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断言しよう。私は可愛い。
資産家と有名なエアハート子爵家長女、ローゼリア・エアハート。ブルーの瞳が映えるぱっちり二重の大きな目に筋が通った高い鼻、形の良いぷっくりとした唇、陶器のように滑らかな白い肌。更にはキュッと締まったウエストに豊満なバスト、しなやかで細長い手足。ウェーブがかった長いピンクブロンドの髪をなびかせて外を歩けば、男子諸君の視線は全員私に釘付けだ。まさに神から与えられたパーフェクトフェイス。そしてボディ。
両親には小さな頃から蝶よ花よと育てられ、親族はもちろん、初対面の人や知り合い、すれ違う街の人々、とにかく老若男女会う人みんなに〝なんて可愛い! 天使のようだ! こんなに可愛い子は見たことがない!〟と言われ続けた。幼い私がニコリと微笑んで挨拶をすれば、〝可愛いだけじゃなく礼儀作法もちゃんとしているなんて完璧じゃないか!〟と褒められる日々。
欲しい物は全て手に入った。毎日たくさんの人からプレゼントが山のように贈られてきたし、上目使いでさりげなく「あれ、いいなぁ」なんて言えば、翌日には誰かが買ってきてくれたから。ぬいぐるみも、花も、オルゴールも、髪飾りも、ドレスも、ネックレスも、宝石も、全部。もちろんお礼を言うのは忘れない。心から嬉しそうな笑顔を浮かべて「ありがとう」と告げれば、次に会う時もプレゼントを用意してくれた。私は自分の〝可愛さ〟という武器を、物心付く前から自然と使いこなしていたのである。
年頃になると、私の呼び名は天使から女神へと変わっていった。おそらく可愛さに美しさが加わり美貌のレベルが上がったからだろう。納得だ。それと同時に、この整った容姿ゆえの宿命なのか、美しい花の蜜を求めてまとわり付く害虫の如く、男の子が次から次へと私の元にやって来ては可愛い好きだ愛してると甘い言葉を囁いてくるのが日常となった。正直そんな言葉は聞き飽きているのだけれど、可愛くて優しいまさに女神のような私はそんなことは口にしない。代わりに照れたような笑みを見せ、「本当に? ……嬉しいわ。ありがとう」と控えめに言葉を添える。そうすると相手はぽっと頬を赤く染め、ますます私の虜になる。私を崇め奉り、言うことをなんでも聞いてくれるようになるのだ。
貴族のご子息ご令嬢が通う王立学院の初等科に入学してから高等科の現在まで、可憐で可愛い私は男子の憧れ、所謂モテ女街道のトップを余裕で走り続けている。まさに思い通りの勝ち組人生。楽勝すぎてつまらないくらいだわ。
──しかし、どんな人生にも障害は付き物だ。
そう。可愛すぎて異性にモテまくる私のことを気に入らないという、非モテ令嬢の皆様である。彼女たちは超絶的に可愛くて美しい私のことを嫉妬という名の醜い刃で次々と切りつけてくるのだ。ま、そんなの痛くもかゆくもないんだけどね。むしろ嫉妬なんて本当に醜くて可哀想。……同情しちゃうわ。
だって、超絶可愛くて美しい私のことは私に憧れている男子たち、通称番犬の皆様がいつも守ってくれるもの。私が少しでも傷付いた顔をしたり、ちょっと泣き真似をしたりすれば番犬たちは私を傷付けた相手に勝手に噛み付いて駆除してくれるのだ。おかげでこっちは手を出さなくて済むし、か弱いイメージが付いて更に人気が出るしで一石二鳥。教師だって、私がちょっと眉尻を下げた困り顔で相談を持ちかければ簡単に味方についてくれる。おかげで女子生徒からの風当たりは強くなる一方だけど、そんなの知ったことじゃないわ。
友達? 何それ美味しいの? そんなの私には不要だわ。だって、友達なんていう偽りの存在に何の意味があるの? 貴族の娘として人脈作りが大事っていうのは理解してるわ。でも、友達なんて作ったってどうせ影で悪口言ったり私の可愛さを利用したりでろくなことがないじゃない。そんなのまっぴらごめんだわ。私は他の方法で人脈を作るから別にいいの。それに、同じ偽りの存在なら、みんなにチヤホヤされてる方が全然マシでしょう?
