第53話 狩り
太陽が高く昇ったころ、ようやく目的の場所にたどり着いた。
そこは山の中腹にある盆地のような平らな場所だった。
膝の高さほどの草が生い茂り、木々がまばらに点在している。
山で狩りをするなんて、登るだけで精一杯のハヤトには無理だと思っていた。
しかし、この平らな盆地内であれば、なんとかやれそうな気がした。
ハヤトたちは盆地の端にある切り立った崖の前で足を止めた。
崖には大きな洞窟がぽっかりと口を開けている。
陽の光はその内部に差し込まず、深い闇が広がっている。
普段から地下で暮らしているハヤトでさえ、薄っすらと恐怖を感じるほどの暗さだった。
フルフェイスの兜を小脇に抱えたラダンが、洞窟を背にして兵士たちに説明を始める。
「岩塩採取組は、この洞窟に潜り岩塩を掘ることになる。内部には危険生物がいないことは事前に調査済みだが、念のため、我々騎士が一通り洞窟内を確認する」
スタイリッシュに顎ヒゲを蓄えたラダン。彼がマドールと同じ三十歳であるという話をリノから聞いていたことを、ハヤトは思い出した。
ラダンも顔立ちは若く見えるタイプだが、その落ち着いた話しぶりには年相応の重みが感じられる。
「食料採取組は五人ごとにチームを組み、各チームに護衛のため騎士をひとりつける。この辺りにはランクDの危険生物が確認されているので、常に誰かを側において作業をしてほしい。――――何か質問はあるか?」
ラダンは兵士たちを見回しながら尋ねた。
誰も口を開かないなか、ラダンの横に控えていた騎士のひとりが手を上げる。
「そろそろお昼ですが、昼食はいつとるのでしょうか?」
フルフェイスの兜のため顔は見えなかったが、その少し間延びした声には聞き覚えがあった。
「ゴルドー、我々はピクニックに来たのではないのだぞ」
「ですが、お昼ご飯をせっかく用意してきたのですから、無駄にしてはいけないと思います」
ゴルドーの引かぬ姿勢に、ラダンは少々面食らった様子を示したが、気を取り直すように咳払いをひとつした。
「…………いまから食事をとるには少し早いから、二時間後にとることにする。食料採取組もいったん二時間後にはここに戻ってきてくれ」
そのほかに質問はなく、兵士たちはそれぞれの作業に移り始めた。
半数の兵士は洞窟に入っていき、残った兵士たちは五つのチームに分かれ始める。
「さて、我々もハヤト殿の訓練を兼ねた狩りに出かけますかな」
「ああ。ところで、俺たちのチームってどうなってるんだ?」
「――リノと同じチームだよ♪」
リノがひょいっとハヤトの後ろから現れた。
気配をまったく感じていなかったので、ハヤトは軽く驚く。
弓の名手であるリノは、一流の狩人でもあるのだろう。獲物に悟られずに近づく術を身につけているようだ。
「そっか、射撃の先生だもんな。今日も指導頼むよ、先生」
「うんうん。今日も頑張ろうね♪」
ラグラスにリノを加えて三人でチームを組むのかと思っていたところ、ひとりの騎士が近づいてきた。
小柄だが、体格に似合わない大きな鎧を身に着けている。
その騎士はハヤトたちの前まで来ると、腰に手を当て、胸を張って宣言する。
「オレがおまえらの護衛をしてやる!」
「……アレン、おまえも来てたのかよ」
「なんだその嫌そうな顔は?」
兜のフェイスガードを上げたアレンが、しかめっ面で睨みつけてきた。
この世界に呼ばれた初日にいがみ合って以来、アレンは何かとハヤトに対抗心を向けてくる。
最近は顔を合わせていなかったので忘れかけていたが、相変わらず面倒なやつだった。
「おまえも十分嫌そうな顔をしてるがな」
「当然だ。どこぞの馬の骨を護衛するために騎士になったわけではないのだからな」
「大きな鎧を着てるくせに、心は狭いんだな」
「なにぃ!?」
アレンの目が怒りに燃え、ハヤトを鋭く睨みつけた。
その緊張感を破ったのは、脇から聞こえたラグラスの穏やかな声だった。
「まあまあ、ハヤト殿もアレン殿も、穏やかにいきましょう」
ラグラスの言葉に気勢を削がれたアレンが、顔をしかめながら嫌味を吐く。
