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第1話 勇者召喚

 光と共に、ひとりの男がその場所に現れた。


 その場所は、地下200メートルに位置する巨大な空洞。そこには多くの人々が詰め合っていた。

 人々の姿は、全身鎧や鎖帷子を着た中世の騎士や兵士のようなもの、革鎧やローブを羽織ったものなどさまざまで、男女の姿が入り混じっている。

 彼ら全員が、光と共に現れた男に注目していた。


 男はジーパンにTシャツを着た、現代風の若者だった。

 如月ハヤト、21歳。日本の大学に通う、どこにでもいるような青年である。

 彼はその場所の薄暗さに目を細めたが、やがて自分を取り囲む集団に気付き、思わず驚きの声を漏らした。


「え、あれ? ここどこ?」


 彼を取り囲む集団は皆、押し黙っていたが、やがてその中のひとりが前に出た。

 動きやすそうな革鎧を着た女で、暗い色の髪を後ろで束ねて邪魔にならないようにしている。

 彼女はハヤトの前まで来ると、困惑した様子で口を開いた。


「あの……、あなたが勇者さまでしょうか?」


 ただ数歩歩くだけの所作だったが、そこから彼女のただならぬ気品が漂っていた。

 ハヤトはその美しさに見とれ、彼女の言葉を理解するのに少し時間がかかった。

 そして、つい思わず理解できなかったことを示すように声を上げた。


「………………え?」


 ハヤトのその言葉を聞き、周囲を取り囲んでいたものたちは一斉に声を上げた。


「ほれみろ! やっぱり失敗だった!」

「だから言ったじゃないか!」

「誰がこの責任を取るんだ!」


 彼らは口々に、ハヤトの召喚が何かの手違いだったと察せられるようなことを言った。

 ハヤトは状況が理解できていなかったが、それでも自分がけなされていることは感じ取れ、内心不愉快になる。

 革鎧の女は後ろで騒いでいるものたちに振り返り、静かに言った。


「みなさん、お静かに」


 その一言で、ピタリと騒ぎが止んだ。彼女がこの集団で特別な地位にあることがうかがえる。

 彼女は再びハヤトのほうに向き直り、自己紹介を始めた。


「私は、聖王国第二王女、シア・トェル・ルナディア。後ろにいるのは、我が王家に仕えるものたちです」


「王国? 王女? ちょっと意味がわからないんだけど……」


 シアと名乗った女は頷き、ハヤトが置かれている状況をひとつひとつ説明し始めた。

 彼女の話を要約すると、次のような内容であった。


 この世界はハヤトがいた世界とは別世界であり、この地は彼女らの世界の果てに位置する未開の大地である。彼女らはこの未開の大地探索のために軍団を組んで訪れたが、予想以上の環境の厳しさに挫折し、自らの王国に帰る手段も失った。この大地には次元の扉を開く場所「ゲート」がいくつもあり、そこから未知の生物が多数湧き出していることがわかった。その「ゲート」のひとつがここであり、犠牲を払って占拠した。「ゲート」の最深部には空間をねじ曲げる力を持つ物質があり、それが消費されることで、異世界の生物がこの世界に送られてきている。彼女らはこの物質を応用して、王国につながる転移門を作ろうとしたが失敗に終わった。同じ世界同士で空間をつなぐのは異世界とつなぐよりも遥かに困難だったのだ。代替策として、異世界への転移門を開いてそこに逃げ込むという案と、異世界から勇者を召喚するという案のふたつが挙がった。そして、後者が採用され、ハヤトが喚び出されることに至った。


「異世界からの勇者召喚は、歴史を振り返っても度々行われており、幾度も成功を収めていたのです。今回もそうであると私は信じています」


 シアは一通り説明を終え、ハヤトに会釈をした。

 ハヤトはただ口をぽかんと開けたまま、言葉を失っていた。

 あまりにも突飛のなことに、頭がついていかなかったのである。


「メルヴィア、彼の潜在能力はどうですか?」


 シアは、後ろにいる集団からひとり離れて佇んでいる女に向かって尋ねた。


 メルヴィアと呼ばれた赤毛ショートのその女がこちらに向かって歩きだすと、近くにいたものたちは波が引くように下がっていった。どうやらこの女もシアと同様に特別な地位にあるようだ。

 ハヤトの眼の前まで来たメルヴィアは「へぇ」と少し驚いた声を出したあと、ハヤトを値踏みするように頭から爪先まで眺め見た。

 メルヴィアはシアよりも背が高く、ハヤトとほぼ同じくらいの身長だった。彼女を見返すと、その柔らかいローブ越しにも体の凹凸が感じられた。


 メルヴィアはしばらくハヤトを見定めるように眺めていたが、最後にふと微笑んで「スケベ」と小さく囁いた。それから、すっとシアの方に向き直った。

 

「肉体は一般兵士以下、魔力の質は悪くないけど、その絶対量は少なくメイド以下といったところね」


「つまり……?」

「総合戦闘力5。ゴミね」


 後ろで黙っていたほかのものたちが一斉に騒ぎ出した。


「ほらーーーー、やっぱっりいいいいい!」

「どうすんだよ、これえええええ!?」

「うわああああ、もうだめだあああああ!」


 戦闘力5というのがどの程度の強さなのかハヤトにはわからなかったが、とにかく絶望的に弱いということだけはよくわかった。


(しかし、それにしてもだ。勝手に喚んでおいてこの態度はないだろう……)


 ハヤトはシアのところに近づき話しかける。


「ええと、シア、だっけ?」

「はい」


 ハヤトの言葉に周囲がざわついた。


 (そういや、姫さまだっけ、この人。呼び捨てしたのはまずかったかな? まあいいや)

