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第4話 12階層 王女の間

 ハヤトは12階層を訪れていた。

 夕食後に自室で休んでいたところ、シア専属のメイドが「シア様がお呼びです」とハヤトを連れてきたのだ。


 12階層は、ほかの階層と比べて造りが非常に丁寧だった。

 床や壁の錬成が完璧になされており、ここが地下であることを忘れさせる。

 また、至るところに装飾を施された調度品が置かれ、ほかの階層の簡易なものとは明確に違っていた。


 ハヤトはうっすらと香の匂いを感じた。


「さすが王女のいる階層だけあって、別世界だな」


 ハヤトは前を行くメイドのあとに続きながら、そう感想を述べた。

 なんらかのリアクションがあると思ったが、メイドは黙々と歩き続けるだけだった。

 

(王女専属だけあって、7階層のメイドたちとは雰囲気が違うな……)


 途中、すれ違ったメイドたちは、ハヤトに軽く会釈をした。

 7階層のメイドが忙しく歩きまわっているのに対し、ここのメイドたちはゆったりとしており、この階層の落ち着いた雰囲気と調和しているようだった。

  

 やがてハヤトは、小部屋に案内され、そこで待つように指示された。

 その小部屋の床には赤い絨毯が敷かれ、壁には無骨な岩肌を隠すように白地の布がかけられていた。

 部屋の中央には、椅子がふたつ向かい合うように置かれ、その右手には小さなテーブルも備え付けられている。

 

 ハヤトは椅子のひとつに座ってみた。

 クッションも備え付けられていて、座り心地は非常によかった。

 ハヤトはぼうっとしながら、シアが来るのを待っていた。


 しばらくすると、シアがお供らしき革鎧の女を連れて部屋に現れた。


「お待たせしました」

 

 シアは白いドレスを着ており、髪も最初に会ったときは後ろで結んでいたが、いまは解いて背中に垂らしていた。


「こんばんは」


 ハヤトは椅子から立ち上がり、挨拶をした。

 シアは軽く会釈し、ハヤトに座るよう促す。

 ふたりは椅子に座り、お供の革鎧の女はシアの左側に黙って立った。


 ハヤトはその革鎧を着た暗い青髪の女を眺めた。

 彼女は近衛かもしれない。

 だが、冷たくハヤトを見下ろしているのに気づき、慌てて視線をシアに戻した。


「すみません。もっと早くお会いしてお話をしたかったのですが、今日まで時間を取れませんでした」


 シアの声からは、疲れがにじみ出ていた。

 メルヴィアがいつもツヤツヤしているのとは対照的だった。


(やはり、あの女は暇だったんだな……)

 

「ここでの生活はどうですか? 慣れましたか?」


「それなりにね。なんとかやっていけてるよ」


「このような地下の暮らしで不便をおかけして申し訳ありません。何か入用はありませんか? できるだけ揃えるようにいたします」


 ハヤトは「特にない」と答えたが、シアはハヤトを気遣っているらしく、健康面や心理面についても尋ねてきた。


 一通り質問を終えたころ、メイドがお茶を持って部屋に入ってきた。

 メイドは、シアとハヤトの横の小さなテーブルにお茶を置くと、一礼して部屋を出て行った。


 ハヤトはお茶を飲んで一息つく。

 すると、シアは話を切り出した。


「今日、お招きしたのは、現状の報告のためです。すでにメルヴィアからも聞き及んでいるとは思いますが、私たちが置かれている状況は、非常に厳しいと言わざるをえません」


(いや、まったく聞いてないから。って、現状が厳しい? どういうことだ?)


