第24話 遠征計画
「ハヤト、あなた本当に勇者だったのね」
ミリアが感心したようにハヤトに言った。
公開実験のあと、ハヤトはミリアの部屋に来ていた。
早くメルヴィアの書斎に戻って掃除を再開しないとと思っていたが、ミリアに誘われ、そのままついてきてしまったのだ。
「魔法じゃない魔法のような力。そんな力があるなんてね」
ミリアはハヤトの頭のてっぺんからつま先までをじっくりと眺める。
「いや、そういうのじゃないと思うけどな……」
「でも実験結果から見ても、そうとしか思えないじゃない」
少年騎士アレンが銃の操作に挑んだあとも、ほかの騎士たちが銃を手に取り、撃とうと試みた。
しかし、誰ひとりとして銃を発射することはできなかった。
一方で、ハヤトは何度も簡単に銃を撃ってみせた。
この結果には誰も反論できず、シアの言うように「勇者の力」として認めるしかなかった。
「とはいえ、銃にそんな仕掛けはないはずなんだが……。いや、あるのか?」
ハヤトはふと、最初にあの銃を握ったときのことを思い出した。
たしか、あのときに電子音がした。あれは、もしかすると個人情報の登録音だったのかもしれない。
指紋認証か何かで、最初に握ったものが登録されてしまい、それ以外は使えない仕組み。そう考えると辻褄が合う。
「あるの?」
気がつくと、ミリアが息がかかりそうな距離まで迫っていた。
ハヤトは内心焦りながらも努めて平静を保ち、さりげなく距離を取った。
「たぶん、あの銃には個人認証の仕組みが備わっていて、俺以外が使えなくなってるんだ」
「個人認証……?」
ハヤトは、個人認証についてミリアに簡単に説明した。
原理はよくわかっていなかったが、そういう仕組みがあるということは、なんとか伝えられた。
「ふうん、そんな仕組みがあるとはね。じゃあ、勇者しか使えないってことではないのね」
「ああ、たぶんね。もし最初にあの銃を握ったのがミリアだったら、ミリアしか使えなくなってたと思うよ」
「なるほど……。そういうことなら、『銃』の使用者を決めるには慎重になる必要があるわね。ひとまずゲートから持ち帰って、使用者の選定はあとね」
ミリアは少し考え込んだあと、ちらっとハヤトを見て微笑む。
「最初にハヤトで実験したのは、失敗だったかしら」
「俺は悪くない。決めたのはおまえだからな」
ミリアはムッとした顔をした。
「『おまえ』だなんて、ずいぶん馴れ馴れしいわね」
「それくらい、いいだろ?」
しばらく睨んでいたミリアは、ふと怪訝そうな顔をして、ハヤトに尋ねた。
「ハヤト、あなたまさかメルヴィア様にも『おまえ』呼ばわりしてないでしょうね?」
「してるけど?」
その答えにミリアは絶句した。
「――あなた、よくいままで生きていられたわね……」
「俺はこの世界の人間じゃないから、王女とか貴族とか関係ないからな」
「それはそうだけど、あの方にそんなことが通じるかしらね……」
「ハハ、いまのところなんとも――」
ないぜ、と言いかけて、過去に身の危険を感じたことをふと思い出した。
「……あるのね?」
ミリアはハヤトの顔を覗き込みながら問いかける。
ハヤトが何も言えずにいると、ミリアが続けた。
「過去、あの方に無礼をした人はことごとく消された」
「えっ、マジで!?」
「――かどうかは知らないけど、そうであっても不思議じゃないわ」
「そんな噂があるのか?」
「ないわ」
「ないのかよ! なんだよ驚かせやがって……」
ハヤトはほっと安堵のため息をついた。
「噂はないけど、あの人なら噂ごと闇に葬り去ることができそうよ、うんうん」
自分で言ったことに自分で同意するミリア。
「おまえ――ミリアさ、ずいぶんと偏見を持ってないか? 仮にもミリアの上司だろ?」
「おまえ」と言われた瞬間、ミリアは一瞬顔をしかめたが、ハヤトが名前で言い直したので突っかかってはこなかった。
