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第28話 出発

「それでは出発するぞ!」


 ゼノンが声を上げると、騎士たちはそれぞれ自分の荷物を担ぎ上げ、シアを先頭に「ベースキャンプ」の出口へ向かって歩き出した。


「さ、あたしたちも行くわよ」


 そう言うと、ミリアは床に置いた自分の荷物を背負った。

 小さめのリュックにフード付きローブを羽織り、手には魔法使いらしいくねった木の杖を持っている。

 

 ハヤトも地面に下ろしていたリュックを背負い、ふたりで騎士たちの最後尾に続いて出口へと向かう。

 

 出口へ向かって階段を登っていく一行に対し、残された騎士や兵士たちは一斉に声を上げた。

 

「聖母の御加護があらんことを!」


 地上へと続く薄暗い階段を、数十人が黙々と登っていく。


 1階層から地上までの階段は思ったよりも長かった。

 誰も口を開くものはいない。ハヤトもミリアと並んで静かに登り続けた。


 もうすぐ見られるこの世界の地上に、ハヤトの期待が高まっていく。


 すると、突然目の前の騎士ふたりが立ち止まる。

 ハヤトはもう少しで片方にぶつかるところだったが、なんとか止まることができた。

 

 何ごとかと前方を見ると、ほかの騎士も皆立ち止まっていた。そして微かなざわつき。


 目の前の騎士が天井を睨みながら隣の騎士に言う。


「……いるな」


 騎士たちはすぐにまた階段を登り始めた。

 立ち止まったのはほんの数秒のことだ。

 

 いったい何がいるのかと隣のミリアの顔を伺うが、彼女はハヤトの視線を無視した。

 ハヤトは仕方なく、おとなしく階段を登り続けた。


 そして、ついに待望の外に出た。

 

 外はまだ薄暗く、鬱蒼と茂る木々の向こうに空が赤く染まり始めていた。

 

 もうすぐ日が昇るのだろう。

 暗くてまだはっきりとは見えないが、地上は緑に溢れているらしく、むせ返るような深い緑の匂いが立ち込めている。

 風が揺らす木の葉の音に混じり、遠くから鳥のさえずりが聞こえてきた。


 ハヤトは無意識に深呼吸した。

 湿り気を帯びた冷たい空気が肌に触れ、この世界の大地に初めて立った感覚が心に沁みわたる。


 気持ちが落ち着くと、ハヤトは改めて周囲を見回した。


 ベースキャンプの入り口は、緩やかな丘のような地形に巧妙に隠されていた。

 遠目からはここに深い穴があるとは気づかれないだろう。


 その入口付近には防衛のための騎士や兵士たちが立っており、出発するシアやゼノンに敬礼のように挨拶を交わしている。


 やがて空が徐々に明るくなり、ハヤトはベースキャンプの入り口から30メートルほど離れた場所に、黒焦げの塊が3つ転がっているのに気がついた。


 それは人の形をしていたが、人の倍ほどの身長があり、明らかに人間ではなかった。

 周囲にはまだ煙が立ち上っていて、焼かれてからそう時間が経っていないことが分かる。


「ミリア、あれ……」


 ハヤトが指差すと、ミリアはちらりと視線を送って「ええ」とだけ答えたが、それ以上関心を示すことはなかった。

 守備隊がベースキャンプに近づいた危険生物を排除したのだろうか。

 騎士も攻撃魔法を使えるのか、とぼんやり考えていると――


 ふいに太陽の光がハヤトたちを包み込んだ。


 騎士たちから「おおっ」という歓声が漏れる。

 

 木々の向こうから太陽がゆっくりと姿を現し、紅い光が周囲の緑を赤に染め上げていく。

 幻想的な光景に、辺りは一瞬、現実のものとは思えない雰囲気に包まれた。

 

 ハヤトは騎士たちと共に昇りつつある太陽を見つめていたが、ふとベースキャンプの入り口がある丘の上に人影が立っているのに気づいた。


 見上げると、赤いローブを風にはためかせた女が立っている。

 朝日に照らされ、そのローブはまるで燃えるような紅色だ。


 まるで炎の化身のようなその姿に、ハヤトは一瞬息を呑むが、やがてそれが見覚えのある人物であることに気づく。

 

 ついさっき別れたばかりのメルヴィアだった。


 さきほど11階層で会ったはずなのに、いつの間にか外に出たのか?

 そう考えて、すぐに気づく。あれはメルヴィア本人ではなく、マジックドールだ、と。

 

 なるほど、丘の下に転がる焼死体はこのマジックドールがやったというわけだ。

 執務を行いながら同時に外で防衛活動ができるとは、いまさらながらマジックドールの技術に舌を巻くばかりだ。


 しかし、それにしても――。


 ハヤトは目を凝らした。

 赤のローブが風ではだけ、ちらりと太ももが見えている。

 もう少しでその先も見えそうなのだが、絶妙なところで見えない。

 さりげなく視線の位置を調整してみるが、見えそうで見えなかった。


 どうなっているんだ、あのローブは。


 ハヤトがそんなことを考えていると、メルヴィアがこちらに気づいたらしく、ニヤリと笑みを浮かべた。

 ハヤトはどきりとし、慌てて視線をそらして明後日の方向を向く。


 そこでようやく気づいたが、騎士たちは誰も丘の上を見ておらず、ただじっと昇りゆく太陽を見つめているだけだった。

 

 その様子を見て、やはり騎士道精神のようなものがあるのかと、ハヤトは感心した。

 気に食わない連中だが、紳士であるのかもしれない。

 もっとも、単純にメルヴィアの存在に気づいていないだけかもしれないが。


 騎士たちを見ているうちに、自分が少し恥ずかしくなり、ハヤトもそれ以上、上を見るのは控えることにした。


 入り口の護衛との挨拶を終えたシアが、丘の上に向かって声をかける。


「メルヴィア、見送りご苦労です。私たちが戻るまでベースキャンプの防衛を任せます」


 上からメルヴィアの声が返ってくる。


「任せなさい。私がいる限り、ベースキャンプが落ちることはないわ。だからあなたたちも無事に帰ってきなさい」


 こうして遠征隊はベースキャンプを出発した。

 騎士たちはシアを囲むように進み、ハヤトとミリアもその少し後ろで護られるように歩く。


 ベースキャンプから離れたころ、ハヤトは後ろを振り返った。

 丘の上には、小さな赤い人影がまだ佇んでいた。

 

 その人影が手を振ったように見えたので、ハヤトも片手を上げ、小さく呟いた。


「行ってくるぜ」


・遠征隊:40名

 シア        生存

  近衛(1名)   生存

  ミリア      生存

  ハヤト      生存

 ゼノン       生存

  騎士団(35名) 健在

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