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第42話 休息

「あら、似合うじゃない」


 部屋に戻ったハヤトを見て、ミリアは感心したような顔をした。


「変なデザインの服だけど、革鎧よりはずっと合ってるわね」


 しかし、その言葉はハヤトの耳を右から左へと通り抜けた。

 ハヤトはさきほどの風呂の件で頭がいっぱいだったのだ。


 自分の荷物が置かれている場所までぼんやりと歩き、そのまま床にストンと腰を下ろす。

 

「……? どうしたの?」


 ミリアがハヤトの前までやってきて、顔を覗き込む。

 ハヤトが応えないでいると、ミリアは勢いよく右手でハヤトの頬を打った。

 パシーンという軽快な音が部屋に響く。


「痛っ! なにすんだよ!」


「魂がどこかに抜けてたようだから、戻してあげたのよ」


 ミリアはまったく悪びれずに言う。


「おまえはちょっと手が早すぎだろ! なんですぐぶつんだよ!」


「いいじゃない。減るもんでもないし」


 減らなきゃ何してもいいというのなら、その胸をもませてみろとハヤトは思ったが、もちろん口にはせず、頬を押さえながらミリアを睨みつけただけだった。

 しかし、よく見なくてもミリアにはそもそももむほどの胸はなかった。


 さきほどのゴルドーのものを思い出す。


 あれはとんでもない大きさだった。あんな逸材が騎士団にいたとは。

 あの小柄な体で、魔術師団一と言われるユーリと十分に張り合えるレベルだった。

 あれに比べるとミリアの平原には、夢も希望もない。

 

 そういえばミリアは軽かった。背負っていても背中に何も当たらなかった。何の役得もなかったのだ。

 

 ハヤトは大きなため息をついた。


「さっきからどこ見てんのよ!」


 またしても軽快な音が響く。


「だからぶつのやめろよ!」


「あなたこそ、そのだらしない顔をやめてよ!」


 しばらくふたりで言い合っていたが、最終的にミリアが一方的に終わらせた。


「ふん、いいわよ。報告書にハヤトの変態ぶりを書いておくから!」


「やめーい!」


 ミリアはハヤトに背を向け、自分の荷物のところまで行くと杖を取り、ハヤトの方を振り返る。

 そしてすばやく魔法を唱えた。


 ハヤトとミリアの間の地面を横切るように火の閃光がまっすぐ走る。

 閃光が消えたあとの地面には、焼け焦げた跡が一直線に引かれていた。


「その線を越えたら、痛い目を見ることになるからね!」

 

 それが冗談でないことは、ミリアの性格からハヤトにもわかっていた。

 超えるつもりなど毛頭ない。

 だが線の位置は部屋の中央ではなく、あからさまにハヤト側のスペースが狭い位置に引かれていた。


「おまえさあ、この線の位置はいくらなんでも不公平すぎないか?」


「文句を言うのなら、もっと狭くするわよ?」


 取りつく島もなかったので、ハヤトは肩をすくめてあきらめた。


 一晩のことだ。我慢しよう。

 








 だが、一晩では済まなかった。

 予定ではゲートで一泊したあとに帰還の途につくはずだったが、騎士たちの治療のため出発が延期となったのだ。


 シアの治療魔法は効果を発揮するのに時間を要するらしい。

 ちょっとした傷の回復でも10分、骨が折れていたり大きな傷が開いていたりする場合には、1時間以上もかかる。

 

 以前のアレンのように欠損した部位を修復する際には、何時間も魔法を唱え続ける必要があるという。

 昨日の闘いでは20名以上の負傷者が出たため、シアが睡眠時間を削っても一日では回復しきれなかったのだ。

 


 





「暇だ……」


 ハヤトはすることもなく、ただ部屋でぼうっとしていた。

 ミリアは持ってきた本を積み重ねて机代わりにし、その上で何かを書き続けている。おそらく報告書だろう。


「報告書は捗ってるか?」


「もちろん。いま筆が乗ってるわ」


「それはよかったな」


「ハヤトが銃であの人形を倒したときの、騎士たちの顔ったら……いま思い出しても笑えてくるわ」


 ミリアが悪い顔をして筆を走らせる。

 

