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 大爆発を起こした私の怒りは、一日経ったくらいではとてもじゃないがおさまらなかった。


 屋敷に帰ってもイライラしっぱなしで、ふかふかのベッドに入って目を瞑ってもぐらぐらと煮えたぎる怒りのせいでさっぱり眠気が襲ってこない。気が付いたら朝だった。つまり、徹夜である。おかげで今日はお肌の調子がすこぶる悪いし、うっすらだけど隈まで出来てしまった。……最悪だ。あの変な男のせいで睡眠不足でストレス過多とか……ありえない。ま、こんな状況でも私の可愛さは変わらないんだけど。


 私は一枚の紙を取り出し、睨むように見つめる。



 ──ランドルフ・ブライト


 ・ブライト侯爵家次男

 ・王立学院Sクラス所属の十七才

 ・成績は優秀だが毒舌で無愛想で人付き合いが悪い

 ・基本的に一人で行動している

 ・後継である兄は現在騎士団に所属

 ・本人に婚約者や恋人の噂はない

 ・趣味は絵描き、美術鑑賞

 ・放課後はいつもどこかで絵を描いている変わり者。しかしその実力は高く、数々のコンクールで賞を取っている

 ・補足:学院の入口に飾ってある絵画。あれは国主催のコンクールでランドルフが大賞を受賞したものである──



 この紙に書かれているのは、昨日番犬たちに聞いてまとめたあの憎き毒舌クソ前髪野郎の情報である。

 私は顔を上げるとおもいっきり舌打ちを鳴らした。淑女というか女神らしからぬ態度なのは重々承知だが、今はそれどころじゃない。


 ……アイツ。どこかで聞いた名前だと思ってたけど、侯爵家の次男だったのね。それはちょっと厄介な身分だわ。まぁ、うちは身分は低いけど資産家だし王家とも仲が良いから多少の無礼は大丈夫でしょ。そういえば昔、私の美しさを気に入った王家から嫁にほしいって言われてたのよねぇ。結局年の近い王子がいなかったから婚約は無理だったし、私も別に王妃になりたいわけじゃなかったから流れたけど……いやいやそんな事より。クソ前髪野郎についてよ!


 Sクラスってことは隣のクラスね。趣味が絵描き……なるほど。だからあの時スケッチブックなんて持ってたのね。じめじめした暗い裏庭でこちゃこちゃとなんか描いてたってわけか。フン、根暗にはお似合いの場所だわ。ていうか、絵描きと美術鑑賞が趣味のくせに私のことブスだなんて美的感覚ないんじゃないの? そうよアイツにあるわけない。ないに決まってる!!


 昼休みになると、私はすぐにSクラスへと向かった。もちろんランドルフ・ブライトに会うためだ。だって、あの男にはまだまだ言いたいことがあるんだから!! 長い廊下をズンズンと進む。


「ローゼリア様!!」


 私の名前を呼ぶ男子生徒の声に、動かしていた足を止めて振り返る。こんなにイライラしているというのに、条件反射で顔には満面の笑みが浮かんでいた。慣れって怖いわね。


「ああ、やっと見つけた麗しの女神! 探したよ!!」


 キラキラした目でこちらを見ている男は、昨日私を裏庭に呼び出したマリーとかいう令嬢の婚約者だった。名前は忘れた。彼はやけに嬉しそうな顔をして近付いて来る。うわ……なんだか嫌な予感がするわ。


「ローゼリア様、聞いてくれ! 俺、婚約者に別れを告げたんだ! 正式な手続きはまだだけど……これでようやく一緒になれるよ!!」


 は? いやいや。ようやく一緒になれるって何? 私別にアンタと付き合う気なんて一ミクロンもないんですけど。何このポジティブな勘違い。引くわ。呆れて物も言えないとはまさにこの事である。嫌な予感は残念ながら的中してしまった。私は大きな溜息をついた。


「別れたって……どうして? 婚約者さんが可哀想だわ」

「俺はね、ローゼリア様。君のその薔薇のような素敵な笑顔を毎日見ていたいと思ったんだ。もちろん隣で、ずっとね」


 うわー、なんかイタイ発言始まったんですけど。何これポエム? ただでさえ不機嫌なのに勘弁してよ!!


