プロローグ
薄暗い洞窟の中を、一行は走っていた。
先頭を切るのは迷彩服の男で、その手を引かれるようにして皮鎧を身につけた女がついてくる。
後方では、全身鎧をまとった騎士たちがふたり、並走している。
洞窟の壁はツルツルとした表面で覆われており、恐ろしい熱で溶かされたことがうかがえる。
それが自然現象なのか、あるいは何らかの生物が引き起こしたものなのか、男たちにはわからなかった。
この洞窟には、男たちがそれまで見たこともない異形の生物が棲息していた。
強力な酸を吐く巨大な蜘蛛のような生物や、水を超高圧・高速で打ち出し、岩も鉄も貫く液体状の生物。
さらに、金属の鎧を噛み砕く巨大なフナムシなど、地球上では考えられない生物が多数いた。
岩をも溶かす火を吐く生物がいたとしても、何の不思議もない世界だった。
迷彩服の男は肩にサブマシンガンをかけ、皮鎧の女は腰に剣を下げている。
騎士たちは剣を抜いたまま、手に握りしめて走っていた。
洞窟の中には、彼ら4人の息づかいと足音が響く。
しかし、微かに彼らが来た方向から金属がぶつかる音や怒声が聞こえていた。
女は時折、後ろを振り返っていたが、突然声を上げて足を止めようとした。
「もう、走れません!」
だが、女の手を引く男は構わず彼女を引っ張り続ける。
「駄目だ! 追いつかれたら助からないぞ!」
女は引っ張られるがまま、速度を落としつつも走り続けた。
鎧の騎士たちも、前を行くふたりに合わせて速度を落とす。
騎士たちは鎧の隙間から血を流しており、走ることが女以上にこたえているようだ。
一行が進む洞窟の先はどこまでも続いており、後方からは金属音が断続的に鳴り響いていた。
しばらく進むと、洞窟は二手に分かれていた。
迷彩服の男は立ち止まり、女はそのまま地面に座り込んだ。
騎士たちも座りはしないが、剣を杖代わりにして休息を取る。
男は懐から素早く懐中電灯を取り出し、二手に分かれた洞窟の先を照らして確認した。
しかし、どちらの道も奥で曲がっており、どちらへ進むべきか判断がつかない。
「シア、周辺感知の魔法、使えるか?」
懐中電灯をしまいながら、男は尋ねた。
「は、はい……。できます……」
シアと呼ばれた女は立ち上がり、息を整えると、小さく何かをつぶやき、目を閉じた。
「……両方の穴とも、3キロメートル先まで動くものは感知できません」
「そうか。敵がいないのは幸いだったな」
男はほっと息をついた。
騎士のひとりが近づき、声をかける。
「しかし、悠長にはしておれませんぞ。後ろの音が聞こえなくなったのは、距離を稼げたからとは限りませんからな」
彼は来た方向を振り返りながら言った。その声には疲れが滲んでいる。
たしかに、先ほどまで聞こえていた金属音や怒声は聞こえなくなっている。早く進む道を決めなければならない。
そのとき、シアが警戒の声を上げた。
「左の穴! 500メートル先に動体検出! 5、10、15……、どんどん増えていっています!」
「なに……!?」
男たちは驚愕した。
「さっきまで何もいなかったのに、急に……!」
シアは悲痛な声で叫ぶ。
「下だ! シア、洞窟の下層を調べてくれ!」
「はい!」
シアは再び目を閉じ、呪文を唱えた。そして、驚愕の表情で目を見開いた。
「ここの真下30メートルのところに多数、動体を検出! その数……300以上!」
最後のほうは悲鳴のような声だった。
男は驚愕した表情を浮かべたが、騎士たちはさらに動揺していた。
「そんな馬鹿な! ここでの推定個体数は200だったはずだ! 既に200以上倒したうえに、いま、後ろで騎士団が300を足止めしている。それに加えてさらに300だと……!?」
「魔術師どもの予測が甘かったんだ! あいつらの尻拭いを、俺たちがやらされるんだ!」
騎士たちはシアに対して、普段ならばありえないほど動揺していた。主に仕える臣下としての礼節を忘れるほどだ。
「ごめんなさい、ごめんなさい……。私のせいで……」
力なく地面に座り込むシアを見て、騎士たちははっとして我に返った。
そのとき、男が肩にかけていたサブマシンガンを下ろし、静かに言った。
「シア、騎士たち。俺がここで足止めをする。おまえらは先に行け」
「だめです! ハヤトさん!」
シアは即座に反対した。
迷彩服の男――ハヤトは、サブマシンガンを左の穴に向けて構えながら応じた。
「やつらのほうが足が速い。誰かがここで足止めしないと、走っているところを後ろからやられる」
シアは大きく首を横に振った。
「ひとりであの数を相手するのは無茶です!」
冷静さを取り戻した騎士たちが口を挟んだ。
「それならば、我々も一緒に足止めをしましょう」
「そうだ。我らの使命は姫の盾となること」
ハヤトは一瞬考える素振りを見せたが、すぐに騎士たちの申し出を断った。
「いや、俺ひとりで十分だ。右の穴にも何かいるかもしれない。おまえたちはシアに付き添ってやってくれ」
だが、騎士たちは食い下がる。
「いくらハヤト殿でも、ひとりでは無理だ」
「我々にも手伝わせてくれ」
そのとき、左の穴の先から、地面を這いまわる巨大なフナムシのようなのものが数匹、這い出てきた。
ダダダダダッ!
