第11話 ゲート発見
「えっ、ゲートが見つかった!?」
ハヤトは驚いて、口に入っていたパンを撒き散らしながら叫んだ。
「ハヤトさん、口にものを入れたまま喋っちゃ駄目ですよ」
エルルは、テーブルに散らばったパンくずをタオルで丁寧に片付けながら、穏やかに注意した。
夕食を一緒にしていたほかのメイドたちも、顔をしかめてハヤトを見つめている。
ハヤトは慌てて水を飲み、口に入っていたものを流し込むと、改めて尋ねた。
「ごめん。それで、ゲートが見つかったって本当なの?」
「ついさっき、調査隊の人たちが帰ってきましたよね。そのときに出迎えたメイドの子が、そういう話を聞いたって噂ですよ。なんでも大きな虫がいっぱいいるのだとか」
エルルはタオルを片付けると、食事を再開した。
しかし、ハヤトは気になって食事どころではなく、さらに質問を続ける。
「噂ってことは、まだはっきりしないの?」
「その出迎えた子は、そのまま9階層まで降りて、騎士さまのお世話をしているみたいですからね」
「そのまま9階層に行ったのなら、どうして噂になってるの?」
「9階層に行く途中で、ほかのメイドの子にその話をしたんです」
「本当?」
「本当ですよ。実は、その話を聞いたメイドの子って、わたしなんです」
「エルちゃんが聞いた話だったんだ」
「ふふっ、そうなんです。実はわたしだけじゃなくて、ここにいるみんなも聞いてるんですけどね」
ハヤトは、騎士団とあまり仲が良くなかったため、できるだけ接触を避けていた。
だから調査隊を出迎えるのも、ほかのメイドの仕事だった。
調査隊のほうだって、疲れて帰ってくるときは男よりも、かわいい女の子に出迎えてもらうほうが嬉しいに決まっている。
ほかのメイドたちはクスクスと笑った。
ハヤトは苦笑いを浮かべたが、嫌な気分ではなかった。
エルル以外のメイドたちとも、それなりにうまく付き合っており、決して嫌われているわけではない。
もちろん、エルルほど気軽に話せる仲ではなかったが、こうして一緒に食卓を囲む程度には親しい関係だった。
「9階層に行った子たちが戻ってきたら、詳しく聞けるんですけど。でも、いつも遅くなりますから、たぶん明日になると思います」
エルルはそう言って、お茶を一口飲んだ。
それでは仕方ないと、ハヤトは一旦諦めて食事を再開した。
食後も遅くまで、ハヤトはエルルたちメイドとお茶を飲みながら話を続けたが、話題はいつの間にかゲートから最近手に入った新しい食材の話へと移っていった。
ハヤトはその話をぼんやりと聞き流しながら、ゲートのことを考えていた。
その夜、ハヤトはなかなか寝つけなかった。
ベッドの上で何度も寝返りを打つ。
「明日は朝一でメルヴィアに話を聞こう。面倒くさい押し問答はなしだ。ストレートに聞き出してやる」
そう思いながら、いつの間にか眠りに落ちた。
■
朝起きると、ハヤトはすぐにメルヴィアの書斎に向かった。
普段は朝の給仕を終え、食事を取ってから書斎を訪れていたが、この日はゲート発見の詳細をどうしてもメルヴィアから聞きたくて、食事前に顔を出してみることにした。
11階層の書斎へと続く通路を早足で進んでいると、前方に小柄な影が見えた。両手いっぱいに何かを抱えて、ゆっくりと歩いている。
誰だろうと思い近づいてみると、それは以前この通路で会ったことのある、黒髪のメイド少女だった。
エルルのように小柄だが、さらに華奢なその手に、紐で縛られた大量の書類が抱えられている。
明らかに、この少女が持つには多い量だ。
「おはよう。半分持ってあげるよ」
ハヤトは彼女の横まで歩み寄り、挨拶すると、三段に積み上げられていた書類のうち、上の二段を軽々と抱えた。
少女は一瞬驚いた表情でハヤトを見たが、すぐに礼儀正しく挨拶とお礼を返した。
「おはようございます。それに、お手伝いありがとうございます」
「うん。書斎に行くついでだからさ。これ、書斎に運ぶので合ってるよね?」
「はい」
ハヤトは少女に並んで歩きながら、以前から気になっていたことを尋ねた。
「君は7階層でまったく見ないけど、12階層のシア付きのメイドなの?」
「はい」
彼女は短く返事をすると、そのまま無言で歩き続ける。
奥手なのか、それとももともと無口なのか、ハヤトには判断がつかない。
「そういえば、前にもここで会ったよね?」
「はい」
「あの時はごめんね。考え事してたからさ」
「いえ」
以前、この通路で出会い頭にぶつかったことを謝ったが、彼女の反応は控えめだ。
ハヤトは少し距離を感じつつも、気にせず話を続ける。
「あの書斎にある書類って、誰が運んでるのか気になってたんだけど、君が運んでたんだ?」
