第55話 野外練習
午後の狩りは、危険生物に遭遇することもなく順調に進んだ。
クレアが操る鳥が獲物を見つけると、リノが適切な狙撃ポイントを指定する。
ハヤトはその指示に従い、鹿の獣を効率よく二頭狩ることができた。
午前中に仕留めた一頭と合わせて、これで三頭目だ。
狩猟班としてのノルマはこれで十分達成していたが、射撃技術を磨くため、狩りを続けることになった。
次のターゲットは、ラグラスが魔法で驚かせて走らせた猪だった。
今回は横切るように走るパターンと、こちらに向かってくるパターン、それぞれで狩りを行った。
横切るターゲットは進行方向を予測して狙いをつける必要があり、技術的には難しかったものの、時間的にも精神的にも余裕があった。
一方、向かってくるターゲットは動きが単調で狙いやすい反面、突進してくる迫力に冷静さを保つのが難しかった。時間的猶予の少なさと、突進の圧力が心理的なプレッシャーを強くする。
どちらの練習もハヤトにとって良い経験となり、技術面と精神面の両方を鍛えることができた。
狩りの最後の仕上げは、すばやく動くウサギをターゲットにした。
ウサギは体が小さく、ジグザグに走ったり急に方向転換をしたりするため、狙いをつけるのが非常に難しかった。
ハヤトは何度も弾を外してしまい、肩を落としそうになったが、リノが根気よく動きを読むようアドバイスしてくれたおかげで、なんとか仕留めることができた。
リノは満面の笑みを浮かべ、ハヤトを大いに褒めた。
「すごくうまくなってるよ! 毎日、頑張って練習したもんね!」
「いやあ、リノちゃんのおかげだよ」
「初撃を外しちゃったら、一旦連射をストップ! 動きをよく見てから、狙いをつけ直すの。これがコツだよ♪」
サブマシンガンの特性を理解し、適切なアドバイスをしてくれるリノのおかげで、ハヤトは少しずつ射撃技術を身につけている実感を得ていた。
ハヤトはふと、少し離れた場所にいるラグラスの姿に気づいた。
彼は腕を組んで、穏やかな笑みを浮かべながらこちらを見守っている。
その様子はハヤトの成長を喜んでくれているようでもあり、ハヤトはなんだか照れくさくなりつつも、心の中で小さく感謝した。
別の気配に気づき顔を向けると、ラダンとアレンがこちらに歩いてくるのが見えた。
「初めてにしては、上出来だ」
ラダンはそう短く評価を下すと、満足げにうなづいた。
一方、隣に立つアレンは眉間にシワを寄せ、不機嫌そうな顔をしていた。
ここまでハヤトが狩った獲物をすべて集合場所まで運ばされていたのだ。それが面白くなかったのかもしれない。
「よし、狩りはここまでにする。集合場所に戻るぞ」
ラダンの指示により、狩りは終了となった。
リノがウサギをすばやくさばいたあと、全員で集合場所へと戻ることになった。
狩りを終えたハヤトたちは、ラダンとアレンと別れ、リノとラグラスだけを連れてアサルトライフルの射撃練習を始めることにした。
せっかく外に出たのだからと、普段の近距離訓練ではなく、100メートル先を狙う本格的な訓練に挑戦することにした。
「100メートルって、意外と遠いな」
ハヤトはぼやきながらアサルトライフルにマガジンを装着した。
ターゲットは100メートル先に立つ太い木の幹だ。
「大丈夫だよ、勇者さんならできる!」
リノがいつもの明るい声で励ましてくれる。
その横では、ラグラスが腕を組み、穏やかな笑みを浮かべながら様子を見守っている。
ハヤトは片膝をつき、膝撃ちの姿勢を取った。
右膝を地面につけ、左膝を立て、その膝の上に左肘を乗せて銃を支える。
黒い金属の光沢を放つアサルトライフルは、適度な重量感がありつつもバランスが良く、右手のグリップに自然と馴染む設計だった。
ストックを肩に押し付け、照準器を覗き込む。
狙いを定めたのは100メートル先の木の幹。思ったよりも遠く小さく見え、その難易度に緊張で冷や汗が滲む。
揺れる銃口をなんとか抑えながら、ハヤトは深く息を吸い込んだ。
「落ち着いて、息を吸って……吐きながら撃つんだよ♪」
リノの優しいアドバイスが耳に届く。ハヤトはその言葉を反芻しながら、引き金に力を込めた。
パンッ――!