そんな人生を送り続けて、早十七年。
*
「ちょっと貴方!! 聞いてますの!?」
目の前には悪魔のような怖い顔をしたご令嬢。私の後ろには白くて硬い壁。
勘のいい人はお察しでしょう。私は今、学院の生徒であるご令嬢の集団に呼び出され、あれやこれやと責められている真っ最中なのである。一体何度目の呼び出しだろう。こんな状況には慣れてるけど、いい加減嫌になっちゃうわ。可愛い子の宿命は重い。それより、番犬は何やってんのよ。こういう時こそ私を守るべきでしょう? まったく。役に立たないんだから。
現在の私は美しさと可愛さに磨きがかかり、天使、女神だけでは飽き足らず、妖精姫、国家の至宝、傾国の美女などと呼び名が増えるほどの美貌を持っている。これは思い込みでも自意識過剰でもなく、客観的に見た揺るぎない事実。その証拠に私を守る番犬は増える一方だ。それに比例して、嫉妬の鬼と化した女の子達からの呼び出し回数も順調に増えているけれど、そんなの別にどうでもいい。ちょっと面倒くさいけど、美少女の宿命として受け入れるしかない。
こういった呼び出しの原因はみんな似たようなもので、「私の婚約者を惑わさないで!」とか「なんとか様の想い人に手を出すなんて最低!」とか「殿方を弄ぶのはやめて!」とかそんなものばかり。……まったく。好きな男が自分に振り向いてくれないのを私のせいにするのはやめてほしいわ。嫉妬なんかする前に自分磨きでも頑張ればいいのに。ま、どんなに頑張っても私の可愛いさには敵わないだろうけど!
……さて、今回は何が原因で呼び出されたのかしら。私を追い詰めている令嬢の後ろには腕組みをしてこっちを睨む令嬢数名。そして、グズグズと鼻を鳴らしながら泣きじゃくっている令嬢一名。
「この状況で無視するなんて……! 殿方からチヤホヤされて調子に乗ってるんじゃなくて?」
「大体貴方、男性に媚びばかり売って恥ずかしくないの!?」
「そんなんだから友人の一人もいないのよ!」
浴びせられる罵声も負け犬の遠吠えにしか聞こえない。あーあ。外見だけじゃなく心まで醜いなんて本当に可哀想な人たち。私ははぁ、と哀れみを込めた溜息をついた。
「媚びを売っても買ってくれる人がいないからって八つ当たりしないでくれます? 見ててカワイソウになっちゃうわ」
「はぁ!?」
「それに私、媚びなんて売ってないわよ? だってそんなもの売らなくても殿方の方から勝手に集まってくるんだもの。これは仕方ないじゃない?」
目の前の令嬢たちが反論出来ず言葉に詰まっている。ふふんっ、私が正論を言っている証拠ね!
