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第48話 御前会議

 11階層の会議室。長方形のテーブルの中央にシアが座り、右手にはゼノンと騎士ふたり、左手にはマドールとミリアが向かい合って座っている。

 ゼノンの横に座る騎士たちは、調査隊隊長のラダンとテオドールだ。


 ラダンは、顎のヒゲを無意識に指で軽く撫でながら、熱弁を振るうミリアの言葉に耳を傾けていた。

 普段の冷静さを崩すことなく、その場に集中しようとしていたが、隣から聞こえる微かな音に一瞬意識を引かれた。


 テオドールだ。短髪の頭から汗を垂らし、大柄な体を椅子に深く預けながら、テーブルの縁を指先で軽く叩いている。

 その仕草からは、何か言いたい衝動を必死に抑え込んでいるもどかしさが滲み出ていた。


「――以上のことから、『銃』には私たちには知り得ぬ未知の力が働いていて、勇者にしか扱えないものと思われます」


 ミリアが得意げな顔で説明を締めくくった。

 彼女の満足げな表情とは対照的に、ラダンを含む三人の騎士たちの顔には、不満――あるいは怒りがありありと浮かんでいた。


 騎士たちが生死をかけて持ち帰った「銃」が、自分たちには使えないというのだ。

 ラダン自身は今回の遠征には参加していなかったが、一歩間違えれば全滅もあり得たと聞いていた。

 

 それほどまでに遠征隊を追い詰めたのは、たったひとつの「銃」を持った人形であったという。「銃」にはそれほどの力があるというのだ。

 だが、それが騎士には使えず、勇者にしか扱えないというのでは、負ったリスクに見合うものではなかった。


 沈黙を破り、シアが静かに口を開いた。

 

「そうですか」

 

 ラダンはシアの表情からその内面を探ろうとしたが、彼女の落ち着いた態度はいつもと変わらず、その心を推し量ることはできなかった。


「今回の遠征は失敗でしたな」


 隣に座るテオドールが、不満を露わにした声で言った。

 

 彼は今回の遠征で、人形の『銃』に撃たれるという経験をした。

 その身で「銃」の威力を痛感しているからこそ、それが騎士には使えぬと知り、ほかの誰よりも強い怒りを感じているのだろう。


「使えもしないものを、我々は命をかけ、そして貴重な時間をかけて持ち帰ったのだ。この責任を魔術師団はどのように取るつもりですかな?」


 テオドールは、嫌味たっぷりにそう言い放ちながら、ミリアとその上司であるマドールに鋭い視線を向けた。


「話を聞いていなかったの? 勇者、つまりハヤトには使えるわよ?」

 

 ミリアは、まるで出来の悪い生徒に教えるかのように、上から目線で応じた。

 その態度にむっとしたテオドールが何か言い返そうとするが、ラダンが片手を上げて制した。


「そもそも、勇者にしか使えないというのはどういうことなのだ?」


 ラダンの問いに、ミリアは得意げに答える。


「言ったでしょ。未知の力が働いているのよ」


「それを解析するのが魔術師の役目ではないか」


 冷静に返すラダンに、ミリアは肩をすくめて続けた。

 

「伝説に残るような名剣だって使い手を選ぶというでしょ。あれだって、どういう原理で使い手が選ばれているのか誰にもわからないじゃない。それと同じよ」


 「銃」を伝説の剣と同列に語るミリアの態度に、ラダンは内心腹立たしく思う。

 だが、その怒りを表に出すようなことはしなかった。


 一方、テオドールは顔を真っ赤にし、いまにも爆発しそうな勢いで怒りを滲ませていた。

 

 そこに、ミリアがさらに火を注ぐような発言をする。


「魔術師団は、現時点での『銃』を持った勇者の戦闘力を9000以上と推定します」


「き……9000以上……!? それはマチガイだ!」


 テオドールは驚きの声を上げた。

 その様子に、ミリアは肩をすくめ、あたかも当然のことを言うかのような調子で返す。


「間違いじゃないわよ。しかも、『銃』を使いこなせれば、何倍もの戦闘力になるはずよ」

 

