第18話 遠征準備
最下層にある「装置」からの襲撃から、1週間が過ぎようとしていた。
襲撃による軍団へのショックは大きなものだった。
あの襲撃で、女性陣の3分の1を一度に失ってしまい、その影響は騎士団から兵士団にまで及んでいた。
特に、騎士団の中には彼女たちに秘かな想いを寄せていたものも多く、その想い人を護れなかったことに対する慙愧の念は耐えがたいものだった。
一方で、比較的精神的ダメージが少なかったのは魔術師団だった。
今回の出来事は彼らにとって想定外であり、ほかに優先すべき課題も多い状況では、「装置」の解析にリソースを割くべきだったというのは結果論に過ぎなかった。
彼らは、自分たちの判断は正しいものであり、後悔や反省の余地はないと考えていた。
そして「装置」が転移物質を生み出すという新たな情報を得た今となっては、「装置」の解析にリソースを割くことが、正しい判断となっていた。
魔術師団は半ば不眠不休で「装置」の封印方法を模索し、ついにその方法を編み出した。
魔術師参謀マドールの指揮のもと、封印は無事に成功し、これで最下層からの襲撃の心配はなくなった。
しかし、念のため「装置」の見張りとして、常時騎士2人と兵士4人を配置することにした。
騎士団に新たな任務を課すことは不評を買ったが、これはほかならぬ騎士団長ゼノンの提案であり、御前会議でも滞りなく了承された。
だが、この措置はゼノンが魔術師団を信用していないことの表れでもあり、シアは了承したものの、軍団内に広がる不和を憂慮していた。
そのシアは、正式にハヤトのいる7階層へ移っていた。
そして、ハヤトと同じ階に移ったことがさらに騎士団を刺激し、これまで以上にハヤトに対して厳しい視線が注がれるようになっていた。
ハヤトは極力気にしないように努め、騎士団との接触をできるだけ避けていた。
12階層にいたメイドたちはユキナを残して全員が殉職したため、シア付きのメイドとしてエルルともう一人の若い少女が選ばれた。
同じメイドでも階級があり、メイド長はすべてのメイドの上司ではあるが、ユキナはメイド長よりも上の階級に属しており、現在メイド団の実質的なトップはユキナだった。
エルルたち7階層のメイドは平民出身であるのに対し、ユキナたち12階層のメイドは貴族の子女であり、王族用のメイドとしての作法や教養を最初から身につけていた。
今回エルルたちがシア付きのメイドになるにあたって、ユキナがその教育係を務めることになった。
ユキナの教育は厳しいようで、エルルが珍しくハヤトに泣き言を漏らしていた。
ユキナはシア付きのメイドとして働く一方で、メルヴィアへの奉仕も続けていた。
むしろシアへの奉仕はエルルたちに任せ、ユキナはメルヴィア専属のメイドのような立場を取っていた。
もっとも、ハヤトの抗議もあってか、物運びの大半は鎧のマジックドールがこなすようになり、ハヤトはときおり、マジックドールを連れたユキナと通路ですれ違うようになった。
また、襲撃以降、ユキナは毎朝ハヤトを起こしに来るようになっていた。
ユキナはハヤトを起こすとすぐに立ち去るが、そのおかげで寝坊することがなくなり、ハヤトはメイド仲間から遅刻で白い目を向けられることもなくなった。
■
ハヤトは、床に散らばった大量の書類を片付けるのに追われていた。
その横では、メルヴィアが手元のペンをいじりながら、難しい顔で書類を読んでいる。
襲撃の際に肩もみ用の椅子が破壊されてしまったため、この一週間、ハヤトは肩もみの仕事を免除されていた。
掃除をしながら、ハヤトはメルヴィアの様子をうかがっていた。
襲撃直後は憔悴しきっていたメルヴィアだったが、この一週間でかなり元の調子を取り戻しているようだ。