ハヤトは即座にサブマシンガンを乱射した。数匹のフナムシは銃弾を受けて汚い体液を撒き散らし、動かなくなった。
「シア! もう時間がない! 走れ! 俺たちは後から追う!」
「でも……でも……」
ためらうシアに対し、騎士のひとりが諭す。
「シア姫。姫をお守りするため、後ろで騎士団が盾となっているのです。その犠牲を無駄になさるおつもりですか?」
シアは顔を伏せ、一瞬の迷いを見せたが、すぐに顔を上げた。
「わかりました……。でも、絶対に死なないでください」
そう言うと、シアは右の穴に向かって走りだした。
その背中を見送る騎士たちにハヤトは言った。
「来るぞ……」
ハヤトは銃を構え直し、騎士たちはその両脇に並ぶ。
左の穴から地面をひっかく不愉快な音が聞こえ始め、その数はどんどん増えていった。
やがて、穴の奥から先ほどと同じフナムシが群れをなして飛び出してきた。
「撃ち漏らしは任せた!」
ダダダダダッ! ダダダダダッ!
ハヤトのサブマシンガンが火を吹いた。先頭集団の数匹が蜂の巣になって動かなくなるが、その屍を越えて次の虫が迫ってくる。
ハヤトは効率よく倒すため、洞窟の中央付近にいる虫だけを狙い、両脇の虫は騎士たちに任せた。
騎士たちの剣は、巨大な虫の身体を真っ二つに斬り裂く。体力を消耗しているはずだが、その剣筋に疲れは感じられない。
「ハヤト殿! どんどん回してくだされ!」
「こちらにも頼む!」
倒しても倒しても、その屍を越えて、次から次へと虫たちが押し寄せてくる。
ハヤトたちは少しずつ右の穴へ後退せざるを得なかった。虫の屍で壁を作りたかったが、相手の前進力はハヤトたちの火力を軽く凌駕していた。
(まずいな……。騎士たちの体力もそうだが、弾のほうは間違いなく持たない……)
いずれこの防御線が崩壊することは明白だった。倒した数は100に満たないが、すでに弾は半分近く消費している。残り200以上の敵に対して、残弾は明らかに不足していた。
(弾が切れる前に撤退しなければ……。しかし、どうやって?)
しばらくすると、虫たちの突撃が一時的に止んだ。ハヤトはここが撤退のチャンスだと悟った。
「よし、いまのうちに撤退するぞ!」
しかし、騎士たちは動こうとしない。
「どうした? 全部を倒すのは無理だ! いまここで逃げないと全滅するぞ!」
「我々はここに残る……」
「ハヤト殿だけ、姫のもとへ向かってくだされ」
「なに!?」
見ると、騎士たちは鎧の隙間から大量の血を流していた。このフナムシにやられたわけではない。
ここまで来る間に受けた傷が開いたのだろう。その出血量からして、命に関わる傷を負っていることは明らかだった。
騎士たちの状態に絶句していたハヤトに、騎士のひとりが語りかける。
「ハヤト殿、シア姫は優しいお方だ。先ほど、姫が『もう走れない』と言って立ち止まりかけましたな? あれは、姫が疲れたのではなく、我々を気遣ってのことだ」
ハヤトはハッとした。
シアが何度も後ろを振り返っていたのは、騎士たちの怪我に気づいていたからだった。
自分はそれに気づかず、いまに至っている。
「情けないことに、我々は姫の足手まといになっている」
「もう走ることはできぬ。だから、我々の代わりに、ハヤト殿にシア姫をお守りいただきたいのだ」
騎士たちがシアをひとりで右の穴に行かせたのは、ハヤトに彼女を追わせるために、自分たちがここで足止めをする覚悟だったからだろう。
騎士たちをここに置いて、自分だけ逃げる。それしかないことはハヤトにもわかっていた。迷っている暇はない。すでに、やつらが這い寄る音が聞こえ始めている。
ハヤトは決心した。
「わかった。ここはおまえたちに任せる。俺はシアを必ず護る」
「頼みましたぞ」
騎士たちはニヤッと笑った、ように見えた。
兜をしているからその表情は見えないが、ハヤトにはそう感じられたのだ。
ハヤトはすぐに踵を返し、シアの後を追って走り出した。
「「ハヤト殿とシア姫に聖母のご加護を!」」
後方から騎士たちの叫び声が聞こえた直後、激しい金属音が鳴り響いた。
「おまえたちとの約束、必ず果たす!」
■
ハヤトは洞窟の中を駆け抜けていた。動きやすい迷彩服を着ているため、先ほどまで騎士たちと一緒に走っていた時よりも、はるかに速く走っていた。
この調子なら、あと5分もすれば追いつけると確信する。
途中、道が分岐しているところが一箇所あったが、シアが目印として残したと思われる短剣が置かれていたため、迷わず進むことができた。
そうして数分走り続けたあと、洞窟の先に光が見えてきた。
「出口か!」
ハヤトは洞窟から飛び出した。久しぶりに見る太陽の光だ。長らく洞窟にいたため、時間の感覚は狂っていたが、日が暮れるまではまだ時間があるようだった。
ハヤトは急いで周囲を見渡した。シアはどこへ逃げたのか?