「ふん。庶民上がりの魔術師風情が、気軽に話しかけるなよ」
一瞬だけ目を細めたラグラスだったが、すぐに肩をすくめ、穏やかな笑みを浮かべた。
「いやはや、これは失礼。つい馴れ馴れしくしてしまいましたな」
その様子には怒りの気配は微塵もなく、むしろ余裕すら感じられる。
ハヤトは、その大人びた対応に感心した。
伊達に歳を取っているわけではなさそうだ。
ハヤトはアレンの態度に一言言いたくなり、口を開いた。
「おまえ、少しは年上に敬意を払えよ」
「はあ? 勇者、おまえが言えたことか?」
アレンの切り返しに、ハヤトは絶句する。
よく考えなくても、誰彼構わずタメ口をきいているのは自分のほうだった。
痛いところを突かれ、言葉に詰まるハヤトを見て、ラグラスは微笑みを浮かべたまま、軽く肩をすくめた。
ちょうどそのとき、遠くからラダンが歩み寄ってきた。
「おまえら、何をしている」
「は! 勇者に口の聞き方を指導していました!」
「ふむ。まあ、魔法もないような非文明世界から来たのだ。礼儀なども知らぬのだろう。多少のことは大目に見てやれ」
「は! わかりました!」
ラダンはハヤトに向き直り、自分も狩りに同行することを告げた。
「俺もおまえの腕を確認しておきたくてな」
プレッシャーがかかるから、正直やめてほしいところだ。
「リーダーは待機してたほうがいいんじゃないのか?」
「なに、優秀な部下に任せてある。何かあっても対応できるだろう」
結局、狩りにはハヤト、リノ、ラグラス、ラダン、アレンの五人が参加することになった。
■
木の陰にハヤトとリノは息を殺して身を潜めていた。
「勇者さん、あそこ」
リノが指さす先には、鹿のような角を持つ動物が草を食んでいる。
毛並みは赤く、少々険しい目つきをしているものの、全体の姿はまさに鹿と言える獣だ。
「あれを撃てばいいんだな」
「うん」
リノとハヤトは木陰に身を寄せ、声を潜めて囁き合った。
獣に気づかれれば、逃げられる可能性が高い。
金属鎧が音を立てる騎士のふたりは、ハヤトたちから距離をとり、ラグラスも騎士たちと共に少し離れた場所で待機している。
獣までの距離は約15メートル。
訓練を積んできたハヤトにとっては、十分狙える距離だった。
ハヤトはサブマシンガンを肩から下ろし、ストックを肩にしっかり当てて構えた。
セーフティを外すと、わずかな金属音が響く。
ひやりとしながらも、音を立てないよう慎重に息を整え、狙いを定めた。
狙いは胴体。
サブマシンガンの弾は多少ばらつくため、狙いが甘くても連射すれば体のどこかに当たるだろう。
獣は耳をぴくんと動かし、鼻をひくつかせて何かを探るように顔を上げた。
その目がこちらに向きそうになるたび、ハヤトの手にじっとりと汗がにじむ。
(感づかれたか? だが、逃げられる前に――)
ハヤトがトリガーを引くと、サブマシンガンが轟音を響かせ、肩にずしりと反動が伝わった。
銃口から放たれた弾丸が連続して獣を襲い、地面の枯れ葉を舞い上がらせる。
次の瞬間、獣は悲鳴を上げる間もなく、その場に倒れ込んだ。
「やったー! 初めてでうまくできたね!」
リノが横から抱きついてくる。
「獲物を見に行こう!」
彼女はハヤトの手をぐいぐいと引っ張り、倒れている獣のもとへと向かった。
獣はすでに息絶えており、腹に空いた穴から血を地面に垂れ流していた。
ハヤトにとって、これは子どものころに虫を殺して以来、初めての殺生だった。
「うん、急所に当たってるね。上出来だよ」
リノが獣の死体を確認しながら言う。
「練習通りできてよかったよ」
ハヤトはサブマシンガンのセーフティをかけ、肩にかけ直した。
生き物を殺すということに、もっと動揺するかと思っていたが、自分でも驚くほど落ち着いていた。
「じゃあ、捌いちゃうね」
リノが腰から短剣を抜き、手慣れた様子で獣の体に刃を突き立てていく。
食べるために殺すこと。生き延びるために、やられる前にやらなければならないこと。
ハヤトはそれらを、もはや理屈としてではなく感覚として理解していた。
