第19話 人形
攻略部隊が出発して、4日が過ぎようとしていた。
朝の食堂での仕事を終えたハヤトは、書斎でメルヴィアが来るのを待ちながら、攻略部隊のことを考えていた。
メルヴィアから聞いた話によると、いま頃ゲートにたどり着いているはずだ。
道中は無事だったのか、ゲート内に危険生物は潜んでいないのか、「装置」に転送物質はあるのか、いろんな考えが浮かんでは消える。
攻略部隊が折り返して戻ってくるまでに、さらに4日はかかる。
それまで、このもやもやとした気分は晴れないのだろうな、とハヤトはため息をついた。
ふと、メルヴィアの机の横に新しい椅子が置かれているのに気づいた。背もたれの低い椅子だ。
「この間あいつが散々悩んでた椅子か……」
ハヤトは近づいてその椅子を眺めた。
シンプルなデザインだが、良い材質を使っているらしく、クッションもしっかりしている。
以前の椅子よりも座り心地が良さそうだ。
また肩もみをやらされるのかと思うと、さっきとは違う意味でため息が出る。
そのとき、ハヤトは背後に人の気配を感じた。
驚いて振り向くと、そこには微笑みを浮かべたメルヴィアが佇んでいた。
「なんだ、来てたのか。びっくりさせるなよ」
この間の襲撃の件もあり、ハヤトは内心かなり驚いていたが、努めて冷静に言った。
メルヴィアは微笑み、そのままじっとハヤトを見つめている。
いつもなら部屋に来るなり騒々しいのに、今日はどういうわけかおとなしい。
その佇まいも、いつもより柔らかく、堂々とした態度ではなかった。
「とりあえず座ったらどうだ?」
メルヴィアのいつもと違う雰囲気に戸惑いつつも、ハヤトは席を勧めた。
彼女はゆっくりと、ちょこんと新しい椅子に座った。
「新しい椅子の座り心地はどうだ?」
ハヤトが尋ねると、メルヴィアは少し首を傾げ、考える様子を見せたが、すぐにニッコリと笑って頷いた。
「おまえ、さっきからなんで黙ってるんだ? うんとかすんとか言ってみろ」
「うん」
メルヴィアは穏やかな笑みを浮かべて返事をした。
「なんかおかしいぞ。おまえ、熱でもあるんじゃないか?」
そう言って、ハヤトは彼女の額に手を伸ばした。
メルヴィアは嫌がることもなく、おとなしくハヤトに額を触らせた。
「……熱はないみたいだな。どこも具合が悪くないか?」
「うん」
メルヴィアにしては、妙に素直だった。
普段なら額を触らせなどはしなかったのではなかろうか。
どこかおかしいのはたしかだが、それが何なのか、ハヤトにはわからなかった。
ハヤトはメルヴィアの額から手を離す。
すると、その手をメルヴィアがそっと握った。
何事かと彼女を見ると、メルヴィアは潤んだ瞳でハヤトを見上げていた。
その姿に、ハヤトはどきりとする。
いつも勝ち気な表情を浮かべていた彼女が、まるでか弱い少女のように見つめていたのだ。
何秒か、何十秒か――ふたりはそのまま見つめ合っていた。
やがて、ハヤトが動こうとしたときだった。背後から声がかかる。
「あんた、何やってんの?」
驚いて振り向くと、そこにはローブを着た赤毛の女――メルヴィアが立っていた。
「!?」
ハヤトは声にならない叫びをあげた。
入り口にいるのがメルヴィアなら、ここに座っているのは誰なのか?
