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第36話 窮地

 ハヤトはミリアを背負い歩いていた。

 胸にかけた銃に点けられた光の魔法が多少眩しかったが、気にしている場合ではない。


 さきほど銃を拾ったときに気づいたが、弾薬はすでに尽きていた。

 床や天井に派手に撃ちまくったせいで、もはやこの銃は単なる照明の役割しか果たさない。

 身を守る術は腰に下げた短剣だけになっていた。


 ミリアの案内に従い、上の階層を目指して歩く。

 案内といっても、ただまっすぐ進むだけだったが。

 

 ミリアによれば、このまま進めば上の階層へと上がれるらしい。

 

「上の階層はいまどうなってるんだろうな」


 歩きながら、ハヤトは背中のミリアに話しかけた。


「騎士たちが敵を排除してくれていることを期待するわ」


「大丈夫かな。さっきは銃撃でバタバタ倒されてたようだったけど」


「即死でなければ、シア様の回復魔法で命をつなぐことはできるはずよ。でも、負傷者の数が多いと間に合わないかもしれないわね……」


 あの一瞬で十人近くが倒れていた。

 フルプレートを着た騎士たちが、なすすべもなく銃撃で床に倒れたのだ。

 たとえ全員が生きていたとしても、シアの回復魔法が全員に間に合うかはわからなかった。


「騎士は銃の攻撃に耐えられるって話はどうなったんだ?」


「不意をつかれちゃったから、魔力で防御できなかったのが痛かったわ。不意打ちじゃなければ、鎧に魔力を通して耐えられたはずなのに」


 この世界では、戦士であってもその力量は持っている魔力によって決まるらしい。

 逆に言えば、魔力がなければ、どんなに強い肉体を持っていても強者にはなれないのだろう。


「本当にこの世界ではなんでも魔力なんだな」


「そうよ。だからハヤトは勇者なのに魔力を持ってないんだから、みんなびっくりしたのよ」


「ほんと、なんで俺が喚ばれたんだろうなあ」


 ため息をつくハヤトに、ミリアは耳元でささやいた。


「なんでなんて考えてもしかたないじゃない。ハヤトはここにいる、それだけで十分よ」


 耳元で小さな声が続く。


「それに、あなたがいなければ、あたしはこうして背負ってもらうこともできなかったんだから」


 ハヤトは少し驚いて振り返るが、ミリアは顔をうつむかせていたため、その表情は見えなかった。

 

「だから、あたしのために喚ばれたって思えば、少しは気が楽になるでしょ?」


 その通りかもしれない。

 ささやかなことでも、誰かの役に立つ。それで十分なのかもしれない。


 たとえあの書斎の掃除のために喚ばれたとしても、それでいいのだろう――いや、やっぱよくない。


 そもそも、あの散らかしは、メルヴィアがハヤトをからかうためにやっているに違いない。

 そう考えると、メルヴィアのストレス発散のために召喚されたことになってしまう。

 そんなことのために、勇者を召喚するのは、どうかと思う。

 

 ――というか、そんなはずはない!


 やはり答えはシアにある気がした。

 見つめていると不思議とやる気が湧いてくる、あの瞳。

 シアはハヤト――勇者に何を望んだのか。


 そんなことを考えながら歩いていると、開けた空間に出た。


 通路は、いま来た方向を除けば正面にひとつだけ。

 しかし、この空間の天井には大きな穴が開いており、上の階層へとつながっているようだった。

 

「この天井の穴を登れば、上の階層か?」


「そうだけど、ロープもないし、登るのは無理よ」


 ロープなどの道具類は騎士が持ち運んでおり、ハヤトもミリアも持っていない。

 しかし、ハヤトにはアテがあった。

 

「魔法で上に昇れないか? 前にミリアの部屋で、魔法で物を持ち上げてただろ?」


 あのときは本や書類だけでなく、机や椅子まで簡単に動かしていた。

 それなら人間だって運べても不思議はない。


 だが、ミリアは首を振った。


「杖がないから、出力が足りるかどうか……。それに、そもそもあの魔法、術者は地面に足をつけてないと駄目なのよね」


「ぐっ……術者自身は飛べないのか……」


 メルヴィアが空を飛ぶ魔法は高度なものだと言っていたのを思い出す。

 メルヴィア自身も飛行の魔法は使えないらしい。


 ミリアは「残念だったわね」と言い、ハヤトに先を急がせようとする。


「もう少し進めば、上に登れる場所があるはずだから、先に――」


 そこで言葉を止めるミリア。「どうした?」と問うハヤトを「しっ」と黙らせ、耳を澄ませる。


「――前方から何か来るわ。複数」


 その言葉にハヤトは青ざめた。


 急いで周りを見渡すが、隠れられるような場所はない。

 しばらく一本道だったため、引き返しても横道にそれる前に追いつかれてしまいそうだった。


「ハヤト、下ろして」


「わ、わかった」


 急いでミリアを背中から下ろす。

 こうなったらミリアの魔法だけが頼りだ。

 ハヤトの持っている銃は、すでに弾薬が尽きている。


「ハヤト、銃はまだ撃てる?」


「いや……さっきの戦いで撃ち尽くしてしまった」


 ミリアは「そう」と小さく言って、大きなため息をつき、目をつぶって天を仰いだ。

 

 前方の暗闇からは、地面を軽快に蹴る複数の足音が、いまやハヤトの耳にも聞こえてきていた。


 ハヤトは腰に下げている短剣に目をやる。


 エルルから渡された護身用の短剣で、刃渡りはおよそ25センチ。

 危険生物と渡り合うには心もとないが、何もないよりはましだ。

 

 ハヤトは銃を床に放り投げ、覚悟を決めて短剣を引き抜いた。

 小気味よい音を響かせて、剣が抜かれる。

 よく研がれた刀身が、床に転がる銃に点けられた魔法の光を反射し、キラリと光った。


「――しょうがないわね」


 天を仰いでいたミリアは、目を開いてそうつぶやき、小さな声で呪文を唱え始めた。


 ハヤトはまた炎の壁を出すのだろうと思っていたが、急に奇妙な浮遊感を覚える。


「な、なんだ?」


 ハヤトの体が上へ上へと持ち上がっていく。


 ミリアの魔法だ。以前、彼女の部屋で見た物体移動の魔法だった。

 

 天井に空いた穴へ向かってハヤトの体が浮き上がっていく。

 ハヤトは空中で体をひねり、ミリアの方に向き直った。


「ミリアはどうするんだ!? 術者は運べないんだろ!?」


 ミリアはハヤトと目が合うと、肩をすくめて笑った。


「さっきの戦いで、もうほとんど魔力がないの。こうするしかないのよ」


「おい、やめろ! 下ろせ!」


 ハヤトは空中でもがきながら天井の穴に上がっていく。

 上の階層に達すると、今度は横方向に移動し始め、床の上約20センチのところで浮いたまま止まった。


 ハヤトは下の階層に戻ろうともがいたが、足が地面につかず、空中で手足を泳がせるだけだった。


「ミリア!!」

 

 吠えるハヤトを、ミリアは穴の下から顔を上げて見つめていたが、一呼吸すると次の呪文を唱え始めた。

 下の階層から聞こえてくる足音は、かなり近くなっている。


「ミリア! 呪文を解除しろ! ふたりで戦えばまだ――」


 次の瞬間、ミリアのいる部屋に複数の黒い影が突入してきた。

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