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第9話 勇者の仕事

「探索のほうはどうなってるんだ?」


 朝から書類をひっくり返して部屋中をうろうろしながら読みふけるメルヴィアに、ハヤトは床の書類を拾い集めながら尋ねた。


「……うん」

「うん、じゃわからないぞ」

「うん」


 メルヴィアは手に持った書類の束から、一枚いちまい、読み終えるそばから床に投げ続けている。

 ハヤトの質問に対して、心ここにあらずといった感じだ。

 まともに質問に答えないのはいつものことだが、ここまで会話が成り立たないのは初めてである。

 

「おい、聞いてるのか?」


 ハヤトはメルヴィアのすぐ傍まで寄った。

 メルヴィアは一心不乱に書類を投げ捨て、もとい読み続けており、とうとう返事もしなくなった。

 メルヴィアの顔を横から覗き込むと、いつもの人を小馬鹿にしたような笑みはなく、いつになく真剣な表情をしていた。


 こうして見ると、メルヴィアは賢そうな感じがするな、とハヤトは感心した。

 スタイルもいいし、黙っていればそれなりに見えるが、口を開けば子供じみた言葉が止まらず、相手をするのが疲れる。

 実に残念なことだ、とハヤトは思った。


 バサッ!


 突然、メルヴィアは手に持っていた書類をすべて空中に放り投げた。


「どうした!?」


 ハヤトが驚いて尋ねると、メルヴィアはハヤトに向き直り、じっとハヤトを見た。


「なによ、あんた。いたの?」


 あれだけ声をかけていたのに、ハヤトの存在をすっかり忘れていたらしい。


「いたよ、ずっと。それで、何か問題でもあったのか?」


「問題?」


 メルヴィアは片方の眉をぴくんと上げた。


「ふん、問題だらけよ。この地は想像以上に奇天烈な場所だし、とんでもない化け物がわんさかいるし、犠牲者は多く出るし、あんたが現れたのだってそうよ」


「好きで現れたんじゃないぞ」


「襲撃はされるわ、探索は思わしくないわ、あんたは使えないわ」


「うるさい」


「分析しないといけない情報は増える一方だし、あんたはいもくさいし」


「おい」


「防衛体制も見直さないといけないし、あんたは使えないし」


「それさっき言った」


「ほかにも、あんたは気が利かないし、鈍くさいし、子供っぽいし……」


 だんだん、いつものメルヴィアっぽくなってきた。

 子供っぽいのはおまえのほうだと思いながらも、ハヤトは先ほどから気になっていたことを尋ねた。


「わかった、わかった。それでさっき、探索が思わしくないって言ったけど、いまどうなってるんだ?」


 メルヴィアは口をつぐむと、「そんなこと言ったかしら」とそっぽを向いた。


「たしかに言った。今日は朝から様子が変だと思ってたけど、探索で何かあったんだな?」


「ないわよ」


 横を向いたままメルヴィアは言い放った。ハヤトは内心ニヤリとする。


「何もなかった。つまり、有力な情報がさっぱり得られてないってことか?」


「情報はちゃんと集まってるわ」


「じゃあ、その情報が都合の悪いものだったってことだな。新しく危険生物でも見つかったのか?」


 ハヤトは次々と質問を投げかける。

 メルヴィアはハヤトの聞きたいことに直接答えてはくれないが、嘘を言ったりはしない。

 うまく質問をすれば、欲しい情報が得られるのだ。ハヤトは最近、メルヴィアとの付き合い方を学び始めていた。


「最近見つかった危険生物の中で、対処できなさそうなのはいないわ」


「それなのにまずい状況ってことは、個々では対処できるけど、それがあちこちにたくさん見つかったということか?」


「――まずい状況だなんて、私が言ったかしらね」


「そう。言ってない。でも、まずいことになってるんだろ?」


 ハヤトはメルヴィアの肩に手を置き、そっぽを向いている彼女をこちらに向かせた。

 手に触れた瞬間、彼女の体がビクリと震えたのが分かった。


 メルヴィアは驚愕したような表情で、ハヤトを見つめ返した。

 その頬はみるみるうちに紅潮し、体全体が小刻みに震え出している。

 普段は冷静で人を小馬鹿にしたような態度の彼女が、こんな風になるなんて見たことがない。


 「どうした? 図星か?」


 ハヤトはからかうように言ったが、彼女の反応はいつもと違う。

 いつもならすぐに鼻で笑い返すのに、いまはその余裕すら見せていない。

 

 メルヴィアは一瞬目を見開いたまま固まっていたが、すぐに険しい表情に戻る。


 「うるさいわね!」


 彼女はハヤトの手を振り払い、強がるように背を向けた。

 しかし、彼女の肩越しに見えるその後ろ姿――微妙にぎこちない動きと、首筋にわずかに浮かぶ赤みが、動揺していることを物語っていた。


 どうやら核心を突いたらしい。


 メルヴィアは「ふん」と鼻を鳴らし、机の方に向かうと、散らかった書類を乱暴に掴み上げた。

 そして、振り返った彼女はすでに冷静な顔つきに戻っていたが、その目の奥には、一瞬の揺らぎがあったように見えた。

 

