第50話 射撃訓練
リノとの訓練は毎日続いていた。
初日は膝をついての射撃練習だけだったが、二日目以降は立った状態での射撃も加わり、訓練内容が徐々に増えていった。
「構える、撃つ、武器を下ろす。繰り返して」
リノの軽やかな声が訓練場に響く。
動かない的を撃つだけの単調な訓練だったが、いまは型を体に覚え込ませることが最優先だという。
ハヤトはひたすら同じ動作を繰り返しながら、正しい姿勢と銃の扱いに慣れるため集中していた。
「構えるときに狙いもつけるんだよ。ちゃんと的の真ん中を狙って」
リノの口調は明るいが、訓練に対する指導は一切の妥協がない。
ハヤトが気を抜いている様子を見せると、すぐにやんわりと指摘してきた。
そのおかげで、ハヤトは訓練中、常に集中を求められたが、それが意外にも心地よかった。
「まだ少し構えがぎこちないかな」
リノがハヤトの姿勢を見て、さらに指摘する。
「膝は伸ばさないで、腰を少し落としてみて。そうそう、そんな感じ!」
言われた通りに姿勢を変えると、体が地面にしっかり安定する感覚がした。
「いまはただ撃つだけだけど、実戦ではいつでも動けるようにしないといけないからね」
リノは言葉だけでなく、手を伸ばしてハヤトの体を調整しながら指導してくれる。
至近距離での触れ合いに、ハヤトの顔はつい緩みがちだった。
「なんか顔にしまりがないよ」
リノが両手でハヤトの頬を挟むと、彼女は口をぷうっと膨らませた。
「いや、集中して頑張ってるよ」
「ほんとかなあ」
「ほんとほんと」
リノと軽いやり取りを続けていると、不意に入り口から声が飛んできた。
「――真面目にやってるか見に来たら、女といちゃついているとはな」
ハヤトが振り向くと、そこには顎髭をたくわえた端正な顔立ちの男が立っていた。
騎士団の調査隊を率いる隊長、ラダンだ。
彼は虫たちが支配するゲートを発見した調査隊のリーダーであり、ハヤトも顔と名前を覚えていた。
黒いズボンに灰色のシャツ、その上に金の装飾が施された黒地の上着――ベースキャンプ内の騎士たちの標準的な服装だ。
その端正な姿は、まさに隊長という役職にふさわしい威厳を漂わせている。
「あ、ラダンさま」
リノがラダンに気づき、敬礼しようとする。
しかし、ラダンは片手を軽く上げ、身振りでそれが不要であることを伝えた。
そして、そのままハヤトの前まで歩み寄り、じっと値踏みするように眺める。
その冷ややかな態度に、ハヤトは軽く苛立ちを覚えた。
「何か用か?」
「おまえ、いまのままでは死ぬぞ」
「は?」
いきなりそんなことを言われ、ハヤトは思わず眉をひそめた。
「この間の遠征についていったそうだが、今度の遠征はもっと厳しいものになる。次は未攻略のゲートだからな。誰もが生き抜くのに必死になる。騎士たちがおまえを助けてくれるとは思うなよ」
「前回の遠征だって、騎士たちが助けてくれたようには思えなかったけどな」
「そうか。初めからあてにしてないのはいい心構えだ」
ラダンは薄く笑うと、地面に転がっていたクロスボウを拾い上げた。
そして、近くの的に狙いをつけると、無言でトリガーを引く。
打ち出された矢は凄まじい速度で20メートル先の的を突き破り、さらにそのまま反対側の壁に突き刺さった。
「ちっ、真ん中を外したか」
狙いが甘かったことを、ラダンは軽く舌打ちをして悔しがる。
「わー、さすがラダンさまです!」
リノが目を輝かせながら声を上げた。
「そうでもない」
ラダンはリノの嬌声をさらりと流し、クロスボウをリノに返した。
「やっぱりラダンさまは何をされてもすごいですね」
「そこのヘタレと比べられては困る」
普段ならこの言葉にいらつくところだが、ハヤトはラダンのとんでもない射撃を見せられ、ただ圧倒されていた。
ラダンは部屋を去り際に振り返り、短く言い放った。
「死にたくなければもっと必死に訓練しろ。自分の身を護るのは自分だぞ」
「……ああ」
ハヤトは答える声が少しだけ震えているのを自覚しながら、ラダンの背中を見送った。
ラダンが去ったあと、ハヤトはさきほどの射撃についてリノに尋ねた。
同じクロスボウを使っているはずなのに、ラダンが撃ったときの方がリノが撃ったときよりもずっと威力があったのが不思議だったのだ。
「魔力を使ってるんだよ」
「魔力?」