この世界に来て以来、何度か死にかけた。また、人の死も見てきた。
そうした経験が、自分の感覚を、元の世界にいたころとは少なからず変えてしまったのだろう。
ハヤトは感慨深く、手のひらを見つめた。
この手で誰かを守れるかもしれない――そんな思いが胸に去来した。
「見事なものですな」
ラグラスが感心したような声を出しながら、後ろから近づいてきた。
「その『銃』という武器は弓よりもずっと強力ですな。威力としては中級魔法程度ですが、連射が効くというのは素晴らしい。並の魔術師数人分の働きができそうです」
魔術師数人分と言われて悪い気はしない。
これまで一般兵士どころかメイドレベルとまで言われていた自分が、一気に格上げされたような扱いだ。
自然と頬が緩むハヤトだったが、そこへラグラスに遅れてやってきたアレンとラダンが声をかけてきた。
「ふん。あれくらい、兵士の弓矢でも簡単だったさ」
「ふむ。訓練の成果は一応あるようだな」
せっかくいい気分になっていたところに水を差され、ハヤトは思わずふたりの顔を見た。
ラダンはいつも通り冷静な面持ちだが、アレンはこめかみを引きつらせ、明らかに負け惜しみを吐いている感がありありだった。
ハヤトは少しからかってやることに決めた。
「いまのは30%の力だからな」
「なに!?」
アレンが動揺する様子を見て、ハヤトは溜飲を下げる。
もちろん、銃に30%も100%もない。
だが、銃の仕組みをよく知らない騎士たちには、それが本当かどうか区別がつかないだろう。
そのとき、羽ばたく音が聞こえたかと思うと、突然一羽の鳥が飛んできて、ハヤトの肩に止まった。
「うわっ、なんだこの鳥!?」
鳥はハヤトの肩の上でじっと一点を見つめている。
「ほう。現れたようですな」
ラグラスが鳥の視線を追いながら、そう呟く。
「現れたって、何が?」
「危険生物が、ですよ」
ラグラスの言葉にハヤトも鳥が見つめる先を凝視する。
だが、遠くまで木々がまばらに生えているのが見えるだけで、動くものは何も見当たらなかった。
「まだ遠いところにいるようですな。どれ、私の遠目の魔法で見てみましょうか」
ラグラスはそう言い、低い声で呪文を唱え始めた。
しかし、その術が発動する前に――。
「あ、いるね。200メートルぐらい先かな」
リノが額の上に手をかざし、こともなげに言った。
「リノちゃん、見えるの?」
「うん。リノ、目はいいんだ~」
「ほう、いい目をしているな。どこだ?」
ラダンの問いに、リノは指でひとつの方向を指し示す。
「いますね。あれは毒を持ってるやつですね」
アレンもすぐに見つけたらしく、さらにはその種別も特定したようだった。
少し遅れてラダンも「通常よりもでかいな」と感想を述べた。
一方、ハヤトは負けじと必死に目を凝らすが、さっぱりわからない。
そんな様子を見て、リノがハヤトの傍にやってきて、丁寧に居場所を教えてくれる。
「――その赤が混ざった木のさらに奥、ほら、そばの草木が揺れてるでしょ?」
「あー、あれかー」
言われてもなかなか気づきにくいほどの大きさだが、たしかに緑色の何かがこちらに向かってきているようだ。
「あれに触られるとしびれちゃうから要注意って習ったよ」
「うえー、やだなー」
ハヤトが顔をしかめる横で、アレンが大股で前に出た。
「ふん。俺の剣の錆にしてやるさ」
アレンは大げさに肩を回し、腰の剣に手をかける。
毒を持つ生物相手にもひるむ様子は一切ない。
その自信に満ちた態度を見て、ハヤトは小声でつぶやいた。
「毒を持ってるのなら飛び道具のほうがいいんじゃないか?」
「この鎧があれば毒など効かん!」
アレンは胸を張りながら、自慢げに自分の鎧を叩いた。
重厚な金属音が響き、ハヤトは肩をすくめた。
「――ホオォォォク、アイィィィィイ!!」
そのタイミングで、ラグラスが突然大声で呪文を完成させた。
しかし、ハヤトは遠くの危険生物を目で追うのに忙しく、気にかける余裕はなかった。
リノたちも振り返ることなく、じっと危険生物を見つめている。
やがて、ラグラスは危険生物について詳細な説明を始めた。
