第43話 収穫
ハヤトは床に引いた毛布の上に寝転び、天井をぼんやりと見つめていた。
部屋には、報告書を書き進めるミリアの心地よい筆の音が響いている。
その柔らかい音が耳に心地よく、ハヤトはまぶたが徐々に重くなっていくのを感じた。
目を閉じれば、その音に包まれてすぐにでも眠りに落ちそうだった。
そのとき、ミリアが声をかけてきた。
「ハヤト、暇なら近くを物色してきたら?」
眠気が瞬時に飛んだ。
「あたしは一通り見て、その服以外に使えそうなものは見つけられなかったけど、ハヤトならあたしが見逃している有用なものを見つけられるかもね」
ミリアが拾ってきてくれた迷彩服は、騎士たちが確保した安全圏にある部屋のひとつにあったらしい。
銃および弾薬については、騎士たちが持ち帰れる分だけすでに確保しており、当初の目的は達成されている。
しかし、まだ有用なものが残っている可能性があった。
「そうだな……。行ってみるか」
ハヤトはあまり乗り気ではなかったが、探してみることにした。
下手に出歩くと騎士たちと遭遇するかもしれず、気乗りはしない。
しかし、ハヤトが今回の遠征についてきた名目は、ハヤトでなければわからないものがあるかもしれない、というものだった。
ほかならぬハヤト自身がメルヴィアにそう主張したのだ。一応目だけは通しておくことにした。
幸い、短い道中で騎士たちと出くわすことはなかった。
倉庫と思われるその部屋には、すでに銃器や弾薬が持ち運ばれた痕跡があった。
弾薬についてはまだ在庫が豊富にあるようで、もし使い切ることがあれば、またここへ回収に来ればよさそうだ。
部屋の片隅の棚には、ハヤトの着ている迷彩服とほぼ同じものがいくつか畳んで置かれていた。
広げてみるといくつかサイズがあり、ちょうどいま着ているのと同じサイズらしきものが見つかったので、予備にひとつ持ち帰ることにする。
ほかにはプラスチックのケースがいくつか並んでいたが、中には電子部品が詰まっているだけで、ハヤトには何に使うのかわからなかった。
ほかに何かめぼしいものはないかと探していると、懐中電灯らしきものを発見した。
試しにスイッチらしきボタンを押してみたが、何も反応がない。
「おかしいな。どう見ても懐中電灯だけど、電池が切れてるんだろうか?」
あちこち押せそうなボタンを押してみたが、やはりつかない。諦めかけたところで、スライド式のスイッチを見つけた。
スイッチをスライドさせた上で改めてボタンを押すと、懐中電灯に強烈な灯りがつく。
「やっぱり懐中電灯だ」
いろいろスイッチを押してみると、広い範囲を照らしたり、点滅したりと、複数の機能があるようだった。
ベースキャンプの中では、時間経過で自動で明るくなったり暗くなったりする魔法の灯りがかけられているので、基本的にはそれで十分だ。
しかし、こういうゲート攻略では役に立つかもしれない。電池が持てばだが。
「まあ持ち帰るか。なんかの役に立つかもしれない」
収穫もあったし部屋に戻ろうとしたハヤトだったが、戻っても何もすることがないのを思い出し、しばらくこの部屋で過ごすことにした。
ミリアと一緒の部屋は、昨晩引かれた境界線がまだ有効で、ハヤトのスペースが狭くて窮屈だった。
それならまだこの部屋にいたほうがマシに思える。
とはいえ、この部屋でもすることがなく、壁際に座ってぼうっとしていた。
すると、金属質の足音が近づいてくるのが聞こえた。
ハヤトがさっさと部屋に戻っておけばよかったと後悔していると、現れたのは鎧に身を包んだ銀髪の少女――ゴルドーだった。
鎧は身につけているが兜は外している。
「こんなところで、何をしているんですか?」
「なんだ、ゴルドーか」
ハヤトは安堵のため息をついてから笑顔を見せる。
「することなくて暇でさ。ゴルドーも暇なのか?」
「暇じゃありませんよ」
スタスタと部屋の中に入ってきたゴルドーは、弾薬が詰まった箱を拾い上げ、小脇に抱える。
「まだ持っていくのか」
「多少の荷物を破棄してでも持ち帰ろうということになりましたので」
「へえ、騎士たちも銃に興味を持ったのかな」
「はい。銃は勇者専用の武器ではないかと思われていましたけど、あの人形も使っていたのだから、当然わたしたち騎士にも使えるものだろうとみんな思うようになりました」
なるほど。自分たちにも使える見込みが出てきたので興味を持ったということか。
現金なやつらだとハヤトは思った。
「銃ってすごいですね。わたしにも使えるようになるでしょうか?」
ゴルドーは手に持った弾薬の箱を見ながら呟いた。
「できるだろ。俺にもできたんだし」
シアの陰に隠れて何とかアンドロイドを倒したものの、自分が「使えた」と言えるかは怪しい。
だが、騎士たちであれば自分よりも上手く使いこなせるだろう。
「でも銃は使い手を選ぶのでしょう? 名剣も使い手を選ぶと言いますが、わたしなんかが選ばれるでしょうか?」
ゴルドーは不安そうな顔を、床に座るハヤトに向ける。
性格は年齢の割には落ち着いているが、こうした表情を見せると歳相応に見えた。
「いや、そういうんじゃないけどな。単に最初に使った人が認証されて登録されるだけだと思うな。俺の銃はもう認証が済んじゃったみたいだけど、新しく見つかった銃なら別の人を登録できるだろう」