しかし、今日は朝から同じ書類を何度も読み返しており、相当重要な案件に悩んでいる様子だ。
ハヤトは意を決してメルヴィアに声をかける。
「ずいぶんとお悩みだな」
「ええ、可及的速やかに決めなければならないのに、どうしても決められないのよ」
メルヴィアは首を横に振ると、大きくため息をついた。
彼女が何の案件で悩んでいるのかはわかっていた。
先日見つかったゲートの攻略についてだろう。
予想外の襲撃とその後の対処で攻略計画は中断されていたが、いまはその計画に集中しているはずだ。
「そうだろうな。だが大事なことだ。俺たちの命運がかかっている、と言っても過言ではないだろう?」
メルヴィアは眉を跳ね上げ、ハヤトを見ながら首を傾げた。
「ちょっと大げさだけど、たしかに私たちの将来に影響を与えるかもしれないわね。そう考えると、ますます決断できなくなったわ」
「重要な案件だ。じっくり考えてくれ」
「朝から悩んでいるけど決められないのよね……。そうだ! あんたが決めてよ」
「俺が……?」
突然のメルヴィアの提案にハヤトは面食らう。
軍団全体の命運を決めるような判断を自分がしていいものか。
そんな思いがよぎるものの、メルヴィアが差し出す書類の束を受け取る。
「俺は、文字は読めないぞ」
「大丈夫。絵で判断できるから」
書類に素早く目を通すと、そこには様々な装飾が施された椅子の図面が描かれていた。それはどれも背もたれが低い椅子だった。
「これ……もしかして壊れた小椅子の代わりか?」
「そうよ? ほかに何に見えるっていうの?」
あれだけ悩んでいたものが、こんなどうでもいいものだったなんて……。
ハヤトは体から力が抜け、がっくりすると同時に、ムカムカと腹が立ってきた。
「おまえな、ゲートの攻略はどうなってるんだよ!? ただでさえ魔術師団は先日の件で批判が高まっているのに、その筆頭たるおまえがこんなことでいいのか!」
ハヤトは書類をメルヴィアに突き返す。
メルヴィアは不服そうな顔をして、それを受け取った。
「なによ。ゲート攻略のほうは大まかな方針は決定したし、いまは魔術師団が詳細を詰めているところよ。私は久々に時間が取れたから、こうして朝から椅子選びをしてるんじゃない」
「……いまのベースキャンプの空気をわかってるのか? 騎士団だけじゃなく、兵士団からも魔術師団の評判は良くないぞ」
これは大げさな話ではなかった。
ハヤトが食堂で働いているとき、兵士団から聞こえてくる声の中には、魔術師団への不平不満が多くなっていた。
先日の襲撃は「装置」の解析が不十分だったから起こったことで、魔術師団の怠慢が原因だというのが、多くの兵士たちの見解だった。
「ふうん、そんなに悪いの? まあ、『装置』のことだけじゃなく、召喚の件も影響してるのかしらね」
そう言って、メルヴィアは意地の悪い目をハヤトに向けた。
何を言わんとしているのか、ハヤトはすぐにわかった。
「喚んだ方が悪いだろ、常識的に考えて。俺に落ち度はない」
「そうかしら。あんたが私たちの召喚の儀に紛れ込んできたんじゃないのかしらね」
「そんなこと、俺にできるわけないだろ。……というか、俺を喚んだのは魔術師団だったのか? てっきりシアが喚んだのかと思ってたんだが」
「魔術師団が喚んだというと語弊があるわね。主たる術者はシアだったわ。私たち魔術師団はその補佐をしただけよ。でも、シアを責めるわけにはいかないから、あんたが不甲斐ない分だけ魔術師団が非難されてるんでしょうね」
そう言われると、ハヤトは少し責任を感じてしまう。
自分に勇者らしい力があれば、魔術師団もここまで非難されることはなかっただろうし、その力でこの苦境を少しでも改善できていたのかもしれない。
(勇者の力……、本当に自分には何もないのだろうか?)