 

「そろそろ帰りたいんだけど……」

「申し訳ありません。異世界へつなぐための物資が足りません」


 シアは顔を曇らせ、心苦しそうに答えた。


「えっ? 俺、帰れないの?」

「はい、すみません。ですが、ほかの『ゲート』を攻略できれば、必要な物資が手に入るはずです。それまでは私たちが責任を持ってあなたをお護りします」


 ぺこりと頭を下げると、シアはメイド服の集団の中に消えていった。

 ハヤトが唖然としていると、彼の元に近づき声をかけてきたものがいた。


「おい、おまえ! 弱いくせにシア姫に近づくな!」


 声の主は、まだ中学生くらいの少年だった。鎧が小さな身体に合っておらず、いかにも誰かのお下がりを無理やり着ているという感じがする。


「はああ? なんだこのガキ?」

「ガキとは何だ! これでも騎士団長代理代行補佐見習いだぞ!」

「つまり、下っ端ってことだろ?」

「なんだと!? やるのか!?」


 いまにも取っ組み合いになりそうなふたりの間で、突如、炎が巻き上がった。


「やめなさい。ふたりとも」


 その炎はメルヴィアが生み出した魔法だった。炎は瞬時に消え去り、わずかな熱気だけが残る。


 ハヤトは、生まれて初めて見る魔法に、思わず驚きの声を漏らしてしまっていた。

 少し大げさだったかなと恥ずかしく思ったが、目の前の少年はハヤト以上に青ざめ、驚きの表情を浮かべていたので、少し気が楽になった。

 

 ハヤトと少年は、炎によって気勢をそがれため、お互い引き下がった。

 ハヤトがメルヴィアの傍まで戻ってくると、彼女は耳元で囁いた。

 

「あんたもおとなしくなさい。その子、戦闘力は14000もあるんだから」


(こんなガキが俺よりも3000倍近くも強いってのか!)


 ハヤトが内心歯ぎしりしていると、少年はまだ青ざめた顔をしていたが、ハヤトをいちべつして「フッ」と鼻で笑うと去っていった。


 (クソッ! クソッ! クソッ!)


 去っていく少年の後ろ姿を睨みつけていると、突如、その少年が初老の騎士に頬を打たれた。


「騎士たるものに、ふさわしい行動ではなかったぞ」


 その男は、複雑な紋様が刻印された鎧を身につけており、ほかの騎士たちよりも一際目立っていた。


「だ、団長! 申し訳ありません!」


(そうだろ、そうだろ! おっさん、話がわかるな)


「争いは同じレベルのもの同士でしか起こらん。おまえもゴミのレベルに落ちるつもりか?」

「はっ! 以後気をつけます!」


(前言撤回! 下が下なら、上も上だ!)


 ほかの騎士たちも薄ら笑いを浮かべているのにハヤトは気づくと、「このクソ野郎どもめ……」と小さく漏らした。

 その呟きを聞き逃さなかったメルヴィアが、ハヤトに耳打ちする。


「バカなことはやめときなさいよ。日々鍛錬を重ねる純戦闘集団である彼らの戦闘力は5千~2万ぐらいあるわ。あんたじゃ、逆立ちしたって勝てっこないわよ?」

「ケタ違いすぎるんだが、ここのやつらはみんなそんなに強いのか?」

「ここには、騎士だけじゃなくて、近衛、兵士、魔術師、それに冒険者もいるけど、どれもあんたじゃ到底太刀打ちできないわね。まあ、せいぜい互角に渡り合えるのはメイドくらいよ」

 

 そう言うと、メルヴィアはいたずらっぽく笑った。彼女はハヤトよりも年上のようだが、笑うと少女のようにも見えた。


「なぜ俺なんかを喚んだんだ?」

「しらないわよ。あんたが勝手に来たんじゃない」


 メルヴィアはぷいっと横を向いてしまった。

 俺だって好きで来たんじゃないと言おうとしたが、そのとき、ひとりのメイド服の女が声を上げた。


「ご静粛に! シア様がお話をなされます!」


 一斉に場が静まり返る。王女たるシアはこの集団では絶対的な存在感があった。


「みなさん、今日のところは終わりにしましょう。また明日、会議を開きます」


 シアは疲れた表情でそう告げると、メイド達に囲まれながら去っていった。

 騎士たちやほかのものたちも、それに続いて順にこの場所を退出していく。


 どんどん人がいなくなり取り残されそうになったハヤトは、いままさに退出しようとしていたメルヴィアの裾を掴まえて引き止めた。


「俺はどうなるの?」


 メルヴィアは掴まれていた裾を引っ張ってハヤトの手から解放すると、めんどくさそうに言った。


「しかたないわね。あんたは戦力にならなそうだし、メイドと一緒に下働きをなさい」


 そして、周囲に残っていたメイドのひとりに声をかけ指示を出すと、そのまま去っていこうとした。

 しかし、途中何かを思い出したように立ち止まると、振り返ってハヤトのところまで戻ってきた。


「ちなみに、私の戦闘力は53万よ」


 ハヤトに向かって得意げな顔をする。


「……やっぱり変身するのか?」

「あんた、なんで知ってるの?」

「……」


 やれやれ、頼もしいと喜んでいいのかどうか……。ハヤトはため息をついた。


【残存兵力】

・ベースキャンプ

 シア    生存

 メルヴィア 生存

 騎士団長  生存

 近衛団   健在

 魔術師団  健在

 騎士団   健在

 兵士団   健在

 冒険者団  健在

(非戦力)

 ハヤト   生存

 メイド団  健在

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