが――。


「――できるよ」


 静かな声が響いた。振り向くと、クレアがこちらを見つめていた。


「精霊に頼めば、音の伝搬を止められる」


「本当か?」


「ええ。ただし、あまり長い間は続けられないけど」


「よし! じゃあクレアが音を消し、リノが狙いをつけて、俺が撃つ。この作戦でいいな!?」


 勢いよくラダンに向き直り、ハヤトが提案する。

 一瞬の沈黙のあと、ラダンは少し考え込んだ。


 そして――。


「……いいだろう。やってみせろ!」


 力強くうなづき、命令を下した。


「やったあ! 勇者さん! こっちこっち!」


 リノが勢いよくハヤトの腕を引っ張り、クレアの横まで連れていく。


「銃はこっちを使おう!」


 そう言って、リノは背負っていたアサルトライフルを下ろし、ハヤトに差し出す。

 

 ハヤトは肩にかけていたサブマシンガンを外し、焦る気持ちを抑えながら地面に置いた。

 差し出されたアサルトライフルを受け取り、深呼吸してから膝撃ちの姿勢を取り、銃を構えた。


 危険生物がいると思われる方向に銃を向けてみるが、その姿を捉えることはできない。

 そのとき、リノがハヤトの懐に潜り込むと、アサルトライフルのフォアグリップを片手で掴んだ。

 その姿勢のせいで、ハヤトはまるでリノを抱え込むような形になる。

 

 リノは片手でグリップを微調整しながら、狙いをつけていく。


「リノちゃんには、相手が見えてるの?」


「うん。狙いはリノがつけるから、勇者さんは合図を出したら撃ってね」


「わかった。――クレア。音を消してもらえるか?」


「もうやってる」


 クレアが即座に返した。


「え? でも普通に音がしてるような?」


「私たちの周囲に音を断絶する層を作ったの。内側の音は外に聞こえないし、その逆も同じ」


 言われてみれば、さきほどまで聞こえていた風の音が消えていた。

 周りの兵士たちが立てる物音も一切聞こえない。

 ラグラスがこちらを見て口をパクパクさせていたが、彼の声も届かない。


 どうやら、ハヤトたち三人だけが周囲の音から完全に隔離されたようだ。


「音は遮断したから、いつでも撃って大丈夫。フロッカーは500メートル先まで来ている。あと30秒もすれば気づかれると思う」


「30秒!?」


 驚きの声を上げるハヤトに、リノは動じる様子もなく余裕の笑みを浮かべた。


「だいじょうぶ、だいじょうぶ! 30秒あればいけるよ!」


 ハヤトの腕の中で、リノは銃身の微調整を続けている。

 だが、ハヤトの指は緊張のせいでわずかに震え始め、銃口が揺れた。


 その瞬間、リノが空いている手でそっとハヤトの手に触れる。

 温かく、小さな手の感触が、震えを静かに包み込む。

 

「だいじょうぶだよ」


 その言葉は、思いのほか穏やかで落ち着いていた。

 それは、ほんの少しだけハヤトの胸に安らぎを与える。


 しかし、指の震えは完全には止まらない。

 それでも、リノが握るフォアグリップはまるで鉄塊のように動かず、銃全体をしっかりと固定していた。

 まるで銃が万力に挟まれているかのような安定感だった。


「いいよ。撃って」


 リノが触れていた手をそっと離し、優しく促した。

 ハヤトはその言葉に反射的にトリガーを引く。


 ――パン!


 乾いた銃声が響いた。


「――外した」


 クレアが冷静に結果を告げた。

 その言葉に、ハヤトの全身が一瞬硬直する。これから起こるであろう惨劇の予感が脳裏をよぎった。


「いまのは試射。次が本番」


 落ち着いた声でそう言うリノの言葉が、ハヤトを冷静に保たせた。

 彼女は握っていたフォアグリップをわずかに上へ動かす。


「ここ! 撃って!」


 リノの指示に、ハヤトは再びトリガーを引いた。

 引き金を引く瞬間、心臓がひとつ大きく跳ねた気がした。


 ――バン!


 音の伝搬が遮断された空間の中で、耳に残るような鋭い銃声が響いた。


「やった! あたったよ! 狼さんは倒れたよ!」


 リノが満面の笑みで振り返った。

 その太陽のような笑顔に、ハヤトの胸に詰まっていた緊張が一気に溶けていく。


「うん。動いてない。倒せた」


 クレアもハヤトを振り返り、静かに告げた。


「……よかった」


 ハヤトは大きくため息をついた。

 全身の力が抜け、銃を下ろす。

 広がる安堵感と、直前までの緊張感の差があまりにも大きく、体が少し震えた。

 それでも、目の前の成果を思うと、不思議な満足感が胸にじんわり広がっていく。

 

「どうした? もう撃ったのか?」


 ラダンがそばまでやってきて尋ねた。

 音が遮断されていたため、銃声が聞こえなかったのだろう。


「ああ。ちゃんとあた――」


「命中しましたよ!」


 リノがハヤトの懐からさっと飛び出し、勢いよくラダンに報告した。

 