先日の戦いで死を目前にしても、何も力は湧いてこなかった。
しかし、怪物と戦ったことが、ハヤトにわずかながら自信をもたらしていた。
「なあ、前にも聞いたけど、俺には本当に勇者の力は何もないのか?」
「ないわ」
メルヴィアはにこやかな顔で即答する。清々しい笑顔だ。
「あんたも、この間の戦いで実感したでしょう?」
「…………おまえ、容赦ないな。というか、何を根拠にそんな断言をするんだ? シアは俺に勇者の力があるはずだと言ってたぞ」
ハヤトは心が折れかけたが、なんとか反論した。
「シアのはただの希望的観測よ。そうだったらいいなってだけの話。私は違うわ。私は相手の力が文字通り見えるの。それであんたをスキャンしたけど、この世界で見たこともないレベルの力しかなかったわ」
「力って何のことなんだ?」
「私が見ているのは主に魔力よ。魔力はすべての力の源。だから魔力を見ることができれば、相手の力がわかるの」
「俺の世界には魔力なんてものはなかったからな……」
「魔法の代わりに『科学』があるんだったかしら? 魔法や魔力のない世界……。面白そうね。そんな世界に私が行ったらどうなるのかしら……」
メルヴィアは宙を見つめて、何やら想像し始めたようだ。
先手を打って、ハヤトは釘を刺す。
「あ、来なくていいから」
「なんでよ!」
その後、ハヤトの世界に行く行かないで、メルヴィアと口論が続いたのであった。
■
この日の夕食後、ハヤトは廊下でシアとすれ違った。
シアは以前、12階層で謁見したときのようなドレスではなく、白の長袖の上に、赤と黒を基調としたワンピースを重ねていた。動きやすそうで、上品な装いだ。
また、彼女の後ろには、12階層の謁見の間にいた冷たい目つきの青髪の女が従っている。
先日の襲撃で唯一生き残った近衛が彼女なのだろう。
シアはハヤトに気づくと、笑顔を向けた。
「こんばんは、ハヤトさん」
「こんばんは」
以前会ったときよりも、少しやつれたようにも見えるが、それでも先日の襲撃の影響を感じさせない凛とした姿だった。
メルヴィアが言っていたように、表向きには変わりがないようだ。
「もうお体のほうは大丈夫ですか?」
「ああ、もうなんともないよ」
ハヤトの返事にシアは頷き、深々と頭を下げた。
「ハヤトさんを危険に晒すようなことになり、申し訳ありません」
そのやり取りを目撃した通りがかりのメイドが、驚きの表情で口に手を当てる。
ハヤトは慌てて手をパタパタさせながら言った。
「いや……、別にシアが悪いわけじゃ……。それに結局無事だったしさ。気にしなくていいよ」
危険な状況にあったのはシアも同じだ。
大切な人を失ったはずなのに、自分を気遣ってくれる彼女に、ハヤトは感銘を受けた。
「シアのほうこそ、危なかったんだろ? 無事でよかったよ」
「……身を挺して護ってくれたものたちがいましたので……」
シアは沈痛な面持ちをしたが、すぐに元の凛とした表情に戻った。
「一刻も早く、ハヤトさんを元の世界へお帰しできるようにしますので、いましばらくお待ちください」
そう言ってから、「会議がありますので」と付け加え、青髪の近衛を伴って立ち去った。
青髪の近衛は、会話の間ずっと無表情でシアの後ろに控えていたが、立ち去る際にハヤトへ冷たい視線を投げかける。
「――!?」
何気なく視線を合わせたハヤトは、その鋭い冷たさに思わず後ずさる。
以前、謁見の間で会ったときも冷たい目を向けられたが、今回はそれを遥かに上回るものだった。
ハヤトはふたりの後ろ姿を見送りながら、暗い青髪の近衛がシアを崇拝しているという話を思い出した。
これから同じ7階層で暮らすことになる以上、今後も度々顔を合わせることになるだろう。
そう思うと、自然とため息が漏れた。
■
翌日、ゲート攻略部隊が編成された。
シアを筆頭に、ゼノン率いる騎士団40名と近衛1名、魔術師1名の計44名からなる部隊である。
騎士の人数をめぐって、魔術師団と騎士団の間で相当揉めたが、最終的に今回の攻略予定ゲートはすでに陥落済みである可能性が高いとされ、この人数で決着がついた。
陥落済みというのは、別の勢力によって元の勢力が滅ぼされたことを意味する。
ここベースキャンプは陥落後にシアの軍団が居を構えているが、今回の攻略予定ゲートは、そのまま廃墟となっているようだ。
そのため、ゲートの最下層にあるとされる「装置」に到達するまでに遭遇する危険生物は少ないと予測されていた。
ただし、「装置」から新たな生物が湧き出ている可能性や、このゲートを滅ぼした勢力と遭遇する危険は残っている。
したがって、攻略隊に十分な戦力を伴うことは必須だった。
とはいえ、あまりに多くの戦力を連れて行けば、このベースキャンプの守りが疎かになってしまう。
帰ってきたらベースキャンプが全滅していたでは、目も当てられない。
だからこそ、一定の戦力、つまり騎士を残さなければならなかった。
特に先日の襲撃の件もあり、魔術師団は防衛のために多くの騎士を残すべきだと主張していた。
一方、騎士団は姫たるシアを守ることが使命であり、できるだけ多くの騎士を攻略部隊に連れて行くべきだと譲らなかった。
終わりの見えない論争は、最終的にシアの決断によって収束した。
そして2日後、まだ日が昇る前に、シアたち攻略部隊はゲートへ向けて出発した。
見送る者たちの期待を背負って。
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・攻略部隊:44名
シア 生存
近衛(1名) 生存
魔術師(1名) 生存
ゼノン 生存
騎士団(40名) 健在
・メイド団再編
シア付きメイド(3名)健在
ユキナ 生存
エルル 生存
一般メイド(36名) 健在




