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第14話 儀式

 ハヤトは、書斎に散らかっていた書類を一つひとつ拾い上げていた。


「まったく、どうしてあいつはこう散らかすんだかね」


 とはいえ、午前中にある程度片付けておいたおかげで、午後にはカオスの元凶であるメルヴィアがユキナと別室で作業に向かったため、いつもより片付けるものが少なかった。

 新しく散らかされることもなく、黙々と片付けていると、あっという間に部屋はきれいになった。


「俺の掃除スキル、相当上がってるな……。メイドスキルを極める日も近いかもしれない」


 ハヤトは自分で言って、ふと悲しくなった。

 戦闘スキルなどまったく持たないハヤトでは、フルプレートを楽々と着こなす騎士団の連中と比べるべくもない。


 ベースキャンプ内で補修や拡張に勤しむ兵士団とは違い、純粋な戦闘集団である騎士団の戦闘力は凄まじいものがある。

 騎士たちに嫌われているハヤトは、近づかないようにしているが、1階層にある訓練所では、騎士たちが激しい訓練を日々こなしているという話だ。

 

 メルヴィアによると、騎士たちは魔力で肉体を強化し、常人離れした力を引き出すことができるらしい。

 したがって、魔力が強いものこそが最強の騎士になる。


 この世界では、戦士ですら魔力を必要とする。

 魔力がすべての力の源であり、魔力の強さがそのまま力の強さを決定するのだ。

 一般兵士と騎士の差は、魔力の大きさの差でもあった。


 それはすなわち、ハヤトがこの世界で役立たずのままでいることを意味していた。

 魔力こそが力の源であるこの世界で、ハヤトはその魔力をほとんど持っていない。


「ほんと、なんで俺が喚ばれたのかって話だよな……」


 ハヤトは、さきほどユキナが言っていた言葉を思い出した。

 勇者召喚は、術者が本当に必要とするものを喚び出す、と。


 以前、シアも同じことを言っていた。

 術者が必要とするもの――俺の場合、術者は一体誰だったのか?


 メルヴィアが部屋の掃除人を必要としていて俺を喚び出した……、なんてことがあるわけはない。

 おそらく、シアが術者だったに違いない。

 この世界に呼び出されたとき、俺の目の前にいたのはシアだった。

 シアはこの苦境を救ってくれる存在を求めていたはずだ。果たして、その力が俺にあるのか……?

 

 どう考えても、俺の力そのものが必要とされているとは思えない。

 ならば知恵のほうか? 現代人としての科学技術の知識を総動員して、この軍団の窮地を救う……。

 そんな知識、俺にはない。


 力、知恵と来れば、残るは勇気だ。

 だが、そんな精神論で何とかなるほど、現実は甘くない。

 そもそも、騎士たちのほうが俺よりずっと勇気があるように思える。


 結局、ハヤトは自分があらゆる面で役に立てる気がしなかった。


 掃除を終え、やることもなくなったハヤトは、そんなことを延々と考えていた。


 考えれば考えるほど気が滅入ってくる。

 気分転換でもしようかと思ったが、7階層に帰る途中の部屋に近づくことを禁じられているため、戻ることもできない。

 お茶でも飲みに7階層へ帰りたいが、そうもいかず、時間を持て余していた。


「これはもう、あの部屋を覗きに行くしかないか……」


 そう決断したハヤトは、足音を立てないよう慎重に先ほどの部屋へ向かった。


 メルヴィアたちが作業している部屋は、ハヤトが入ったことのないメルヴィアの実験室だ。

 普段、ハヤトが書斎で掃除をしている間は、メルヴィアも書斎にいることが多いが、それ以外の時間はこの実験室にいることが多いらしい。


 ハヤトは前からなんとなくこの実験室の中を見たいと思っていたため、この機会に覗いてやろうと心に決めた。

 これまでは、メルヴィアが不在のときには扉が魔法でロックされており、好奇心で覗こうとしても中を見ることはできなかったのだ。


 慎重に実験室に近づいたハヤトは、中の様子を探るため扉に耳を当てた。

 すると、呪文のような言葉を唱える女性の声が聞こえてくる。

 おそらく、メルヴィアが唱えているのだろう。


 しばらく耳を澄ませていたが、音だけでは何をしているのかわからない。

 ハヤトは思い切って中を覗こうと、そっと扉を押した。扉はあっさりと開き、覗ける程度の隙間を作ることができた。

 

