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 <チュリック>

 

「この前お前たちが襲った家畜たちの賠償をしてから、そういうことは言うんだね!」

「俺の娘は、お前たちを怖がって外に出なくなったんだぞ!」

「自分たちが窮地に追い込まれたからって、今まで力で虐げようといしていた奴らが、何言ってんのよっ!」

 魔物に対する悪意に、怨嗟に次ぐ怒声が、ボクに向けられる。

 選挙のため、市町村ごとに分かれて選挙の呼びかけを行っているが、状況は芳しくない。

 ボクと同世代のキルキオールやクールオたちは手伝ってくれるが、そもそもグラブキンおじさんたちは、もう表面的にもそんな素振りを見せようとすらしてくれなくなっていた。

「数少ない家畜を食われて、どうやって生活していけばいいんだ!」

 今日もまた、魔物との共存へ投票の呼びかけをするために訪れたスリートリーチ村で、厳しい言葉がボクに突き刺さる。

 魔物排斥の動きが強くなってから、なんとなくグラブキンおじさんたちに流されていた結果、ボクらは実際、人間に対して被害を出してしまっていた。

 被害を受けた側からすれば、もうボクら魔物なんて、見たくもないだろうし、宥和の道なんて考えられないのだろう。

 それでもボクは、罵詈雑言を投げかけられながらも、必死になって頭を下げる。

「お、お願い、します! 都合の、いい事を言っているのは、わかってます! で、でも、でも、もう一度! もう一度だけ、ちゃ、チャンスを、ください! ぼ、ボクたちの、やったことの、償いをさせていただく時間を! こ、このままじゃ、ほ、本当にゲルトドゥール州は、サグラール連邦国は、ヘティオストレラ大陸は、人間と魔物が争いを続ける未来しか――」

「うるせぇ! その獣くせぇ口を閉じやがれっ!」

 通りかかった酔っ払いたちが投げた石が、ボクの額をしたたかに打ち付ける。

 顔を押さえて蹲るボクを見てゲラゲラ笑いながら、彼らは道の角を曲がっていった。傍に居たキルキオールとクールオが慌てたようにこちらへ走ってくる。

 その視界の端で、一陣の継ぎ接ぎだらけみたいな風が、シュババババ! と道の角へ吹き荒み、何度か奇声が聞こえて来たような気がしたけれど、それを確認する前にキルキオールたちがボクに話しかけて来た。

「大丈夫かい? チュリック」

「怪我、みせてみて? ……うん、大丈夫。血、出てるけど、目は怪我してない」

 クールオにそう言われ、石が当たった部分に手を当てる。手のひらに血がつくが、確かにこれなら、唾をつけておけば治るだろう。

 ボクは傷口の大きさがわからなかったので『変化』して、前足で負傷箇所に唾を付けていく。

 すると突然、ボクの立っている場所が、影で覆われた。

 慌てて振り向くと、そこにはグラブキンおじさんと、リヴォックおばさんの姿があった。

「な、何をやってるんです、か? お、おじさん、おばさん。き、今日は、べ、別の村に、行っていたはず、じゃ」

 自分でも、彼らがそんな活動をしてくれていないと知っているのに、そんな言葉がボクの口から零れてくる。しかし、ボクが問うたグラブキンおじさんとリヴォックおばさんは、眉間に皺を寄せて、一歩こちらに踏み出してきた。

「……それは、こっちのセリフだ!」

「あんた、何でされるがままにされてるんだい?」

 自分が傷ついたわけではないのに、グラブキンおじさんとリヴォックおばさんは、その目に怒りを湛えていた。

「……確かに、俺たちは人間を襲ったこともある。だが、それはお前の発案ではないだろう」

「そうさね。あんた、人間に手を出したあたいたちをグループから切れば、まだ選挙だって有利に進めれるだろうに。なんでそうしないのさね?」

 そう言われ、ボクは思わずキルキオールの方へ振り向いた。

「い、言ったの? キルキオール」

「……君の本意ではないのは、解ってたんだけどね。でも、グラブキンさんたちの世代にも知っておいてもらいたかったんですよ。あなたたちがチュリックを切るのではなく、チュリックがあなたたちを切る選択肢だってあるんだ、ってね」

