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第20話 異世界の科学技術

 翌日、ハヤトは朝の給仕が終わるとすぐにメルヴィアの書斎を訪れた。

 

 騎士団が昨日運び込んできたものについて、メルヴィアに聞きたくてたまらなかったのだ。

 だが、メルヴィアはまだ来ていないようだった。


 昨晩も今朝もここに来てみたが、彼女に会うことはできていない。

 おそらく、攻略部隊が持ち帰った情報を分析しているのだろう。


 ハヤトにとって、この世界に来て以来初めてのゲート攻略である。

 軍団にとっては、ベースキャンプに次ぐふたつ目のゲートだ。


 ここのゲートとの違いなど、多くの情報が得られたはずだ。

 だが、それよりもハヤトが気になるのは、今回攻略したゲートが、ハヤトの世界に近い世界に繋がっていたかもしれないということだった。


 騎士団が運んできたものは、おそらくアンドロイドだろう。

 ハヤトの世界と同じく、魔力ではなく科学が支配する世界。


 どの程度の科学力かはわからないが、アンドロイドを作れるほどの技術があるならば、ハヤトの世界よりも進んでいる可能性がある。

 もしその世界から来た人と話ができれば、この狂気の大陸が何なのか知ることができるかもしれない。


 遠征隊は本当にゲートを攻略したのだろうか。

 もしかすると、攻略を諦めて帰ってきたのかもしれない。


 そうだとすれば、今後ゲートにいるであろう住人とコンタクトを取ることもできるかもしれない。

 ハヤトは、はやる気持ちを抑えながらメルヴィアを待った。


 結局、メルヴィアがやってきたのは昼食後だった。

 彼女が部屋に入るなり、ハヤトは待ちかねたようにメルヴィアに迫った。

 

「ゲートの攻略はどうだったんだ!?」


 ハヤトの勢いに、メルヴィアは一瞬驚いた顔をしたものの、黙って肩もみ用の椅子に座り、ハヤトに肩もみをするよう仕草で催促した。

 ハヤトが彼女の肩をもむと、うっすらと石鹸の香りが漂ってきた。


「それで、遠征の成果はどうだったんだ?」


「ほぼ成果なし、といったところだわ」


「ゲートは攻略できなかったのか?」


「いいえ、できたわ。正確に言うと、ゲートはすでに陥落済みで、最深部の『装置』も遥か昔に壊されていたようだわ」


 メルヴィアは淡々と答えた。


「転送物質は手に入らなかったのか?」


「残念ながら、そうよ。装置を壊せば転送物質の生成を止められるという仮説は正しかったということね。そのおかげで、ゲート内はたまたま住み着いた危険生物が散発的にいるだけで、遠征隊は苦労することなく最深部に到達できたわ」


 メルヴィアは「でも」とため息をついた。


「転送物質が得られなかったから、今回の遠征は実りが少なかったわ。いえ、もともと今回のゲートは調査段階から陥落済みと予想されていたから、想定の範囲内だったのだけど……少しは期待していたから、正直がっかりね」


 いつも強気なメルヴィアには珍しく、少し気落ちしているようだった。

 立ち直ったように見えても、この間の襲撃の影響がまだ残っているのかもしれない。

 

「遠征団が持ち帰ったものの中に、人形があっただろ? あれが何かわかったか?」


「ああ、あれね。見た目は本物の人間みたいで、まるで私のマジックドールみたいだったわ。でも、魔力は感じられなかったから、あれはそういうふうに作られた人形ね。中に金属が使われていて、耐久性もあるようだから、きっと高価なオブジェなんだと思うわ」


 メルヴィアたちには、科学技術で作られたものが理解できないようだった。


「あれは、たぶんアンドロイドだ。俺の世界にもあった」


「アンドロイド?」


 メルヴィアは肩越しにハヤトを見た。その顔にはわずかに驚きの色が浮かんでいる。

 ハヤトは肩をもむ手を止めて答えた。


「ああ、機械でできたマジックドールのようなものだ。人間のように動いて、さまざまな仕事をしてくれる。もし戦闘用に作られていれば、普通の人間よりも遥かに強いだろう」


「あれが動くというの? たしかに関節は可動性を備えていたけれど……」


「ただ、俺の世界ではまだちゃんとしたアンドロイドは作れなかった。フィクションの話だ。それでも、あと何年か、あるいは何十年かすれば実現できるはずだ」


「その話、もっと詳しく聞かせなさい」


 ハヤトは、自分の知っているアンドロイドについてメルヴィアに語った。

 

 とはいえ、アンドロイドはまだフィクションの中の存在だ。

 ハヤトも、漫画や小説で得た知識しか持っていなかったため、ちゃんとイメージが伝わったかどうかはわからなかった。


 メルヴィアは話を聞き終えると、顎に手を当てて何か考え込んでいたが、やがて口を開いた。

 

「科学という技術で作られた、人間のように動く機械……。そのアンドロイドって、どうやって動いているのかしら? 魔力を使わないなら、一体何が動力源なの?」

 