「あれはテンタクルズという、無数の触手に毒を持つDランクの危険生物ですぞ。触手に触れると毒を流し込まれ、体が痺れてしまいます。接近戦をしたくない相手ですな」
ハヤトはラグラスの言葉に一応耳を傾けたものの、特に新しい情報は得られなかった。
ラグラスはひと呼吸置き、次の詠唱に入る。
彼の右手が淡い光を放ち始め、得意げに皆へ向けて告げた。
「私の魔法なら、この距離からでも仕留めることができます。見せてあげましょう。魔法の力を!」
「いや、いい」
ラグラスが魔法を放つ前に、無情にもラダンがそれを止めた。
ラグラスの顔に落胆の色が浮かぶ。
「いい機会だ。ここは勇者にやらせよう」
「俺が――やるのか?」
「わー、勇者さん、頑張ってね♪」
「今度は100%の力を見せてみろ!」
完全に蚊帳の外に置かれたラグラスがため息をつくとともに、彼の右手の輝きも消えた。
「あれー? あの危険生物、こっちに来なそうだよ」
リノが危険生物をじっと見つめたまま、少し首をかしげながら言う。
どうやら、こちらが一方的に気づいており、向こうはハヤトたちに気づいていないようだ。
「よかった。これで相手しなくていいな」
「ダメだ」
ハヤトが安堵したところに、ラダンが口を挟む。
「逃しては訓練にならんし、ほかの班を襲われても困る。勇者、おまえがいまここでやるんだ」
有無を言わせぬ強い口調だ。
ラダンは振り返ると、ラグラスに指示を出した。
「あいつの注意を引きたい。派手なのをあいつの近くに撃てるか?」
「もちろん。できますぞ」
頼られたことで、ラグラスは嬉々とした表情を見せた。
「派手なのですね。ええ、いいですとも」
ラグラスが呪文の詠唱に入ったのを確認し、ラダンはハヤトに向き直る。
「おまえの力を見せてみろ」
わざわざハヤトの狩りについてきたのは、ハヤトの力を確認したいからだろう――それはハヤトにもわかっていた。
ハヤトもまた騎士たち、とくにアレンに銃の威力を見せつけたい気持ちが強かった。
アレンが何かと絡んでくるのは以前からだったが、いい加減うっとうしい。
これ以上舐められないよう、ここでしっかりと結果を出しておきたい。
気がつくと、ラグラスの全身が赤い光に包まれていた。
彼は両手を天に向けて上げ、こめかみに血管を浮かばせながら、力強い呪文を唱え続けている。
「――――デモニック・モード!!」
呪文を完成させたラグラスの全身が、眩ゆいばかりの赤い光を放ち始めた。
熱は感じないものの、その圧倒的な光から、膨大な魔力が溜め込まれていることが容易に察せられる。
ラグラスは両手を前に突き出した。
「ふぉおおおおお! そしてこれが、デモニック――!」
「あ、こっちに気づいたみたいです。走り出しました」
アレンの声に、ハヤトは視線を危険生物に戻す。
たしかに、それはこちらに向かって走り出していた。どうやら、ラグラスの光が向こうにも届いたらしい。
「お、そうか。ラグラス殿、ご苦労。もういいぞ」
ラダンの言葉に、ラグラスは両腕を前に伸ばしたまま固まった。
「勇者さん、十分引きつけてから撃つんだよ」
「どうせ外すんだろ。そうしたら俺が片付けてやるよ」
リノとアレンに挟まれて話しかけられ、ハヤトは一瞬混乱しかけたが、すぐに落ち着いて銃を構えた。
そして、危険生物がさらに近づいてくるのを待つ。
「確実に当てるために、20メートルくらいまで引きつけようね」
「え? そんなに引きつけるの?」
「うん。今後のことを考えると、そのくらいの距離に慣れたほうがいいよ。合図するから、それまで待ってね」
触手を振り回しながら草をかき分け、危険生物が迫ってくる。
青と緑の模様に彩られたその体は毒々しく、生身で触りたいとは思えない。
できるだけ遠くで倒してしまいたいという思いがハヤトの中に渦巻く。
胴体のど真ん中に狙いを定め、トリガーに指をかける。
「まだだよ。もう少し……」
リノが横でささやく。
ハヤトは落ち着いて、呼吸をひとつ、ふたつ。
だが、それでもリノは合図をしない。
(まだなのか!?)
