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第13話 ユキナとメルヴィア

 ベースキャンプの11階層。メルヴィアが生活する空間。

 そこは、訪れるものも少なく、常に静寂が漂っている。

 ハヤトは午後の掃除のために、その暗い廊下を抜けて書斎へと向かっていた。


 この階層には会議スペースもあるが、ハヤトがそれを使用している場面を見たことはなかった。

 とはいえ、ときどきほかのメイドが掃除をしているので、誰かが使っていることはたしかなのだろう。


「ほんと、この階層はしんみりしてるよな……」


 ハヤトはひとりつぶやきながら歩を進める。


「誰も来ないし、メルヴィアもなんでここにいるんだろう。魔術師団のトップなんだから、一緒に10階層にいればいいのに」


 ふと、ハヤトはこの階で出会った黒髪のメイド、ユキナのことを思い出した。

 彼女はいつもひとりで大量の書類を運んでいる。その書類はおそらく、10階層からのものだろう。

 もしメルヴィアが10階層にいれば、ユキナがわざわざ苦労して書類を運ぶ必要もないはずだ。


「あいつのことだ。どうせ我がままでこの階層にいるんだろうな」


 ハヤトは軽くため息をついた。

 

 メルヴィアは王国でも名家の出身らしかった。

 王女であるシアを呼び捨てにするのも彼女くらいのものだ。

 そう考えると、彼女がこの階層をひとりで使っているのも、その高い地位が関係しているのだろう。


 それにしても、ハヤトにはひとつ疑問があった。

 この軍団における最強の魔術師は、魔術師団参謀のマドールだと言われている。

 だが、メルヴィアの話では、騎士の平均戦闘力が1万であるのに対し、彼女の戦闘力は53万もあるという。

 もしマドールが最強の魔術師だとするなら、その戦闘力はそれ以上なのか?

 

「まあ、53万という数値がデタラメかもしれんな……」


 そう考えるのが妥当かもしれない。

 あるいは、メルヴィアの身分があまりに高いせいで、騎士団や魔術師団とは比較するものではないのかもしれない。

 それは、この軍団の最強議論に、奇跡の聖女シアの名前が挙がらないと同じことだ。

 もっとも、シアの場合はその能力が希少で価値が高いものの、戦闘向きではないため、当然と言えば当然かもしれないが。


 そんなことを考えながら、ハヤトは書斎へ続く暗い通路を歩いていく。

 道中には、メルヴィア専用の実験室や倉庫が並んでいた。

 ハヤトは一度も入ったことがないが、いったい何が保管されているのだろうかと考えながら通り過ぎる。

 

