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第39話 絶対防壁

 ハヤトは銃を手に、シアと共に襲撃のあった部屋の入り口に立っていた。


 ハヤトの銃にかけられた灯りの魔法により、部屋には倒れた5人の騎士たちが照らし出されている。

 彼らは血溜まりの中で身動きひとつせず、生きているのかどうかさえわからなかった。


 ふたりが立つ入り口から見て、右側の入り口はハヤトたちが最初に入ってきた場所で、正面が逃げ込んだ先、そして左側が襲撃者のいる扉だ。

 壊れた扉の奥の暗闇に潜む何者かを倒すことが、ハヤトに課せられた使命だった。

 

「この場所からあと数歩進めば、攻撃が始まります。準備はよろしいですか?」


 シアは青白い顔でハヤトを振り返って尋ねる。


「ほ、本当に行くのか?」


 そう答えるハヤトの足は、わずかに震えていた。


 ほんの少し前にこの部屋で銃弾の雨を浴びた記憶がよみがえり、動けなくなっていた。

 重い金属音と共に飛来する銃弾を容赦なく浴びせられた光景がフラッシュバックし、足がすくんでいたのだ。


 あの攻撃を生き延びられたのはただの幸運だった。次は絶対に避けられない――そんな確信めいた恐怖が胸を締めつけていた。


「さきほど説明しましたように、私が盾となります。ハヤトさんは私の後ろからその『銃』で、あの扉の向こうの敵を倒してください」


 シアはそう言いながら、ハヤトの目をじっと見つめる。

 その黒い瞳に見入っていると、不思議と恐れが晴れていくのを感じた。


 この瞳だ。これまでも何度かシアにまっすぐ見つめられるたび、不安や恐れといった感情が薄れていた。

 シアの王女としてのカリスマ性か、あるいは自分がシアに対して特別な感情を抱いているのか、ハヤトにはわからない。


 ただ、気がつけば足の震えは止まっていた。

 

「…………ああ。もう大丈夫だ」


 その言葉にシアは頷くと、ハヤトの左手を握る。


「私のそばから絶対に離れないでください。防御できる範囲は決して広くはありません」


「わかった」


 シアはもう一度頷くと、深呼吸をひとつした。


「では進みます」

 

 シアがゆっくりと歩き出し、右隣のハヤトもそれに合わせて歩き出す。

 

 女の子と手を握って歩くのはいつ以来だろうか、と考えかけたそのとき、不意にあの恐ろしい重い金属音が鳴り響いた。


 ダダダッ! ダダダッ! ダダダッ!


 ハヤトは反射的に身をすくめる。

 

 銃弾がハヤトの周囲に次々と飛来し、床や壁、天井に跳ね返っていた。

 しかし、ふたりには一発も当たらなかった。

 

 ハヤトには見えないが、シアの展開する絶対防壁が銃弾を弾き返しているのだ。

 原理はまったくわからないが、現代兵器すら跳ね返すシアの魔法に、ハヤトは驚愕せずにはいられなかった。


 ふたりはゆっくりと部屋の中央へ進み、銃弾が吹き出している扉の正面に立つ。

 崩れた扉の奥の闇から、きらめく光とともに銃弾がまさに雨のように放たれていた。

 シアはハヤトの前に盾のように立ち、ハヤトの胸に自分の背中をぴったりとあてがった。

 

「ハヤトさん、あれを……その『銃』で倒してください」


「わ、わかった!」


 ハヤトは銃を構えようとするが、シアの体が邪魔になり、片手でしか持てないことに気づいた。

 そのことに気づいたシアは、ハヤトの腕を引っ張り、自らの体を後ろから包み込むようにさせて、ハヤトが両腕で銃を構えられるようにした。


「これなら両手で撃てるでしょう?」


 ハヤトは一瞬ドキッとしたが、シアの落ち着いた姿を見て、すぐに冷静さを取り戻した。


 そう、余計なことを考えている暇などない。

 いまこの瞬間も扉の奥から銃撃が続いている。

 シアの魔法も、いつまでも持つとは限らないのだ。


 ハヤトは狙いを定め、扉の奥に向けてトリガーを引いた。

 

 ダダダダダダダダダダッ!!!!


