27
<ジョウム>
投票所に連なる長蛇の列。その列の端に魔物の姿を見つけて、私は歯噛みをした。
……そういうことか、チュリック!
歯ぎしりする私の目は、また魔物たちを指示する年齢層の人を背負う魔物が投票所までやってきたのを捉えていた。
投票に来る人間の足、つまり馬車をコントロールしてしまえばこちらの勝利は揺るがないと、そう思っていた。
……だが、まさかこんな奇策を使ってくるとは!
モウコトに調べさせたところ、チュリックがまとめている魔物のグループは、一枚岩ではないと聞いていた。人間との共存を快く思っていない魔物たちもいる、と。
だから投票で決着をつけると決めた際、私は彼らに心象が良くならないよう、人間とは手を組みたくないと思わせるよう、悪辣な領主の言動を心がけた。それで完全に彼らは割れると、そう考えて。
だが、現実はどうだ? 魔物たちはチュリックを中心に、一致団結しているように見える。
……くそっ! 帳票所に並ぶ年齢層の比率が、午前中よりも明らかに多くなっている。
昼食時にワインを飲んでいた時には、全く考えられなかった展開だ。
私は投票所に乗り込み、開票を行っている部屋の前まで向かう。
「おい、開票状況はどうなっている? 一時間ごとに投票箱を入れ替えて、順次票の集計を行うことになっていたはずだろ? どちらが勝っている!」
「投票が完了していない時点で、関係者にそれを教えるわけには――」
「いいから答えろ! 私が始めた投票だぞ!」
「わ、わかりましたよ!」
係の者に無理を言い、今まで出した集計結果、その投票推移を確認する。
今日の投票時間は、日の出から日没まで。だが、流石に日の出から投票所を訪れる人は多くはない。まばら票が入っているだけだ。
しかし、それも正午に近づいていくと、どんどんと投票率が上がっているのがわかる。そのほとんどが、魔物排斥派のものだ。
午前中については、ほとんどの票が魔物排斥派に入ったと言ってもいいだろう。私がランチに出かける前に感じていた通り、圧倒的といっていい状況だった。
それが、午後に差し掛かったところで変化が生じた。
魔物共存派の投票が、急に増え始めたのだ。
当然魔物排斥派の票も入るため、数時間後にいきなり逆転される訳ではない。しかし魔物共存派の票数は、一時間ごとに倍に、倍に、と増えているようにも見る。
投票の推移をグラフとして描くのであれば、魔物共存派の投票推移は、一直線に伸びてくようなグラフになるだろう。こうした形になる理由は、魔物たちが遠方から高齢者を投票所に連れてきているためだ。遠い地域から順次人を投票所に運んでくるため、段々と投票数が上がっていく形となる。
一方、魔物排斥派の投票推移は、山型のような形だ。これは、私を支持してくれる人たちが、州都ウルムニムに近い場所に住んでいることが理由でこうしたグラフになる。近い人たちは集まりやすいので、最初に孤を描くように投票数が伸びていくのだ。
だが山型のグラフと言った通り、やがて投票数は落ちてくる。近くに住む若い世代の票は、早い時間に投票されるからだ。そして時間が経つごとにもう投票を終えた人たちが増えてくる。結果として、時間が経てば経つほど私を指示する票数は減ってくるのだ。
そしてここで一番重要なのは、魔物排斥派と魔物共存派のグラフの、体積になる。
……最終的に必要なのは、総投票数だ。それは各時間ごとの投票数、その合計値になる。
だが、まだ投票終了の時間にはなっていない。そのため途中まで作られているグラフから、今後の投票数を予測する必要があるのだが――
……かなり際どい状況だが、魔物排斥派の票が上回る!
完璧な予測など不可能だが、サグラール連邦国ゲルトドゥール州に住む人間の数を考えると、この予測結果はそこまで外れていないものが出せたはずだ。
……後一時間。後一時間早くやつらの投票数が増えていたら、危なかったな。
魔物をつかって、人間で投票所まで運搬する。そのアイディアを実行に移すために、途中の休憩所や宿泊場所の用意に多少時間を取られたのだろう。その分、高齢者を州都まで運び始める時間が遅れたのだ。
その一時間が、勝敗を分ける結果となった。
私は満足気に頷くと、係の者に投票結果を返す。
「無理を言ってすまなかったな。私の欲しかった結果を見せてもらったよ。どうやらそれは、これから私の望む形になるらしい。行くぞ、モウコト。もうここには用はない」
投票所を出ると、ちょうどチュリックの姿が見えた。彼は隣に立つ女性に怯えながらも、しかし顔をそらさずに話している。
チュリックのそばに立つのは、あの頭のおかしい女だった。
……確か、イララとか言ったか?