「え? さあ……電気……かな?」


「電気? それは何? どんな力なの?」


 ハヤトはしばし考えて答える。


「雷に似たエネルギーみたいなものだよ。俺の世界では、それを使っていろんな機械が動いていたんだ」


「雷のエネルギー……?」と、メルヴィアは驚きながら口にした。


「たしかに雷は強力だけど、それを機械に使うなんて……」


 そう呟くと、メルヴィアはまた思索にふけった。


 ハヤトはしばらく待っていたが、メルヴィアは思索に没頭しており、声をかけるタイミングをつかめずにいた。

 少し迷ったものの、意を決して声をかける。


「なあ。あのアンドロイドを一度よく見てみたいんだが」


 ようやくメルヴィアは思索を止め、顔をハヤトに向けた。


「そうね。でも、ユキナにアレをここに運ばせるのは……さすがに無理ね」


 そう言いながら、メルヴィアは机の上に置かれた白紙を一枚引き寄せ、ペンを手に取った。


「いいわ。許可書を発行してあげるから、その人形を見てきなさい。そして、何かわかったことがあったら報告しなさい」

 

 魔術師団が居住する10階層。


 ハヤトは、これまでこの階層に足を踏み入れたことはなかった。

 メルヴィアに書いてもらった許可書を手に、ゲートから持ち帰った人形――おそらくアンドロイド――を見るために訪れていた。

 

 魔術師たちの居住階層ということで、どんな怪しい場所かと思っていた。

 だが、意外にも通路はどの階層よりも明るい。


 その通路には扉のない部屋がいくつも並んでいた。

 部屋を覗くと、本や書類が積み上げられ、まるで現代の研究施設のような雰囲気を醸し出していた。

 

「想像とはだいぶ違ったな……」


 思っていたよりも普通で、現代日本にもありそうな部屋だった。

 部屋の中にいる魔術師がローブを着ている点は異世界らしいが、もしそれが白衣だったら、自分が元の世界に戻ったと錯覚しそうなほどだ。

 

 ハヤトは部屋の入口に掲げられた小さな看板の文字と、許可書に書かれている文字を比較する。

 ハヤトはどういう仕組みかはわからないが、この世界の人々と話すことはできる。

 しかし、文字の読み書きは理解できなかった。


「この部屋も違うな……」


 部屋の中の魔術師たちは、ハヤトが入口に立っていることに気づかないかのように、ひたすら紙に何かを書き込んでいた。

 メルヴィアもそうだが、どうやら魔術師は作業に集中すると、周りが見えなくなるらしい。

 

 いくつかの部屋を確認していると、部屋の中から声がかかった。


「やあ、君は勇者の……ええと、ハヤタ君だったかな?」

 

 涼しげな声に、ハヤトは部屋の中を覗いた。

 

 ローブに身を包んだ細身の優男が机に向かっている。

 いかにも女にモテそうな甘いマスクの男、魔術師団参謀長マドールだ。


 見た目は二十歳そこそこだが、実際は三十歳らしい。

 この魔術師は人当たりが良く、犬猿の仲である騎士団と魔術師団がなんとかやっていけているのも、彼のおかげだという噂だ。

 

 マドールは席を立ち、部屋の入口にいるハヤトのところまでやってくると、さわやかな笑顔を見せた。


「こんなところに来るなんて珍しいね。私に何か用かい?」


「いや、ゲートから持ち帰った人形を見せてもらいたくて」


 ハヤトはひらひらと許可書を振る。それを覗き込んで、マドールは頷いた。


「それなら、この先の突き当たりを左に曲がったところだよ」


「そっか、ありがとう」


 ハヤトはそそくさと部屋を後にしようとする。

 

 実はこの男がどうにも苦手だった。

 苦手というより、劣等感を抱かされる。

 長身でさわやかなイケメン、頭も良く、コミュニケーション能力まで高いという完璧な男と一緒にいると、自分が恥ずかしく思えてしまうのだ。


「まあ待ってよ。ちょっと話していかないかい?」


 マドールは立ち去ろうとするハヤトの肩に手をかけ、引き留めた。


「悪い。書斎の掃除もあるから、あまり時間がないんだ」


 適当に断って立ち去ろうとするが、マドールは粘ってきた。


「時間は取らせないよ。ひとつ聞きたいんだ。メルヴィア様のこと、君はどう思っている?」


 突然の質問にハヤトは面食らった。


「どうって……」


 なんと答えたものか。

 彼はメルヴィア直属の部下である。

 正直な感想を言えば、メルヴィアに伝わるかもしれない。

 

 少し考えたが、やはり気にしないことにした。


「部屋をわざと散らかすし、何かと俺のことをからかってくるし、まるで子供だ。こんな状況なのに緊張感が足りない」


「子供……ですか」


 マドールはククッと笑った。その顔は少年のようだった。


「聖王国の魔女と恐れられているメルヴィア様を子供扱いとは、ハヤタ君はやっぱり勇者なんだね」


「そんなことで勇者と言われてもね」


「私たちにはできないことだからね。素直に君を尊敬するよ」


 貴族の中でも上位らしいメルヴィアに対して、率直にものを言えるものは少ないのだろう。

 ましてや魔術師団にとっては直属の上司だ。

 さぞ無理難題を押し付けられて、不平不満が溜まっているに違いないとハヤトは想像した。


 ハヤトが話を終えて通路を歩き始めると、後ろからマドールの声が聞こえた。


「大変だとは思うけど、メルヴィア様のことをよろしく頼みますよ。ハヤト君」


 ハヤトは答えずに歩き続けた。


(俺の名前をわざと間違えてやがる……。メルヴィアもそうだが、部下も一癖ある連中ばかりだな)


 これから訪れる部屋にどんな魔術師が待ち構えているのかと思うと、ため息がこぼれた。

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