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第23話 銃と勇者

 メルヴィアの書斎で、ハヤトはいつものように片づけをしていた。

 メルヴィアも変わらず、書類を読んでは投げ捨てることを繰り返している。


 騎士団が持ち帰った人形を見に行ってから、すでに二日が経っていた。

 ハヤトはその後、メルヴィアに人形と銃の報告をしたが、彼女の反応は思いのほか鈍かった。

 銃をゲートからもっと持ち帰れば、戦力増強につながることも説明したが、メルヴィアは「ふーん」と言ったきり、特に関心を示さなかった。


 実際に銃を目にしていないメルヴィアには、話だけではその威力が伝わらなかったのだろうか?


 ハヤトはちらりと彼女に視線を送った。

 メルヴィアはいつものように書類を次々と床に投げ捨てているが、どこか普段よりも機嫌が悪そうだ。

 

 ふと、メルヴィアが書類を机に置き、顔を上げた。ハヤトと目が合う。

 メルヴィアはため息をついて、口を開いた。

 

「あんたが言っていた『銃』の実験をいま、13階層でやっているんだけど、まったく動作しないわ」


 突然の話に、ハヤトは思わずポカンとした表情で聞き返した。


「え、動かない? その書類に書いてあるのか?」


「違うわ。いまこの瞬間、13階層にみんな集まって『銃』の実験をしているのよ。私はマジックドールを実験に立ち会わせているから、状況はわかるの」


 なるほど、あのマジックドールか。

 最近見ないと思ったが、メルヴィアの代わりに動いていたのか。

 そういえば、このところメルヴィアは書斎にこもりっきりで、会議にも出向いている様子がなかった。


「ミリアがあんたに来てほしいと言っているわ。断ってもいいけど、どうする?」


「いや、すぐ行くよ」


 断れという雰囲気を出している気もしたが、ハヤトは即答した。

 メルヴィアはいまいち銃に興味を示していないが、あの威力を見ればきっと思い直すはずだ。

 

 ハヤトは掃除をやめ、13階層に向かった。

 

 13階層に来るのは、この世界に召喚されたとき以来のことだ。

 ここにはほかの階層にはない広い空間がある。


 その空間には思いのほか多くの人が集まっていた。

 見たところ、数十人の騎士と十数人の魔術師、そしてシアと彼女に付き従う黒髪の近衛の姿があった。


「こっちよ、ハヤト。来て」


 声がした方向を見ると、少し離れた場所にミリアと、銃を構えた兵士らしき男がいた。

 ハヤトが近づくと、ミリアは困ったような顔をしていた。

 

「どうしたんだ?」


「それがね、『銃』が撃てないのよ。さっきからずっと試しているのに、一発も撃てないの」


「セーフティは外してあるか?」


「うん、外してあるわ」


 ハヤトは兵士の持つ銃を覗き込んでみた。たしかに、セーフティは外れている。


「試しに撃ってみて」

 

 ミリアが兵士に声をかけると、彼は頷いて銃を構えた。

 その構え方は棒立ちで、銃を扱うものの姿勢とは程遠い。

 無理もない。この世界の人々が銃の扱い方を知っているわけがない。


 兵士は引き金を何度か引いてみせたが、銃はカチッ、カチッと音を鳴らすだけで、弾は発射されなかった。


「たしかに、弾が出ないようだな」


「どうしてかしら。銃の威力を証明するために、騎士団やシア様にまで集まってもらってるのに。このままじゃ困るわ」


 ハヤトはちらりと騎士たちの方に目をやる。彼らはニヤニヤとこちらを見て笑っているのがわかった。


「会議で調子に乗って、『銃』は騎士100人に匹敵すると言っちゃったのよね。このまま実験が失敗したら、あたしの立場がなくなっちゃうわ」


 あれだけ威勢のよかったミリアは、いまでは不安でいっぱいの顔をしていた。


「いつから銃が撃てなくなったんだ? まさか弾切れするまで撃ちまくったんじゃないだろうな」


「ハヤトが撃って以来、撃ってないわ。今日が二度目の銃の使用よ」


「おいおい、事前にテストしなかったのかよ」


「今日が二度目のテスト日なの。ただ、ちょっと宣伝しすぎちゃって、予定より多くの人が集まっちゃって……。後には引けないから、ハヤト、なんとかしてくれない?」

 

 再び騎士たちの方を見ると、あからさまに嘲笑を浮かべている。

 それがハヤトに向けられたものなのか、ミリアに対してなのかはわからない。おそらく、両方だろう。


 ハヤトはなんとかして、あの騎士たちに一泡吹かせてやりたくなった。


「わかった。やってみる」


 兵士から銃を受け取り、一通り銃を確認する。

 

 あの人形と同じように、この銃もどこか壊れているのかもしれない。

 もしそうだったら、ハヤトにはどうしようもなかった。


 そうじゃないことを祈りつつ、セーフティを一旦かけてから外す。

 そして、銃を適当に構え、引き金を引いた。


 ダダダッ!!