 こんな暗い通路にある部屋だから、中にあるものも不気味なものに思えてくる。

 冷静に考えれば、ときおり書斎に持ち込まれる正体不明の道具は、これらの実験室や倉庫から運び込まれたものだろう。

 その中には、ハヤトでも重いと感じるものがあったが、あれもひょっとするとユキナが運んでいたのかもしれない。


 あのか細い少女が、無言で重い荷物を一生懸命運んでいる姿を思い浮かべると、そんなことをさせているメルヴィアに対して、しだいに腹が立ってきた。


「あいつにひとつ言ってやるか」


 暗く静かな通路を抜けると、書斎の入り口から漏れる明るい光が見えた。

 その光にハヤトはほっとした安心感を覚える。


 この階層は、ほかの階層に比べて明らかに暗すぎる。

 異世界のこの未知の大陸で幽霊が出るとは思わないが、それでもどこか不気味な雰囲気が漂っていて、人を不安にさせるのだ。

 だから、自然と足が速くなり、考え事をして気を紛らわせようとする。


 そんな不安を振り払うようにして、ハヤトは書斎の入り口をくぐった。

 すると、部屋の中には先客がいた。それは、ついさっきまでハヤトが思い浮かべていたユキナだった。


「こんにちは。こんな時間に会うなんて珍しいね」


 ハヤトが声をかけると、ユキナは少し伏せ目がちにそっと答える。


「……こんにちは。メルヴィア様に呼ばれましたので」


 その声は小さく、彼女の控えめな性格を表していた。


「そうなんだ。何の用だろうね。心当たりはある?」


 ハヤトが尋ねると、ユキナはフルフルと首を横に振った。その姿はまるで小動物のようだった。

 エルルもどこか小動物を思わせるが、性格はまったく逆だとハヤトは思う。


 ハヤトは書斎を見渡した。

 午前中にはなかった小さな木箱がひとつ、部屋の中央に置かれている。

 それに気づき、ハヤトは近づいて中を覗いた。


 箱の中には、青白い光を放つ大小さまざまな石が無数に入っていた。

 以前、メルヴィアが散らかしていた道具のひとつで、たしか「魔法石」と呼んでいたものだ。


「これ、ユキナちゃんが運んだの?」


 ユキナは顔を上げると、じっとハヤトを見つめた。

 しばらくの間、無表情で見つめ合っていると、ようやく彼女が口を開いた。


「……ユキナ、とお呼びください。ハヤト様」


 どうやら「ちゃん」付けが気に入らなかったらしい。子供扱いされるのが嫌なのだろうか。

 エルルと同じくらいの年齢だとは思うが、ユキナのほうがどこか大人びた雰囲気を感じる。


「じゃあ、ユキナ。俺のことも様付けで呼ぶのはやめてくれない?」


 ハヤトの提案に、ユキナはしばらく考えている様子だったが、やがて首を振った。


「いえ、ハヤト様はハヤト様です」


「それは一方的だね」


 ユキナは何も答えず、再び顔を伏せる。

 もっと仲良くなりたいと思っているのだが、どうにも距離が縮まらない。


 ハヤトは話題を変えることにした。


「ユキナはシア付きのメイドだったよね?」


「……はい」


「しばらくシアに会ってないけど、元気かな?」


「はい。ただ、少しお疲れのようです」


 ハヤトは、最近シアに会った時のことを思い返した。

 たしかに、メルヴィアと比べると少し憔悴しているように感じた。


「やっぱり忙しいのかな。メルヴィアはそうでもなさそうに見えるけど」


「いえ、メルヴィア様もたくさんの業務を抱えておられて、大変だと思います」


 意外にもユキナからの反論があった。

 前にも思ったことだが、彼女は芯のしっかりした子なのだろう。


「言われてみれば、最近ゲートが見つかってから、少し忙しそうだったな。いまも昼食時間は終わってるのに、まだここに来てないし」


「はい」


 ユキナが静かに頷く。


「そうだ、食事といえばメルヴィアっていつもどこで食事を取ってるんだろう? この部屋で食べている様子はないし、7階層の一般食堂にはもちろん来ない。やっぱり12階層でシアたちと一緒に食べているのかな?」


 ユキナはハヤトをちらっと見てから、俯いたまま答える。


「いえ。この階層にメルヴィア様専用の食堂がありまして、そこで食事を取られています」


 専用の食堂があるとは初耳だ。メルヴィアはずいぶん特別扱いを受けているらしい。

 いや、食堂だけではない。丸々ひとつのフロアを、事実上ひとりで使用しているのだ。

 彼女が名門の出身だというのは、誇張ではなく事実なのだろう。


「知らなかったよ。もしかして、ユキナが食事を運んでるの?」


「はい」

 

 ユキナは小さく頷いた。


 シアたちの食事は7階層のメイドたちが作るのではなく、12階層のメイドたちが担当している。

 メルヴィアの分もそこで作られ、ユキナが運んでいるのだろう。

 書斎の掃除の大変さから、メルヴィアへの給仕も相当なものだと想像できる。

 

 ハヤトは、思わずユキナを同情の目で見た。


「お互い大変だと思うけど、頑張ろうね」


 ユキナは顔を上げると、じっとハヤトを見つめた。

 その顔には表情がなく、何を考えているのかまったく読めない。


 ハヤトは気まずくなり、思わず目をそらした。


「ハヤト様は、すごいお方ですね……」

 

 ユキナはぽつりと呟くように言った。

 ハヤトが再びユキナに目を戻すと、彼女はまた視線を床に落としていた。


 以前、エルルにも同じことを言われたことがあった。

 ただ、エルルの場合はどこか茶化されているように感じたが、ユキナは冗談でそんなことを言いそうにない。

 それなら、少し聞いてみてもいいかもしれない。

 