 隙間から中を覗くと、メルヴィアの背中が見える。

 彼女はベッドに寝かせられた誰かに向かって、呪文を唱えているようだ。

 一瞬、ユキナが実験に使われているのかと思ったが、ベッドに横たわっている人物は明らかにユキナよりも大きい。

 はっきりとは見えないが、細い脚からして、その人物は女性であることは間違いなさそうだ。


 ハヤトはユキナがどこにいるのか気になり、部屋の中を見渡した。

 実験室は書斎と同じくらいの広さで、いくつかの棚には本や薬品のようなものが並べられている。

 部屋の中央には先ほど見たベッドがあり、ほかにも本や謎の機器が積まれた机、槍や剣、盾などの武具が並んでいた。

 さらには、騎士たちが着ているようなフルプレートの甲冑が一式置かれている。


 ユキナの姿は見当たらない。おそらく扉の死角に隠れているのだろう。

 これ以上扉を開けると見つかる恐れがあるため、ハヤトはそのまま隙間からメルヴィアの様子をうかがった。


 よく見ると、メルヴィアは手に青い石――魔法石を持っており、彼女の唱える言葉に呼応するかのように、その青い石が明滅していた。

 魔法石は以前、書斎で見たことがある。

 あのときは本国で高価なものだと聞いただけで、具体的な効果については知らされなかったが、どうやら術者に魔力を供給したり、魔力を強化する効果があるのだろう。

 

 突然、メルヴィアの手の中で青く明滅していた石の輝きが止まった。

 彼女は無造作にその石を床に投げ捨てる。

 

 よく見ると、床にはすでに多くの石が散乱していた。

 相変わらず散らかしているようで、この部屋を掃除している人も苦労しているだろう、とハヤトは苦笑いした。


 ふいに、扉の死角からメルヴィアに近づく影が見えた。

 ユキナだ。やはり扉の隠れた部分にいたらしい。


 ユキナはメルヴィアに近づくと、新しい魔法石を恐る恐る手渡した。その手は小刻みに震えている。

 ユキナは石を渡すと、おずおずと再び扉の死角へと戻っていったが、その足元は激しく震えていた。

 ほんの一瞬見えた横顔も引きつっていた。

 

 嘘か本当か、メルヴィアが持つ53万という戦闘力――その魔力を、ユキナは感じ取っているのだろうか。

 ハヤトにはまったく何も感じられなかったが。


 再びメルヴィアに目を戻す。

 彼女は新しい魔法石を手に持ち、それをベッドの上に寝ている人物にかざしながら、再び呪文を唱え始めた。

 魔力を感じ取れないハヤトではあったが、メルヴィアのその姿には、どこか惹きつけられるものがあった。


 背筋をすっと伸ばし、舞うように魔法石を持った手を動かすメルヴィア。

 彼女が口にする言葉の意味はわからないが、それはまるで歌のように響いていた。

 書斎で見せる姿とはまったく違う、別のメルヴィアがそこにいた。

 

 ハヤトが食い入るようにメルヴィアを見ていると、うっかり部屋の扉をさらに開けてしまった。


「誰!?」


 メルヴィアが鋭く入り口を振り返り、声を上げた。


「やばっ」


 ハヤトは慌てて扉を閉めようとしたが、その瞬間、何かが頭上を通り過ぎ、背後の廊下の壁で弾ける音が響いた。

 振り返ると、砕け散った魔法石の残骸が転がっていた。

 メルヴィアが床に転がっていた魔法石を魔力で飛ばしたのだ。


「見たわね……」


 恐ろしい声にハヤトが目を戻すと、メルヴィアの瞳は真紅に染まっていた。


「いや、その……。通りかかったら扉が開いてたから、ちょっと覗いただけだよ。ほとんど見てないから大丈夫!」


 何が大丈夫なのかハヤト自身もよくわからなかったが、とにかく何とか言い訳をしてこの場を切り抜けようとした。


「この部屋に近づくことを禁じたはずよね」


「書斎の掃除が終わったから、休憩に7階層へ戻ろうと思って……ごめん!」


 メルヴィアは怒りで燃え上がるようだった。

 なぜここまで怒っているのかハヤトには理解できなかったが、早く撤退したほうがよさそうだと判断する。


「悪かった。もう行くよ!」


 そう言って扉を閉めかけたが、閉め切る前に一言付け足した。


「その目……大丈夫か?」


 その言葉に、メルヴィアの顔が一瞬歪んだ。彼女は伏し目がちに顔を下げる。

 