鋭い銃声が響き渡り、銃身が軽く跳ね上がる。弾丸は一直線に飛び出していったが、木の幹を外れ、近くの地面に着弾したようだった。
――外れた。
「うんうん。最初はそんなもんだよ♪」
リノの明るい声に気を取り直し、ハヤトは何度も弾丸を撃ち続けた。
最初こそ木の幹に命中しなかったが、10発目あたりでようやく弾丸が木に当たった。
遠くからでも、わずかに乾いた音が聞こえ、木の幹が揺れるのが目に入る。
命中した箇所から小さな木片が飛び散るのが見えた。
「やった!」とリノが小さく歓声を上げる。
「……当たった」
ハヤトは肩の力を抜き、大きく息を吐き出した。
緊張が解けたせいか、額に滲んだ汗が冷たく感じられる。
リノの隣に立つラグラスがにやりと笑みを浮かべ、軽くうなづいた。
「命中率10%ですな」
ラグラスの口調には、どこか皮肉が含まれているようにも聞こえた。
ハヤトは苦笑しながら、もう一度銃を構える。
ふと気づけば、いつの間にか周囲に兵士たちが集まっていた。
彼らは興味深そうにハヤトの様子を見守りながら、小声で何かを話している。その視線が、じわじわとハヤトの肩に重くのしかかってくる。
(プレッシャー、きついな……)
喉を鳴らし、ハヤトは息を整え直した。銃を握る手には、わずかに汗が滲んでいる。
「さあ、次だよ♪」
リノの明るい声に背中を押される形で、ハヤトは射撃を再開した。
一発撃つごとに兵士たちが「おー」とか「あー」とか言うので気が散ってしかたない。
それでも、マガジンが空になるまで撃ち続け、数発はなんとか木に命中した。
「ふむ、20%ほどの命中率といったところでしょうか。たいしたものです」
ラグラスがねぎらいの言葉をかけると、ハヤトは息をつきながら立ち上がった。
マガジンを交換しつつ、苦笑混じりに言葉を返す。
「初めてだし、こんなものかな?」
「おつかれさまー♪」
リノが近寄ってきて、タオルを手渡してくれる。
ハヤトはタオルで顔の汗を拭いた。
「少し休憩したら、2セット目、いくよー♪」
1セット30発を撃ち終えた時点で、ハヤトの体にはじわじわと疲労がたまり始めていた。
それでも、リノの励ましと兵士たちの期待に応えようと、ハヤトは2セット目に取り組む。
しかし、2セット目が始まると命中率は急激に低下した。
腕がだるくなり、銃口が思うように狙いを定められない。
最初の10発は、すべて外れてしまった。
「疲れが見えますな」
ラグラスが腕を組み、静かに呟いた。
「そうだね。腕に力が入らなくなって狙いがブレてる」
リノはハヤトの姿を観察しながら首を傾げた。
「うーん。クロスボウと違って反動があるから、勝手が違うのかな」
彼女はふと地面に目を落とし、考え込む様子を見せた。しばらくして顔を上げると、提案を口にした。
「伏せて撃ってみるのはどうかな?」
「伏せる?」
「うん。体を地面に預ければ、腕や肩への負担が減るかもしれないよ」
ハヤトはリノの指示に従い、地面に伏せて銃を構えた。
両肘を地面につけると体が安定し、腕の震えが抑えられる。
銃のストックを肩にしっかり押し付けると、銃口がぶれることなく目標を捉えた。
「なるほど……なんだか狙いやすい気がする」
息を整え、慎重にトリガーを引く。弾丸は100メートル先の木の幹に正確に命中した。
「……当たった!」
ハヤトが目を見開く。その声に応えるように、リノも満足そうにうなづいた。
「うんうん。伏せて撃てば、疲れていても安定して狙えるみたいだね」