「ユキナはさ、俺に勇者の力があると思う?」


「……はい」


 ユキナは少し考えたあと、慎重に言葉を選びながら答えた。


「召喚の儀は……術者が本当に必要とする存在を喚び出す、と言い伝えられています」


 ユキナは顔を上げ、真っ直ぐな視線でハヤトを見つめる。


「ですから……ハヤト様は、きっと私たちに必要な存在で、いつか私たちを救ってくださるのだと思います」


 彼女の真剣な目を見て、ハヤトはシアのことを思い出す。

 シアもまた、ハヤトに勇者の力があると信じていた。

 シアとの謁見後、ハヤトも少しその気になっていたが、現実では下働きばかりの日々で、そんなことはすっかり忘れてしまっていた。


 だが、いまこうしてユキナに面と向かって言われると、不思議とまたやる気が湧き上がってくるのを感じる。


「そうありたいと思うよ」

 

 ユキナはコクリと頷き、何かを言おうと口を開きかけたが、そのままハヤトの背後にある部屋の入口をじっと見つめ、姿勢を正した。


 メルヴィアが来たのか?

 ハヤトはそう思いながら、背後を振り返って入口を確認する。しかし、そこには誰もいなかった。


「……?」


 眉をひそめたハヤトは、ユキナの様子が気になった。

 彼女は何かを感じ取ったようで、その表情は先ほどまでとは明らかに違っている。

 見えない何かがそこにいるのだろうか。幽霊などいるはずがないが――。

 

 その時だった。書斎に、メルヴィアが入ってきた。いままで見たことのない、神妙な顔をして。


「これはどういうことかしら。どうしてあなたがここにいるの?」


 メルヴィアは、いつもより低く冷静な声でユキナに問いただした。

 ユキナは緊張している様子で、つばを飲み込んでから答える。


「……はい。昼食の給仕の際に、メルヴィア様に書斎へ来るようにと仰せつかりましたので……」


「それはいまではないわ。夕方、夕食前の時間に来るように言ったはずよ」


 メルヴィアの声は静かではあったが、そこには微かな怒りが含まれていた。

 ユキナはその怒りを察したのか、ますます緊張し、脚が小刻みに震えているのが見て取れた。


 ハヤトは見かねて口を挟むことにした。


「まあ、誰にだって聞き間違いはあるさ。そんなに強く言わなくてもいいだろ? そもそも、おまえがちゃんと言っていなかった可能性だってあるんじゃないか?」


 メルヴィアは一瞬、ハヤトの言葉に反応して顔を歪めかけたが、すぐに元の冷静な表情に戻った。


「あんたは黙ってなさい。これはユキナの職務に関する問題よ。部外者が口を挟んでいい問題ではないわ」


 メルヴィアの声は冷たく、有無を言わせぬものだった。

 普段もきついことを言うが、その口調は軽く、半分冗談として受け流すことができた。

 しかし、いまの彼女は違った。明らかにいつものメルヴィアではない。


 それでも、ハヤトは引き下がらなかった。


「その職務について、俺も言いたいことがある。いつもユキナに荷物を運ばせてるみたいだが、彼女ひとりには量が多すぎないか? 誰か補佐が必要だろう。もし誰もいないなら、俺が手伝ってもいい」


 ハヤトはメルヴィアからの激しい反論を予想していたが、彼女はしばらく黙ったままハヤトを見つめていた。

 やがて、何かを考え込むような表情を浮かべ、「わかったわ」と静かに言い、ハヤトの横を通り過ぎて自席に座った。


「ユキナの負担は減らすわ。そのための準備はすでに進めているから、手伝いは不要よ」


「ほう、どうやって負担を減らすんだ?」


「マジックドールを作るわ」


「マジックドール……?」


 初めて聞く言葉だ。

 名前から察するに、魔法で動く人形、つまりゴーレムのようなものだろうか。


「それって、いわゆるゴーレムのことか?」


「違うわ。ゴーレムは単純な命令を魔力で刻みこむことで動かすけど、マジックドールは多種多様で創造主の個性が反映されるわ。たとえば、ゴーレムのように自律的に動くものもあれば、術者が遠隔で操作するものもある。ほかにも第三者の魂を……」