「普通は剣や鎧みたいな武具に魔力を通して強化するんだけど、一部の人は矢みたいな飛び道具にも魔力を乗せられるの。できる人はあんまり多くないんだけどね」
またしても魔力――。
この世界では戦闘力とは魔力の量のことであると聞いたが、どうやら飛び道具もその例外ではないらしい。
「リノちゃんもそれ、できるの?」
ハヤトがなんとなく尋ねると、リノは得意げに笑みを浮かべた。
「うふふ。実はリノもできちゃいます♪」
「え、できるんだ!? すごいね」
ハヤトの驚きに、リノは胸を張って続けた。
「といっても、ラダンさまほど強力じゃないけどね。でも、矢の威力を何倍にも高めることはできるよ」
「へー、リノちゃんは優秀なんだな」
ハヤトが感心したように言うと、リノは少し照れたように笑った。
「えへへ。リノが教官に抜擢されたのは伊達じゃないんだよ」
リノがハヤトの訓練指導者に選ばれたのは、てっきり余計な衝突を避けるためかと思っていたが、どうやらそれだけではないらしい。
リノは射撃指導の一環でクロスボウを何度か撃ってみせたが、どれも的の中心を正確に射抜いていた。
その腕前はまさに百発百中。そのうえ魔力を使って矢の威力を高めることができるとは、純粋に射手として凄腕だと言える。
さらに教え方もうまかった。
ハヤトが的にうまく当てられたときは惜しみなく褒め、悪い部分の指摘は適切かつ簡潔。
自分は褒められて伸びるタイプだと思っているハヤトには、この指導スタイルがぴったりだった。
「じゃあ、また訓練を再開しようか♪」
「ああ。頼むよ、先生」
「うんうん。頼まれちゃうよ」
リノはにっこり笑みを浮かべると、軽やかな声で続けた。
「じゃあ、次はもうひとつの銃の練習だよ♪」
そう言うと、リノは地面に置かれた複数の銃へ歩み寄った。ハヤトもそのあとについていく。
昨日から、サブマシンガンに加えて、アサルトライフルの射撃練習にも取り組んでいた。
先日の遠征で持ち帰った銃は、ハヤトが現在使用しているサブマシンガンと同型のものが1丁、そして銃身の長いアサルトライフルが2丁だった。
さらに、銃身が回転するらしい大型の銃が1丁――おそらくガトリングガンと思われる。
ただし、外部電源が必要なようで、ハヤトにも使用できかったので、あくまでも推測だ。
持ち帰ったサブマシンガンやアサルトライフルは、実験の結果、ハヤト以外には撃てないことが判明していた。
この仕組みについてハヤト自身も理解できていなかったが、シアやミリアは「勇者専用の武器だから」という理由で納得しているようだった。
しかし、ガトリングガンについてはハヤトも撃つことができず、周囲の視線が痛かった。
ほかの銃の何倍も重くてかさばる代物なのに、結局、誰も使うことができなかったのだから。
サブマシンガンは近未来的なフォルムをしており、全長は50センチメートル程度とコンパクトだ。
重量も軽く、片手で持ち上げることができるが、射撃時には反動を抑えるため両手でしっかり構える必要がある。
このコンパクトさのおかげで、ハヤトは非常に扱いやすいと感じていた。
マガジンには50発の弾薬が収められており、フルオート射撃ではわずか5秒で撃ち尽くしてしまう。
そのため、撃ちっぱなしにするのではなく、短い射撃を繰り返しながら制御する必要がある。
マガジン交換の隙は戦闘中には致命的となり、特に危険生物との近接戦では命取りになりかねない。
一方、アサルトライフルはサブマシンガンとは対照的に長い銃身を持ち、全長は1メートル弱。
いかにも「銃らしい形状」をしており、その重さもサブマシンガンより少し重い。
長い銃身のため、取り回しは難しく、ハヤトは扱いづらさを感じていた。
この銃には30発装填可能なマガジンが底部に取り付けられている。
フルオート射撃を行うと2~3秒で弾が尽きてしまうため、単発や3連射モードでの使用がよさそうだ。
その反動はサブマシンガンよりも大きいが、一発の威力が高く、硬い装甲を持つ危険生物にも通用しそうだった。
リノは地面に置かれていたアサルトライフルを拾い上げると、ハヤトに差し出した。
「次のゲート攻略には、虫の危険生物がたくさんいるみたいだから、いま使ってる銃を持っていくと思うけど、こっちの銃も練習しとこうね」
ハヤトは手に持っていたサブマシンガンをそっと地面に置き、アサルトライフルを受け取った。