「そうだとしても、銃ひとつにつきひとりだけですよね。それだと、わたしの分はなさそうですね……」
たしかに銃は数人分しかない。希望者が多ければ、年少のゴルドーには回ってこないかもしれない。
「どれくらい希望者がいるかって話だな。ミリアから騎士は飛び道具を好まないって聞いてるけど、ゴルドーはそうでもないのか?」
「そういう騎士も多いですけど、わたしは剣があまり得意ではないので……」
「それなら、なんで騎士になろうと思ったんだ?」
ハヤトの問いに、ゴルドーは一瞬迷ったように口をつぐんだが、やがて小さく息をついて話し始めた。
「家の事情で……。本当は弟が家督を継ぐはずだったんですが、体が弱かったので、わたしが代わりに騎士になったんです」
「それで女の子なのに騎士になったんだ。たいへんだったろう」
「はい」
ゴルドーはうつむいて黙り込む。
これまで話した感じでは、ゴルドーはおっとりとした性格で戦いには向いてなさそうだった。
彼女は本来は貴族の令嬢であったのに、鉄の鎧を身につけ、男たちに囲まれてこんなとんでもない土地にやってくることになったのだ。
その境遇に、ハヤトは同情を覚えた。
ハヤトは床から腰を上げてゴルドーに近づき、彼女の柔らかそうな銀髪をぽんぽんと叩いた。
「なんですか?」
「いや、なんとなく」
ゴルドーの頭に手を乗せたまま答える。ゴルドーは嫌そうな顔はしていない。
ハヤトは彼女の頭を二、三回なでたあと、手をおろして励ますように声をかけた。
「まあ、なんだ。お互い頑張っていこうぜ」
「……勇者が頑張ることって、掃除ですか?」
「え、いや。うん……。そうなるのか?」
騎士たちが銃を使うのであれば、もう自分の出番はなさそうだ。それなら、また掃除の日々に戻ることになるのだろう。
ゴルドーはくすりと笑う。初めて見る笑顔だ。見る者を和ませる柔和な笑顔。
「勇者はメルヴィア様のお世話をしているんですよね。その点は本当にすごいと思います」
「ハハ……。ま、まあな」
ハヤトもつられて笑うが、自分でも顔が引きつっているのがわかる。
ハヤトの仕事が掃除をはじめとする下働きであることは周知の事実だ。
しかし、下働きという点ではメイドたちのほうがずっと優秀である。
ハヤトは、やっかいなメルヴィアを相手にしていることで、周りに認められているようなものだった。
実際、相手をしていると疲れるよなと、内心で苦笑する。
「じゃあ、わたしはもう行きますね」
「おう。またな」
「あ、まった」
ハヤトは部屋を出ていこうとするゴルドーを呼び止めた。
「なんですか?」
「ゴルドーってファミリーネームだよな。ファーストネームは何?」
「マリーです」
その名を聞き、ハヤトは思わず頷いた。
彼女の落ち着いた雰囲気にぴったりの名前だと感じて、微笑む。
「マリーか。いい名前じゃないか。これからはマリーと呼んでいいか?」
「ダメですよ」
「え?」
あまりにもあっさりした拒絶に、ハヤトは思わず言葉を失った。
軽く了承してくれると思っていたが、まさかのお断りだ。
馴れ馴れしい頼みだったかと、急に自分が恥ずかしくなる。
「騎士団の規則です。女性騎士はファミリーネームで呼ぶことになってるんです」
「あ……そうなんだ。でも、なんでまた?」
軍団内では基本的にファーストネームでお互いを呼び合っている。
女性騎士だけファミリーネームで呼ばれるのは不思議だった。
「女性扱いをせず、戦士として扱うという伝統です。といっても、前大戦のときにできたものらしいから、まだ10年ぐらいですけどね」
「そっか。規則ならしかたない。呼び止めて悪かったな、ゴルドー」
「いえ」
ゴルドーを見送ったあとも、ハヤトは倉庫に残った。
どうせ部屋に戻ってもすることがないうえに、ミリアによって引かれた線で狭苦しい。もう少しだけここにいよう。
ハヤトは再び壁へ寄りかかるように座り、ぼんやりとしているうちに、いつの間にか眠ってしまった。
寒気を感じて目を覚ましたのは、どれくらい時間が経ってからだろうか。
それほど時間は経っていないように思えたが、そろそろ部屋に戻ることにした。
目をこすりながら立ち上がり、部屋から出ていこうとする。
そのとき、ふいに視界の隅で何かが光ったように思えた。
なんだろうと目を凝らしてみるが、何も見当たらない。
たしかに何かが見えた気がして、光った辺りに近づいていくと、棚の隅に金属製の物体を見つけた。
これが光ったのかと思い、拾い上げて眺める。
手のひらに収まる大きさのそれはU字型で、さらにそのU字全体がふんわりと立体的に弧を描くように曲がっていた。
ほかのものと同じく用途がわからないものだと思い、棚に戻そうとして手を止める。
「これ、どこかで見たような?」
そう、どこかで見たことがある気がするのだ。
金属製だが、それほど頑丈そうにも見えず、Uの字の先端も尖っているわけではないので武器ではない。
色は艶のあるシルバーで、装飾品としても価値がありそうだ。
そこで思い出す。これは女性が髪を留めるやつだと。
このUの字をどう使うのかはよくわからないが、女性が髪につけているのを見たことがあった。
もしかしたら全然違う用途の道具かもしれないが、髪飾りにしてもよさそうだと、ハヤトはその金属を懐に納めた。
「エルちゃんにあげよう。あの金髪に似合いそうだ」
エルルの喜ぶ顔を想像して、思わず頬が緩むのを感じた。