「はい」
「でも、びっくりするぐらい多い量だよ。あれ全部を君一人で運んでるの?」
「いえ。メルヴィア様がご自身で運ばれることもあります」
あのメルヴィアが自分で運ぶとは意外だな、とハヤトは驚いたが、こんな可憐な少女にあの大量の書類を全部運ばせるほど冷酷ではなかったんだな、と納得した。
書斎に着くと、いつもの倍はあろうかという書類の山が、メルヴィアの机の上に積まれていた。
「こ、この量は……」
ハヤトは、今日の掃除が大変になるだろうとため息をつくと同時に、この量を少女ひとりで運んだのなら、軽く1時間以上はかかっているだろうと考えた。
「もしかして、これ君ひとりで運んだの?」
「はい」
ひとりでこの量を運ぶなんて、ハヤト自身でも気が滅入る。それをこの華奢な少女がやったとは……。
やっぱりメルヴィアは鬼じゃないか、とハヤトは心の中で苦笑した。
「これをひとりで運んだなんて無茶だよ。誰かほかの人に手伝ってもらえばよかったのに」
「いえ、そういうわけにはいきません」
彼女には自分の仕事に対する強い責任感があるのだろうか。単に、周りの人たちも忙しいだけかもしれないが。
ただ、ハヤトはこの少女を見ていると、内に秘めた強さを持っている子だと感じられた。
「これで最後です。それでは、失礼いたします。手伝ってくださって、ありがとうございました」
少女はハヤトに深々と頭を下げると、静かに部屋の出口へ向かう。
「あ、ちょっと待って。名前、教えてくれないかな?」
歩き去る黒髪の少女を呼び止めて、ハヤトは名前を尋ねた。
少女は振り返り、ハヤトをまっすぐ見据えたあと、静かに名乗った。
「ユキナ。ユキナ・ルゼフト」
そのまま踵を返し、何も言わずに部屋を出て行った。
「ユキナか。いい名前だな……」
ハヤトは書斎の入り口に立ち、少女の後ろ姿が見えなくなるまでじっと見送っていた。
その後、ハヤトはメルヴィアが書斎に来るのを待っていたが、彼女は一向に現れなかった。
こんなに早い時間に書斎に来たのは初めてだったが、もしかするとこの時間帯はメルヴィアは書斎には来ないのかもしれない。
結局、朝食の時間が近づいたため、ハヤトは諦めて給仕のために7階層へ戻ることにした。
■
朝食を終えると、ハヤトはすぐにメルヴィアの書斎に向かった。
そわそわしながら彼女の到着を待っていたが、メルヴィアはなかなか書斎に現れない。
普段なら、ハヤトが来るころには部屋中が散らかっているはずだが、今日はいつまで経ってもメルヴィアが来る気配はない。
今日に限って遅れているのは、ゲート発見が関係しているのかもしれない。
朝食の時、兵士や騎士、そしてメイドたちまでもが、その話題で持ちきりだった。
きっと発見は本当だったのだろう。早くメルヴィアに事の真偽を確認したい。
部屋が片付いているせいで、やることがない。
ハヤトはメルヴィアの椅子に腰を下ろし、ぼんやりと時間を過ごした。
その椅子は座り心地がよく、ハヤトやメイドたちが使う椅子とは明らかに違う。
「こんなにいい椅子に座ってたのかよ、あいつ……」
書斎にはふたつの椅子がある。
ひとつはいまハヤトが座っているもの、もうひとつは、メルヴィアがハヤトに肩をもませるようになってから置かれた椅子だ。
背もたれが低く、肩をもむ時に邪魔にならない作りになっている。
ハヤトは、その椅子の座り心地も確かめてみようと腰掛けてみたが、すぐに顔をしかめた。
クッションが薄く、座っていると痛くなってくるのだ。これでは長時間座っていられない。
「よくこんな椅子に座ってられるな……」
メルヴィアはいつもこの椅子に座り、ハヤトに長時間肩をもませている。
細身ではあるが、つくべきところには肉がついているからこそ、こんな椅子でも平気なのだろう、とハヤトは納得した。
「なに、私の椅子に座ってんのよ」
気がつくと、メルヴィアが部屋の入り口に立っていた。
「ああ、悪い。なかなか来ないから暇で……」
ハヤトは慌てて椅子から立ち上がり、メルヴィアに椅子を譲った。
彼女は小さく鼻を鳴らし、ハヤトが座っていた背もたれの低い椅子に腰を下ろす。
そして、ちらりとハヤトを振り返り、肩をもめと無言で催促する。
「わかった、わかった」
ハヤトはメルヴィアの細い肩をもみ始めた。
強すぎず、弱すぎず、ちょうどいい力加減で。
毎日肩をもまされているおかげで、すっかり彼女が満足する強さを覚えてしまっている。
メルヴィアは、ハヤトが肩をもみ始めると机の上の書類を次々と手に取り、驚くべき速さで床に投げ捨てていく。