 銃撃は扉の横の壁に直撃した。

 ハヤトは暴れる銃身を抑えつつ、着弾点を扉へと近づけていく。


「あたれ!!!」


 いつの間にかハヤトは叫んでいた。

 

 そして、ついに銃弾が扉の奥の闇へと吸い込まれる。

 金属に着弾する音とともに火花が飛び散り、そこにいるものの輪郭が浮かび上がった。

 その黒い影はハヤトと同じように銃器を構えていた。


 両者の間を銃弾が飛び交う。

 ハヤトの銃弾が黒い影に着弾する一方、向こうの銃弾はすべてシアの絶対防壁に弾かれていた。

 

 あっという間に、黒い影が持っていた銃がハヤトの銃弾に弾かれて床に転がった。

 さらに、ハヤトの銃撃が黒い影の全身に叩き込まれ、鈍い金属音が響き渡る。


 ハヤトが銃弾を撃ち尽くすと、部屋に静寂が戻った。

 ただ、ハヤトの荒い息遣いだけが聞こえている。


「……やったのか?」


 扉の奥は再び闇に閉ざされ、何も見えない。

 

 シアは騎士たちが見守る部屋の入り口の方を向き、「ナズ。お願い」と小さく声をかけた。

 

 その言葉を受けて、入り口で見守っていたナズリーが壁沿いに部屋へ入ってくる。

 ナズリーは射線に入らない位置で立ち止まり、懐からナイフを取り出して灯りの魔法をかけた。

 そして、光を帯びたナイフを崩れた扉の奥の闇に向かって投げ入れる。


 ナイフは崩れた扉を越えたところで止まり、灯された光が奥の部屋を照らし出した。


「――もう大丈夫です」

 

 シアが短くそう宣言する。


 その言葉に応じて、騎士たちが一斉に部屋へ入ってきて、床に倒れている仲間たちの回収を始めた。

 ハヤトはそんな彼らに目も向けず、自分が銃弾を叩き込んだ相手をじっと見つめていた。


 それは全身がぼろぼろのアンドロイドだった。

 

 ハヤトの銃弾による無数の傷が上半身を中心に刻まれており、顔は表面の装甲が完全に剥がれ落ちていた。

 もともと男性型だったのか女性型だったのか、いまや判別がつかない。

 両腕と首を力なく垂らしながらも、なおも立ち続けていた。


 床のナイフの灯りに照らされたその姿は、動かなくなったいまでも、侵入者を許さない意志を持っているかのようだった。


「シア様! 回復魔法をお願いします!」


 床に倒れた騎士の鎧を脱がせながら、ひとりの騎士が叫ぶ。

 シアは駆け寄って騎士のそばにしゃがみ、回復魔法を唱え始めた。


 一方で、三人の騎士がアンドロイドのいる部屋に入り、動かなくなったアンドロイドを剣で叩き始める。

 剣撃が加えられるたびに、その体は少しずつ削られていった。


 その様子を眺めていたハヤトは、なぜだか心苦しい気持ちに襲われていた。


 このアンドロイドによって、ハヤトたちは壊滅的なダメージを受けた。

 ハヤトも運が悪ければ命を落としていたかもしれない。

 だが、何か大切なものを守るようにして立ち尽くしているその姿が、ハヤトの心を打ったのだ。


「どこに行くつもり?」


 背後からかかった声に振り向くと、ミリアが小首をかしげて立っていた。

 ハヤトは自分でも気づかないうちに、アンドロイドのいる部屋に向かおうとしていたのだ。


「いや……どこにも行かないさ」

 

 ハヤトの返事にミリアはさらに小首をかしげ、わからないという顔をしたが、すぐに別の話題を口にした。


「それにしてもその『銃』、やっぱりすごいわね。騎士たちが束になってもどうにもできなかった相手を、いとも簡単に倒しちゃうんだから」


 上機嫌でそう話すミリアに対して、騎士たちは表面上は何の反応も見せていない。

 だが、内心穏やかではないだろうとハヤトには思えた。

 

「いや、シアの魔法がすごかったのさ。俺はシアの後ろからただ撃っただけだ」


「……? なんかさっきから覇気がなくない? どうしちゃったの?」


 ミリアはハヤトに近づき、少し見上げるようにして顔を覗き込んだ。


「ちょっと疲れただけだよ」

 

 ハヤトはミリアから目をそらし、倒れている騎士を治療しているシアの方を向いた。

 

 シアは床に横たわる五人の騎士を順番に少しずつ治療している。

 倒れている騎士の胸に鎧の上から手を置き、祈るように回復魔法を唱える。

 そして、少し経つと次の騎士へと移っていく。

 

「どうやら五人とも助かったみたいね。よかったわ。補充がきかないんだから」


「――おい、貴様! 我々を道具のように扱うことは許さんぞ!」


 ミリアの言葉に、ついに我慢ができなくなったのか、ひとりの騎士が声を荒げて近づいてきた。

 