焦る気持ちを押さえつけて待つと、ようやくリノの声が響く。
「――いいよ! 撃って!」
リノの声に反射的にトリガーを引く。
空気を引き裂く連続した破裂音が響き渡り、危険生物の体が後ろに吹っ飛んで地面に転がる。
一瞬、触手が天に向けて伸びたあと、だらりと地面に落ち、そのまま動かなくなった。
「やったね! 危険生物も一撃だなんてすごいよ!」
リノが背中から飛びつき、ハヤトにおんぶするように乗っかってくる。
小柄なリノだが、各種装備を身につけているため、それなりの重量がある。
ハヤトはふらつきながらもなんとか耐えるが、リノはすぐに背から降りてハヤトの手を掴んだ。
「じゃあ、確認しに行こう!」
「お、おう」
ハヤトはリノに手を引っ張られる形で、危険生物が倒れている場所に近づいていった。
「お、おい。待て!」
後ろからアレンが追い、そのさらに後ろをラダンが続く。
危険生物の体長はおよそ1メートル60。触手は2メートルほどの長さで8本。
目も口もないつるりとした緑色の皮膚を持ち、腹に空いた複数の穴から青色の体液を流して地に伏している。
「弾は貫通したみたいだね。どこが急所かわからない体だけど、息絶えてるね」
リノはしゃがみ込み、ナイフで危険生物の体をつつきながら死骸を検分する。
「この表皮は滑らかだから、剣で斬る場合、うまく当てないと受け流されそうだね。でも『銃』ならそんなの関係なく倒せちゃうみたいだね」
ハヤトの持つ銃は、騎士たちの鋼鉄の鎧すら貫通する威力がある。
生身の肉であれば、防ぐのは到底無理だろう。
リノは立ち上がり、ハヤトを振り返ると満面の笑みを浮かべた。
「勇者さん、すごいね!」
「お、おう」
なんだか気恥ずかしくなり、ハヤトはアレンに目を向けた。
彼は眉をしかめ、口を開けたままアホのような顔で固まっている。
どうやら銃の威力にショックを受けたらしい。
「まあ、手加減したけどこんなものだな」
いったいどうやれば銃で手加減できるのか――自分でもわからない。
しかし、アレンを刺激するために適当にそう言ってみる。
「な、なにを……! 俺だってこのくらい――!」
ムキになったアレンの顔を見るのは、妙に気持ちがよかった。
思えば、この世界に来てからずっとアレンや騎士たちには馬鹿にされっぱなしだった。
けれど、銃のおかげでようやく勇者らしい仕事ができそうだ。
ハヤトは、これからの自分の活躍を想像して、少しだけ楽しみになった。
「よし、そろそろ時間だ。昼食に戻ることにしよう」
ラダンの言葉に、ハヤトたちは撤収を始めた。
先頭をラダンが歩き、その後ろをリノとハヤトが並んで続く。
さらにその後ろには、ハヤトが仕留めた鹿のような獣を背負ったアレンがついていく。
一方、その場に取り残されたラグラスは――
彼は両腕を前に伸ばしたまま、まるで彫刻のように固まっていた。
誰も自分に声をかけることなく立ち去るのを見届けたラグラスは、ため息をつき、両腕を下ろす。
「待ってくだされー!」
そう叫びながら、一行のあとを追って走り出す。
だが、すでに昼飯の話で盛り上がるハヤトたちは、その声に気づくことはなかった。