以前は本当に読んでいるのかと疑ったこともあったが、ときおり手を止めて書類をじっくり読み込む姿を見て、いまではちゃんと読んでいるらしいと思うようになっていた。
頃合いを見計らい、ハヤトはゲート発見について尋ねる。
「なあ、ゲートが発見されたって聞いたけど、本当なのか?」
「まだゲートと決まったわけじゃないわ。でも、状況から見て十中八九はゲートね」
メルヴィアは一瞬、書類を読む手を止めて答えたが、すぐにまた元の速度で読み始めた。
「やっぱりそうか! それで、いつゲートに行くんだ?」
ハヤトはその返事に嬉しくなり、肩をもむ手に力が入った。
「ちょっと、もっと優しくなさい!」
「悪い」
メルヴィアは肩越しにハヤトをキッと睨みつけ、すぐに書類に目を戻した。
「ゲートらしきものがふたつ見つかったわ。いま、どちらから探索すべきか魔術師団が検討しているところよ」
「えっ、ふたつも見つかったのか?」
ハヤトは思わぬ情報に驚いた。
「そうよ。ゲートが近い位置に複数ある可能性は予測されていたけど、まさか調査隊が同じ日に情報を持ち帰るなんてね……。魔術師団は情報の分析で大忙しだし、私もいつも以上に忙しいのよ」
メルヴィアはそう言って書類を机に置き、ペンを取り出して何かを書き始めた。
流れるような速さで書き終えると、机の一角にほかの書類と区別して置く。
普段は床に書類を撒き散らしているメルヴィアだが、たまにこうして重要な書類は机に積み上げている。
ハヤトは、メルヴィアが再び書類を読み始める前に、気になることを尋ねた。
「ふたつも見つかったってことは、俺が元の世界に帰る分だけじゃなく、おまえらが元の国に帰る分もあるってことなのか?」
「どうかしらね。ひとつのゲートがどの程度の転送物質を保有しているのか、その判断材料になるのはここのゲートの情報だけだから、不確実性が高いわ。それでも、ここのゲートと同程度の量があると仮定すると、あんたが帰る分には十分だけど、私たちが帰る分には足りないってところね」
「じゃあ、俺だけが帰れるってこと?」
「もし量が足りなければそうなるでしょうね。でも、蓋を開けてみるまでわからないわよ。ひとつのゲートだけで私たち全員が帰れる分まであるかもしれないし、逆にふたつ合わせてもあんたひとりを帰す分にも満たないかもしれない」
メルヴィアはフフッと笑った。
機嫌がいいときによく見せる笑いだ。
今回の発見は、メルヴィアにとっても嬉しいものだったのだろう。そういえば今日は、彼女が驚くほど素直に答えてくれている。
「いずれにしても、ゲートを攻略してからの話ね。まずはゲートの戦力を分析して、攻略に必要な部隊編成を考えないと」
言われてハヤトはハッと気づいた。
ゲートを見つけることがゴールではなく、そのゲートを攻略しなければ、転移に必要な転送物質が得られないのだ。
ゲートからは危険な生物が湧き出しているらしいが、大丈夫なのだろうか。
シアの話では、地上を跋扈する危険生物に追われて、ここに逃げ込んだということだったが……。
「どのくらいの勝算があるんだ?」
「それをいまから判断するの」
「じゃあ、ここのゲートを攻略するのにどれくらいの犠牲を払ったんだ?」
「騎士5名よ。正確には、最下層の装置のある間を制圧するまでに2名。その後、ゲート全体の危険生物を排除するまでにさらに3名ね」
5名。もっと多いと思っていたハヤトは、ほっと安堵した。
「よかった。思ったより少なかったんだな」
「少なくないわ。一度失った戦力の補充は、二度とできないのよ。特に騎士は戦力の中心なんだから、ひとりでも失うのは手痛いことだわ」
戦力の補充が効かない。
もし次の攻略に失敗してさらに戦力を失えば、状況は一層厳しくなるだろう。
ゲートの攻略どころか、このベースキャンプの防衛すら危うくなるかもしれない。
ハヤトの不安が伝わったのか、メルヴィアが肩越しに軽く振り返った。
「安心なさい。魔術師団が上げてきた分析報告を見る限り、少なくとも片方のゲートは、私たちの戦力で十分に攻略可能よ。あんたはいつも通り、私の肩をもんで、部屋を掃除してればいいわ」
その言葉を聞いて、ハヤトは安心した。
しかし、なぜか胸の奥に残るわずかな不安が消え去ることはなかった。
■
・ベースキャンプ(385人)
シア 生存
メルヴィア 生存
魔術師団(14人) 健在
参謀マドール 生存
冒険者団(6人) 健在
英雄エイブラ 生存
騎士団長ゼノン 生存
騎士団(71人) 健在
アレン 健在
兵士団(233人) 健在
近衛団(10人) 健在
(非戦力)
ハヤト 生存
メイド団(48人) 健在
エルル 生存
ユキナ 生存




