17
<チュリック>
ボクは、今日何度目になるのかわからない溜息を吐いた。
その原因は一つしかなくて、それはつまりジョウムさんと盟約を交わした、ボクらの今後を決める選挙の状況だった。
はっきり言って、上手くいっているとは言い難いのが現状だ。
その理由は、大きく二つ存在する。
……ジョウムさんが、だ、だいぶ、領民の方に、ぼ、ボクら排斥の考えを、浸透、さ、させちゃって、ますから、ね。
今回の選挙では、投票数はその地域に住む領民数とイコールだ。だから人口数が多い市町村で賛同を得られれば、ボクらはかなり有利になる。ゲルトドゥール州で一番人口数が多い都市と言えば、州都のウルムニムだ。でも、そこはジョウムさんが館を構える彼のおひざ元だし――
……わ、若い人たちは、ど、同世代の、ジョウムさんを、み、皆、支持してる、よね。
サグラール連邦国の若者が出稼ぎにいっているとはいえ、流石に国の中に若者がゼロになるというわけではない。
逆に言えば国内の数少ない働き口がある場所に若者は集中する。そう、例えば州の中心である、州都とかだ。
……しゅ、州都ウルムニムの次に、じ、人口が多いのは、モアルワイド町、だ、だけど、や、やっぱり、若い人たちの方は、お、多いです、よ、ね?
ご高齢の方もゼロというわけではないが、彼らを介護しているのは、それよりも若い世代だ。
ならばそうした介護を受ける側も、自分の子供や孫世代と変に対立するよりも同世代からの強い呼びかけなどがない限り、投票についても子供、孫たちと同じ路線を取るだろう。
つまり、票数を稼ぎたい人口数の多い市町村は、既にジョウムさん推しの状況なのだ。
……こ、この状況を覆すのは、か、かなり、む、難しい、ですよ、ね。
更に、問題はこれだけではない。もう一つの問題は、身内に存在していた。
……ぼ、ボクが、た、頼りない、リーダーだから、つ、『強い』魔物じゃないから、ですよ、ね?
イララさんが傍にいてくれる時は、あまり目立った動きはないのだ。
しかし、彼女のキチゲ解放という奇行の発生の恐れがない時、グラブキンおじさんとリヴォックおばさんが、おとうさんたちの世代の魔物を集めて、今後について色々と話しているというのを、キルキオールやクールオから聞いている。
いざという時のグループ脱出、もしくは、ボクをリーダーから降ろす件について話をしているのだろう。
ジョウムさんとボクの交わした盟約は、投票で魔物排斥の票が多かった場合、『チュリックがリーダーを務める』魔物のグループがゲルトドゥール州を出ていく、というものだ。
これはボクがグループのリーダーを降りる、もしくは、ボクがリーダーではない別の魔物のグループを作ってしまえば、他の魔物たちはこの盟約の影響を受ける事はない。
……み、皆、ぼ、ボクに、不満を、持ってるんだよ、ね。
おとうさんとおかあさんみたいに、『強い』魔物じゃないから。ジョウムさんに対して強く出られないリーダーのボクについて、見切り時を見計らっているのだろう。
一方、ボクとしては別の選択肢も存在するのだが、それをボクは選ぶつもりもないし、それでおじさんたちと交渉して、リーダーの立場に留まるつもりもない。
……で、でも、もしここで、ぼ、ボクを切った、としても、ゲルトドゥール州での、ま、魔物たちのしょ、処遇は、かわらないよ、ね。
むしろ、盟約の内容の穴を搔い潜って州に居座ったと言われれば、次の魔物排斥の動きはより大きなものとなり、本当にゲルトドゥール州内で人間と魔物の全面戦争に突入していくかもしれない。
最初こそ魔物は優勢かもしれないが、サグラール連邦国として対応に当たられたら、勝ち目はないだろう。おとうさんたちと仲の良かった、グラブキンおじさんたちを、ボクの仲間たちを、そんな目に合わせるわけにはいかない。
……そ、それに、それだけじゃ、お、終わらない、から。
全面戦争まで進んでしまえば、ゲルトドゥール州で起こる魔物排斥の動きは、この州だけで収まらないだろう。排斥される魔物は他の州に住む魔物に助けを求めるだろうし、そうなれば他の国に住む魔物たちにも声がかかるはずだ。
ヘティオストレラ大陸は、この世界でも魔物の人口比率が高い大陸だ。他の国にいる魔物たちの中で、魔物の知り合いがサグラール連邦国にいれば、助太刀に来るだろう。
そして、その助太刀をしに来た魔物の仲間が、どんどんとサグラール連邦国に集まってきて、人間側が劣勢になれば他国から兵が派遣されて、そして最終的に待ち受ける未来は、イララさん的に言えば、破滅エンド一直線。
……そ、それに、ジョウムさん、もっ!
ジョウムさんに魔物との戦争を始めさせてしまえば、先程言ったように魔物が逆に集まってくることになる。そうなればきっと一度解き放たれてしまった彼の憎悪は、ゲルトドゥール州だけで収まる事はない。
そして、それを収めるには、今しかタイミングはないように思える。
盟約を結んだあの日。イララさんの話を聞きながら、ジョウムさんは苦渋の表情を浮かべていた。
彼も、きっと悩んでいるのだ。でも、ラニさんという婚約者を失った悲しみを、その激情を、どこに向けたらいいのか、わからないのだ。
正直、それを向けられるこちら側はたまったものではないし、ラニさんを殺したわけではないボクらに八つ当たりされても迷惑以外の何物でもない。
ジョウムさんには申し訳ないけれど、きっと彼の身に起きた事象は特別なものでもなく、他の誰かにも当たり前に起こり得て、実際起こっているものなのだろう。
道を歩いていたら、突然馬車に引かれた、みたいなものだ。
引かれた側は、決して何も悪い事はしていない。でも、自分は悪くなくても、勝手に向こうの方から、不幸や災厄なんかが自分の方へ突っ込んでくることは、普通に確率的にあり得るのだ。
そして、その確率に当たってしまった理由は、特にない。
ただ何となくその場に居合わせたから、その不幸を、災厄を、最悪な形でその身で受け止めなくてはならないのだ。
だから、そんな不条理に対して、当たり前に怒りという感情が沸く。でも、それを向ける先がない。
ジョウムさんの場合は、さっきも言った通りだ。
元々魔物との宥和を考えていたからこそ、自分の育ったゲルトドゥール州の魔物にぶつけるという考え方しか、そこに住むボクらには迷惑極まりない行為に走るという結果しか、導けなかったのだ。
でも、きっとそんな間違ったやり場のない怒りを受け入れられるのも、ボクらしか、いや、ボクしか、もういないのだろう。
……だ、だって、留学前の、ジョウムさんを詳しく知っているのは、も、もう、ボクしか、いない、から。
ジョウムさんのおとうさんのニグニンさんは、失脚。そして、ボクのおとうさんも、おかあさんも死んでいる。
そして、婚約者のラニさんも。
だから、ボクだけなのだ。留学前、おにいちゃんの様に優しかったジョウムさんを知っている、あの頃のジョウムさんを知っているボクにしか、彼を止める事は出来ないのだろう。
でも、そもそもそのスタートラインにすら立つのが難しい。だって――
「今更仲良くしてくれって言われても、信じられるか!」