「貴方って本当に癪に触りますわ!!」
「二重人格! 性悪女!」
「正直に言って、わたくしたちは貴方の性格が悪かろうが男性に媚を売ってようがどうでもいいのです。ですが! 友人であるマリーの婚約者を誘惑されたと聞けば黙っていられませんわ!!」
あー、なるほど。彼女たちは儚い友情と変な正義感に突き動かされたわけね。ええと、今の話を聞くと……あの真ん中でメイクが崩れるのも気にせず泣きじゃくってる子がマリー様ってことかしら? それにしても、私は媚なんて売ってないし裏表のない正直な性格の超絶可愛い美少女よ? 言いがかりはやめてほしいわ。はぁ。これだから女は嫌なのよまったく。で、そのマリー様の婚約者ってのはどの番犬のこと? 私に声を掛けてくる男が多すぎるからさっぱりわかんないんだけど。本当に。でも、これだけは確実に言える。
「ハッキリ言っておくけど、男性に対して私から誘惑したことは一度もないし、誘惑するつもりもないわ」
名誉のために言っておくけど、私は別に人の婚約者や恋人に手を出すようなことはしていない。告白や求婚だって数えきれないほどされているけど、それに応えたことはない。つまり、付き合ったことなんて人生で一度もないのである。だってほら、私が誰かのものになったらみんなが悲しむでしょう? あ、声をかけられたら一緒に出掛けたり遊んだりはしてるよ? でもそれは友達としてだし、護衛もついてるからそこまで問題じゃない。ま、そのせいで一部の令嬢に男たらしとか悪女とか陰口を叩かれているのは知ってるけど、別に気にしてないわ。
「ところでええと……その、マリー様? の婚約者様って誰かしら? たくさん声をかけられるからどの人か思い出せないんだけど」
「し、しらばっくれないでよ!! こないだデートしてたでしょう!? 私との約束をすっぽかして!! 貴方と!! し、証拠の写真だってあるんだから! ほら!」
目の前に突きつけられた写真に写っていたのは、鼻の下を伸ばしたアホ面男と文句のつけようのない超絶美少女が並んで歩いているツーショット。これって隠し撮りよね? わぁ、こうやって客観的に見ても私ってやっぱり超絶可愛いわ! だって不意打ちでこの可愛さでしょう? やっぱ私女神だわ〜。
なんて思いながら隣の男に目をやると、ようやくその存在を思い出した。あー、この男。あまりにもしつこく誘ってくるから、黙らせるために一回だけ遊びに行った男だ。これはたぶん……カフェに行った帰りね。ていうか婚約者持ちだったなんて聞いてないんだけど。確認した時は恋人も婚約者もいないって言ってたじゃない。……まったく。こうなるのが面倒だからわざわざ確認してるのに。婚約者がいるならちゃんと言ってよね! そしたら一緒に出掛けなかったのに。あー……めんどくさ。
「確かに二人で出掛けたけど、それはただカフェに行こうって誘われたから行っただけ。誘惑したとか手を出したとか言われるのは侵害なんだけど?」
「だって!! 婚約破棄するって言い出したのよ! 貴方と婚約するからって!!」
「はぁ!?」
何それ聞いてないんだけどふざけんな! あの男、たった一回遊びに行っただけでこの私と婚約出来ると思ったわけ? はぁ? 正気? こんな不誠実な男と婚約なんてするわけないじゃないバカじゃないの!?
「マリー様。私、その方と婚約するつもりなんて一切ないわよ? 何度も言うけどこれはカフェに誘われただけで、」
「うるさいっ!! よくも私のチャールズ様を……! 許さないんだから!!」
「いや、ちょっと落ちついて。精一杯着飾ってそこそこ可愛くなってるのに、そんなに怒ったら可愛くなくなっちゃうわよ?」
「なっ!?」
「それより、婚約者の心変わりを人のせいにしないでほしいんだけど。そりゃ私に惹かれる男性陣の気持ちは痛いほどよく分かるけど、私にはそんな気一切ないし。わかる? 言い寄られるのも迷惑なのよ。責めるなら私じゃなくて婚約者を責めてくれる? 私が美人で可愛いからって私に当たるなんてバカみたい」
「はぁ!?」
「リチャードだかチャールズだか知らないけど、そんなにその男が好きならしっかり繫ぎとめておきなさいよ。婚約者なのにそんなことも出来ないの?」
「こ、このっ! 性悪女っ!!」
彼女の目が憎しみの色に染まる。……あ。経験上これちょっとヤバいやつだわ、殴られる。言っとくけど私の顔に傷つけたらタダじゃおかないんだからね!! 十倍返ししてやる!! 私より爵位が高かろうが、資産家の我が子爵家を敵に回すとどうなるか思い知らせてやるわ!!
右腕が大きく上げられた瞬間、私はパッと目を瞑った。──だが、