「……俺はずっとずっとローゼリア様に憧れてたんだ。こんな女神のように可愛い子が恋人だったら毎日幸せなんだろうなって。でも俺なんかじゃ釣り合わないし、叶うはずないって思ってた。だから見てるだけで良いって。婚約者のこともそれなりに好きだったけど、ローゼリア様の事がどうしても諦められなかったんだ。だから勇気を出して話しかけてみたら、貴女はこんな俺ともちゃんと会話してくれて。しかも奇跡的にデートまで出来て! 最高に幸せだったよ! で、その時一緒に居て思ったんだ。もしかしてローゼリア様も俺のこと好きなんじゃないかって。だって俺の隣でずっと楽しそうに笑ってただろう?」


 なっが! うっざ! しかも超勘違い! 私は顔が引き攣らないように注意しながら口を開いた。


「いえ……気持ちはありがたいけど私、」

「俺は婚約者と別れた! だからもう二人の間には何も障害はないんだよ!!」

「いや、あの、」

「好きだローゼリア様……いや、ローゼリア!! 俺の婚約者になってくれ!!」


 いやいや人の話聞けよ勘違い野郎! コイツ初等科からやり直した方が良いんじゃないの!? ……あーあ。せっかく穏便に済ませようと思ってたのに。こういうしつこい男にはハッキリ言わないと伝わらないみたいね。そして何より、この私の婚約者になれると信じて疑わないキラキラした目が腹立たしくて仕方ない。私はもう一度大きな溜息をついた。


「ハッキリ言うけど私、貴方と付き合う気なんて一切ないから」

「……え?」

「私は貴方のこと好きでもなんでもないの。ただのお友達としか思えない。だから婚約者にはなれないわ。ごめんなさい」

「ち、ちょっと待ってよ。だってこの前一緒にデートしただろ……?」

「確かに貴方と出掛けたけど、あれはデートなんかじゃないわ。貴方が何度も誘ってきてうるさかったから黙らせるために仕方なく行っただけ。貴方の婚約者にも言ったけど、私は最初からそんな気はないの。勘違いさせちゃったならごめんなさい」

「な、なんで? 嘘だろ? だって……あんなに楽しそうに笑ってたじゃないか」

「私が笑ってたからって楽しいとは限らないわ。この世には()()()()()()()()っていう笑顔の種類があるの。貴族なら皆浮かべてるわよ? 知らない?」


 彼の瞳には、鏡でいつも見ている通りの完璧な笑顔を浮かべた私が映っていた。


「そ、そんな!」

「私急いでるからもう行くわね」


 そう言って前を向くと、がっと勢い良く腕を掴まれた。


「なんで!? 俺、ローゼリア様のために婚約者と別れたのに!!」

「知らないわよそんなこと。ていうか腕、離してくれない?」

「だって、あんなに楽しそうに……あんなに愛しそうに笑って俺のこと見てきたじゃないか!!」

「勘違いさせたならごめんなさいって言ったでしょ? 腕離してよ。痛いんだけど」

「……勘違い? そんなの嘘だ!! 絶対にローゼリア様も俺の事が好きなはずだ!」

「痛っ!」


 掴む力がギリリと強くなる。い、痛いじゃない! ていうか汚い手で触らないでよ!  ……この男かなり危険……ていうか、昨日の女といいとんだ災難だわ。こういう時に限って番犬は近くにいないし。ああもう、ホント使えない!!


「邪魔だ」


 この場をどうやって切り抜けようかと考えていると、昨日と同じ不機嫌そうな声が廊下に響く。まさかと思って声の方向を覗けば、そこには見えている片目でこちらを睨む()の姿があった。だるそうに片足に体重をかけ、わざとらしく大きな溜息をついている。


「痴話喧嘩ならよそでやってくれ。こんなとこでやられても迷惑だ」

「ラ、ランドルフ侯爵令息!?」


 自分より身分の高い男の登場に動揺したのか、驚きの声をあげる。しかし、彼はすぐにその場を取り繕った。


「失礼しました。ですが、今俺たちは大事な話をしておりまして」

「話ならもう終わりました! さっさと手を離してくださいませ!」

「いいや、まだ終わってない!」

「……とりあえず離してやれば? それ、たぶん赤くなってると思うし」


 ランドルフ・ブライトの言葉にようやく周りが見えたのか、彼ははっとして手を離した。ヒリヒリと痛む腕は奴の言う通り赤くなっている。わ、私の陶器のような白肌が……!