本当に、忌々しい女だ。ある日突然部屋に入ってきたかと思えば、部外者であるはずなのにも関わらずゲルトドゥール州の人間と魔物の問題に口を挟んできた。
結果として、今回のような投票をせざるを得ない状況におちいってしまったのだ。
……だが、感謝せねばならないかもしれないな。
強引にゲルトドゥール州から魔物を排除することを考えていたのだが、この投票で勝てば私は魔物排斥を推進するための大義名分を得ることが出来る。
なにせ私たちは、モウコトによる盟約の魔法をかけられているのだ。この魔法で結ばれた盟約の内容は、絶対となる。
……私が勝てば、チュリックがリーダーを務める魔物のグループはゲルトドゥール州から出ていく必要がある!
労せずして私は、私の望む結果が手に入るというわけだ。
そしてその結果というのは、日没後には私の手中に収められている。
なぜならこの選挙に、私が勝つことが確定しているからだ。
私は内心から湧き出てくる歓喜の感情を押し殺しながら、チュリックたちに話しかける。
「どうやら勝負に逃げず、真っ向から向かってきたみたいだな」
「じ、ジョウム、さん」
チュリックが揺れる瞳で私を見つめ、頭のおかしい女は呆れたような表情を浮かべている。
「あなた、ゲルトドゥール州の領主じゃありませんこと? 領主がこんな時間にこんな場所にいるなんて、仕事をサボるにしても、もう少しマシなところを選んだほうがいいですわよ」
「サボりではない。私にとっても、この選挙は非常に重要なのだ。なにせ、今後ゲルトドゥール州がどう変わっていくか、その分水嶺になるのだからな」
「そうですわね。なにせこれからあなたは、チュリックたち魔物のグループの対応について、何を笑っていますの?」
「いや、すまない。どうしてそこまで自分たちの勝利を確信できるのか、疑問でね」
こいつらの勝利がありえないのは、もう既に確定した。それなのに勝利を信じている姿が、滑稽だったのだ。
特にあの頭のおかしい女を、真正面から負かせるという事実が、愉快で仕方がない。
……笑わないように気をつけていたが、どうにもこらえきれなかったな。
私もまだまだ、精進が必要のようだ。
右手で口元を隠しながら、私は口を開く。
「色々と、知恵を絞って今日の選挙に臨んだようだが、結果は領民たちが望む形に落ち着くもの。なるべくして、なるべきようになったのだ」
「あら? まだ結果は出ておりませんのに、既に結果をご存知のような言い方ですけど」
「……当然だ。私も今日という日に備えて、支持者たちに投票を呼びかけてきたからな。君たちもよく頑張っているようだが、私は私の勝利を確信しているよ」
危ない。投票時間前に投票数を数えたことがこいつらにバレたら、またややこしい状況に発展するだろう。
もちろん不正に票数操作は行っていないが、隙を見せたらまたイララに難癖をつけられるのは明白だった。何か嗅ぎつけられる前に、ここから立ち去るべきだろう。
「それでは先程の忠告に従って、私は業務に戻るとしよう。私の勝利を信じて、な」
「……いちいち一言二言多い男ですわね。まぁ、いいですわ。チュリック。私たちが出来ることを、今は行いましょう」
「は、はい、イララさん」
彼らの言葉を背に、私は忍び笑いをもはやこらえることができなかった。せいぜい、無駄な努力を続け、そして結果を知った時、深い絶望に落ちればいい。
だが、次に聞こえてきた頭のおかしい女の言葉に、私は再度振り向かざるを得ないくなる。
イララはチュリックに対して、こんなことを言い始めたのだ。
「それじゃあチュリック。運搬が一段落した魔物から、投票にいってらっしゃいな」