 シアは深刻な顔をして続けた。


「新たな『ゲート』を探索して、すでに10日。いまだに新たな『ゲート』は見つかっておりません。魔術師団の報告によれば、あと一月は要するそうです。問題は、このベースキャンプ周辺に棲息している危険生物です」


「危険生物?」


「はい。いくつかの種類が見つかっています。そもそも、私たちがここにベースキャンプを作ることになったのは、危険生物に追われてここに逃げ込んだからです」


「具体的には、それはどういう生物なんだ?」


 そう尋ねると、シアはため息をひとつついた。


「どうやらメルヴィアから何もお聞きになっていないようですね。メルヴィアには、ハヤトさんにもお伝えするように言っておいたのですが……」


(あの女……)


 ハヤトは、後でメルヴィアに文句を言おうと心に誓った。

 シアは話を続ける。


「危険生物は、その危険度に応じてA~Dランクに分類されています。最も危険なAランクは、私たちの手に負えない致死的生物を意味します。現在確認されているAランクの危険生物は4種です」


(手に負えない危険生物……。そんなものがいるのか……)


「最初のAランクの危険生物は、このベースキャンプの北80キロほどの位置で遭遇したもので、体長が10メートルにも及ぶ巨人族です。彼らの棍棒の一振りは、容易く人を叩き潰します。さらに、彼らは群れをなしており、騎士団の力を持ってしても対抗するのは不可能でした」


 ハヤトは、10メートルもあるという巨人を想像してみた。

 ゲームでは巨人族はたいてい強敵として登場するが、キャラのレベルが上がれば、それほど苦労する相手ではなかった。

 しかし、リアルな世界での巨人をイメージすると、絶望的な相手に思えた。

 逆の立場で考えると、自分の身長の5分の1以下の小人に負ける気がしなかったからだ。


 「次に遭遇したAランクの危険生物は、巨人族に追われて南下している最中に、ここより北50キロほどの位置で出会った夜行性の人型生物です。彼らには頭がなく、代わりに胴体部分が巨大な顔になっていました。そして、非常に発達した腕を持ち、素手で剣や鎧をねじ曲げるだけの力を持っていました」


 シアは一息つくと、さらに説明を加えた。


「彼らの最大の特徴は、出会った相手の発する音を真似る習性があることです。暗闇の中、私たちの声を真似て油断させ、集団で襲撃してきました。オウムのように聞いた言葉を繰り返すだけですが、混戦の中で兵たちの命令系統は混乱をきたし、軍団が完全に分断される寸前まで追い詰められました」

 

 シアは首を横に振り、「逃げ切れたのはまったくの幸運でした」と締めくくった。


 巨大な顔に手足が生えている生物――それは、まさに悪夢としか思えなかった。

 ハヤトは、いつの間にか握った手に汗をかいていることに気づいた。気のせいか、部屋の温度も上がっているように感じる。


 そんなハヤトの思いとは対照的に、シアは変わらず淡々と説明を続けた。


「私たちはさらに南下を続け、ここより40キロ南で広大な湿地に突きあたりました。そこには人型や獣型など、さまざまな姿を形取る泥状の生物が棲息していました。彼らは身体が切り離されても、その切り離された部分が独立した個体として活動を始め、騎士団の剣ではまったく対抗できませんでした」


 シアは少し間を置き、話を続けた。


「幸い、魔術師団の魔法の火で焼き払うことで、個体の活動を停止させることができました。しかし、彼らの生息地域は広範囲に渡って分布しており、それ以上の南進は諦めざるをえませんでした」


 物理攻撃が効かない泥状の生物――そんなもの、ハヤトはファンタジー系の物語でも聞いたことがなかった。

 きっと異世界から送られてきた生物なのだろう。『ゲート』によってつながる異世界は、漠然とファンタジー系世界であると思っていた。

 しかし、ハヤトがこの世界に喚ばれたように、魔法のない異世界とつながっている可能性もある。極端な話、未知の惑星に住む宇宙生物が送られてきているかもしれないのだ。


(騎士団vs宇宙生物……)


 映画で見たような怪物に剣で立ち向かうのは、あまりにも無謀すぎるように思えた。


「そうして、私たちは逃げるようにこの場所に戻ってきたのです。南進の途中で、ここに広大な地下空間があることはわかっていましたので」


 シアの話を聞きながら、ハヤトは彼女たちの絶望的な状況を思い描いた。彼女らは、まさに生き延びるために必死だったのだろう。


「しかし、逃げ込んだこの巨大な地下空間には、異世界の生物が棲息していました。地上に逃げられない私たちは、なんとかここの生物たちを排除し、最下層に『装置』を発見したのです」

 

「そして、俺が喚び出されたってことか……」

 

