第27話 集合
1階層に着くと、すでに多くの騎士たちが集まっていた。
ベースキャンプの全員が集まれそうなほどの広い空間に、数十人のフルプレートを装備した騎士たちが、荷物とともに待機している。
荷物を持たない騎士や兵士たちもいるが、彼らは1階層の護衛任務についているものたちだろう。
ここ1階層は、ベースキャンプの入り口を防衛するための詰め所としての役割を持つ。それと同時に、この広大なスペースは訓練所としても機能していた。
実のところ、ハヤトがここに来るのは初めてだ。
こんなところに顔を出しても嫌な顔をされるだけだし、メイドとしての仕事はほとんどなく、その少ない仕事もほかのメイドがやれば済む。
わざわざ煙たがられているハヤトが来る必要はなかったのだ。
周りを見渡すと、まだシアは来ていないようだったが、ミリアが部屋の中央で荷物の上に腰掛けているのを見つけた。
ミリアもハヤトに気づいたらしく、手を振ってくる。
彼女のところまで歩いていくと、周囲にいた騎士たちがハヤトに視線を向けてきた。
できるだけ騎士たちとは関わらずにいたいと思っていたが、向こうはこっちをマークしているらしい。
「おっはよ!」
ミリアが快活に挨拶してきたので、ハヤトも「おはよう」と返した。
「なんか朝からテンションが高いな」
「それはそうよ。外を歩くのは気分がいいし、他所のゲートは研究のしがいがあるし」
そう言ってミリアは嬉しそうに笑った。
ミリアは丈夫そうな服の上からグレーのフード付きローブを羽織っている。
魔術師だけあって鎧などは身につけておらず、ベースキャンプ内での服装と大差ない。彼女の金髪もいつものように頭の後ろでまとめられていた。
外に出るのを楽しみにしているミリアは、外を危険とは思っていないようだった。
「外は危ないんじゃなかったのか?」
「心配なの? 大丈夫よ。騎士団がいるし、あたしもいるんだから、死ぬようなことなんてないわよ」
「そうか。それを聞いて安心した」
ハヤトはほっと胸をなでおろす。だが――
「運が悪くなければね」
冗談めかして言うミリアに、ハヤトは軽くため息をついた。
「おまえさ、ほんと冗談がきついよな」
「なによ、冗談くらい言ったっていいでしょ?」
「……そんなんだから、モテなそうって言われるんだよ」
ぼそっと呟いたその言葉に、ミリアの笑顔がすっと消えた。どうやら図星だったらしい。
ハヤトは固まったままのミリアの前に荷物を下ろし、彼女に倣って荷物に腰掛けた。
ほうっと一息ついたそのとき、バシーンという音がして視界が揺れる。
一瞬何が起こったのかわからなかったが、やがて左頬に痛みが走り、ようやく理解した。
ミリアが平手でハヤトの頬を打ったのだ。
「何すんだよ!」
「……失礼なこと言わないでよ!」
ミリアは美人で、騎士や兵士たちの間でも有名だが、強気な性格のせいか、あまり人気がないらしい。
食堂でも気の強い姿を見せることが多いからだろう。
――痴話喧嘩かよ。
誰かが呟くと、それに合わせて周りの騎士たちから失笑が起こる。
目立ちたくないと思っていたのに悪目立ちしてしまったことに、ハヤトは軽い苛立ちを覚えた。
だが、自らの口が招いた災いであるため、おとなしく黙っていた。
しかし、再びバシーンという音が響き渡る。今度は右の頬を打たれたのだ。
「何も言ってないだろ!」
「謝りなさいよ!」
いい加減、堪忍袋の尾が切れそうだと思っていると、周囲のざわめきがいつの間にか収まっていることに気づく。
視線を巡らせると、騎士たちはハヤトの後ろの方に視線を向け、直立不動の姿勢で立っていた。
「何ごとですか?」
背後からの女性の声に振り向くと、すぐ後ろに黒のマントを羽織ったシアが立っていた。
「シ、シア様! こ、これは、なんでもありません……」
さっきまでの勢いはどこへやら、ミリアは急にしおらしくなる。
そんなミリアを一瞥すると、シアはハヤトの正面に立った。
「ハヤトさん。昨晩は眠れましたか?」
「ああ、ばっちり寝られたよ」
――嘘である。昨晩は緊張とわくわくでなかなか寝付けなかった。
でも、シアの前では平静を装いたかったのだ。
シアは軽く頷くと、ハヤトの手を取った。花のような香りが微かに漂ってくる。
「これがハヤトさんの初陣となります。我々がサポートしますのでご安心ください」
「あ、ああ……」
急に手を握られて、ハヤトの心臓がドキリと跳ねる。
「一緒に頑張りましょう」
「う、うん」
シアは微笑むと手を放し、軽く会釈をして歩き去った。
彼女の後ろ姿と残り香にぼうっとしていると、不意にひんやりとした感触が頬に触れた。
それは青黒い髪の女近衛の手だった。
いつもと同じ革鎧に身を包み、大きなバッグを背負っている彼女は、普段以上に冷たい目でハヤトを睨んでいた。
「…………!?」
驚いて身を引こうとしたが、女近衛は空いたもう片方の手でハヤトの肩をつかんだため、動けなかった。
