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第21話 アンドロイド

 許可書に書かれた文字と同じ文字が掲げられた看板を確認しながら、ハヤトは部屋の入口に立っていた。


「うん、この部屋だな」


 中を覗き込もうとしたその瞬間、金髪のポニーテールを揺らしながら、ひとりの女が勢いよく出てきた。


「あ、ミリア」


 彼女は魔術師団参謀のミリアだ。


 ミリアは目を引く金髪と華やかな顔立ちで、軍団内でも一二を争うほどの美人と言われている。ただし、見た目だけなら。

 残念ながら、彼女もメルヴィア同様、性格に難がある。高飛車で、可愛げというものがまったくない。


「何よ、文句でも言いに来たわけ?」


 ミリアは挑発的な口調でそう言うと、ハヤトを鋭く睨みつけた。


「え?」


 ハヤトは一瞬、戸惑った。どうやら、さっそく絡まれてしまったらしい。

 

 彼女はその強気な性格から、食堂で騎士たちと言い争いをしているのを、ハヤトも何度か目にしていた。

 ハヤト自身も、たまに配膳が雑だと文句を言われることがある。

 

 戸惑いながらも、ハヤトはミリアの鋭い視線に耐えていた。

 だが、しだいに今朝の出来事が頭に蘇ってきた。


 今朝、スープを配膳している最中、上の空だったハヤトは、手元が狂って杓子を振りすぎ、スープをミリアの顔に跳ねかけてしまった。

 そのスープは粘り気が強く、杓子からなかなか離れなかったため、余計に力を入れてしまったのだ。

 騎士団が持ち帰った人形のことを考えていたせいで、注意が散漫になり、結果としてミリアの顔をスープで汚してしまった。


 怒りに満ちたミリアは、ハヤトが何か言う前にハヤトをビンタした。

 周囲の兵士や騎士たちはその様子を見て笑い声を上げ、ハヤトは恥ずかしい思いをしたのだった。

 

「あなたが悪いのよ」


 ミリアは苛立たしげに言いながら腕を組み、まっすぐハヤトを見つめた。


 ハヤトはその視線に押され、言い訳もできないまま、再び顔が熱くなるのを感じた。


「あら、どうしたの?」


 おっとりとした声で、やわらかい物腰で部屋から出てきたのは、ミリアの同僚のユーリだった。

 彼女はきれいな白髪をなびかせ、どこか神秘的な雰囲気を漂わせている。


「今朝の件を根に持って、乗り込んできたのよ」


 ミリアが説明すると、ユーリは微笑んだ。


「あなたもやり過ぎじゃない? 何も叩かなくてもよかったのに。ねえ、ハヤトさん?」


 彼女は穏やかな性格で、ミリアが周囲ともめるたびにこうして間を取りなしているのを、ハヤトは何度か見かけている。

 

 不評の多い魔術師団の中では、兵士から割と人気があるのもよくわかる。

 もっとも、その素晴らしいプロポーションも影響しているのだろう。軍団一の胸の持ち主であることも見逃せない。


「ああ……、いや、あれは俺が悪かった。ちょっと考え事をしてたんだ。ごめん、ミリア」


「フン。もういいわよ。忙しいから帰って」


 ミリアがそう言って部屋に戻ろうとしたので、ハヤトは慌てて本題を切り出した。


「ここに来たのは今朝の件とは関係ない。騎士団が持ち帰った人形を見に来たんだ」


「人形?」


「あらぁ、ハヤトさんって、そういう趣味があったのね」


 なぜかユーリが変なことを言ってきた。

 ミリアは部屋の中に向かって声をかける。


「クレア、あの人形、もう調査終わったの?」


 それまで机に向かって一心不乱に何かを書いていた銀髪の少女クレアは、顔を上げてメガネを外した。


「終わった」


「そう。なんか、この人が人形を見たいんだって」


 クレアは机に置かれた本をそっと閉じ、ゆっくりと立ち上がった。

 静かだがたしかな足取りでハヤトのところまで来ると、淡々とした声でこう言った。


「バカなの?」

 

 クレアはミリアとは対極的な地味系で、口数の少ない女だ。

 だが、なぜかハヤトに会うたびに「バカなの?」と聞いてくる。

 

 ほかの兵士や騎士たちと話している姿は見たことがなく、エルルに聞いても彼女についてはほとんど情報がない、謎に包まれた女だ。


「人形を見に来るのが、そんなに変なことか?」


「裸の人形を見に来るのは、変態」


「裸……?」

 

 部屋の奥に目を向けると、台の上に置かれた人形があった。

 どうやら着ていた服はすでに取り外されているようだ。


「なんで脱がしてるんだよ」


「調査のため」


「そっか。まあ、それはいいよ。とにかく見せてくれ」


「変態。恥知らず」


 淡々と罵るクレアに、すかさずユーリが乗っかる。

 

