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<グークハール>
……くっくっくっく。さぁ、どうする? イレイラ?
これは、クラームをこちらの仲間に引き入れた時と同じ手法だ。
……人質を手に入れた俺の方が、圧倒的にイレイラよりも優位な立場に立っている。
確かにイレイラは、尋常ならざる力を持っている。
それはもう、十分過ぎるほどにこの身で味わっていた。
イレイラ個人の能力は高く、精神力もあるだろう。
だから、イレイラ本人を窮地に追い込もうとしても、それは彼女には通じない。
しかし――
……自分以外の人間の命がかかっている時、お前はどうするのかな?
人質としての利用価値がないと言いながら、この侍女がずっとイレイラと行動を共にしていることは把握している。
口では色々と言えるかもしれないが、実際にこの侍女の命が危なくなれば、流石のイレイラだって狼狽するだろう。
……そうなればもう、ペースはこちらのものだ。さぁ、俺の前でひれ伏すがいい、イレイラ!
そう、思っていたのだが――
「な、何を勝手に動いているんだ、イレイラ!」
「さっきも説明したではありませんの? 私、ストレスがたまると勝手にキチゲ解放で相手を張り倒してしまいますのよ」
そう言っている間にも、イレイラは兵士をまた一人、床に沈めていく。
イレイラは自分を捕らえようとする兵士たちを、まるで踊るように躱していく。
闘牛士もかくや、というより、ワルツを踊っているような優雅な歩みだ。
その動きに、兵士たちが誰一人としてついていけていない。
捕まえようと飛びかかるも、その手はすべて空振りで、ひどい時には兵士同士がぶつかって転がっている。
スカートを揺らしながら動くイレイラの動きは洗練されており、どこを切り取っても一流の芸術品のようにも見えた。
「ぐ、グークハール王子! こ、これからどうされるおつもりですかっ!」
兵士の言葉に、俺は自分の意識を引き戻す。
顔を横に振り、俺は歯ぎしりしながら口を開いた。
「イレイラ、貴様、本当にこの女がどうなってもいいんだな!」
「ですから、私の意志ではどうにもならないと言っているではありませんの?」
イレイラが踊れば踊るほど、勝手に兵士たちが転がっていくという摩訶不思議な事象を前に、彼女は優雅に微笑んだ。
「そもそも、別の意味でもイナは私にとって人質としては使えませんわよ? グークハール」
「何だと? それは、一体どういう意味だ?」
「私の侍女は、自分の主の足を引っ張るような不出来な存在ではありませんもの」
床を、イレイラが心地良いリズムで足音を刻んでいく。
スタッカートのリズムでイレイラの足が動き、周る体に引かれるように彼女の髪がたなびいていく。
宙に弧を描くようなそれらに兵士が手を伸ばすも、暖簾に腕押しどころか、触れることさえ叶わない。
逆にイレイラに触れられた兵士たちは、縦や横へと綺麗に回転し、床に転がっていく。
このままでは、本当にイレイラが兵士たちを全て倒してしまいかねない。
俺は苛立ちながら、口を開く。
「ふ、ふざけるな! こんな、こんな事が許されるわけがないだろう? どうしてお前は、いつもいつも、俺の思い通りにならないのだっ!」
出会った時は、違ったはずだ。
イレイラはただただ俺の言うことに従う、そんな従順な女だったはず。
それなのに、その関係性が変わってしまった。
全ては婚約を破棄した、あのパーティーだ。
あそこで俺とイレイラの関係は、決定的に決まってしまったのだ。
「お前は、貴様は俺の思い通りになっていれば、それで良かったんだよ、イレイラ・ヴィルムガル、どぅっ!」
最後に変な声を上げてしまったのには、理由がある。
それは、俺の急所を狙われたからだ。
怒りに我を忘れていたためか、俺はイレイラの侍女から意識をそらしてしまっていた。
いや、もちろん、逃げられないようには注視していた。
しかし、そのために侍女を自分の方へ引き寄せたのがまずかったらしい。
人質に取った侍女は、俺に引き寄せられた後。
その後ろ足で、俺の股間を蹴り上げたのだ。
脊髄反射で、体がくの字となる。
頭の中が真っ白になり、体の腹のそこから、何か鋭利な刃物を脳天めがけて突き刺されたかのような痛みが思考を塗りつぶす。
おほっ、とも、くふぉ、ともつかない声を上げ、空気の塊が俺の口からこぼれ落ちた。
そんな状態では、当然イレイラの侍女を捕まえたままにするのは難しく、俺の手から侍女は簡単に抜け出していく。
「イレイラ様っ!」
「よくやりましたわね、イナ」
「はい、私、やりました!」
「ぐ、グークハール王子っ!」
股間を抑え、うずくまる俺を、周りの兵士たちが心配そうに駆け寄ってくる。
彼らに背中を擦られながら、俺はイレイラとその侍女の禍々しい会話を聞いていた。
「どうでしたの? イナ。ちゃんと潰せましたの?」
「すみません、イレイラ様。なにぶん、初めてだったもので、上手く潰せたのかまでは自信がありません……」
「まぁ、仕方ありませんわね」
「申し訳ありません、イレイラ様」
「いいですの? イナ。次やる時は、踵を上げるだけではダメですわよ? 踵を上げながら、飛び上がるように蹴るのです。そうすれば一部だけでなく、全体をまんべんなく押しつぶすことができるのです。さぁ、試しにやってごらんなさいな?」
「こう、こういう、感じ、でしょうか?」
「違いますわ、イナ。こう、足を槍のように突き上げるのです。今のままでは、威力が弱すぎますわ」
「わかりました。こう、こういう感じでいかがでしょう?」
「ええ、だいぶ良くなってきましたわね、イナ。次同じ様に捕まった時は、その足の動きを思い出すのです。そして淑女を羽交い締めするような野蛮な輩を、全て潰して差し上げるのですわ」
「流石でございます、イレイラ様。これからは、こう! やって、必ずや潰してご覧にいれます!」
もはやイレイラたちが、わざわざ何を潰す練習をしているのか、語るまでもないだろう。
兵士たちは蹴られたわけでもないのに、皆一様に内股となり、腰を引いている状態になっていた。
そんな中、俺は生まれたての子鹿のように足を震わせながら、壁伝いになんとか立ち上がる。
「ふ、ふざけるなっ。こ、こんな所で俺が、貴様のような貧乳のお前に負け――」
「ダッシャラァァァアアアッ!」




