第16話 喪失
ハヤトが目を覚ますと、自分の部屋の天井が見えた。
この世界に来てから毎朝見上げている天井――変わり映えしないが、見慣れた安心感のある光景だ。
ふとベッドの横に人の気配を感じ、目をやると、ユキナが椅子に座ってこちらを見つめていた。
「お目覚めになられましたか」
抑揚のない声でユキナが言う。
ハヤトはなぜユキナが起こしに来ているのかと思いながら、ベッドから身を起こそうとした。
「うっ!」
だが、体中に激痛が走り、起き上がることができない。
「安静にしていてください。幸い大きな怪我はありませんが、何か所か打撲があります」
ユキナはそう言いながら、そっと毛布をかけ直した。
ハヤトは天井を見上げながら、ぼんやりと記憶を辿る。
恐ろしいクリーチャーとの戦い――もう少しで命を落とすところだった。あれは夢などではなく、現実だったのだ。
「あれからどうなったんだ? あれは敵襲だったのか? ベースキャンプはどうなってる? エルルは?」
矢継ぎ早にユキナへ質問をぶつけると、彼女はひとつ頷き、順番に答えていった。
「ハヤト様を襲った怪物はメルヴィア様によって倒されました。あの怪物は13階層から現れたそうです。そのため、下の階層から順番に襲われました」
「下から……?」
「はい。12階層に駆けつけたメルヴィア様が怪物たちを倒したあと、11階層の書斎に戻ってハヤト様を助けてくださいました。ベースキャンプは、10階層以上は騎士団が防衛して無事ですが、12階層はシア様のほか1名を残して全滅しました」
「全滅!?」
ユキナの話に衝撃を受け、思わず身を起こそうとしたハヤトだったが、再び痛みが全身を襲う。
結局、起き上がるのは諦めて、ベッドに横たわったままユキナへ続きを促した。
「怪物は13階層から湧き出たため、最初にシア様が居られる12階層を襲撃したのです。私たちが聞いた爆音は、近衛団が魔法で応戦していたものでした。突然の襲撃に武具を身につける暇もなく、次々と命を落としたそうです。メルヴィア様が駆けつけたときには、シア様と近衛ひとりだけになっていました」
「どうして最下層から襲撃を受けたんだ? ほかの洞窟に繋がる穴でもあったのか?」
「それはまだわかっていません。現在、魔術師団が調査中です」
最下層からの敵の襲撃……。防備はほとんどなされていなかったはずだ。完全な奇襲にひとたまりもなかったのだろう。
ハヤトは以前、シアに呼ばれて12階層に行ったときのことを思い出す。
あの洗練された空間が、地獄と化したのだろうか。
そしてふと気づいた。あの階層にはシアと近衛のほかにも、まだ人がいたはずだ。
「……12階層にはシア付きのメイドたちがいただろう。彼女たちはどうなったんだ?」
ユキナは少しの沈黙のあと、答えた。
「彼女たちは……全員殉職しました」
予想していた答えではあったが、胸が痛むのを感じた。
あそこにいたメイドたちは、エルルやユキナと同じくらいの年端もいかない少女たちだった。
それがひとり残らず命を落とした。この地での命の軽さに、ハヤトは目眩を覚える。
「……そうか。彼女たちはユキナの同僚だったね。ユキナも辛いだろう」
ハヤトはいたわりの言葉をかけた。
せめてユキナだけでも助かったことを喜ぶべきなのかもしれない。
だが、ユキナの様子をそっと観察しても、この少女は相変わらず表情がなく、その心境を読み取ることはできなかった。
ふと、以前階段で会った近衛のことを思い出す。
金色の短髪を持つ豪快な女戦士――彼女はどうなったのだろうか。
「近衛の中に、金髪で短い髪の人がいただろう。彼女はどうなった?」
「……ジーナ様もお亡くなりになられました」
ユキナの返答で、ハヤトは初めてあの近衛がジーナという名前であったことを知った。
次に会ったら名前を聞こうと思っていたし、もっと話したいとも思っていた。
しかし、その機会は永久に失われてしまったのだ。
ハヤトがジーナと言葉を交わしたのは一度きりだったが、エルルの次に本音を話せそうな人だと感じていただけに、その死には堪えるものがあった。
「もう少しお休みください」
天井を見つめ続けるハヤトに、ユキナが声をかけた。
「……いま何時だ?」
「もうすぐお昼です」
「午前中の掃除、さぼってしまったな……」
「今日のところはお休みください」