「女性に対する態度とは思えないな。君は少し頭を冷やした方がいいんじゃないか?」


 ランドルフ・ブライトの言葉にばつが悪そうに俯くと、彼は気まずげに走り去っていく。……どうやら昨日に引き続き助けられてしまったようだ。この、クソ前髪野郎に。私は不本意ながら口を開いた。


「……一応お礼は言っておくわ」

「いや、いらない」


 コイツっ、相変わらず腹立つわね!!


「はぁ……だから言っただろ。人の気持ちを弄ぶのはやめろって」

「弄んでなんかないわ。あっちが勝手に勘違いしただけよ」

「ま、自業自得だな。さっさと保健室に行けば?」


 見下ろしてくる彼を睨みながら、私は叫ぶように名前を言った。


「侯爵家次男、ランドルフ・ブライト!!」

「……へぇ。昨日は俺のことなんて知らなそうだったのに。調べたのか?」

「調べてないわ! 私の周りの()()()()()が教えてくれただけ。そんなことより私、貴方にどうしても聞きたいことがあるんだけど!!」

「……何だよ」


 私はキッと相手の顔を睨みつける。


「この私のどこが可愛くないのか、五文字以上十文字以内で速やかに述べよ!!」

「…………はぁ?」


 予想外の質問だったのか、ランドルフ・ブライトはぽかんと間抜け面を晒した。私は構わず続ける。


「だって、何百回何千回何万回考えてもさっぱり分からないのよ! 顔もスタイルも性格も完璧なこの私の一体どこが可愛くないっていうの!?」

「……どうだっていいだろそんなこと」

「全っ然まったく良くないわよ!! アンタのせいでストレス溜まってお肌の調子はすこぶる悪いしイライラしっぱなしで精神衛生上良くないし!! それにどうしたって納得いかない!! 考えれば考えるほど理解が出来なくて困ってるのよ!! わかったなら今すぐ答えなさいさぁ早く!!」


 私の気迫に逃げられないと悟ったのか、ランドルフ・ブライトは溜息をついて私をじっと見つめる。への字にした口を小さく開いた。


「……確かにお前は世間一般的に言ったら〝可愛い〟部類に入るんだと思う。パーツのバランスも良いし」

「え?」


 ランドルフ・ブライトから聞いた〝可愛い〟という単語に、何故かドキリと胸が鳴った。


「けど俺は、お前を可愛いとは思えない」

「だ、だから!! なんでよ!?」

「お前の笑顔が好きじゃないから」

「……は?」

「そんな作ったような()()()()の笑顔で笑われても、可愛いなんて全然まったく思えない。ブスが倍増するだけだ」


 な、な、なっ! 私は魚のように口をパクパクと動かす。あまりの衝撃に声が出なかった。私の笑顔が好きじゃないって……何よそれ。本気で意味がわからない!


「……も、」

「は?」

「文字数オーバーだから却下だわ!!」


 ようやく出た声は思いのほか大きかった。私は叫ぶだけ叫ぶと、脱兎の如く走り出した。


 ニセモノってなに? 好きじゃないってなに? だいたい、貴族はみんな笑顔の仮面をつけてるのは当たり前じゃない! みんなだって同じ笑顔なのに、なんで私の笑顔だけ気にいらないわけ!? 私はずっとこの笑顔で可愛いって言われてきたわ。誰に何を言われてもずっとずっと笑ってた。だって私は可愛いから。黙って笑ってさえいればみんな優しくしてくれるもの。だから、私の笑顔は()()()()()()()でしょう?


 気が付くと、昨日呼び出された裏庭に来ていた。私はぜえはあと荒い息を整える。


 クソ……あの男! 一度ならず二度までもこの私をブス呼ばわりするなんて……! ありえない!! あの目は絶対に節穴よ!! 美的感覚ゼロよゼロ! ……こうなったら私の可愛さを認めさせるだけじゃ気が済まない。あの男を私に夢中にさせてこっぴどく振ってやるわっ!! だって、だってそうじゃないと天使だ女神だ超絶可愛いと言われ続けて育ってきた私の高々とそびえ立つプライドが許さないんだもの!! 


 覚悟しなさいクソ前髪野郎!! 私の可愛さにメロメロにさせて、最終的には異臭を放つ生ゴミのようにポイッと捨ててやるんだから!!


 頭の中でゴングの音が鳴り響き、戦いの火蓋が切って落とされた。


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