「……いいから、もう出て行って!」


 メルヴィアは叫ぶように言い放った。

 心配するふりでポイントを稼ごうとしたつもりが、どうやら逆効果だったらしい。

 ハヤトは慌てて扉を閉めようとした。


 そのとき、どこからか爆発音のような音が聞こえてきた。


「なんだ……この音?」


 ハヤトは扉を閉める手を止め、耳を澄ました。

 再び爆発音のような音が響く。下の階層からだ。

 下の階層は、シアがいる12階層だ。そこから爆発音が聞こえるのは、穏やかではなかった。


「下からのようね」


 いつの間にかメルヴィアはいつもの冷静さを取り戻していた。

 まだ瞳は赤いが、その表情には怒りはなく、何かを考えているようだ。


「私が見に行ってくるわ。あんたたちは書斎に戻りなさい。護衛もつけてあげるわ」


 メルヴィアはそう言うと、出入り口を塞いでいたハヤトに手を振ってどくように促し、足早に階段の方へ向かっていった。


「護衛……? 騎士でも呼んでくるのか?」


 ハヤトはメルヴィアの後ろ姿を見送り、彼女が姿を消すとすぐに実験室の扉に手をかけた。

 鬼のいぬ間に、というわけだ。


 扉を開けると、そこには槍を持った甲冑が立っていた。


「え……?」


 ハヤトは驚き、思わず後ずさる。

 甲冑はゆっくりと扉を押し開け、廊下に出てきた。そして、ハヤトに向き直る。

 

「こいつ……動くぞ!」


 ハヤトはじりじりと書斎の方へ後退する。甲冑は同じ速度でハヤトを追ってくる。


「その鎧は護衛です」


 ユキナが甲冑に続いて、扉から出てきた。


「護衛……って、なんか俺を狙ってないか?」


 甲冑は明らかにハヤトの動きに反応している。


「ハヤト様が護衛対象だからです」


 ユキナは甲冑の横をすり抜けて、ハヤトのもとへやって来た。


「書斎に向かいましょう」


 そう言って、ユキナはハヤトの手を取り、ぐんぐんと書斎へ向かって歩き出した。

 

 ハヤトはユキナに引っ張られる形で、書斎に戻ってきた。

 甲冑は書斎の入り口で立ち止まり、外を警戒するかのようにその場で仁王立ちとなる。


「ここで待ってろってことか……」


「はい。メルヴィア様が音の原因を調べ終わるまで、おとなしく待ちましょう」


 音の原因……。おそらく、さっきの爆発音だろう。

 だが、敵襲だとしたら、もっと大騒ぎになっているはずだ。

 12階層まで敵が侵入するような事態なら、ベースキャンプ全体がひっくり返るほどの混乱が起きているだろう。


 以前、1階層で敵を押し返したときでさえ、7階層にいたハヤトのところまで騒ぎが伝わってきた。

 だが今回は、そのような気配がない。


 ただ、この階層は上の階層に比べて天井や床が厚く、音が伝わりにくいということはある。

 もしかすると、上の階層では敵の侵入で騒ぎになっているのか? さっきの音は魔法による攻撃音なのか?


「……さきほどの爆発音は、魔法によるものだと思います」


 まるでハヤトの考えを読んだかのように、ユキナが答えた。


「……ということは、敵が侵入したってこと?」


「わかりません。メイドたちが使う火の魔法が、何かに引火しただけかもしれません」


 なるほど、そういう可能性もあるのか。そうであってほしい、とハヤトは思った。


「ところで、入り口に立っているのって、マジックドール?」


 気を紛らわせるために、ハヤトはユキナに尋ねた。


「はい。さきほどメルヴィア様が術式を施し、作り上げました」


 なるほど、これがマジックドールか。

 見た目はリビングアーマーのようだが、こうやって作られるものだったのか。

 

 ハヤトはもうひとつ疑問が浮かんだ。

 これがメルヴィアが言っていたマジックドールなら、先ほど実験室で行っていた儀式は一体何だったのか?


「じゃあ、さっきまで行っていた儀式は何だったの?」


 すぐそばで見ていたユキナなら知っているだろうと思い、ハヤトは尋ねた。

 だが、ユキナは何も答えず、ただ黙っている。


「あの部屋で寝ていたのは誰? 女の人のようだったけど……」


 ハヤトはさらに質問を重ねたが、ユキナは俯いたまま沈黙を続けた。

 

「口止めされている……というよりは、あれがあいつが隠したがっていたものってことか。だから、詳細は話せないと」


 ユキナは黙っていたが、ハヤトはそれを暗黙の肯定と受け取った。


「訊いて悪かったね。ユキナは何も言ってない。事実、言わなかった。だから、あいつが君に怒りを向けないようにするよ」

 

 メルヴィアが何を企んでいるのかはわからないが、ハヤトは自分の詮索がユキナに迷惑をかけることを避けたかった。

 この人見知りする少女は、どうやらメルヴィアともまだ打ち解けていないようだ。

 今回のことで、ふたりの微妙な関係がさらに悪化しないよう、気をつけなければならないとハヤトは思った。


「……!」


 不意に、ハヤトの思考が止められる。

 

 廊下から物音が聞こえてきた。

 それは不吉な気配を漂わせる、何かが近づいてくるような音だった。

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