第25話 決定
「え? まじで!?」
御前会議でハヤトの遠征参加が決まった。
その知らせを、食事のときにエルルから聞いたハヤトは、口からものを飛ばしながら聞き返した。
「ハヤトさん、ものを口に入れたまましゃべらないでください」
エルルは布巾を取り出し、テーブルに散らかったものをさっと拭きながらたしなめる。
「ご、ごめん……。あんまりびっくりしたから、つい」
今日の食事は、ハヤトとエルルのふたりだけだった。
シアやメルヴィアが参加する会議が長引き、その影響でシアの食事時間も遅くなってしまった。
エルルもシアに給仕をするため、食事が遅れ、ハヤトは彼女と一緒に食べるために待ったのだった。
エルルは「めっ」と言いたげにハヤトを軽く睨んだが、ハヤトがすぐに謝ると、にこりとして話を続けた。
どうやら、ハヤトの遠征参加はシアの一声で決まったらしい。
騎士団長ゼノンは最初は反対していたものの、シアの決定には従ったようだ。
一方、メルヴィアは最後まで反対していたが、シアの決定を覆すことはできなかった。
最後には、それなら自分も遠征に行くと言い出したそうだが、これは全員一致で却下されたらしい。
「シアさまは、ハヤトさんの力を信じてるみたいです」
そう言うと、エルルは正体不明の動物の肉が入ったスープをスプーンですくい、口に運んだ。
最近の食材は一段と奇抜――いや、豊富になっているが、これも遠征の成果なのだろう。
ハヤトもエルルに倣ってスープを試そうとしたが、スプーンに乗った正体不明の肉がどうも気になり、そっとスープを皿に戻してしまった。
「そういえば、シアは最初からそんな感じだったな。でも、あれは銃の機能であって、俺の力ってわけじゃないんだけど……」
ハヤトがスープをスプーンでかき回しながら呟くと、エルルに「お行儀が悪いですよ」と優しく注意された。
シア付きのメイドとなって以来、エルルはどうも行儀にうるさくなった気がする。
ユキナによる教育の成果なのかもしれないが、以前ののんびりしたエルルのほうが気楽で良かった、と心の中で思いながらも、素直に謝った。
そして照れ隠しに、一気にスープをすくって口に運ぶ。
思いのほか、スープは美味しかった。
「うまい!」
ハヤトの感嘆の声に、エルルはくすっと笑うと、また話を続けた。
「その『銃』というのはすごいんですね。ハヤトさんの世界ではみんな『銃』を使ってるんですか?」
「俺がいた世界では、軍隊はみんな銃を持っている。剣なんてものは昔の武器で、いまでは戦いには使われていないよ」
「なんだか想像がつかないですけど、すごい世界なんですね。ハヤトさんは向こうの世界では戦士だったんですか?」
「いや、ただの学生」
「そうなんですか。どうして戦士じゃなくて学生が呼ばれたんでしょうね」
それは自分が聞きたい、とハヤトは思ったが、口にはしなかった。
メルヴィアは「何かの手違い」だと言っていたが、本来ならどんな人が喚ばれるべきだったのだろうか。
元の世界では普通の人間でも、この世界では能力が開花するような人なのだろうか。
あるいは、銃が見つかるなら銃の扱いに長けた人とか。
いや、もしかすると、戦い以外の能力が必要とされることだってあるかもしれない。
「過去の事例だと、戦士が呼ばれていたの?」
ハヤトの質問に、エルルは口に入れていたものをよく噛んで飲み込んでから答えた。
「どうなんでしょう。伝承では、召喚された勇者はすごく強かったといいますから、戦士だったんじゃないかと思います」
やはり過去の例では、戦闘能力が期待されていたのだろうか。
いまの軍団の状況を考えれば、今回も同じはずだ。
それなのに自分が喚ばれてしまったことを、ハヤトは今更ながら申し訳なく思った。
「ハヤトさんが喚ばれたのは、きっと意味があるんだと思います」
エルルは、ハヤトの考えを見透かしたかのようにそう言って、にこりと笑った。
ハヤトもその笑顔に釣られて笑みを返す。
「それが掃除のためじゃないことを祈るよ」
■
出発日前日、メルヴィアの書斎で、ハヤトは彼女が用意した大量の道具について説明を受けていた。
「これは塗り薬だから、擦り傷とかに使って。こっちの錠剤は解熱作用と鎮痛作用があるわ。怪我をすると熱が出ることがあるから、そのときに飲んで。また、痛み止めとしても使えるわ」
メルヴィアはひとつひとつの道具を手に取りながら、ハヤトに丁寧に説明をしていた。
机の上に並べられた道具の多さに、ハヤトは少し圧倒されていたが、真剣に耳を傾けていた。