「なによ、あなた。そんなことあたしが言ったかしら?」


「言ったも同然だ! 魔術師風情が我々の上に立っているつもりか!」


 騎士はミリアに掴みかからんばかりに詰め寄ってきた。

 その勢いに後ずさるミリアの前に、ハヤトが割って入る。


「待て、落ち着け――」


 そう言いかけた瞬間、ハヤトは宙を舞っていた。


 騎士が片手でハヤトを払ったのだ。たったそれだけで、大の大人がいともたやすく吹き飛ばされた。


「へあっ!?」


 ハヤトは変な叫び声を上げながら、尻から床に落ちた。

 革鎧を脱いでいたため、硬い床に尻をもろに打ちつけ、激痛に悶えた。

 その横で、騎士がミリアの目の前まで詰め寄り、仁王立ちしている。


「誰が軍団を支えているか、いまこの場でわからせてやろうか?」


 低く押し殺した声で騎士が言う。

 その声には、深い怒りが秘められているように感じられた。


「な、なによ……。あたしは別に……」


 ミリアは後ずさりしながら、弱々しく言葉を絞り出した。

 

 誰か止めるものはいないかと、ハヤトは周りを見渡す。

 

 騎士たちの半分はアンドロイドによる銃撃で負傷して動けず、残りの半分はこの騎士の行動を黙認しているようだった。

 責任ある立場の騎士団長ゼノンは入り口付近で血を流しながら床に座り込んでおり、この騒動に対して反応を示していない。

 絶対的な立場にある王女シアも、倒れている騎士たちの治療で手一杯で、こちらには気づいていないようだった。

 

 立ちすくむミリアに騎士が一歩踏み出したそのとき、一陣の風がふたりの間を通り抜けた。

 

 その風にミリアのローブがはためき、後ろでまとめていた髪がほどける。

 騎士は全身鎧のため影響を受けなかったが、その風で一瞬足を止めた。


「そこまでです。争いは控えていただきたい」


 響き渡る済んだ声にハヤトが振り向くと、ナズリーが立っていた。

 彼女が風の魔法か何かを使ったのだろう。

 

 騎士は気勢をそがれたように、踏み出した足を戻した。


「ナズリー殿……」

 

「いまはそのようなことをしている場合ではないでしょう。動ける騎士たちで急ぎ防衛体制を整えていただきたい」


「………………承知した」


 騎士は何か言いたそうだったが言葉は出ず、ただ了承の意を示してミリアに背を向けた。

 立ち去る騎士の背中をナズリーはしばらく見ていたが、やがて床に尻もちをついたままのハヤトに視線を向けた。

 

「……!」


 ナズリーの冷たく凍るような視線にハヤトは息を飲む。


 なぜかはわからないが、彼女はハヤトをこころよく思っていないようだった。

 ナズリーは無言の威圧をかけながら、ゆっくりとハヤトの前まで歩いてくる。


「な、なにかな?」


 ハヤトは引きつった笑いを浮かべ、そう言うのがやっとだった。

 ナズリーは黙ったままハヤトの目の前に右手を差し出す。


「あ、ありが――」

 

 引き起こしてくれるのかと思い、ハヤトが彼女の右手に手を伸ばした。

 だが、ナズリーの手はハヤトの手をすり抜け、代わりにハヤトの胸倉を掴むと、一気に引き起こした。


「――ど、どうも……」


「…………」


 ナズリーはそのままハヤトの胸倉を掴んで睨んでいたが、やがて手を放し、無言のまま背を向けて立ち去った。

 

「大丈夫? ハヤト」


 安堵するハヤトにミリアが声をかけてきた。

 後頭部でまとめていた髪がほどけ、少しクセのある金髪が背中に垂れている。


「あ、ああ。尻以外は……」


「なによ、それ」


 ミリアはぷっと笑い出した。


「いや、マジで尻が痛くてな。今日は二度も床に尻を打ちつけたから、俺の尻はもうダメかもしれん」


 ハヤトも笑いながらそう返した。


「じゃあ、あたしはお風呂に行ってくるから」


「いってらっしゃい」


 アンドロイドを倒し、騎士たちがなんとか防衛体制を整えたあと、ハヤトとミリアには袋小路にある部屋のひとつが割り当てられていた。


 辺々3メートルほどの人工的な小部屋で、少々塵が溜まっているものの、比較的きれいな部屋だった。

 地上に置いてきた荷物も、騎士たちによってまとめて運び込まれている。


 また、このゲートにはベースキャンプと同様に地下水が流れており、その水を利用して即席のお風呂が作られていた。

 もちろん地下水は冷たいので、騎士たちが突貫工事で水を一部隔離し、ミリアが魔法で温めたのだ。


 最初にシアをはじめとする女性陣が使用し、その後にハヤト、騎士たちと続くことになっており、いまはミリアの番が回ってきたところだ。

 