「あたしの上司はマドールよ。メルヴィア様はマドールの上司ってだけで、あたしには直接関係ないわ」
「上司なのに、マドールには敬称つけないのか?」
「騎士団と違って、魔術師団の関係はフラットなのよ。マドールはちょっとだけ力があるから参謀長になってるだけで、本質的にはあたしたち魔術師はみな対等なの」
「ふーん、そういうものなのか」
体育会系の騎士団とはだいぶ異なるようだ。
思い返してみると、魔術師団にはたしかに上下関係が薄く、遠慮のない態度が目立つ。
シアなど一部の人を除けば、相手をあまり意識していないようだ。
騎士団と魔術師団が犬猿の仲というのも、こうしたことが大きく影響しているのかもしれない。
「それよりも」
ミリアはハヤトの手を両手で握りしめた。
「ハヤト、ありがとう。今回の実験は大成功だったわ。これで『銃』があったゲートへの再遠征案も通せると思う」
「それはよかったな」
ハヤトは内心のどきどきを悟られないよう、努めて冷静に返した。
年頃の女の子に手を握られるなんて、そうあることではない。
さっきもシアに手を握られたが、あの時は呆然としていたので何も感じなかった。
しかし、よく考えると、女の子の手を握るのは何年ぶりかわからなかった。
「それでお願いがあるの」
「お願い?」
「うん。あたしといっしょに次の遠征に参加して」
「遠征か…………。ん!? 遠征!?」
ミリアは口元にかすかな笑みを浮かべ、頷いた。
「そう。いいでしょ? 身の安全はあたしが保証するから」
「いや、しかしだな……」
ミリアはハヤトの手を握ったまま顔をハヤトに近づけてくる。
離れようにも手を握られているので離れらない。
ぐいぐい押してくるミリアにハヤトは半ば仰け反る体制になる。
「外に行くのは楽しいわよ! 一緒に行きましょ?」
■
「ダメ! 絶対に行かせない!」
メルヴィアは、ハヤトが「遠征についていくのはどうだろうか?」と話を切り出した途端、頭ごなしに拒絶した。
ミリアの部屋で同行を頼まれ、あいまいな返事で切り抜けたものの、メルヴィアの意見も聞こうと話を切り出した結果がこの反応だった。
「ちょっと未知の武器が使えるからって調子に乗らないで!」
「あんたみたいなのがベースキャンプの外に出て、無事に済むわけないじゃない!」
「そもそも、勇者の力なんて持っていないんだから勘違いしないで!」
「だいたい、あんたが遠征に行ったら、この部屋の掃除は誰がするのよ!」
ハヤトが反論する暇もなく、メルヴィアは次から次へと言葉を畳みかけてくる。
内心「部屋の掃除ぐらい自分でしろ」と言いたかったが、興奮しているメルヴィアにはさすがに言えなかった。
メルヴィアは言いたいことを並べ終えると、最後にハヤトに指をびしっと向けて言い放つ。
「私の全権限を持って、なにがなんでもあんたを遠征には行かせない!」
ハヤトとしても別に行きたいわけではなかったが、ここまで言われると反発したくなってくる。
「あの銃が落ちていたゲートには、銃のほかにも有用なものがある可能性があるぞ。でも俺以外のものではその価値に気づかず、回収もできないんじゃないかな?」
適当に思いついたことを言うと、メルヴィアは「ぐぬぬ」と声を上げつつも、反対の姿勢は変えなかった。
「それでもダメ。めぼしいものは片っ端から持ち帰らせればいいのよ。とにかくあんたはここで掃除をしていればいいの」
本音はそれか、とハヤトはため息をつく。
「わかったよ、わかった。俺は『おまえ専属の掃除係』ってことだな」
「そう、わかってるじゃない」
メルヴィアは満面の笑みを浮かべると、すぐに書類に視線を戻した。
その無邪気な表情に、ハヤトは少し悔しさを感じつつも、苦笑いを浮かべ、部屋の片付けを再開した。
メルヴィアがこう言う以上、遠征に参加するのは無理だろう。
もともと乗り気ではなかったものの、こうなるとなんだか残念にも思えてきた。