「えっちねぇ」


「おまえらなあ……」


 ハヤトは手に持っていた許可書を突き出した。


「いいからあの人形を見せてくれ。許可書はちゃんとある」


 ミリアが許可書を受け取り、目を通す。

 その間もクレアとユーリは「変態」「えっち」を繰り返している。


「…………偽造、ではないわね」


 ミリアは、ハヤトの顔に視線を戻し、いぶかしげに見つめた。


「あなた、あれが何なのかわかるの?」


「俺の想像通りかどうかを確認しに来たんだ」


 ミリアはしばらく黙っていたが、やがてため息をついた。


「わかったわ。ちょっと待ってて。――ユーリ、お願い」


 ユーリは頷くと、部屋の奥から毛布を取り出し、裸の人形の胴体部分にかけた。


「毛布を動かしたら、即刻退場よ」


 ミリアが冷たく言い放つ。


 ハヤトは黙って頷くと、部屋に入り、寝かされている人形に近づいた。

 人形の裸ひとつでここまで騒ぐ必要があるのかと思っていたが、間近で見てハヤトは得心した。


 それは、人形というにはあまりにも生々しかった。

 

 艶のあるの髪を眉の上で揃えたおかっぱ頭。

 顔立ちは少女のものでありながら、その造形は完璧なまでの人形の美しさをたたえていた。

 白くみずみずしい肌は、まるで本物の人が寝ているかのようで、いまにも目を覚ましそうな気配すら感じさせる。

 

 ハヤトはそっと人形の肩に触れてみた。

 体温はないが、その感触はまさに人肌そのものだった。

 メルヴィアのマジックドールに匹敵するリアルさを感じ、思わず息を呑んだ。

 

「すごいでしょ、それ」


 気がつくと、すぐ横にユーリが立っていた。


「はじめは本物の人の皮を張りつけてるのかと思ったのだけど、この皮膚、並の金属よりも強度があるみたいなのよ。でも金属じゃないみたい。何の素材か、さっぱりね」


 ハヤトにもそれが何でできているかはわからなかったが、非常に高度な科学技術で作られているのは明らかだった。

 

 ハヤトは人形の腕の皮膚が破れた部分を凝視する。

 

 並の金属よりも硬いらしい皮膚の裂け目からは、複雑な金属機構が見えている。

 この人形がアンドロイドである証拠だ。

 もしこの金属が見えていなければ、この人形を人の死体と勘違いしていたかもしれない。

 

 金属部分に破損は見られず、単に表面の皮膚が破れただけのように見えた。


 ならば……。


 ハヤトは人形の全身をじっくりと観察した。


 首の裏、手のひら、足の裏――目指すものは見つからない。

 もしかすると背中や、毛布に隠れた胸や腹にあるのかもしれない。


「背中を見てみたいんだけど?」


 ハヤトはユーリに振り返って尋ねた。

 

「……何を探しているのかしら? その人形、異常に重いのよね。裏返すのは大変なんてものじゃないわ」


 ハヤトの探しているのは、アンドロイドの起動スイッチだ。


 しかし、それがどのような形状をしているかはわからない。

 恐らくむき出しにはなっていないだろう。

 どこかに蓋のようなものがあって、それを開けるとあるのではないか――そう推測していた。

 

「これはただの人形じゃない。マジックドールのように自律的に動く人形だ。見た感じ壊れてはいないから、どこかにある起動スイッチを押せば、動くかもしれない」


 ハヤトの言葉に、三人は驚きの表情を見せた。


「嘘でしょ。その人形からは、魔力は感知できないわ」


 ミリアがすぐに否定する。


「これは魔力で動く人形じゃない。機械仕掛けで動く人形だ」


「機械仕掛け? 機械仕掛けの人形のおもちゃを見たことがあるけど、似たようなものなの?」


「それがものすごく発展したもの……といえばいいかな。本物の人みたいに動いて、思考することもできる……かもしれない」


「かもしれない?」


「俺のいた世界では、まだそこまでのものは作れていなかった。でも、この人形を見る限り、俺の世界よりも進んだ技術を持った世界から来たものだと思う。だから、それくらいできてもおかしくない」


「……その話、本当なの?」


 ミリアは信じられないという表情で、ユーリとクレアを振り返る。だが、ふたりとも困惑した顔をするだけだった。


「それで、この人形のどこかにボタンか何か、それらしいものは見つからなかったか?」


 ハヤトは改めて三人に尋ねた。

 三人は互いに目配せをしてから、クレアが前に進み出る。


「頭のてっぺんから足の爪先まで調べた。腕の破損以外、変わったところはなかった。正確に言うと、完全に人間と同じ」


「そうか……」

 

 アンドロイドであれば、どこかにスイッチがあると思ったが、そう単純ではないらしい。

 これを起動できれば得られる情報も多かっただろうが、無理なら仕方ない。

 

 ハヤトは改めて、寝台に横たわる少女の人形を見下ろした。

 何度見ても、本物の人間が眠っているようにしか見えない。

 

 悪い魔女に騙されて永遠に眠り続ける少女――そんな昔話を思い出した。

 あの話では、どうやって少女は目を覚ましたんだっけ?