 彼女はテーブルに手を置き、勢いを増して続けた。


「勇者を今後の遠征に参加させることを提案します。適切な訓練を施せば、大きな戦力になると確信します」


「バカな! 反対である!」


 テオドールがテーブルを叩き、即座に反対の声を上げた。

 ラダンも同じ意見だったが、興奮して怒りに震える同僚を見て、自分が反論するべきだと判断する。

 片手でテオドールをなだめると、ラダンは静かに切り出した。


「素人に付け焼き刃では足手まといになる。いかに強力な武器を持とうとも、我々騎士団についてこれるとは思えない」


 魔術師相手に感情的に怒鳴っても効果はない。理には理をぶつけるべきだ――ラダンはそう判断していた。


「それは接近戦をした場合でしょ。離れて戦えば大丈夫。騎士団が脇を固め、勇者が『銃』で敵が近寄る前に撃ち倒す。これでリスクを下げて戦うことができるわ」


 ミリアの提案に対し、ラダンは即座に反論を返す。


「机上の空論だ。実際の戦いでは想定外のことが起こる」


「そのときは騎士たちが守るのよ。それが役目でしょ?」


 ミリアの最後の一言は、挑発的とも取れるものだった。

 その場の空気がさらに張り詰め、テオドールは怒りに震えながら再びテーブルを叩こうとするが、ラダンが手を上げてそれを制した。


「もちろん護る。だが、弱点を抱えることは全体の戦力を不安定にする。護る側は常に最悪の事態を想定して動かなければならないが、部隊に極めて脆弱な部分があれば、その想定の幅が広がり、行動が制限される」


 実際、騎士たちが遠征隊に肉体的に脆弱な魔術師を加えるのを渋るのも同じ理由だ。

 魔術師は、まだ自衛がある程度可能な分、かろうじて許容されているに過ぎない。

 

「勇者を部隊に加えることには、戦力としてプラスの面とマイナスの面があるだろう。たとえその合計がプラスになったとしても、戦力の安定化という意味では明らかなマイナスだ。

 戦力の補充がきかない我々にとって必要なのは負けない戦略。そのために一番大切なのは、安定した戦力である。この点については、あなたがた魔術師団とも一致した見解だったはずではないか」


 ラダンの理路整然とした主張に、ミリアはすぐさま切り返した。


「大丈夫。戦力的には圧倒的プラスになるから。多少の不安定化なんて問題にならないわ」


「圧倒的にプラスになるなど、何を根拠に――」


「だって、あなたたち『銃』一本にやられてたじゃない」


 ミリアが笑顔で放った言葉に、ラダンは自分のこめかみがひくつくのを感じた。


「あれは『銃』だけの性能ではない。撃ち手の能力こそが高かったのだと聞いている」


「なら勇者を鍛えればいいでしょ」


「だから一朝一夕に鍛えられるものではないという話をしているのだ」

 

 ふたりのやり取りが激しさを増す中、それまで黙って話を聞いていたマドールが割って入った。


「まあまあ。勇者が未熟であるのはたしかです。しかし、騎士が苦手とする遠距離攻撃ができる点は戦術的に大きな価値がありますよね?

 たとえば、Bランクのスプレッダーは打撃を受けると毒霧を撒き散らし、この毒霧に触れると重篤な病気に感染します。治療法も確立していない現状では、騎士が近接戦闘を挑むのは悪手だと思いませんか?」


 マドールはシアの後ろに控えるナズリーをちらりと見てから、話を続けた。


「以前は近衛団がいましたから、彼女たちの魔法で対処できたでしょうけど、いまは近衛はナズリーさんひとりだけです。部隊に強力な遠距離攻撃が可能な勇者を加えることは、戦力の安定化という意味でも有効だと思います」


「しかし――」


「もちろん、必要のない場面ではこれまでどおり騎士の方々で対処していただいていいのです。あくまで戦力の中心は騎士の皆さんで、『銃』は必要なときに利用できるようにしておく。そのために勇者を連れていくということです。そういう形であれば、どうでしょうか?」