ハヤトは慌てて椅子に座る女に目を戻した。
そこにいたのは――いや、あったのは、ただの人形だった。
顔も髪もなく、服も着ていない。まるでマネキンのような作り物だ。
ハヤトの手を握るその手は、さきほどまで温もりがあったのに、いつの間にか冷たくなっていた。
「なんだ……これは?」
何が起こったのか理解できず、ハヤトは呆然とつぶやいた。
「マジックドールよ」
入り口に立っていたメルヴィアがそう言って、ハヤトの傍に近づいてくる。
「前に説明したでしょ。マジックドールには、遠隔で操作できるタイプがあるって。これがそうよ。どう? 本物みたいだったでしょ?」
「くそっ、騙されたのか。どうりで変だと思った」
本物みたいというより、本物以上だった――とハヤトは思った。
「それにしても、あんた、いまやらしいことしようとしてなかった?」
メルヴィアは意地の悪い笑みを浮かべ、ハヤトをからかう。
ハヤトは慌てて否定する。
「してない!」
「ほんとかしら?」
その日、ハヤトは掃除の合間に、何度もメルヴィアにこの話題でからかわれることになった。
■
さらに4日が過ぎた。
順調にいけば、今日は攻略隊が戻ってくる日だ。
ハヤトは朝からソワソワしながら書斎に向かった。
部屋に着くと、メルヴィアがすでに椅子に座り、書類を眺めていた。
ハヤトは彼女と挨拶を交わすが、先日のこともあり、マジックドールではないかと警戒するのがここ数日の習慣になっていた。
そんなハヤトを見て、メルヴィアは鼻で笑った。
「ふん。なに警戒してんのよ。私がマジックドールに見える?」
どう見ても本物だ。この間感じた違和感は、まるでない。
だが、油断してはならない。ハヤトの直感がそう告げていた。
「肩をもみなさい」
メルヴィアは命じる。
新しい椅子が来てからというもの、以前よりも頻繁に肩もみをさせられるようになっていた。
ハヤトは彼女の後ろに回り込み、肩に手を置く。柔らかく、温かみがある。
「これでも、まだ疑っているの?」
メルヴィアはハヤトに肩をもまれながら尋ねた。
「いや、そういうわけじゃ……。でも、この間もマジックドールの手は暖かかったぞ。あれはどうなってんだ?」
あのときマジックドールの手は、温かく柔らかく、まるで本物の手のようだった。
「遠隔操作タイプのマジックドールは、魔力をたっぷり流し込めば本物の人間に見せることができるのよ。私くらいのレベルになると、見た目だけじゃなく、質感も完全に再現できるわ。大陸広しと言えども、こんなことができるのは私くらいよ」
メルヴィアはいつもの得意げな表情を浮かべた。
それを見て、ハヤトは間違いなく本物だと確信した。
「へー、すごいなー」
「なによ、その棒読みは」
肩をもみながら、白い目を向けるハヤトに、メルヴィアは抗議の声を上げた。
「……つーか、何のためにあんなものを作ったんだよ。まさか俺をからかうためだけに作ったんじゃないだろうな?」
「バカね。そんなわけないでしょ。このマジックドールを通して、私の魔法を行使することもできるのよ。総司令たる私が前線に出るわけにはいかないけど、これを使えば前線で戦うことも可能になるわ」
「おまえ、めちゃくちゃ強いんだから、前線に出て戦ってもいいんじゃないか? この間だって一人でほとんど倒したんだろ?」
騎士の戦闘力が5000~20000程度なのに対し、メルヴィアの戦闘力は53万もあるという。
ならば、余計な死者を出さないためにも、メルヴィアが率先して前線で戦えばいいのではないかと、ハヤトは考えた。
「話は、そう単純じゃないのよ」
そう言って彼女は宙を見上げ、しばし考えたあと、ハヤトに尋ねた。
「そうね。いま、この部屋で騎士と戦うとしたら、戦闘力53万の私が一度に相手にできる騎士の数、わかる?」
突然の問いに戸惑いながらも、ハヤトは頭で計算を始めた。
騎士の戦闘力を2万としても、53万のメルヴィアは単純計算で26人分に匹敵するはずだ。
「20人ぐらいか?」
ハヤトの答えに、メルヴィアは首を横に振った。そして予想外の答えを口にする。
「2人よ」
「――は?」
バシッ!
「いてっ!」
肩をもむ手を止めたハヤトの手に、メルヴィアの平手が飛んできた。
ハヤトは再び肩をもみ始めながら、疑問を口にする。
「どうして2人になるんだ? 53万ってのは嘘だったのか?」
「嘘じゃないわ。優れた剣士でも、3人の雑兵に囲まれたら何もできずに倒される。それと同じよ。3人の騎士に囲まれたら、全員を倒す前に誰かに懐に飛び込まれてしまう。そして、懐に飛び込まれたら一撃で切り捨てられるわ」
「でも、53万も戦闘力があるなら、あんまりダメージ受けないんじゃないのか?」
「私は魔術師だから、戦闘力はほぼ攻撃力を意味するのよ。防御力に関しては、兵士以下の一般人並み。だから、騎士のような物理戦闘系を相手にするときは、接近される前に戦闘を始めれば、いくら数がいても一方的に勝てる。でも、逆に複数の相手に接近された状態で戦いが始まったら、一方的に倒されるわ」
「いくらレベルが上がっても、防御力や耐久力は向上しないってことか。なるほど……リアルだな」
ゲームでは、魔術師でもレベルが上がれば防御力や耐久力が向上し、弱い敵なら素手でも勝てるようになることが多い。