 

 ――そう、たしか王子のキスだったな。


「うん、無理だな」


 ハヤトはちらっとミリアを見ながら、そう呟いた。幸い、ミリアは気づいていないようだった。


「そうだ、ハヤトさんなら、これが何かわかるかしら?」


 思い出したようにユーリが声を上げた。

 何かと思ってハヤトが振り向くと、ユーリは壁一面に設置された棚へ向かい、何かを探し始めた。


「どこだったかしらね……」


 棚を順番に見ていき、やがて目的のものを見つけたらしく、ハヤトに手招きをする。

 

「ハヤトさん、これを見てくれないですか? これもゲートからその人形といっしょに持ち帰ったものなんですけどね。たぶん何かの道具だと思うんだけど、何に使うのかさっぱりわからなくて」


 ハヤトがユーリのもとに行くと、そこにはハヤトがよく知るもの――現物を見るのは初めてであったが――が棚に置かれていた。


「これは……銃だ!」


 思わず驚きの声を上げるハヤト。

 

「え!? あなた、それが何か知ってるの!?」

 

 驚いて駆け寄ってくるミリアに、ハヤトは答えた。


「これは金属で作られた小さな弾を高速で発射する武器だ。人なら、あたりどころが悪ければ一発で死んでしまうほどの威力がある。俺がいた世界では、戦争のための道具として使われていた」


「……これも機械仕掛け、というわけね」


 ミリアはふむふむとうなずいた。


「この世界にも、機械仕掛けで矢を飛ばすクロスボウというものがあるけど……。やっぱり、それよりもずっと高度なものなのね」


 彼女はちらりと寝台に横たわるアンドロイドの方に目をやった。


「俺のいた世界にもクロスボウはあったが、いまでは武器としては銃に取って代わられた。銃のほうが威力がある上に、連射が利く。この銃は、たぶん1秒に何発も撃てるタイプだ」


 ハヤトが見つめる先には、銃身の長い銃が置かれていた。

 それはハヤトの世界でサブマシンガンと呼ばれているものだった。


「すごいですね。役立たずの無駄飯喰らいと思ってたのに、わたし、ハヤトさんを見直しましたわ」


 さらっと辛辣なことを言うユーリ。

 

「まだ本当かどうかわからない。実験して確かめるのが大事」


 クレアは銃の横に置かれていた箱を棚から取り出す。


「これがその『銃』の弾だと思う。合ってる?」


 クレアが箱を開けると、そこには銃のマガジンが1つ入っていた。

 ミリアはそれを覗き込み、少し驚いた様子で言った。


「え、その『銃』って小さな弾を飛ばすって言ってなかった? これ、大きいと思うんだけど」


 ミリアの言葉に、クレアは首を横に振る。


「違う。この金属の箱の中に小さな金属製の物体がたくさん入ってる。何に使うのかわからなかったけど、ハヤトの話を聞いてピンときた」


「ああ、それを銃にセットすれば弾を撃てる……と思う」

 

 ハヤトも、本物の銃を撃ったことはなかったが、たぶん安全装置を外せば使えると考えた。


「じゃあ、実験しましょう!」


「賛成!」


 わくわくした顔で提案するミリアに、ユーリとクレアも即座に賛同した。


「じゃあ、あなた。ええと、ハヤト、だったかしら? さっそく、その『銃』を撃ってもらえるかしら?」


「いいけど、ここでか?」


 ミリアは部屋を見渡すと、「それもそうね」と思いとどまった。


「第1階層の訓練場か、封鎖されて使われていない第12階層、あるいは広い空間のある第13階層で実験するのが筋ですわね」


「そうだけど、そんな遠いところまで行くのは面倒ね……」


 ユーリに同意しつつも渋るミリアは、少し考えてから別の提案をした。


「いいわ。あたしの部屋でやりましょう」


「それ、いい。採用」


「あらあら。男の人を部屋に連れ込むなんて、ミリアも大胆ね」


 すぐに賛成するクレアと、茶化すように言うユーリ。

 ミリアはハヤトの方を鋭く睨みつけると、宣言した。


「変なことをしたら、軍法会議にかけるからね」

 

 ミリアの厳しい言葉に、ハヤトはやれやれと思わずため息をついた。

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