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第31話 ゲート跡地

 二日目以降の行軍も順調だった。

 

 天候にも恵まれ、初日の夜こそ雨が降ったものの、それ以降は快晴が続いている。

 日に何度か危険生物との遭遇があったが、すべてCランク以下だったため、騎士団がさしたる苦労もなく蹴散らしていった。

 

 追加の食料も順調に確保できており、ミリアは多様な木の実を集めて、味気ない保存食に彩りを加えてくれている。

 騎士たちはさまざまな食材を手際よく収集し、シアたちとの食事を通じて、ハヤトたちもその恩恵にあずかっていた。


 ハヤトにとってやっかいだったのは、夜のナズリーのマッサージと朝のシアたちとの朝食だった。

 

 ナズリーのマッサージは日に日に強くなっていき、ハヤトはときおりうめき声を漏らしてしまうほどだった。

 そんなハヤトを、ミリアは見ぬふりで持参した本を読み、シアはハヤトの状況を知ってか知らずか、静かなほほ笑みをたたえながら見守った。


 朝食時は相変わらずシアが一方的にハヤトに語りかけ、ハヤトはそれに適当に答えたり相槌を打ったりしていた。

 ナズリーとミリアは一切口を開かず、傍から見たら重苦しい空気が漂っていたことだろう。


 こうしてハヤトにとっては、朝は胃が、夜は体が痛む毎日が続いていた。

 そして、日中にも変化があった。騎士たちのハヤトへの態度があからさまに悪くなってきていたのである。

 

 もともとハヤトと騎士団の関係は良好とは言えず、魔術師団と騎士団の間のように、お互いに干渉しない不文律のようなものがあった。

 ベースキャンプ内でもすれ違いざまに陰口を言われることはあったが、基本的には目も合わせずにすれ違っていた。


 だが、いまや騎士たちはハヤトに対して憤怒をはらんだ視線を送るようになっていた。


 いつの間に、こんなことになってしまったのか。ハヤトは歩きながら自問自答していた。

 

 出発前はまだそんなことはなかったはずだ。

 ミリアとの絡みで茶化されたものの、それも従来の反応の範囲内だった。

 

 遠征の初日も特に変わったことはなかったように思える。

 いまにして思えば、二日目以降からなんとなく嫌な視線を向けられるようになった気がする。


 初日に何があったのか?


 すぐに思い当たる。

 夜のナズリーのマッサージに、朝のシアたちとの朝食だ。

 

 よく考えれば、ハヤトは数少ない女性陣をすべて独占しているのだ。

 

 騎士たちは重い荷物を運び、自分たちのテントも満足に用意できないうえに、夜は交代で見張りを立てている。

 そんな中、ハヤトは女性にマッサージしてもらったり、テントで一緒に寝たり、朝食を共に囲んだりしている。

 

 もし逆の立場だったら、ハヤトも怒りが込み上げていただろう。


 歩きながら、ハヤトは少し離れたところを歩いている騎士のひとりに視線を向けた。

 

 彼はフルプレートの鎧と腰に剣を備え、背中には長く重そうな槍と、ハヤトの倍はありそうなバックパックを背負っている。

 開閉式のフルフェイスの兜はいまはオープンになっており、その表情が見えた。


 そこにあるのは底知れぬ怒り。


 怒りの矛先が誰に向いているのかは言うまでもない。

 ハヤトはため息をひとつつくと、また前を向いて歩き続けた。


 休憩時間にさりげなく観察してみると、騎士たちはよくナズリーと会話を交わしている。

 普段は肩で風を切って歩いているような騎士たちが、緊張した様子で彼女と話しているのが、どこか滑稽に見えた。

 ナズリーは微笑みを浮かべて対応しており、こうして見ると普通の女性で、騎士たちに人気があるのもわかる気がした。


 そのナズリーと一緒に食事を取り、夜にはマッサージまで受けているのがハヤトなのだ。

 騎士たちの怒りが日に日に増していくのは、もはや避けられないことだった。


 朝食時は精神的に疲れ、昼の行軍中は騎士たちのプレッシャーを感じ、夜のマッサージでは肉体的な苦痛を味わう。

 寝るときはスペースの配分でミリアと争い、心が休まる時間がない。

 

 ベースキャンプに帰りたいと思いながら、ハヤトは耐え続けた。

 

 どんな苦難もやがて終わりを迎えるときが来る。

 遠征四日目の昼前、目的のゲート跡地にたどり着いた。

 

 入口は森の奥深くで、苔と蔦に覆われていた。

 ミリアによると、このゲートもベースキャンプと同様に深い地下洞窟となっているらしい。

 そして、ゲートの最深部に、異世界への扉を開く「装置」がある。

 

 「装置」がなぜ深い洞窟の奥にあるのか、あるいは地下に埋もれている「装置」が地上への穴を開くのかについては、魔術師団の間でも意見が分かれているらしい。

 そもそもゲートのサンプルがまだふたつしかないため、地上に存在する「装置」の可能性も否定はできない。


 結局のところ、ゲートや「装置」については、まだ何もわかっていないのだ。

 ただ、ミリアの見立てでは、巨大な地下構造――すなわちゲートが「装置」の存在に必須らしい。


 ゲートの入口で、ハヤトたちは荷物の大部分を下ろした。


 どうせ地上に戻ってくるのだから不要なものは置いていくほうが楽だし、地下で危険生物と遭遇した際、余計な荷物がないほうが戦いやすい。

 ハヤトはサブマシンガンとエルルから護身用に渡されていた短剣、そして小さな水筒だけを持つことにした。


 騎士たちも戦闘準備を入念に行っている。

 前回の攻略部隊によってゲート最深部の「装置」までの危険生物は排除されているが、洞窟全体の敵を排除したわけではない。

 さらに、前回の攻略以降に新たな危険生物が住みついている可能性もあるため、あらゆる不測の事態に備えることが彼らの責務だ。


 一方、シアは騎士団長ゼノンから作戦の説明を受けていた。


「前回と同じく、まず騎士10人が突入し、ポイント3までの障害を排除後、待機している本隊が続きます。地上の入口には5人の後詰を配置し、地上に異変が生じた場合、速やかに本隊に連絡できる体制をとります」