「覗いたら、痛い目見るわよ?」


「覗かんわ!」


 ハヤトは床に広げた毛布でうつ伏せに寝っ転がりながら吠えた。


「なによ! 覗く価値がないっていうの?」


「なんだよ、覗いてほしいのか?」


「そんなわけないでしょ。けど、痛い目見るのが好きならどうぞ?」


「いや、痛いのはやだから覗かん。ほら、さっさと行けよ。あとがつかえてるんだ」


 ミリアは「フン」と鼻を鳴らすと、小袋を抱えて部屋を出ていった。

 その後ろ姿を見送り、ハヤトは今日一日のことを振り返る。


 このゲートの奥深く、暗闇の中であの部屋を守り続けていたアンドロイド。

 うっかり扉をこじ開けたことで、全滅の危機に直面することになった。

 あの銃撃は強力で、しかも正確だった。

 最初の奇襲時、ほとんど無駄弾なく騎士に命中させていたように思える。


 撃ち手が機械であることを考えれば、当然なのかもしれない。

 ハヤトやミリア、そしてシアやナズリーが撃たれなかったのは、非戦闘員と判断され、優先度が下がっていたのかもしれなかった。

 最も攻撃を受けたのが騎士団長のゼノンだったことを考えると、彼が一番の脅威と見なされたのかもしれない。

 

 戦闘後の騎士たちの調査によると、あのアンドロイドがいた部屋の奥には無数の洞窟が続いており、そのうちのひとつが外へ通じていた。

 アンドロイドは、あの部屋の奥を守っていたのではなく、あの部屋からハヤトたちがいた側の部屋を守っていたのだ。

 

 ハヤトたちが来た側の部屋には戦闘の跡があちこちに残されていた。

 あそこにいたものたちは、別方向からの侵入を受けて全滅するか、逃げ出してしまったのだろう。

 あのアンドロイドをひとり残して。

 

 あのアンドロイドには、ハヤトの銃撃によるものではない複数の破損箇所が見られた。

 おそらく、移動できなくなってしまい、あの扉の前でずっと守り続けていたのだろう。

 防衛後、動けなくなり、仲間とも連絡が取れなくなったまま、ただひとり暗闇に残されていた。


 アンドロイドだから感情はないのかもしれないが、ハヤトにはとても哀れに思えた。

 そして考える。もしかしたら、あのアンドロイドと意思疎通ができたかもしれない、と。


 シアを盾にしてアンドロイドを銃で破壊した。だが、あのまま近づいていれば、会話ができなかっただろうか?

 

 ハヤトは少し考え、ため息をついて首を振った。

 危険すぎて、そんなことはできないし、すべきではない。

 

 治療魔法を使えるのはシアだけなのだ。

 万が一、シアが倒れるようなことがあれば、取り返しがつかない。


 ミリアによると、シアの防壁魔法は斥力フィールドを展開しているということだった。

 あらゆる物体をその運動エネルギーに関係なく周囲に逸らすことができるため、あの銃撃に対しては絶対防壁として機能した。

 

 だが、さらに近づくとどうなっていたか。


 あとでわかったことだが、あのアンドロイドは銃以外にも武器を所持していた。

 腰には手榴弾らしきものがぶら下がっていたのである。

 

 斥力フィールドはあらゆる物体を逸らすことができるが、熱エネルギーを防ぐことはできないそうだ。

 手榴弾の主な威力は爆発の熱ではなく、仕込まれた金属片によるものらしいから、もしかしたら防げたかもしれないが、あまりにもリスクが大きすぎる。

 ほかにも火炎放射器のような武器を備えている可能性を考えると、やはり銃で倒したことは正しい選択だったのだろう。


 それほどの強敵だったのだ。

 だが、その強敵ですら敵わない相手が、過去にここを攻めてきたのである。

 そんな存在がハヤトたちのベースキャンプを襲ったらどうなってしまうのか。


 ここのゲートとは異なり、ベースキャンプは入り口がひとつだけの、逃げ道のない環境だ。

 守るには適しているが、守りきれないとき、どこにも逃げることができないのだ。


 ましてや現在は、主力である騎士団がこうして遠征中なのである。

 自分たちが帰還したときにベースキャンプが陥落していたら――そう考えると、ハヤトは不安な気持ちでいっぱいになった。


・遠征隊:40名

 シア        生存

  ナズリー     生存

  ミリア      生存

  ハヤト      生存

 ゼノン       重傷

  騎士団(35名) 負傷者多数

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