「はい。実際に召喚の儀を行うまでには、そこからさらに二週間かかっています。魔術師団が『装置』の機能を解析するのに、それだけの時間を要しました。『装置』は異世界とこの世界をつなぐ役割をしており、この深い洞窟自体がその効果を増幅しています。『装置』からは異世界の生物が断続的に転送されていて、その対処に悩まされていた私たちは、『装置』の機能を使って異世界から勇者を召喚することで、『装置』のエネルギー源とも言うべき物質を使い切ることにしたのです」


 シアはそこまで言うとハヤトに向かって頭を下げた。


「このようなところに召喚してしまい、申し訳ありません」


 シアが頭を下げたことで、シアの横に立つ青髪の女がハヤトを睨みつけた。しかし、ハヤトはシアの話に内心動揺しており、それどころではなかった。


 シアは顔を上げると姿勢を正し、話を続ける。


「現在確認されている最後のAランク危険生物は、数日前にここより東60キロの地点を探索中の調査隊が遭遇した、鋭い牙と3つ目を持つ狼のような獣です。調査隊の報告によれば、1対1の戦いなら騎士が遅れを取る相手ではないそうですが、3千を超える大規模な群れを作っているようで、それ以上東に進むのは不可能と思われます」

 

 3千という数は、この遠征軍の10倍近い数である。ハヤトは、あまりにも絶望的な数値に頭が一瞬くらっとした。


「以上が、現在観測されているAランク危険生物です」


 シアの説明が終わった。

 シアは、ハヤトから何か質問があるのを待っている様子だった。しかし、ハヤトは何も言えなかった。


 状況は思っていたよりもずっと悪い。いままでは、なんとなく待っていればそのうち帰れるだろうと考えていたが、このまま全滅する可能性もあるのではないか、と思えてきた。


 部屋が暑く感じられた。喉の乾きを覚え、ハヤトはお茶を口に運ぶ。

 お茶はすでにぬるくなっていた。それでも、少し気分が落ち着いた。


「ハヤトさんは、勇者としての力を感じませんか?」


 シアは、ハヤトをじっと見つめていた。

 シアの澄んだ瞳に見つめられると、ハヤトは心の動揺を見透かされているような気がした。

 ハヤトは残っていたお茶を飲み干してから答えた。


「いや、特に何も感じないな……」


「召喚の儀は、術者の願いに一致した存在を異世界から召喚するのです。私たちは、この苦境を救ってくださる勇者を望みました。そして、現れたのがハヤトさんなのです。ですから、きっと勇者としての力を秘めていると思うのです」


 ハヤトはそう言われて、改めて自分を内省してみたが、やはり何も感じられなかった。

 顔を上げてシアに視線を戻すと、シアはまだハヤトをじっと見つめていた。

 その澄んだ瞳からは、自分への期待と信頼が感じられた。

 

 これまでの人生で、ここまで期待されたことなどあっただろうか?


  ハヤトは、その期待に応えたいと思い始めていた。


 会談はそこで終了となった。「おやすみなさい」と言い残すと、シアはお供と共に部屋を去った。

 入れ替わりに、ハヤトをここまで案内したメイドが現れ、彼を7階層の自室まで送り届けた。


 自室に戻る途中、ハヤトはいつの間にかやる気が湧いている自分に気づき、シアの王女としてのカリスマは、すごいものだと感心した。


Aランク危険生物


北(80キロメートル)

・10メートルの巨人

・集団で活動

・棍棒の一振りで人間を鎧ごと叩き潰す


北(50キロメートル)

・大きい顔から直接手足が生えたような形態の夜行性生物

・声や音を真似る習性がある

・暗闇の中、近づいてきて襲いかかる

・人間を簡単に引き裂くだけの腕力を持ち、鎧や剣も素手で捻じ曲げてしまう


南(40キロメートル)

・知能があるのかどうかわからない泥状の生物

・人型や四足型など様々な形態がある

・身体を切り落としても、切り離されたパーツが独立した個体として動き続ける

・魔法の火で焼き払うことで殺せることは確認できたが、剣で対抗するのは困難

・広範囲にわたって分布しており、これ以上の南進は不可能


東(60キロメートル)

・鋭い牙と角、そして3つの目を持つ、狼のような生物

・大規模な群れをなしており、これ以上の東進は不可能

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