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第26話 出発の朝

「うーん、なんだか動きづらいなあ」


 出発日当日の早朝、ハヤトは支給された革鎧に身を包んでいた。

 鎖帷子も支給されていたが、試しに着てみたら重くて、とても長距離を歩ける気がしなかったので、比較的軽い革鎧を選んだのだ。


「とっても似合ってますよ」


 鎧の着用を手伝ったエルルが、ハヤトに声をかけた。

 彼女はシア付きのメイドだが、シアの旅支度がほぼ終わったため、ハヤトの手伝いに来ていた。

 

 エルルはリュックを「よいしょ」と床から持ち上げ、ハヤトに背負わせる。

 

「どうですか? 持てそうですか?」


 リュックを背負わされたハヤトは、思わず後ろに数歩後ずさった。


「結構重いね、これ」


「しかたないですよ。8日分の食料のほか、野外活動に必要な基本道具が入ってますからね。騎士の方たちは予備の食料や武具も持っていくので、さらに大変なんですよ」


 そうだろうか、とハヤトは考える。


 あいつらは筋肉の塊だから、これくらいなんともないに違いない。

 それに魔力で力を強化できるとかいうから、ずっと楽に運んでしまうのだろう。


「えっと、この『銃』はどうやって持ち運ぶんでしょうか?」


 エルルは机に立てかけてあった銃――サブマシンガンをハヤトのところまで運んできた。

 

 メイドがサブマシンガンを運んでいる光景は、なかなかシュールだ。

 白と黒のメイド服に、黒光りするサブマシンガンが妙に似合っている。


「それは首にかけるよ」

 

 サブマシンガンには、ミリアに頼んで革の肩掛けをつけてもらっていた。

 実際には彼女から兵士団に命令が出され、肩掛けを取り付けたのは日用品を作っている工兵科の兵士だ。


「じゃあ、首にかけますから、頭を下げてください」


 言われるままに首を下げると、エルルは背伸びしてハヤトの首にサブマシンガンをかけた。


「これで準備完了です」


 エルルはにこりと笑う。


「ありがとう、エルちゃん!」


 ハヤトも笑顔で返した。


「食料は日持ちしないものを上の方に入れておきましたので、必ず上の方から食べてくださいね。それから、お茶の葉も少しですが入れておきました。疲れたときに飲んでください」


「うん、わかった。ありがとう」


「どういたしまして」


 エルルの優しい気遣いに癒され、朝からハヤトは元気が湧いてきた。

 

「よし、行ってくるか! 外を見るのは楽しみだな。この世界の地上はまだ見てなかったからね。これでようやく見学できる」


 ハヤトが嬉しそうに言うと、エルルの顔からそれまでの笑みが消え、代わりに不安そうな表情が現れた。

 

「……ハヤトさん、無事に帰ってきてくださいね」


「う、うん……」


 エルルにそんな顔をされると、ハヤトも急に不安になってきた。

 騎士団もいるし、シアも同行するくらいだから漠然と安全だと思っていたが、そもそも外が危険だからこそ、ここに逃げ込んできたのだった。


「……やっぱり外は危険なの?」


「はい。危険な生物がたくさんいます。騎士の方々もいますから大丈夫だとは思いますが、何があるかわからないのが地上です。だから、どうしても心配になってしまって……」


 もっと早く教えてくれたら断ったのに、とハヤトは思ったが、いまさら後悔しても仕方ない。

 気持ちを切り替え、とにかくシアの側から離れなければ騎士が守ってくれるだろう、と自分に言い聞かせた。


「大丈夫。きっと戻ってくるよ」


「……はい」


 それでもまだ不安そうな表情を浮かべているエルルを見て、ハヤトは考えた。


「そうだ。お土産を持ってくるからね」


 エルルを安心させるようにそう言うと、彼女はかすかに笑みを浮かべた。


「わかりました。楽しみにしていますね」


 重いリュックを背負って、ハヤトは階段に向かった。

 集合場所は1階層で、まだ少し早いが遅刻しないように早めに行くことにしたのだ。


 時刻は早朝、日の出までまだ少し時間がある。

 7階層のメイドたちもまだ寝ている時間だ。

 

 誰もいない通路を歩いて行くと、階段が見えてきた。

 この荷物を持って1階層まで階段を登るのかと思うと、うんざりした気持ちが湧いてくる。

 しばらく上へと続く階段を睨んでいたが、意を決して一歩を踏み出したとき、背後から声がかかった。


「ハヤト様」


 振り向くと、下の階層から階段を登ってくるユキナの姿が見えた。

 

「おはよう、ユキナ。早いんだね」


 今日は普段よりもずっと早起きしている。

 エルルが朝起こしに来てくれることになっていたので、ユキナには今日は起こさなくていいと伝えていた。

 それなのに、この時間にユキナがもう起きていたことに、少し驚いた。


「おはようございます」


 ハヤトはすぐに気づく。ユキナはシア付きのメイドなのだから、シアの旅支度の手伝いをしていたのだろう、と。

 でも、それならどうして下の階層から上がってくるのだろうか。シアは同じ7階層にいるのに。


「ハヤト様、お迎えに参りました。メルヴィア様がお待ちしております」


 ああ、そういうことかとハヤトは納得する。

 メルヴィアがユキナをこんな朝早くから呼び出したのだろう。


 と、そう考えたところで、また疑問が湧いてきた。


 呼び出すにしても、いったいどうやってユキナを呼び出したのか?