 予想外に簡単に弾が発射され、隣にいた兵士が「うわっ!」と驚愕の声を上げた。続いて、騎士たちの方からどよめきが上がった。


「なんだ、撃てるじゃないの!」


 唖然としているハヤトに、ミリアが寄ってきた。


「何が悪かったのかしらね。やっぱりセーフティかしら?」


「……まあ、そうかもな。セーフティがちゃんと外れてなかったのかもしれない」


 よくわからないが、とにかく撃てて良かった、とハヤトは思った。


「とにかくよかったわ。それじゃあ、そこの彼に『銃』を渡してくれる? 実験を続けたいの」


 初めて見る銃の迫力に驚いて腰が引けている兵士に、「大丈夫か?」と思いながらも銃を渡す。

 

 兵士は銃を受け取ると、5メートル先に設置された鎖帷子のような鎧に向かって銃を構えた。

 どうやら、鎧で威力を検証しようとしているらしい。

 

 ハヤトはミリアと並んでその様子を見守った。


 カチッ、カチッ。


 だが、聞こえてくるのは、さきほどと同じ無機質な音だった。


「おかしいわね……。やっぱり壊れているのかしら」


 ミリアが首を傾げていると、背後でざわめきが起こる。

 振り返ると、シアがハヤトたちの方に歩み寄ってきていた。


「シア様、これは――」


 ミリアが何か言おうとしたところ、シアは手でそれを制した。


「この武器は勇者であるハヤトさんにしか扱えないのではないでしょうか?」


 シアの言葉に騎士団がざわめく。ハヤトは唖然とし、ミリアは面食らった顔をした。


「いやいや、これは魔法で作られたものじゃないから。そんな選ばれしものしか使えないとか、そういうことはないから」


 ハヤトは手を振りつつ、苦笑を浮かべた。

 しかし、シアはそんなハヤトの反応にも揺るがず、静かに微笑を浮かべている。


「押し問答をするより、やってみた方が早いでしょう。ハヤトさん、もう一度その武器を使ってみせてください」


 シアの声には確固たる自信が感じられる。

 そんなわけないと思いつつも、ハヤトは言われるままに兵士から銃を受け取り、鎧に向かって再び銃を構えた。


「じゃあ、行くぞ」


 深呼吸をひとつし、掛け声とともにトリガーを引くと、重い金属音が響き、弾が乱れ飛んだ。

 数メートル先にあった鎖かたびらは、甲高い金属音を立てながら、瞬く間に穴だらけになっていった。


 再び騎士団からどよめきが上がる。


「マジかよ……」


 唖然として銃を眺めるハヤト。

 

 シアは満足げに頷くと、ざわつく騎士団に向き直り、片手を上げた。

 すぐに静かになったのを確認すると、シアは声を上げる。


「この武器を誰か試してみてください。我こそはと思うものはいませんか?」


 騎士たちは互いに目配せをしていたが、やがてひとりの少年騎士が前に進み出る。


「オレがやります!」


 体に似合わぬ大きな鎧をまとった騎士アレン。初めてハヤトがこの世界に来たときに絡んできた少年だ。

 それ以降も顔を合わせるたびに憎まれ口をたたいており、妙にハヤトにライバル心を向けていた。


「よいでしょう。騎士アレン。やってみせてください」

 

 シアはアレンに向かってほほ笑む。

 アレンは鼻息荒く、ハヤトのそばまで来ると銃を奪い取った。


「おい、乱暴に扱うなよ。暴発してシアにでも当たったらどうするんだ」


 アレンはむっとした顔を見せたが、すぐにニヤリと笑う。


「この武器を使えるのがおまえだけだと思うなよ!」


「思ってねーよ」と心の中でつぶやきながら、ハヤトはアレンから距離を取る。


 アレンは銃を構えようとするが、プレートメイルが邪魔でうまくいかない。

 それでもなんとか持ち方を工夫し、ようやく銃を構えた。

 

「行きます!」


 騎士たちが固唾を飲んで見守る中、アレンは掛け声とともにトリガーを引いた。

 だが、静寂の中で響いたのはまたしても空撃ちの音だった。


「なぜだ! どうして出ない!」


 アレンの悲痛な声が響いた。

 

 そばにいたハヤトも、なぜ弾が出ないのか理解できなかった。

 構え方が少し変だとはいえ、トリガーはちゃんと引いているはずだ。


 場が静まり返る中、シアが口を開いた。


「これでおわかりでしょう。この武器は、勇者であるハヤトさんにしか扱えないのです」


 誰も口を開くものはなかった。

 シアはそれを確認すると、騎士団とは反対の方向に向き直った。


「あなたはどう思うのかしら、メルヴィア」


 シアが向いた先には、メルヴィア――正確には彼女のマジックドール――が立っていた。

 巨大な石板の陰に隠れるようにして、静かにこちらを見ている。


 見当たらないと思っていたが、こんなところにいた。


「どうかしらね。その武器からは魔力は感じないわ。何か別な理由があるんじゃないかしら」


 メルヴィアは冷静な声で返す。その声には、書斎で見せるものとは違うたしかな威厳があった。


「ハヤトさんの勇者の力は、魔力では説明できないものだと思います。魔力ではない何か、それが私たちを救ってくださる勇者の力なのでしょう」


 シアはメルヴィアだけでなく、集まった全員に向けてそう言い放つ。

 そして、ハヤトのそばまで歩み寄ると、ハヤトの手を両手で握った。


「ハヤトさん、どうかその力で私たちを救ってください」


 ハヤトを含め、皆が唖然としている中、シアは微笑みを浮かべてそう口にした。

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