すぐに異様な光景に気がついた。
洞窟の出口から20メートルほどの場所で、巨大なムカデのような生物が大量に集まり、山となっている。
そのムカデの山にさらに新たなムカデが積み重なり、ますます巨大な山となろうとしていた。
考えたくはなかった。その山の下に何があるのか?
「シアーーーー!!!」
ハヤトは思いっきりシアの名前を叫んだ。
「……!」
ムカデの山の下で何かが応答した。
「畜生おおおおおお!!」
ハヤトはサブマシンガンを構え、山に向かって撃った。
ダダダダダッ!
ムカデの山の一角が崩れた。ムカデの隙間から光が漏れているのが見える。
(シアの斥力フィールドだ!)
シアの斥力フィールドは、精神力が続く限り、あらゆるものを防ぐ絶対防御だ。
しかし、その精神力の消耗は激しく、長時間は持たない。
ダダダダダッ! ダダダダダッ!
ハヤトはひたすらムカデの山に向かって弾を撃ち込んだ。
ムカデの肉片や体液が飛び散り、凄惨な光景が広がったが、シアの斥力フィールドがあったおかげで、彼女にそれらがかかることはなかった。
もちろん、ハヤトの銃弾もフィールドに弾かれていた。
やがて、すべてのムカデを撃ち倒したハヤトは、シアの元へ駆け寄った。
シアは光の球の中で体を抱え、丸くなっていた。
「シア、もう大丈夫だ」
シアは顔を上げ、ハヤトの姿を確認すると、斥力フィールドの展開を解いた。
「きっと来てくれると信じていました……」
シアの顔は蒼白だ。斥力フィールドの展開がこたえたのだろうが、この周囲に広がる凄惨な状況も無関係ではあるまい。
「周辺感知の魔法、使えるか? 脱出ルートを探りたい」
シアの体を引き起こしながら、ハヤトは尋ねた。
「はい」
シアの声には力が戻っていた。彼女は大丈夫そうだ。
シアは深呼吸をひとつすると、目を閉じ、魔法の言葉を紡ぎ始める。
「――全方向からこちらに向かってくる動体を検出しました。その数、およそ200。おそらく時間とともに増えます」
「最も数が少ない方向を探ってくれ」
「わかりました」
出てくる相手にもよるが、10ぐらいの数なら突破できる。
しかし、足止めされてしまえば、すぐに取り囲まれてしまうだろう。
洞窟内とは違い、地上では障害物が少ないため、一度に大量の敵とは戦いにくい。ここは、囲いの薄い部分を一気に突破するしかない。
やがて、シアがひとつの方向を指し示した。
ハヤトは磁石を取り出し、方角を確認すると、舌打ちする。
「ベースキャンプとは逆方向か……。しかたない、いまはここを脱出することが最優先だ」
ハヤトが顔を上げ、シアの顔を確認すると、シアと目が合った。優しさの中に力強さを秘めたいつもの目だ。
「また走るぞ、いけるか?」
「はい、大丈夫です」
ハヤトはシアの手を取って走り出そうとしたが、シアが口を開いた。
「あの……おふたりは……」
ハヤトは動きを止め、一瞬の沈黙の後に、答えた。
「もう戻らない。ふたりにはシアを守るよう頼まれている」
「そうですか……」
シアは予想していたのだろうが、それでも顔を曇らせ、目を伏せた。
洞窟の方から、またあの不快な音が聞こえ始めた。岩を擦るような音。フナムシもどきだ。
「行くぞ、シア!」
「はい」
ふたりは太陽が沈む方角へ駆け出した。
これは、異世界の暗黒大陸で生き延びるためにもがくものたちの物語である。
■
【残存兵力】
・突入部隊
シア 生存
ハヤト 生存
騎士団 全滅
・ベースキャンプ
???