 ゲート攻略作戦については、事前に魔術師団との協議の上で決定されている。

 シアもすでに承知している内容のはずだが、作戦実行前に戦略を再確認しているようだった。


「作戦の第一目標は戦略物資の収集、第二目標は洞窟の未踏破領域の調査。想定される危険生物のランクはC以下、数は50体以下。作戦に要する時間はおよそ4時間です」


 ゼノンは、シアが頷くのを確認すると、深々と礼をし、懇願するように言った。


「姫殿下のお力で探索をお願いいたします」


 シアは「わかりました」と応じ、目を閉じて何事かを呟いた。

 しばらくして目を開くと、静かに告げる。


「地下30メートルまでの範囲に動体を検出。その数およそ20」


 傍から見ていたハヤトには何のことかわからず、隣のミリアに小声で訊いてみると、彼女は説明してくれた。


「シア様の周辺感知の魔法よ。一定範囲内で動いている物体を検知できるの。動いていれば生物じゃなくても検知されるし、生物でも静止していれば検知されないから、あまり頼りすぎてもよくないけれど、それでも十分に参考になる情報よ」


 以前、メルヴィアがシアには回復魔法以外にもシアだけが使える特別な魔法があると言っていたが、どうやらこれがその魔法らしい。


 なるほどとハヤトが感心していると、ミリアが呆れたように顔をしかめた。


「行軍中にときどき休憩時間があったでしょ? あのとき、シア様は周辺感知の魔法で危険生物の少ない方角を探っていたのよ? あなた、気づいてなかったの?」


「ああ、あれか。シアはよく祈ってるなとは思っていたよ。てっきり行軍の安全を祈っているのかと思っていたけど、あれで周囲を探っていたんだな」


 シアは休憩のたびに祈るような仕草を見せていたが、それが周辺感知の魔法だったとは。

 しかし、30メートルの範囲では目で見たほうが早いのではないだろうか。


 そんなハヤトの疑問を察したかのように、ミリアが続けた。


「周辺感知の魔法は垂直方向は30メートルくらいしか検知できないけど、水平方向は3キロくらい先まで届くのよ。どうして水平方向の範囲が広いのかは、シア様以外に使い手がいないこともあってはっきりとはわかってないんだけど、地磁気の流れに沿っているからという説が有力なの。その説だと、そもそも周辺感知の魔法は磁界の中を動く導電体が――」


 どうやらミリアのスイッチが入ったらしい。

 途中からハヤトはついていけなくなったが、ミリアは構わず一方的に魔法理論を語り続けた。


 そんなミリアの熱い語りを右の耳から左の耳へと素通りさせながら、ハヤトはシアに目を向けた。

 

 シアは、光が当たると青みがかって見える黒髪を頭の後ろで束ね、皮鎧の上に羽織ったマントに垂らしている。

 この遠征での装いは、ハヤトがこの世界に召喚されたときに見た姿と同じだ。

 普段ベースキャンプで見る、ドレスをまとい長髪を解いたお姫様然とした姿も良かったが、この装いもまた魅力的だった。


 ハヤトが半ば呆然とシアに見惚れていると、突如耳をミリアに引っ張られた。


「ちょっと、あたしの話、聞いてる!? さっきも言ったけど、検知の信頼度は距離の二乗に反比例するから、遠くなると急激に検知精度が下がるのよ。だから水平方向の有効範囲が3キロといっても――」


 もうまったく何のことかハヤトにはわからなかったが、とにかく聞いているふりをしておかないと面倒なことになることは理解した。

 初日の夜に突然、以前の遠征について語り出したことからも察せられるように、どうやらミリアは話好きらしい。

 昼食や夕食のときもなんだかんだと喋っていた。


 それなら、シアとの朝食のときにも話してくれよ、とハヤトは思った。


「これより作戦を開始する! 先発隊出撃!」


 ゼノンの掛け声に応じて、10人の騎士がシアとゼノンの前に整列する。

 シアは彼らに向けて声をかけた。


「くれぐれも気をつけてください。皆に聖母の加護があらんことを」


 作戦通り、10人の騎士が苔に覆われた洞窟の中へと侵入していった。

 

 ハヤトは首からかけたサブマシンガンをなんとなく握りしめ、不安な気持ちを鎮めようとした。

 自分が戦闘に参加することはないとは思うが、万が一のことを考えると手に汗が滲んでくる。

 

 ミリアは作戦が開始されたことにも気づかず、いまだハヤトに持論を展開し続けている。

 シアとナズリーはゼノンと共に、騎士たちによって設置された椅子に座っていた。

 

 一見穏やかな光景だが、そこに漂う空気には緊張感が満ちている。

 何が起こるかわからないのが、この大地なのだ。


「――以上の仮説から導かれる答えは、『この世界は滅びる』よ!!」


 約一名、空気を読めていないものがいた。もう少しTPOをわきまえてほしいものだ。

 だいたいさっきの話からどこをどうしたら世界が滅ぶという結論にたどり着くのか。


 持論を語り終え、少し荒い息をしているミリアに「大変だな」とだけ返すと、ミリアは満面の笑みで「そうなのよ! 世界の危機なの、大変なの!」と喜んだ。

 

 ハヤトは、心の中で「大変なのはおまえの頭だ」と、そっと付け加えた。

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