しかし、この現実(?)のファンタジー世界では、どうやら体の強さは一般人のままのようだ。
「だから、魔術師である私は、そう簡単に前線には行けないのよ。奇襲を受ければ、それがそのまま死に直結するわ」
たしかに、こうして肩もみをしていると、メルヴィアの体は華奢で、むしろ一般の女性以下の体力しかないかもしれない、とハヤトは感じた。
「でも、マジックドールがあれば、私の戦闘力をリスクなしで活用できるのよ。すごく役立つでしょ?」
「まあ……」
ハヤトは曖昧に答えたが、あの襲撃のときの変身したメルヴィアを思い出すと、完全には同意できない気がした。
あのとき、メルヴィアは片手でクリーチャーを引きずっていた。
通常のメルヴィアなら、さっき言った通り身体能力は一般人並みだろう。
だが、変身した場合はそうではない。
騎士がどれほどの強さなのかはわからないが、素手であのクリーチャーを倒せるとは思えない。
やはり、メルヴィアはマジックドールなしでも前線で戦えるのではないか……。
そう思っていると、まるでハヤトの考えを読んだかのように、メルヴィアはきっぱりと言った。
「変身はしない」
「なぜだ? あれ、強いだろ絶対。何か制限があるのか?」
メルヴィアは少し怒ったように黙っていたが、やがて口を開いた。
「変身するのは嫌いだから」
「……この生死を争う状況で、好き嫌いしてる場合じゃないだろ」
肩をもみながら、ハヤトは呆れて言った。
「もちろん、必要なときは使うわ。でも、なるべく使わない。そのためのマジックドール」
メルヴィアの声に、普段とは違う響きがあったが、ハヤトは深く考えずに肩をもみ続けた。
■
ハヤトは、エルルたちと夕食の準備をしていた。
ハヤト自身は調理こそしないが、皿やスプーン・フォークの準備、テーブルを拭く作業など、やることはたくさんあった。
食堂には、いい匂いが立ち込め始めている。その匂いに誘われて、気の早い兵士たちが少しずつ食堂に姿を現し始めていた。
ふいに、上層から何か騒ぐ声が聞こえてきた。
食堂にいたものたちは不安そうに顔を見合わせる。
二度もあった襲撃。三度目があってもおかしくはない。
だが、すぐにその声が歓声であることに気づいた。
「攻略部隊が帰ってきたんだ」と、誰かがつぶやく。
その推測はすぐに正しいと分かった。
歓声は徐々に食堂のある6階層に近づいてきており、食堂にいたものたちは皆、出迎えようと階段の方へ向かった。
ハヤトも、周囲に合わせて階段の方へ足を運ぶ。
やがて、シアを先頭にした騎士団が階段を降りてきた。
その姿を見ると、出迎えたメイドたちや兵士たちも歓声を上げた。
シアは歓声に手を挙げて応えると、騎士団と共にさらに下の階層へと降りていく。
その姿は凛々しく、見るものをさらに高揚させた。
ハヤトも周囲の人々と一緒に、通り過ぎるシアと騎士団を見送った。
だが、周囲の賑やかさとは裏腹に、ハヤトは心の中で冷静になっていく自分を感じていた。
遠征は成功したのか? それとも失敗か? おそらく、どちらでもないだろう。
騎士団が何かを運び込んでいるところを見ると、「ゲート」は攻略できたようだ。
だが、期待していた転送物質は手に入らなかったに違いない。
もし手に入れていたなら、シアたちの表情はもっと明るいはずだし、いまここでその成果を言ってもいいだろう。
そうではないということは、本来の目標である転送物質が手に入らなかったか、あるいはその量が足りなかったのだろう。
いずれにせよ、元の世界に帰るのはまだ先の話のようだ。
ふと、ハヤトの視線が騎士団の運んでいる荷物に留まった。
騎士団が担架で運び込んでいたのは、若い女性とその上に積まれた様々な金属機器だった。
一瞬「ゲート」で人が発見されたのかと思ったが、よく見るとその女性の手足の肌の一部が破れており、内部の金属機構が露出していた。
「ロ、ロボット……!?」
ハヤトは目をこすり、もう一度凝視したが、変わりはなかった。
さらに、そのロボットらしきものの上には、銃器のようなものも積まれていた。
「なんであんなものがこの世界に……」
驚愕の思いで見送るハヤトの顔を、いつの間にか隣に来ていたエルルが覗き込む。
「どうしたんですか、ハヤトさん。あの担架に載ってたのはお人形ですよ」
「わかってる……。あれはアンドロイドか、あるいはサイボーグだ。おそらく前者だな」
「アンドロイド……? なんでしょうか、それは」
エルルは首を傾げて尋ねた。
「体が機械でできた、マジックドールみたいなものだ。魔法の力ではなく、機械的な仕掛けで動く」
「魔法じゃない、魔法のような力……。それって、以前ハヤトさんが言っていた『かがく』の力というものですか?」
「ああ、そうだ。でも、俺のいた世界でも、まだちゃんと動くものは作れていなかったはずだ……。どうしてそれがこんなところにあるんだ……」
「ハヤトさんの世界によく似た世界に繋がっていた、ということなんでしょうか……?」
この世界には無数のパラレルワールドが存在するという話がある。
その中には互いに似た世界も存在するらしい。
ハヤトがいた世界とよく似た別の世界があったとしても、理屈としてはおかしくはない。
だが、感情的には納得しがたいものがあった。
騎士団が通り過ぎ、集まっていたものたちが解散したあとも、ふたりはしばらく立ち尽くしていた。