ずしりとした重さが手に響く。サブマシンガンよりも一回り大きい銃の感触に、ハヤトは自然と身が引き締まる思いがした。
「まずは10メートル先の的を狙ってみようね♪」
リノの指示に従い、ハヤトは片膝を地面につけた。
上半身をまっすぐに保ちながらアサルトライフルを構える。
銃のストックをしっかりと肩に押し付け、反動が体全体に伝わるように安定させた。
リノに教えられた通り、照準を的の中心に合わせる。
ゆっくりと息を吐きながら、慎重にトリガーに指をかけた。
引き金を引くと、銃声とともに肩に鈍い衝撃が伝わり、銃口がわずかに跳ね上がる。
飛び出した弾は的の端にかすっただけだった。
「まだ慣れないな……」
ハヤトは銃を下ろして小さく息を吐いた。
次はもっと慎重にと気を引き締める。
再び銃を構え、両腕と肩に意識を集中させた。
反動で銃口が跳ね上がるのを抑えるため、右手でしっかりとグリップを握り込み、左手で銃身を安定させる。
照準を微調整しながら、呼吸を整え、再びトリガーを引いた。
銃声が空間に反響する。
弾丸は的の中心付近に着弾し、銃口のブレが少し抑えられたのをハヤトは感じた。
「よし!」
手応えを感じ、ハヤトは小さくうなずいた。
「うんうん。いいよー♪」
リノの明るい声に励まされながら、ハヤトは射撃を続けた。
何度か連続で撃つうちに、肩に伝わる衝撃がじわじわと疲労を蓄積させていく。
やがて、弾の着弾が的から外れ始めた。
「うーん、安定しないねー」
リノは少し首を傾げ、ハヤトの構えをじっと観察する。
そして、にっこりと微笑みながらアドバイスを始めた。
「肩の力が入りすぎてるかもね。もう少しリラックスしてみようか。ほら、体全体で銃を支えるように意識して、腕だけに頼らないことが大事だよ♪」
リノはハヤトの背後に回ると、両手を伸ばし、軽くハヤトの腕を押さえた。
そのまま優しく調整を加えていく。
「この辺りに余計な力が入ってるかな? 肩と肘を少し下げてみて……。それから、ストックを肩に当てる角度を少し変えようか」
ハヤトはリノの指示通りに肩の位置を調整する。
リノはさらに続けた。
「あとは、撃つときに息を止めないこと。息を吸って、吐きながら撃つ。このタイミングを体に覚えさせると、もっと安定すると思うよ。
さあ、もう一回試してみよう♪」
リノの明るい声に背中を押され、ハヤトは再び銃を構えた。
肩の力を抜き、息を整えると、さっきよりも自然に銃口が安定するのを感じた。
慎重に引き金を引く。
銃声とともに弾丸が飛び、的の中心近くに命中する。
その感触を得たハヤトは、マガジンが空になるまで何発か撃ち続けたが、すべて的に命中させることができた。
「……おお!」
思わず声が漏れるハヤト。
「いいよー、その調子だよー♪ 上手くなってきたね♪」
リノは弾けるような笑顔を見せながらハヤトを褒めた。
その言葉にハヤトは少し照れながらも、自分の成長を実感した。
「じゃあ、次だよー♪」
リノが新しいマガジンをハヤトに手渡し、20メートルの的の射撃ポイントへ歩き出した。
ハヤトは慣れない手つきでマガジンを交換しながら、リノのあとに続く。
その後、20メートルの的、そして40メートルの的で射撃練習を行った。
アサルトライフルは銃身が長く、照準器までの距離が離れているため、サブマシンガンに比べて狙いがつけやすかった。
さらに銃身の長さが銃口のブレを抑える効果もあり、40メートル先の的を狙った場合、アサルトライフルのほうが精度が良いように感じられた。
それでも反動の大きさにはまだ慣れが必要だったが、リノの指導のおかげで、体全体で銃を支える感覚を掴み始めたハヤトは、少しずつ制御できるようになっていった。
肩に伝わる衝撃がじわじわと疲労を蓄積させるなか、ハヤトは銃を撃つたびに自分が少しずつ成長しているのを実感した。
「はーい、今日の練習は終わりだよ♪ 明日からはこの銃でも立った状態での射撃練習をしようね♪」
リノの言葉に、ハヤトは少しだけ顔をしかめた。
片膝を地面につけた安定した姿勢での射撃ですら一苦労だったのに、立った状態でアサルトライフルを撃つとなると、難易度が跳ね上がるのは明らかだった。
少しは慣れてきたサブマシンガンでさえ、立った状態では銃口が揺れて狙いが甘くなってしまうのだから。
だが、その練習が役に立つときが確実に来る。それを思えば、逃げることはできなかった。