 その言葉に、ボクは思わず俯いた。キルキオールの言う通りだ。

 それは、ボクが選ばないと決めた、選択肢だった。

 先程リヴォックおばさんが言った通り、ボクには、人間を襲おうとした魔物たちをボクとは別グループに分離させ、ジョウムさんにボクのグループだけゲルトドゥール州に残してもらえないか、交渉する余地もあるのだ。

 ……だ、だって、ジョウムさんと結んだ、め、盟約は、『チュリックがリーダーを務める』、ま、魔物のグループが、ゲルトドゥール州を出ていく、だか、ら。

 だから、おじさんたちをグループから分離させ、そのグループを生贄に生き残るという選択もあり得るのだ。

 それはある意味、現実的な落としどころなのかもしれない。

 魔物を憎むジョウムさんは、ラニさんを殺したように、人間に害をなした魔物を排斥することが出来る。

 そこで、ひとまずジョウムさんの情動のぶつけ先も出来るし、魔物から被害を受けた人間の領民たちも自分たちに被害をもたらした魔物はいなくなるので、ひとまず納得はするだろう。でも――

「で、でも、そ、それじゃあ、グラブキンおじさんは、リヴォックおばさんは、ど、どうなるん、です、か?」

 決まっている。死ぬしかない。何故なら彼らは、生贄なのだから。でも――

「そ、そんなの、ぼ、ボクは、嫌、です! だ、だって、おじさんも、おばさんも、お、おとうさんと、おかあさんと、仲、良かった、し。ぼ、ボクも、ボクらも、小さい頃から、お世話に、なってるし、み、皆、ぼ、ボクらのグループは、か、家族、みたいなものじゃ、ないです、か!」

 だから、嫌なのだ。

「も、もう、ぼ、ボク! か、家族を失うのは、嫌、嫌! です! 絶対、絶対、嫌、ですっ!」

 ボクのおとうさんとおかあさんは、二年前の流行病で、死んだ。悲しかったし、辛かった。

 でも、ボクが泣かずに、弱音を吐かずにこれたのは、間違いなく、グラブキンおじさんとリヴォックおばさんの存在があったからだ。それに――

「ぼ、ボク、まだ、『強い』魔物に、なれて、ません! おじさんとおばさんが言っていた、ぼ、ボクの、おとうさんと、おかあさんみたいな魔物のなり方を、教えてもらって、ません!」

 だから――

「だから、失えま、せん! おじさんと、おばさんは、ぼ、ボクの、おとうさんと、おかあさんの、最後の、繋がりなんです! 小さい頃から一緒にいる、ふ、二人も、ぼ、ボクの、家族なんです! だから――」

「……もう、よい。チュリック。わかった。存分に、お前の考えは、わかった」

「そうさね。わかろうとしなかったのは、あたいらの方だったよ」

 急にグラブキンおじさんとリヴォックおばさんに抱きしめられ、ボクはどういう事なのか意味が解らず、答えを求めるようにキルキオールとクールオへ視線を向ける。

「え? え、え? ど、どういう、状況?」

「だから、ぼくは言ったじゃないですか。時期尚早でもなかった、って」

「『強さ』は、いっぱい。いっぱい、『強さ』、あるから」

 ボクの疑問に答えずに、キルキオールとクールオはグラブキンおじさんたちと頷き合う。

「……そうだな。俺が、見誤っていた。いや、チュリックを子供の頃から見て来たが故に、ずっと子供のままだと思っていたのだろう」

「そうさね。チュリックは、誇り高き父ロク、母レームの息子は、立派な『強い』魔物に育ってたさね」

 それから混乱するボクをよそに、キルキオールとクールオは、グラブキンおじさんとリヴォックおばさんと、今後の選挙巻き返しについて話し始めた。

 おじさんたちが急に現れたり、そして急にグループがまとまり始めたという事実についていけず、ボクは『変化』を解かないまま、自分の中のモヤモヤを吐き出すように声を上げる。

「え、ね、ねぇ! か、勝手に、皆で、な、納得しないで! ぼ、ボク、悩んだんだよ? ず、ずっと、『強い』魔物にならなきゃ、ど、どうしてたら、な、なれるのかな? って! そ、それなのに、そんな簡単に――」

「ここになんだかいい感じで話がまとまった可愛いもっふもふの気配がしますわっ!」

「さ、最悪! 最悪の、た、タイミングで、やってきました、ね! イララさんっ!」

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