「包帯やタオルはここに入っているから、覚えておいて。そうそう、夜寝るとき寒くないように毛布も用意したわ。晴れていれば大丈夫だと思うけど、雨が降ったときは気温が下がるから気をつけて。それから……」
メルヴィアは、机の上に所狭しと並べられた遠征用のグッズを説明し続けた。
ハヤトは最初のうちこそ「ふんふん」と相槌を打ちながら聞いていたが、次第に延々と続く説明を聞き流すようになっていた。
「……それで、これは方角がわからなくなったときに使う道具で、この針が示す方向にベースキャンプがあるわ。本当は持ち主の魔力で発動させるんだけど、あんたは魔力がないから月の魔力を利用できるように改造したわ。一応、魔力は込めてあるけれど、夜になったら月の光にあてて魔力を補充して――って、聞いてるの!?」
メルヴィアの声に、ハヤトは我に返った。
「ああ、うん。聞いてるよ。でも、ちょっと量が多すぎないか?」
「なに言ってるのよ! 外は危険なのよ! これでも厳選して減らしたんだから!」
「減らしてこれか……」
机の上に広げられた道具は、リュックに詰めたら三つ分くらいになりそうだ。
どう考えても、ハヤトがひとりで持てる量ではない。
「いくらなんでもそんなに持っていけないから、思い切って減らそう。まず、シアも来るんだし薬はいらないだろう。タオルや毛布はエルルが用意してくれたものがあるから、それで十分だ。その方角を調べる道具も、みんなと一緒に行動するんだからいらないな」
ハヤトがそうきっぱり言うと、メルヴィアは机をばんばん叩いて反論した。
「ダメよ! 全部持っていきなさい! いくらシアが同行するといっても、ちょっとした怪我でシアの力を使うわけにはいかないんだから、薬は持っていくべきよ。タオルや毛布もいい素材を使っているんだから、こっちを持っていきなさい!」
メルヴィアはさらに力を込めて、机に並べた道具の重要さを説く。
「それに、方角を調べる道具だって、みんなとはぐれることだってあるかもしれないんだから、絶対持っていったほうがいい!」
「そうは言っても、全部持っていこうとしたら俺は動けなくなるから、みんなについていけなくなるぞ。だから、必要になる可能性が低いものは置いていくしかない。それから……まだ説明を受けてないけど、そこの山積みになっている魔法石は絶対持っていかんぞ。というか持てん」
ハヤトは机の一角に高々と積まれている青い魔法石を指差す。
「なに言ってるの! これは必需品よ! この数珠つなぎとなった魔法石を体に巻いておくと、魔力のない人でも多重防御壁を展開できるのよ。たいていの攻撃をこれで受け流すことができるようになるわ」
「……それ重さ、どのくらいあるんだ?」
「30キロよ」
「却下!」
誰が30キログラムもの石を体に巻いて遠出するというのか、とハヤトは呆れる。
「外は危険なんだから、これくらいの装備は必要なの!」
「……それなら初めから鎧でいいだろ」
「鎧はその上に着るに決まってるじゃない!」
「……そんなんで歩けるかー!」
「歩きなさい!」
無茶を言うメルヴィアと押し問答を繰り返すハヤト。
埒があかないので、ハヤトは思い切ってばっさり切り捨てることにした。
「もう全部いらん! 持ち物はエルルの用意してくれたものだけで十分だ!」
メルヴィアは「ぐぬぬ」と悔しそうな顔を浮かべていたが、やがて肩を落とし、小さな声で呟いた。
「……わかった」
それまでとのテンションの変わりように、ハヤトは何か不安を感じた。
メルヴィアは力なく床に視線を落としている。
その姿にはいつもの勝ち気な面影はなく、打ちのめされたような印象を受ける。
ハヤトはなんだか悪いことをしたような気になった。冷静に考えると、これだけの準備をするのは大変だったろう。
「すまん……言い過ぎた」
「…………」
ハヤトはあとが怖いしとりあえず適当に謝ってみたが、メルヴィアは反応しない。
「わかった。せっかく用意してくれたんだし、ひとつだけ持っていくよ」
「…………本当に?」
メルヴィアは上目遣いでハヤトを見る。なんだかしおらしい態度だ。
「ああ」
とりあえず機嫌を直してくれればいい。でないと、あとで反動が来るに決まっている。
「どれがいいかな……」
ハヤトがなるべく荷物にならないものを選ぼうと考えていると、メルヴィアが口を開いた。
「もう決まってるわ。これよ」
そう言ってメルヴィアが指差したのは、山積みになった魔法石だった。
「これよ! 絶対これ!」
途端に元気を取り戻したメルヴィアに、ハヤトはひとつ深呼吸をしてから叫んだ。
「アホか! それだけは絶対に持っていかん!」