「いや、あいつら兜被ってるから表情見えんだろ」


「見えなくてもわかるのよ。体の動きとか、魔力の揺らぐ気配で」


「あまり騎士たちを挑発するようなことを書くなよ?」


 昨日もミリアは騎士団と一触即発の状態になったのだ。これ以上、関係を悪くしないほうがいいだろう。

 ハヤト自身も昨日、騎士とちょっとしたトラブルがあったため、なるべく穏便に過ごしたいと思っていた。

 

 ハヤトはしばらくミリアを眺めていたが、報告書を何ページも書き進めているのに、彼女の筆は止まる気配がなかった。


「だいぶ書いてるけど、そんなに書くことがあるのか?」


 ハヤトが声をかけると、ミリアは筆を止めて顔を上げた。


「たくさんあるわよ。いまはここのゲートの構造をまとめているところ。前回来たときは最下層に到達することに集中してたから、気づかなかったことも多いし」


「へー、ベースキャンプと何か違うところはあったのか?」


「かなり似てるわね。岩質が同じみたいだし、ほかにも地下水が多いところや、風通しがよく、最下層でも空気が流れているところとか。違いといえば、ベースキャンプと比べると、上り下りする場所が多いところかしらね」


 言われてみれば、ベースキャンプは階層ごとに明確な高低差があり、それぞれの階層がはっきり区分されている。

 それに対して、ここのゲートでは緩やかな上り下りが多く、いつの間にか階層を移動していることもあった。

 

「そういえば、ここには階段なんてないな」


「何言ってるのよ。ベースキャンプの階段は、工兵科の兵士が作ったのよ」


「ああ、そっか」


 工兵科の兵士は日々ベースキャンプの通路を整えたり、スペースの拡張などをしている。

 以前の7階層の通路は荒い岩肌だったが、シアが移ってきて以降、急速に整形され、いまでは通路と呼ぶのがふさわしい作りになっている。

 ベースキャンプが暮らしやすい環境になってきているのは、彼らのおかげだ。

 

「てっきり、元から階段があったと思ってた」


「自然に階段ができるわけないでしょ」


「いやでも、『装置』を設置した人たちが作ったとかさ」


 ハヤトの言い訳に、ミリアは首を振る。


「『装置』は人工的に作られたとは限らないわ。自然に形成された可能性もあるのよ。魔術師団の見解は、人工設置説と自然発生説に分かれているわ」


 自然にそんなものが生えてくるとしたら驚きだが、魔法がある世界だから、何があってもおかしくはないのかもしれない。


「ふーん。ところで、その『装置』ってどんな形をしてるんだ?」


「ベースキャンプのは、高さ2メートルくらいの石板状の形をしているわね。13階層にあるでしょ」


「ああ、あれか」


 召喚されたときには見た記憶はなかったが、銃の実験をしたとき、メルヴィアのマジックドールが石板の傍に立っていたのを思い出した。

 少し距離があったためうろ覚えだが、石板の表面にはたくさんの凹凸があったように思える。


「ここの『装置』もベースキャンプのものと同じだったのか?」

 

「それは前回の報告書に書いたけど、ここの『装置』も石板の形状をしていたわ。ただ、上半分が完全に破壊されていて、ベースキャンプと同じものかどうかはわからなかったわね」


 装置からは、異世界への移動を可能とする転送物質が湧いてくるという。

 ここのゲートの装置は破壊されていたため、転送物質は手に入らなかった。

 ベースキャンプの装置は、予期できない転移を防ぐために封印されている。

 

 だから、転送物質を得るためには新しいゲートを攻略する必要がある。

 そして、そのゲートはすでに見つかっている。

 虫たちが巣食っているというゲートだ。


 今回の遠征が終われば、すぐに攻略の準備に取りかかるのだろう。

 攻略に成功すれば、元の世界に戻れるかもしれない。


 この世界に来た当初は、すぐにでも戻りたかったはずだが、いまではその気持ちが薄れてきているような気がした。

 長くここにいることで、ベースキャンプの人々と別れがたい気持ちが生まれているのかもしれない。


 会話が途切れ、再び筆を走らせ始めたミリアを見ながら、ハヤトは胸の奥に微かな迷いを感じていた。

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