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第44話 帰路

 翌朝、ベースキャンプに向けて出発することになった。

 ここのゲートには二泊したことになる。

 その間、危険生物に襲われることもなく無事に過ごせたこともあり、シアの治療でなんとか騎士の全員が歩ける程度には回復していた。


 だが、一昨日から治療を続けていたシアのほうはやつれていた。

 出発前の朝食の場でハヤトがシアに会うと、彼女の目の下にはうっすらと隈ができているのが確認できた。


 以前はシアがハヤトにいろいろと話しかけてくれていたが、今朝は疲れているのか、最初の挨拶のあと無言で食事をしている。

 ミリアとナズリーもいたが、もともとシア以外は誰も話さないので、シアが沈黙していると食卓は完全に静まり返ってしまう。

 ハヤトはいつも以上に気まずい気持ちで食事をとっていた。


「この白パン、おいしいよな」


 たまりかねたハヤトが沈黙を破ろうと口を開く。

 だが、シアもミリアも反応は見せず、ただナズリーが冷たい視線をハヤトに向けるだけだった。


 ハヤトは肩を落とし、黙って食事を続けた。

 なんで一緒に飯を食ってんだろうと心の中で不平を漏らしながら。



 

 結局、食事の最後まで誰もしゃべらずにいた。

 食事が終わると、シアがようやく口を開く。


「出発の準備をしましょう」


 黙ってすぐに立ち上がるナズリーとミリア。

 ハヤトも立ち上がると、ミリアはシアに一礼してさっさと自分の荷物の方に向かったが、ハヤトはミリアには続かず、シアに近づいて声をかけた。


「疲れてそうだけど、大丈夫なのか?」

 

 シアはハヤトの目をまっすぐ見返す。

 その目には輝きがあり、力強さを感じさせた。


「大丈夫です。心配してくださりありがとうございます」


「そうか。それならいいんだけど、あまり無理はしないようにな」


 それだけ言うと、ハヤトはミリアのあとを追った。

 片付けをしていたナズリーが睨んでいるような気がしたので、長居は無用だった。




 

 




 ベースキャンプへの帰りの道のりは始めは順調だった。

 天候はよく、たまに襲ってくる危険生物も騎士たちの敵ではなかった。


 だが、二日目の昼過ぎのこと。地平線の彼方に動く小さな点が見えると状況が一変した。

 初めは小さな点であったそれが、だんだんと大きくなっていく。

 騎士たちはそれに気づくと、進行速度を上げ始めた。


 ハヤトは急に上がった速度についていくのに精一杯だった。

 隣を歩くミリアもつらそうにしている。

 

 ハヤトが息を切らせながら地平線に目を向けると、さきほど見えた小さな点がさらに近づいてきていた。

 それは四足歩行の動物で、その大きさは大型トラックぐらいあるように見える。

 しかも、同じ姿をしたものが3体、ハヤトたちに向かって近づいてきていた。


「おい、なんかやばそうなのが近づいてきてるぞ」


 ミリアに声をかけると、彼女も息を切らせながら答える。


「あの外見……あれはBランクのランページャー……。それも複数。なんでこんなところに……」


 Bランクというのは騎士十人でも手強いとされる相手である。それが3体。

 

 いまの騎士たちの数はゼノンを含めて36人。

 戦力的には拮抗が取れているようにも思えるが、実際は騎士たちの半分が歩くのがやっとの負傷者である。

 このまま追いつかれるのは非常に危険に思えた。


 ハヤトが焦りを感じるなか、騎士たちはさらに歩みを早めた。

 ハヤトは半ば走るようにして必死についていく。



 

 

 


 

 どれくらい走っただろうか。

 隣にいるはずのミリアの様子を確認しようと顔を向けると、彼女の姿が見当たらなかった。

 

 ハヤトは走りながら周囲を見回す。しかし、近くにミリアの姿は見えない。立ち止まって後ろを振り返る。


 騎士の最後尾からさらに遅れて、ミリアがふらふらと走っているのが見えた。

 この行軍速度についてこれなかったのだ。


「ミリア!」


 ハヤトは騎士たちの間を抜けて、ミリアに向かって駆け出した。

 彼女のそばにたどり着くと、ミリアは息を切らせながら言う。


「なんで……戻って……来たのよ……」


「置いていけるか! 荷物を寄こせ!」


 ハヤトはミリアの背負っていたバッグを奪うように取り上げる。

 そして、彼女の手を引きながら走り始めた。

 

 しかし、その速度では騎士たちには追いつけず、少しずつ距離が離れていく。

 このままだと置いていかれるのは明らかだった。


「あたしはいいから、ハヤトは先に行って!」


 ミリアがハヤトに引っ張られながらも声を張り上げた。


「何言ってんだ! いいから走れ!」


 ハヤトはミリアの手をさらにぐいっと引っ張るが、彼女はその手を振りほどいて立ち止まってしまった。

 

「あたしは自分の身は護れるわ! あとで追いつくから、大丈夫だから、ハヤトは皆についていって!」


 それだけ言うと、ミリアは膝に手をついて荒く呼吸をする。

 彼女の様子を見て、これ以上は無理そうだとハヤトは悟った。

 騎士たちについていくのを諦め、ミリアと一緒にその場に立ち止まった。


 ハヤトは呼吸を整えながら、状況を確認する。


 三体の獣が迫ってきていた。近づいてみると、それは金属質の毛皮を持つ巨大な猪のような姿をしていた。

 だが、どうやらそれらはハヤトたちというよりも、先を行く騎士たちの方に向かっているようだった。

 騎士たちはシアたちも含めて四十人近くいる。獣たちは数の多い騎士たちに目が向いているようだ。


「いいぞ。あいつら、騎士たちの方に引っ張られてる。これなら大丈夫そうだな」


 ミリアは数回深呼吸してから、言葉を発した。

 

「大丈夫じゃないわよ。騎士たちからはぐれて、どうやって身を守るのよ」


 ハヤトは、ミリアとふたりだけで歩いたゲートでのことを思い出す。

 Dランクの危険生物一体を相手にして、あのときハヤトは死にかけたのだ。


 地上で危険を感じずにいられたのは、騎士たちがいたからだった。

 彼らは遭遇する危険生物をいとも簡単に排除してきた――今回を除けばだが。

 

「もう走っても追いつけない。しかたないわね。あたしがなんとかしてハヤトを護ってあげるわ」


 ミリアは深く溜め息をついた。


「なんか俺がお荷物みたいな言い方だな」


「当然でしょ。あたしひとりならいくらでもやりようがあるのに」


「ええ、そんなあ……」

 

 情けない声を漏らすハヤトを横目に、ミリアはバッグから固定されていた杖だけを外して手に持つ。


「いいから行くわよ。あまり離されると面倒だわ」


 足早に歩いていくミリアのあとを、ハヤトはミリアの分だけ増えた荷物を背負いながらとぼとぼとついていった。

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