 まさか寝ているユキナのところへメルヴィアが直接やって来たわけでもないだろうに。


「もしかして普段からこの時間には起きてるの?」


「はい」


「え、まさかこんな朝っぱらから、あいつのところに行ってるの?」


「普段は違います。今日は所用があり、メルヴィア様のところに伺ったところ、ハヤト様をお連れするように申しつけられました」


 こんな時間から起きているとは、ユキナは少し働きすぎなのではないだろうか。

 

 11階層へ向かってふたり並んで階段を降りていく途中、ハヤトは質問をした。


「毎日どれくらい睡眠時間を取ってる?」


「4、5時間ほどだと思います」


 ユキナはいつものように淡々と答えたが、心なしか以前より口数が増えているように感じた。

 少しずつ心を開いてくれているのだろうか、とハヤトは密かに嬉しく思う。


「それは短すぎるよ。あいつにもう一回言ってやらないと駄目だなあ」


「いえ、大丈夫です。以前は3時間ほどでしたので、大分楽になっています」


 その言葉に、ハヤトは恐れ入る。

 エルルも忙しく働いているが、睡眠はちゃんと取っている。

 ユキナから受ける儚い印象は、働きすぎて痩せすぎているからかもしれない。


「個人差はあるけど、睡眠は7時間が一番いいらしいよ。もっと休もうよ」


「はい。お心遣いありがとうございます」


 口ではそう言うものの、きっと変わらないのだろうな、とハヤトは思う。


 その後もユキナの仕事のことについて色々と話しながら歩いているうちに、メルヴィアの書斎に着いた。

 部屋の中央では、メルヴィアが腕を組み、立って待っていた。

 

「この私に挨拶に来ないとはどういうことよ?」


 早朝から、おかんむりのようだ。


「昨晩、挨拶しただろ」


 昨晩の掃除終了後に散々話をしていた。

 もうこれ以上話すことなどないだろうに、とハヤトは思う。


「それはそれ。出発前には挨拶に来るのが常識よ」


「この世界の常識なんて俺は知らん」


 言い合っていると、背後からユキナの声がかかった。


「それではこれで失礼します」


 振り向くと、ユキナが深々と頭を下げ、部屋から出ていくところだった。

 ハヤトは、もう少しユキナと話しておきたいと思い、あとを追おうとする。


「じゃ、挨拶もしたし、俺も行くわ。じゃあな!」


 そう言ってユキナに続いて部屋を出ようとすると、背後でリュックが引っ張られた。


「待ちなさいよ。まだ時間はあるでしょ」


「早めに待ち合わせ場所へ行っておきたいんだよ。遅刻したら騎士の連中に何を言われるかわからないだろ?」


「そんなに時間は取らないから」


 ハヤトはため息をひとつつき、ユキナを追うのを諦めた。


「わかったよ。少しだけな」


 メルヴィアが掴んでいたリュックを離すと、ハヤトは彼女に向き直った。

 ふたりはしばし言葉もなく見つめ合っていたが、やがて無言に耐えかねたハヤトが口を開く。


「それで、なんだよ?」


 ハヤトに促されると、メルヴィアはおずおずと話し始めた。


「これから8日間、あんたがいなくなったら……、私はどうしたらいいの……?」


「どうって……」


 別にどうもしないだろうと思うハヤト。


 なんだかメルヴィアの様子がおかしい。

 まさか自分がいなくなるのを寂しいとか言い出すわけではないだろうが、いったいどうしたというのか。


「8日間もあんたがいなかったら……私は……」


 いつになく真剣なメルヴィアの表情に、ハヤトは思わず引き込まれる。


「――この部屋をどうしたらいいの?」


 続いて出た言葉に、肩透かしを食らう。

 そりゃそうだろうと、学習能力のない自分に内心腹を立てるが、顔には出さなかった。


「部屋くらい自分で掃除すればいいだろ。もしくは……」


 「ほかのメイドに頼め」と言いかけて、すぐにそれがユキナの仕事になる光景が頭に浮かび、言葉を飲み込む。


「もしくは?」


「えーと…………、俺が帰るまで片付けない」


 その場しのぎで、適当に答えた。

 

「……うん。わかった。あんたが帰ってくるまで片付けない」


 8日後に帰ってきたら、どれだけ散らかっているのかを想像して、ハヤトは軽くめまいを覚えた。

 余計なことを言うんじゃなかったと悔やんだが、言ってしまったことは仕方ない。


「さて、そろそろ行くわ」


「……気をつけなさいよ。あんたが帰ってこなかったら、この部屋は大変なことになっちゃうんだから」


 ハヤトは苦笑して答えた。


「わかってるよ。あまり散らかすんじゃないぞ」


「うん」


 きっとすごく散らかすんだろうな、と思いつつも、とりあえず素直に頷いたメルヴィアに満足し、ハヤトは出口に向かう。

 出口のところで振り返り、メルヴィアに一言かけた。


「じゃ、行ってくる!」


 メルヴィアは満面の笑顔を作って応えた。


「いってらっしゃい」

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