「ああ……そうさせてもらう」
そう言ってハヤトは目を閉じた。
たくさん寝たはずなのに、まだ眠気が残っている。
体が眠りを求めているのだろう。
ユキナはハヤトにかかる毛布をそっと整える。
しばらくハヤトの様子を見守っていたが、ハヤトが寝息を立て始めると静かに席を立ち、部屋を出ていこうとした。
ハヤトは、ユキナが部屋を出ようとするのを感じて声をかけた。
「エルルは……、エルルは無事なんだよな?」
「……はい」
その返事に安堵し、ハヤトはそのまま深い眠りに落ちた。
薄れゆく意識の中で、ハヤトはユキナがまだ部屋にいる気配を感じていたが、しだいにその感覚も遠のいていった。
■
翌日、目が覚めたハヤトは、ユキナが運んできた朝食を自室でとったあと、メルヴィアの書斎に向かった。
ユキナはまだ休むべきだと勧めたが、ハヤトはメルヴィアに状況を確認したかったし、あの部屋を何日も掃除しなければ人が踏み込めなくなることを本気で心配していた。
体はまだあちこち痛んでいたが、掃除くらいなら問題なくこなせそうだった。
階段に向かう途中でエルルとすれ違う。
彼女はにっこりと笑い、ハヤトを見送ってくれた。
ハヤトは昨晩、見舞いに来たエルルから聞いたベースキャンプの様子を思い出す。
騎士や兵士たちに大人気だった近衛団とシア付きのメイドがほぼ全滅したという事実は、彼らの士気を大きく低下させていた。
食堂は暗い雰囲気に包まれ、エルルたちがどんなに明るく振る舞っても、その空気を変えることはできなかったという。
また、最下層からの襲撃を許した魔術師団に対する非難の声が上がり、それを察したのか、魔術師たちは食堂にまったく寄り付かなくなっているらしかった。
ただでさえ不仲だった騎士団と魔術師団の関係は、さらに悪化している。
この状況で両者の協力体制が崩れれば、全滅の危険すらあるように思える。
そうならないように、メルヴィアたち魔術師団が挽回してくれることを期待するしかなかった。
ハヤトは下の階層へ続く階段を降りていった。
いつもとは違い、各階層の階段の入り口には騎士が完全武装で立っていた。
先日の襲撃を受けての対策だろう。
ハヤトは彼らの厳しい視線を浴びながら横を通り過ぎていく。
11階層には、初日にハヤトとやりあったあの少年騎士がいた。
たしか名前はアレン。相変わらず大きすぎる鎧を着込み、青白い顔で立っている。
アレンはハヤトに気づくと、ほかの騎士たちよりも一層厳しい視線を向けてきた。
「おまえ、怪物と戦ったんだってな」
挑発的な口調で言ってきた。
「ああ」
ハヤトは取り合わず、横を通りすぎようとする。
だがアレンはしつこく食い下がってきた。
「でも結局、のびたところをメルヴィア様に助けられたんだろ?」
ハヤトは足を止めて振り返った。
少年騎士は激しい視線を向けていたが、その目の奥には微かな劣等感が見え隠れしている。
あのクリーチャーはほとんどメルヴィアが倒したと聞いている。
シアを護るのが仕事である騎士として、自分の無力さを痛感しているのかもしれない。
「まあな」
ハヤトは、そんなアレンをからかうつもりはなかった。
アレンは口を歪め、しばらく黙っていたが、やがて重々しく口を開いた。
「……メルヴィア様のところに行くのか?」
ハヤトは、アレンの質問に少し戸惑いながらも、頷いた。
アレンはそれ以上口を開かなかったので、ハヤトは踵を返し、書斎に向かって歩き出した。
ハヤトが去ろうとすると、後ろからアレンの声が追いかけてきた。
「おまえは……おまえは怖くないのか?」
「怖くないといえば嘘になる。でも、怖がっていてもどうにもならない」
ハヤトは振り返らずに答えた。
自分でも驚くほど、声には迷いが感じられなかった。
アレンからの返事はなく、ただ静寂が続いた。
■
・ベースキャンプ(385→365人)
シア 生存
メルヴィア 生存
魔術師団(14人) 健在
参謀マドール 生存
冒険者団(6人) 健在
英雄エイブラ 生存
騎士団長ゼノン 生存
騎士団(71人) 健在
兵士団(233→231人)健在
近衛団(10→1人) 壊滅
ジーナ 死亡
(非戦力)
ハヤト 生存
メイド団
シア付きメイド団(10→1人)壊滅
ユキナ 生存
一般メイド団(38人) 健在
エルル 生存