「動植物の分布から、このベースキャンプ周辺には複数のゲートがあることは、ほぼたしかだわ。でもそれは、ゲートからそれだけ多くの生物が湧いてくることを意味している。つまり、時間がかかるほどここの危険性は増していく。でも、複数のゲートが存在しているせいで、個々のゲートの位置を特定するのが難しくなっているわ」


 メルヴィアは手に持った書類を次々と床に投げ捨てていく。

 

「探索は時間との戦いになってるわ。ゲートを見つけるのが先か、ベースキャンプが襲撃されて潰されるのが先か。魔術師団の最新の予測では、3ヶ月に渡ってここを防衛できる確率はおよそ90%。この数値は決して高いものではないわ。指揮官としては許容できない数値よ」


(3ヶ月で90%……。逆に言えば、10%の確率で俺たちは全滅するのか……?) 


 ハヤトは先日の襲撃を思い出し、胃のあたりに苦しさを感じた。


「だから、探索の効率を上げるために調査プランを修正するとともに、防衛体制の見直しも必要よ。一方で、探索で得られた情報の分析も山積みで、それもこなさないといけない。正直、魔術師団は過労でダウン寸前よ」


 メルヴィアはすべての書類を投げ終えると、頭に手をやり、髪をかき乱した。

 先ほどの取り乱し様といい、こんなメルヴィアの姿を見るのは初めてだった。

 事態は、ハヤトが思っていたよりもずっと悪い方向に進んでいるようだった。


「帰還に必要な転送物質の量にも、不確定要素があるし……」


 つぶやくように言ったメルヴィアの言葉に、以前から抱いていた疑問が沸き起こる。

 シアは、同じ世界同士をつなぐのは異世界とつなぐよりも難しいと言っていた。

 それなら、ゲートを見つけて転送物質を手に入れたとしても、どうやってシアたちは帰還するつもりなのだろうか?

 

 その疑問を口にすると、メルヴィアはもったいぶることもなく答えてくれた。

 

「簡単に言えば、異世界に一度つないで、そこからもう一度こちらの世界につなぐのよ。この場合、異世界は媒介として働くだけだから、その異世界に移動するわけではないわ」


「なるほど、直接この世界同士をつなげないなら、異世界を介してつなぐってことか。でも、それだと転送物質が余計に必要になるんじゃないのか?」


「そうよ。だからゲートの攻略はひとつじゃ足りないかもしれない。正直、人手が足りないわ」


 メルヴィアは大きく息を吐き、ハヤトの前まで歩み寄った。


「仕方ないわね。そろそろ、あんたにももっと働いてもらわないといけないようね」


(俺が……!?)


 ハヤトは、以前シアに呼ばれて言われた言葉を思い出す。

 ハヤトには、勇者の力があるはずだと。


「俺に……、俺にできるのか?」

「やってもらわなければ困るわ。これは、あんたにしかできないことよ」


 メルヴィアはまっすぐハヤトを見つめた。その姿は、どこかシアを彷彿とさせる。人を信じる、強い眼差し。

 ハヤトは、いつの間にかさっきまで感じていた胃の不快感が消えていることに気づいた。そして、大きく息を吸い込み、意を決した。


「わかった。なんでもやろう。俺に何ができる?」


 



 

「肩もみ」


「………………」


 一瞬、何を言われたかハヤトは理解できなかった。


「はい?」


「肩もみ。私、最近肩こりが酷いのよね」


「はあ!?」


「これからあんたには、掃除に加えてマッサージもお願いするわ」

 

 いたって真面目な顔をして言う。


「おま、マッサージって、もっとこう、やるべきことはあるだろ?」


「これがやるべきことよ」


「俺は勇者なんだろ? 秘めた力とか、勇者だけが使える武器とか、そういうのあるんじゃないのか?」


「そんなのないわよ。あんたは正真正銘、何の能力もないわ。誰も使いこなせない強力な魔法の武器なら持ってきてはいるけれど、あんたの魔力じゃどうやっても使えない。潜在的な魔力もないから、将来使える見込みもない。だから、あんたを鍛えても時間の無駄よ」


 淡々と説明するメルヴィアは真顔であり、冗談という雰囲気ではない。

 メルヴィアは続ける。

 

「そんなことをするよりも、私が仕事に集中できるように、部屋の掃除をしたり、私のマッサージをしたほうがずっと役に立つわ。適材適所。比較優位。それが、組織が力を発揮するために重要なことよ」

 

 ハヤトは何も言えず、立ちすくんでいた。

 メルヴィアはそんなことにお構いなく、ハヤトに言う。


「じゃあ、早速もんでもらおうかしら?」


 この日から、ハヤトの日課に肩もみが追加されることになった。

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