 ハヤトは心の中で軽く不満を漏らす。

 ――もう少し、このままでいてほしかったのに。


 しかし、その感情を顔に出すことはなく、黙って銃を肩にかける。

 

 ラダンはリノの言葉を受けて満足げにうなずき、クレアに目を向けた。


「クレア殿。様子はどうだ?」


「……こっちに向かっていた個体は地に倒れて動きがない。ほかの個体も、いまのところ見当たらない」


 その報告を聞き、兵士たちから「おおっ」とどよめきが起こる。

 

 いつの間にか周囲の音が戻っていた。

 風が草を揺らす音や、兵士たちの立てる音が耳に戻ってきたのだ。


 ラダンはその場に立ち、兵士たちを見回すと力強く言葉を放つ。


「よし! いまのうちに撤退だ! 進路は風下に取る。迂回して移動するぞ!」


 その言葉に、兵士たちはすばやく立ち上がり、乱れた隊列を整え始めた。

 ラダンはすぐさまクレアに視線を戻し、短く指示を出す。


「周囲の確認を続けてくれ。気配があればすぐ知らせろ」


「了解」


 クレアが軽くうなづき、再び遠くに目を向けた。


 ふとラグラスが声をかけてきた。


「ハヤト殿。どうして音を消す魔法の存在を知っていたのですかな?」


「定番魔法だからな。きっとあるだろうと思ったんだ」


 ハヤトは肩をすくめながら軽く笑った。

 その言葉にラグラスは目を細め、首を傾げた。

 

「ハヤト殿の世界には魔法はないと聞いておりましたが?」


「そうなんだけど……なんていうか、架空の物語の中では出てくる、みたいな?」


「物語ですか。なるほど」


 ラグラスは納得したようにうなずいた。


「それより、ラグラスは知らなかったのか? こっちの世界ではレアな魔法なのか?」


「ええ。クレア殿が精霊魔法を使えるとは知りませんでした。なにせ精霊魔法はほとんど伝承上の存在でして、魔術学院でもごくわずかな書物に記されているだけですから」


「へー。クレアはやっぱりすごいんだな」


 その言葉に、少し離れた場所にいたクレアが反応した。


「ん? いまなにか言った?」


「いや、なんでもないよ」


「いまなにか言った」


 クレアがすすっと近寄ってくる。

 動きにはためらいがなく、その視線はじっとハヤトを射抜いている。


「いまなにか言った」


 距離が詰まるにつれ、ハヤトは視線のやり場に困った。

 

「……クレアはすごいんだなって言ったんだよ」


「もっと言って」

 

「え?」


「はやく、もっと褒めて」


 クレアがさらに近づく。もう目の前まで来ていた。

 ハヤトは少し顔を引きつらせながら、言葉をひねり出した。


「ああ……クレアのおかげで助かったぞ!」


「…………もっと」


 さらに追い詰められたハヤトは、焦ったまま勢いで適当なことを言った。

 

「ええと……クレアはすごい! 偉いぞ!」

 

 クレアの表情はいつもと変わらない。しかし、そのとってつけたような褒め言葉でも、まんざらでもない様子がハヤトには伝わってきた。


 この際、思い切り褒めておくか――ハヤトはそう決めた。

 そして、ふと洞窟での出来事を思い出す。

 

「クレア、地震で洞窟から出るとき、ネズミを操って道を示してくれただろ?」


 ハヤトの言葉に、クレアはわずかに目を見開いた。


「あれがなければ、俺は逃げ遅れていたかもしれない。ありがとう、クレア」


 クレアは黙ったまま、ハヤトをじっと見つめている。


 さらに続けるハヤト。


「それと、リノの脱出もクレアが手伝ってくれたんじゃないか?」


「……うん」


 クレアは短い間を置いてから、小さくうなずいた。


「大活躍じゃないか。クレアがいてくれて、本当によかった。ありがとう」


 その言葉に、クレアの口元がわずかに緩む。

 ささやかだが、はっきりと微笑みを浮かべている。

 彼女の微笑みは、ハヤトにとって初めて見るものだった。


 ハヤトはその笑顔に目を奪われる。

 しかし、調子に乗ってさらに言葉を続けた。


「お、クレアが笑った! なんだかレアモンスターを見つけた気分だな!」


 その言葉に、クレアは一瞬きょとんとした。

 だが、すぐにいつもの無表情に戻り、淡々と一言を放つ。


「……バカなの?」







 ハヤトたちは新たな危険生物が現れる前に、その場を離れた。

 少し遠回りをすることになったものの、その後追跡されることもなく、無事にベースキャンプへ帰還した。


・食料調達部隊:63名

 ラダン        生存

   騎士団(9名)  健在

   ハヤト      生存

   クレア      生存

   ラグラス     生存

   兵士団(50名) 健在

     リノ     生存

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― 新着の感想 ―
面白くて60話まで読んだよ、です。 この60話で致命的?な表現に遭遇・・・ 真面な人間の目玉なら裸眼で3km先の帽子が見える、 人間の立てる雑音が無ければ3km先の声も聞こえるです。 目を3個持つ動物…
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