 ラダンは深く息を吸い、静かに吐いた。


 マドールという男は、見た目どおり柔らかな物腰で弁が立つ。相手を正面から論破するのではなく、聞こえの良い提案をしながら自分の主張を通すタイプだ。

 騎士団が魔術師団となんとか協力してやってこれたのは、間違いなく彼の存在によるところが大きい。

 しかし、逆に言えば、この男のせいで魔術師団の要求を飲まされ続けてきたということでもあった。


 丸め込まれないためには慎重に言葉を選ぶ必要がある。そう、揚げ足を取られない慎重な言葉を――。


「騎士団としては反対である!」


 しかし、ラダンの隣から机を叩く音とともに発せられた同僚の叫びに、ラダンは思わず天を仰ぎたくなった。


「どうして反対なのでしょうか?」


「反対だから反対なのだ!」


 感情をそのまま垂れ流しながら、机を何度も叩く同僚の姿に、ラダンは深いため息をついた。


「なるほど。ご意見ありがとうございました。それでは、シア様。どうすべきかご判断いただけますでしょうか?」


 しまった――ラダンは内心舌打ちをした。

 有効な反論を出せていないままでは、シアの判断が不利に働くのは明らかだ。しかし、いまこの状況で口を挟むのは難しい。


 シアはしばらく黙ったまま、何かを考えている様子だったが、おもむろに後ろを振り向き、静かに声をかけた。


「メルヴィアはどう思うのですか?」


 その言葉を聞いた瞬間、ラダンは身を固くした。

 

 最悪の展開だ。

 おそらく、メルヴィアの発言に反論することは自分にはできないだろう。

 メルヴィアの意見が出る前にこちらの主張の優位性を確保する――それが最低限のラインであった。


 またしても魔術師団の主張を飲まされることになるのか。

 ラダンはうつむき、力いっぱい握りしめた拳をじっと見つめた。


 部屋の隅に控えていたメルヴィア――正確には彼女のマジックドールが、シアの言葉を受けて一歩前に出た。そして、落ち着いた声で話し始める。


「総司令として意見を述べさせてもらうなら、遠征団に勇者を加えるのには反対するわ」


 意外な言葉にラダンは顔を上げかけたが、思いとどまってすぐにうつむいたままでいる。

 てっきり、マドールたちは上司であるメルヴィアと見解を一致させていると思っていた。しかし、どうやらそうではないらしい。


 ラダンは胸中の動揺を抑えながら、続きの言葉を待つ。


「理由は三つあるわ。ひとつは騎士団の主張するとおり、勇者の練度が不足していること。個人としての戦闘スキルが未熟である上に、騎士たちとの連携行動にも課題があるわ」


 ラダンは心の中で大きく頷いた。メルヴィアの主張は明らかに理に適っている。

 

「ふたつめは、飛び道具は拠点防衛にこそ威力を発揮するということ。防衛力が高まれば、それだけ遠征隊に戦力を投入することができる。つまり、全体の戦力を最大化するためには、勇者をベースキャンプに固定すべきよ」


 その一言に、ラダンはさらに納得を深めた。

 本来なら、自分が主張すべき内容だった。

 しかし、ミリアの人を苛立たせる態度に惑わされ、議論を魔術師団の有利に進ませてしまったのだ。


 顔を上げたラダンはちらりとミリアを見る。

 彼女は真っ青な顔でメルヴィアの言葉を聞いていた。

 その様子を目にし、ラダンは内心でにやりと笑う。いい気味だ。


 メルヴィアがさらに続けた。


「そして最後の理由は、シア、あなたが勇者の元の世界への帰還を約束したこと。召喚者が勇者と交えた約束は、呪術的な拘束を受けるとされているわ。交わされた約束は遂行されるよう強制される。たとえ勇者の身に何かが起こり帰還が不可能になったとしても。そうなった場合、召喚者であるあなたの身に何が起こるか予測できないわ」


 メルヴィアの言葉が終わると、シアは「あなたの主張はわかりました」と静かに頷いた。

 その一言を聞き、ラダンは握りしめた手の汗を机の下でズボンに拭いながら、青ざめたミリアを見てさらに内心でほくそ笑む。


 しかし、その場の緊張はまだ解けない。シアは再び口を開いた。


「ゼノンはどう思いますか?」


 腕を組み、厳しい顔つきのまま目を閉じていたゼノンにシアが尋ねる。

 ラダンは、これでダメ押しの決着がつくと思った。しかし、次の瞬間――信じがたい言葉が耳に飛び込んできた。


「私としては、勇者を部隊へ加えることに賛成する」


 その一言が、すべてを覆した。

 最終的に、このゼノンの言葉が決め手となり、勇者の部隊編入が決定したのだった。











 