リノの言葉に背中を押されるように、ハヤトは再びトリガーを引いた。
弾が命中するたびに兵士たちはどよめき、外れると残念そうな声を上げる。
しだいに、ハヤトは周囲の反応が気にならなくなり、集中力を取り戻していった。
やがて、マガジンが空になり、最後のクリック音が響く。
ハヤトは銃を下ろし、肩の力を抜きながら大きく息を吐いた。
「はーい、しゅうりょー♪ おつかれさまでしたー♪」
リノの明るい声が辺りに響く。それを合図に、兵士たちは拍手しながら散っていった。
その後ろ姿を見送っていると、ラグラスがハヤトのそばへ寄ってきた。
「最後のほうは、命中率30%。お見事でしたぞ」
地面に寝そべったまま、ハヤトは深呼吸を繰り返していた。
額には汗がにじみ、銃を構え続けた腕が小刻みに震えている。
「体力をつけないと……いまはこれが限界かな」
そう呟きながら、ハヤトは身を起こし、地面に足を投げ出して座り込んだ。
その疲れ切った様子に気づいたリノが、明るい声をかけてくる。
「よくできましたー♪ 最初のころに比べれば、すごく上達してるよ」
その言葉に、ハヤトは小さく笑みを浮かべる。
リノは地面に置かれたアサルトライフルの前にしゃがみ込むと、銃身を軽く指でつつきながら続けた。
「それにしても、銃は弾がまっすぐ飛ぶから、狙いがつけやすくていいね♪」
「弓だと違うものなのか?」
興味を示したハヤトの問いに、リノは立ち上がると背中の弓を手に取った。
そして弓を軽く掲げながら説明する。
「弓の場合は、こんなふうに的の上を狙うんだよ。矢の軌道が弧を描くから、遠い的ほど高く狙わないと届かないの」
そう言うと、リノは矢を取り出し、流れるような動きで弦に矢をつがえた。その一連の動作には一切の無駄がなく、見惚れてしまうほど滑らかだった。
矢をつがえ終えたリノは、木の幹をじっと見据え、狙いを定めた。
――ズバン!
一瞬の静寂のあと、矢が木の真ん中に突き刺さる。
そのままリノは次々に矢を放ち、計三本すべてが見事に木の中心を射抜いた。
「すばらしい腕前ですな!」
ラグラスが感嘆の声を上げ、軽く拍手をする。
ハヤトもまた目を見開き、リノの実力に感心していた。
「本当にすごいな……。俺なんかより、ずっと正確じゃないか」
ハヤトの言葉に、リノは弓を肩に担ぎ、柔らかな笑みを浮かべる。
「リノはいっぱい練習したからね♪ 勇者さんも負けずに頑張ってね。弓も銃も、練習すればするだけ成果が出るんだから」
その明るい励ましに、ハヤトは静かにうなづいた。
これだけ凄腕の教官がいるのだ。続けていけば、自分の射撃もきっと上達するだろう。
そんな確信が胸の奥に芽生える。
ふいに、ラグラスがハヤトの前に進み出た。
「では、私の魔法の腕前も見せて差し上げましょう」
そう宣言すると、彼は天に向かって勢いよく両腕を突き出した。
その仕草は、何か壮大な魔法が発動するかのような雰囲気を漂わせていたが――。
「――あ、勇者さん!」
突然、リノが何かを思い出したように手を打つ。
「そろそろ取りに行かないと時間なくなるよ!」
「そうだった! 案内してもらえる?」
「うん。いこーいこー♪」
リノが差し伸べた手を掴んで、ハヤトは立ち上がる。
すばやくアサルトライフルを肩にかけると、リノと一緒に駆け出した。
走り出してしばらくして、ハヤトはふと後ろを振り返る。
そこには、腕を上げたまま固まっているラグラスの姿があった。
――かわいそうだとは思ったが、いまはそれを気にしている余裕はなかった。