頬に触れるその冷たい手が、いまにも喉元に伸びてきて首を締められそうな気がする。
蛇に睨まれた蛙のように動けずにいると、やがて女近衛は何ごとか呟き、ハヤトから手を放してシアのあとを追って歩き去った。
ホッと一息つくハヤト。
いまのはシアのほうから手を握ってきたのだから、とばっちりだと思った。
何か言っていたがよく聞こえなかった。しかし、聞いても嬉しいことではないことだけは、たしかだろう。
その女近衛に続いて、ユキナが小さなバッグを抱えて通りかかる。
ユキナが抱えているのは、おそらくシアの荷物だろう。
ハヤトの前で立ち止まると、ユキナは「ハヤト様にご武運を」と短く祈りを捧げた。
その姿に、ちょっぴり冷えた肝が温まるような気がした。
ハヤトが礼を言うと、ユキナは会釈をして女近衛のあとを追っていった。
シアたちの後ろ姿を見送っていると、ミリアがハヤトに耳打ちしてきた。
「あなたのせいで、シア様の前で失態を見せたわ!」
「自業自得だろ。というか、ぶたれた俺のほうが恥ずかしいだろ」
シアだけでなく、ユキナにも見られていただろうなあ、とハヤトはため息をついた。
「ハヤトは最初から下の下にいるんだから、いまさら恥ずかしいも何もないでしょ?」
えらい言われようである。
たしかに騎士たちにはそんな目で見られている気は薄々していたが、ミリアにもそう思われていたのかと思うと少しショックだった。
「そ、そんなことはないぞ。シアは期待してくれてるし、ユキナだってたぶんそう」
「……シア様は何を期待してるのかしらねぇ」
ミリアはハヤトを頭から足元までしげしげと見て、ぼそりと呟いた。
「人は過ちを認めたくないものなのよね」
「どういう意味だ?」
そのとき、「騎士団、整列!」というかけ声が背後で上がった。
振り向くと、シアの前に騎士たちが並び始めていた。
声を上げたのは、シアの横に立つ騎士団長ゼノン。
見た目は50歳過ぎで、白髪が混ざっているが、最強の騎士と評されているらしい。
ハヤトは、召喚された初日にゼノンから失礼なことを言われたこともあり、この騎士が嫌いだった。
とはいえ、指示に従わなければまた文句をつけられるかもしれないと思い、ほかの騎士たちと一緒に並ぼうとする。
しかし、その動きをミリアに止められた。
「あたしたちは並ぶ必要ないわよ」
「え? なんで?」
「『騎士団整列』って言ってたでしょ。あたしたちは最初から除外されてるの」
ミリアは少し機嫌が悪そうな顔で言う。
その間にも騎士たちは次々と並んでいくが、誰もこちらを気にしている様子はない。
「お互い干渉しない。それが騎士団と魔術師団の暗黙の了解よ」
「おまえらほんと仲悪いんだなあ……って、もしかして俺も魔術師団の枠組みなのか?」
「ハヤトは魔術師団の下っ端的なポジションよね」
カチンときたハヤトが何か言い返してやろうと考えているうちに、騎士団の整列が完了した。
それを見て、ゼノンが声を上げる。
「今回の任務は物資回収である。日程は前回と同じ往復8日間。危険は低いと思われるが、油断は禁物である。皆、心するように」
ゼノンは一息つき、続けた。
「出発前にシア様から一言をいただく」
そう言われ、シアは静かに一歩前に進み出た。
「みなさんの働きに期待しています。みなに聖母の加護があらんことを」
それだけ言って、シアは後ろに下がる。
あまりにもあっさりした挨拶に、ハヤトは思わず感想をこぼした。
「えらいあっさりしてるな。本当に一言しか言わないのかよ」
それを隣で聞いたミリアが反論してくる。
「何言ってるのよ。すばらしいお言葉だったわ。あたし、ちょっと感動しちゃった」
何を言ってるんだと思ったが、騎士たちも感嘆の声を上げているのが聞こえたので、突っ込むのはやめておいた。
その騎士たちの何人かが、こちらを睨むようにして見ている。
「なんか、睨まれてるんだが」
「今回の遠征は、勇者専用の武器である『銃』を取りに行く任務だからね。面白く思ってないんでしょうね」
そう言って、ミリアは意地悪そうに笑う。
「いや、前にも言ったけど、あれは本来誰でも使えるものだぞ」
「そう思わない人たちがいっぱいいるのよ。そういう人たちは、今回の任務自体を面白く思ってないの。そもそも騎士団は勇者召喚に反対だったんだから」
その話は以前メルヴィアから聞いていた。
ハヤトがここに来た初日に騎士たちともめたのも、そのせいだろう。
「それが召喚してみたら役立たずだったので、彼ら安心したのよ。シア様を護るという自分たちの役割を奪われずに済んだってね」
ミリアは「あはは」と笑う。
面と向かって役立たずとは、騎士ですら言わないことを、こいつは平気で言うんだなと思ったが、事実なのでスルーした。
「でも、今回の『銃』の発見でまた彼らは不安になってるのよ。ま、『銃』が新しく見つかって、それが騎士にも使えるとなれば、反発も収まるでしょ」
そうであってほしいと、ハヤトは心から思った。