 会議終了後、自室に戻る途中で、ラダンはゼノンにさきほどの会議での真意をただしていた。


「ゼノン殿! あれはいったいどういうことですか!」


 後ろからテオドールも声を上げる。


「そうです。ご説明いただきたい!」


 ゼノンの発言を受けて、シアは勇者を遠征団に加える決断を下した。

 メルヴィアが反対していた以上、ゼノンも反対すれば――いや、賛成さえしなければ、この提案は却下されていたはずだった。


 ゼノンは足を止め、険しい表情で振り返る。そして静かながら重みのある声で答えた。


「ラダンはこの間の遠征には帯同していなかったな……。ゲート内部で我々を襲撃した人形が持っていた『銃』は、勇者の世界に存在する『科学』という技術を用いて作られたものだそうだ。総司令のレポートによれば、それは我々の魔力に匹敵する力を持つらしい」


「ですが、勇者は魔力を持たない。彼らの世界では魔力が発達していないのでしょう。我々には魔力がある。負けるはずがないでしょう」


 ラダンがそう言い切ると、ゼノンは一瞬目を閉じ、低い声で続けた。


「――たしかに、我々であれば鎧に魔力を通すことで『銃』による攻撃に耐えることはできる」


「そうです!」


「だが……我々は『銃』を持った人形一体に遅れを取ることになった」


 その言葉に、ラダンは即座に食い下がる。


「それは奇襲されただけでしょう」


 ゼノンは首を横に振った。


「そうではない。最初の奇襲から避難したあと、我々は十分に準備して突入した。だが結果として、血を吐き、床に臥すことになった」


「なぜです!?」


 ラダンが詰め寄ると、ゼノンは冷静な声で答えた。


「魔力を鎧に集中させれば、たしかに攻撃を防ぐことはできる。だが、全身を完全に防御するわけにはいかず、必然的に急所を重点的に強化することになる。あの人形は……その魔力が薄い箇所を的確に狙ってきたのだ」


「――まさか」


 ラダンは絶句した。

 魔力の薄い部分を狙うなど、自分たちには到底不可能な技術だった。

 

 たしかに自分たち騎士も魔力を感知することはできる。

 しかし、それはぼんやりとした感覚であり、部位ごとの魔力の多寡を正確に把握することはできない。

 もしそれが可能だとすれば、それは魔力を視覚化するような特別な能力が必要だろう。


「あの人形は我々の世界の魔力に匹敵するという『科学』という力を持ちながら、我々の魔力に対抗する技術をも有していた。だが、より深刻なのは、その人形が支配していたゲートが、また別の存在によって落とされているという事実だ。この大陸がどれほど危険であるかわかるであろう」


 ゼノンの言葉に、ラダンの胸中に冷たい衝撃が走る。

 騎士団が遅れを取ったあの人形が複数いたゲートを落とした存在――それは、騎士団の戦力では到底対応できない、Aランクに該当する危険な存在かもしれない。

 

「今回の遠征で思い知らされたのだ。ゲートから湧いてくる異世界の存在は、あまりにも危険すぎると」


「……だからこそ、素人の勇者を加えるべきではないでしょう!」


 ラダンが抗議の声を上げる。しかし、ゼノンはそれを遮るように続けた。


「――だからこそだ」


 ゼノンの冷たい声に、ラダンは言葉を飲み込む。

 

「勇者を帰還させるため、そして我々が王国に帰るためには複数のゲートを攻略する必要がある。しかし、我々の戦力でいくつものゲートを攻略することは難しいかもしれぬ。ひとつでも攻略するゲートの数を減らすことが、生還への可能性を高める最も有効な手段だ」


 ゼノンの言葉に、ラダンは衝撃を受けた。


「それは……勇者に死んでもらうということですか!?」


「むろん、我々は勇者を護る。だが事故というものは起こるものだ」


「ゼノン殿、あなたは……」

 

 壁に灯る光がゼノンの顔を照らし出すが、そこには一切の表情が浮かんでいなかった。

 押し黙るラダンとは対照的に、テオドールは得心したように頷く。


「なるほど……。事故ならいたしかたありませんな」


 ゼノンはラダンに背を向けると、歩き出した。

 テオドールもその背中を追う。

 その去りゆく背中に向かって、ラダンは呻くように言葉を投げつけた。

 

「それが……あなたの騎士道ですか」


 ゼノンは振り向かず、歩きながら静かに答える。


「騎士道とは主人を護ることである」


 歩き去る二人の背中を睨みながら、ラダンは小さく呟いた。


「それだけではないはずだ……」

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