 そこまで言いかけて、メルヴィアは急に口を閉ざした。

 いま、何か物騒な言葉が出たような気がしたが、ハヤトはあえて突っ込まないことにした。


「要するに、ゴーレムよりも高度で複雑な仕事ができる高性能ロボットってところか」


「ロボット……?」


 ハヤトの言葉に、メルヴィアが反応する。


「俺の元いた世界では、科学の力で動く機械仕掛けの人形さ。とはいえ、まだ開発途上で、歩かせるだけでも一苦労なんだけどな」


「技術基盤が異なっても、目指すものが同じ……それが意味することは……」


 メルヴィアはそのまま黙り込んで、何か考え込んでいる。


 ハヤトがやれやれとユキナの方に目を向けると、彼女は先ほどからずっと直立不動のままだった。

 表情は変わらず無表情だが、気を張り詰めているのが伝わってくる。

 

 メルヴィアの世話をしているという話だが、あまり良好な関係を築けていないのだろうか?

 メルヴィアが部屋に入って以来、ユキナはずっと緊張しているように見える。


 ハヤトがそんなユキナを見ていると、背後からメルヴィアの声が聞こえた。


「ユキナ、いまは用はないから、下に戻りなさい。夕食前にまた来なさい」


「……はい」


 ユキナは静かに返事をし、出口へ向き直って歩き出す。


「ちょっと待って、ユキナ」


 ハヤトが慌てて呼び止めた。

 ユキナは足を止め、蒼白な顔でハヤトを振り返る。

 ハヤトは彼女に安心するような笑みを浮かべつつ、メルヴィアに向き直り、抗議の姿勢を取った。


「せっかく来たんだから、いま用を済ませればいいだろ」


「なんであんたが口を挟むのよ」


 メルヴィアは不満そうに口を膨らませた。こういうところが子供っぽい。

 

 ハヤトは、メルヴィアがユキナにどんな手伝いをさせているのか興味があった。

 自分が見ていないところで、無理をさせているのではないかと心配もしていた。

 だが、なぜこんなふうに口を挟んだのか、自分でもはっきりとはわかっていなかった。


 それでも、この行動が後になって思えば、結果的に良い判断だった。


「いいじゃないか。どうせ用があるなら、いま済ませればいい。俺が手伝えることもあるかもしれないしさ」


 メルヴィアは眉を寄せると、いつもの毒舌で応じる。


「あんたが手伝えることなんてないわ」


 その手厳しい言葉に、ハヤトは肩をすくめた。

 しばらく考え込んでいたメルヴィアだったが、やがて席を立ち上がる。


「いいわ。ユキナ、いまからアレを始めるわよ。ついてきなさい」


 そう言うと、メルヴィアは出口に向かって歩き出した。

 

 ユキナは、部屋の中央に置かれていた魔法石の詰まった箱を、ふらつきながらなんとか持ち上げ、メルヴィアの後を追おうとする。

 その荷物は明らかにユキナには重すぎた。


 ハヤトはユキナを止め、彼女が持っていた箱を代わりに持った。


「俺が持っていくよ」


 ずしりとした重さが腰に響く。

 ユキナはハヤトに向かってお辞儀をした。


「……ありがとうございます」


「いいさ。じゃあ、行こうか」


 ハヤトとユキナは並んでメルヴィアの後を追った。

 部屋を出ると、メルヴィアは暗い通路をどんどん進み、ハヤトがいままで一度も入ったことのない部屋の前で立ち止まった。

 振り返った彼女は、あからさまに機嫌の悪そうな顔をしている。


「なんで、あんたも来てんのよ」


 その言葉には微かないらだちが含まれていた。


「この箱重いからさ、代わりに運んであげただけだ」


「……ふん。それを置いて、さっさと書斎の掃除に戻りなさい」


「いや、部屋の中まで運ぶよ」


「ここでいいわ。部屋の中は関係者以外立ち入り禁止よ」


 メルヴィアはハヤトを鋭く睨みつけた。

 これ以上は無理をしないほうがよさそうだ。

 そう判断すると、ハヤトは床に魔法石の詰まった箱を床に下ろした。

 

「さっさと書斎に戻りなさい。作業中は、この部屋に近づくことを禁ずるわ」


「でも、この部屋は階段に行く途中にあるじゃないか。作業が終わるまで俺は7階層に戻れないってことか?」


「大丈夫よ。朝までには終わるわ」


「それ、全然大丈夫じゃないから!」


 ユキナが所在なさげに立ち尽くす横で、ふたりのやりとりはしばらく続いたのであった。

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