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 <イララ>

 

 (わたくし)は、手の甲で冷や汗を拭う。

 ポウラムヲォン子爵とサグラール連邦国の貿易の癒着までは把握していたが、サグラール連邦国側の関係者まで押さえきれていなかった。

 私の目的は、あくまであの断罪イベントに参加している来賓客の弱みを握る事で、その先にいる人たちをどうこうするつもりなんて、全くなかったからだ。

 ……でも、賄賂送ってたとか。流石にそれは、復帰させるのはキツ過ぎますのよ!

 ヤバい。まさかグークハール王子へブレインバスターかますというキチゲ解放で、こんなルートに入るとは夢にも思わなかった。

 リストの潰しこみは、初手から失敗。しかもその原因は私自身なので、完全なマッチポンプとなっている。

 ……これは、今回のルート。さっそく破滅エンドが見えてまいりましたわね。

 終わりましたわ、と思っている私の腕の中で、何かがもぞもぞと動く気配がする。

 愛おしさを感じるその動きは、私が腕に抱えたままだった、もっふもふだった。

「で、でも、ちょ、ちょっと、待ってください、ジョウムさん!」

「……なんだ? チュリック。まだ何かあるのか? 父が再度領主に返り咲く事がない今、もうお前たち魔物がこのゲルトドゥール州で生活していくのは――」

「そ、それ! それですよ、ジョウムさん! ジョウムさんは、こ、このゲルトドゥール州に住む、りょ、領民の為にボクら魔物を排斥しよう、って言ってるんですよ、ね?」

「その通りだ」

「で、でも、そ、それって、ほ、本当に、ゲルトドゥール州の領民、全員が、そ、そう、思ってるんでしょうか? す、少なくとも、りょ、領民の、ぼ、ボクら魔物は、賛成して、いませんっ!」

「……何が言いたい?」

 そう言って領主は眉を上げるが、私はもっふもふが何をやろうとしているのか、理解していた。

 

「せ、選挙を、選挙を、しましょう!」

 

 私の腕の中で、もっふもふが吠える。

「せ、選挙をして、ほ、本当に、本当に領民の人が、ぼ、ボクらとの共存に反対なら、ぼ、ボクらは、こ、このゲルトドゥール州から、で、出ていき、ます! で、でも、もし――」

「共存派が多数だったら、魔物もこの州に残して欲しいと、そういうわけか?」

「ち、違います!」

 懸命に自分の考えを告げるもっふもふを、私は腕の中に閉じ込めておくのではなく、彼の意見がどこまでも届くように、両手で掲げて見せた。

「も、もう一度、考えて欲しいん、です! ぼ、ボクたち、ま、魔物の事を! ほ、本当に、もう、一緒にいられないのかって、し、信じあえないのか、って! おにいちゃ、じゃなくて! ジョウムさんの、た、大切な人を奪ったのは、ボクらじゃないんだ、って!」

「……州の方針を決める選挙で、私個人の心情を変えさせる気か? そんなことが――」

 終わったと思い黙っていたが、話がまた違う方向へと転がっている。

 ……これは、チャンスですわね!

 そう思うのと同時に、私は口を開いていた。

「あら? それは結果的に、あなたの心情は変わらないのではなくって? でも領民が選挙で下した内容について、領主がその意見を聞き入れないというのは、果たして為政者としていかがなものなのかしら?」

「私は、選挙で私個人の信念を侵すことについての是非を問うているのだ!」

「だから、変わらないではありませんの。あなたが何を考えていようが、領民は領民の求めているものを訴えるもの。それに応えられないというのであれば、領主としてのその座を別の方に譲ればいいんですわ。譲らないのであれば、逆に投票の結果を反故にされたとなって、領民たちが反乱を起こすかもしれませんわね? いずれにせよ、領主はあなたではなくなるでしょう。まぁ、適任者はすぐには見つからないでしょうから、暫定的に前領主に就いてもらうとか、その辺りが現実的な解になるんではありませんこと?」

 そう言うと、領主は口に手を当てるようにして、何かを考え始めた。

 それを見ながら、私も自分の思考に沈んでいく。

 私が話した内容は詭弁だらけだが、どうやらまだこのゲルトドゥール州は、もっふもふたち魔物も領民という事になっているらしい。

 なら、その領主は領民の声を聞き入れる義務がある。その義務を果たさないのであれば、それはその時こちらもそれ相応の行動に移らなくてはならない。

 ……キチゲ解放とかキチゲ解放とかですわね。

 やがて領主は人を呼ぶと、部屋に一人の老執事が現れる。

 彼をジョウムが紹介した。

「彼は、父が領主をしていた時から仕えてくれていてね。執事としても優秀だが、彼は盟約の『魔法使い』でもある」

「モウコトと申します」

 執事が一礼しているのを横目に、領主が口を開く。

「盟約の魔法は、その取り決めを必ず守らせる、絶対の魔法だ。選挙で白黒つけたいというのなら、チュリック。君と私で、選挙結果について盟約を交わそう。それが出来ないのであれば、選挙はなしだ」

「……い、いいですよ。め、盟約の内容を、き、決めま、しょう」

 それから、領主ともっふもふの間で、盟約の内容について議論がなされた。

 盟約の基本的な骨子は、選挙結果で互いがどう振舞うのか? という部分だ。

 投票で魔物排斥の票が多かった場合、領主はチュリックがリーダーを務める魔物のグループがゲルトドゥール州を出ていくことを求めた。

 最初ジョウムはサグラール連邦国から出ていくことを求めたが、それは州の権限を越権していると私が横から口を出して猛反発。領主から諸々物言いがついたが、その百倍ぐらい反論を出したら、渋々引き下がった。

 そして、問題はチュリックが目指す、投票で魔物共存の票が多かった場合。

 こちらは、ゲルトドゥール州にチュリックがリーダーを務める魔物のグループが暮らしていく権利を、ジョウムが前向きに検討する、という形になった。

 これには私が口を出してチュリックに猛反発。検討だけでは弱すぎると助言したのだが、チュリックたちのグループに対してゲルトドゥール州での在住を認めると、それは永住権を認める事にほかならず、魔物側の方が得られるものが多すぎると、領主から反論があった。

 また、人より寿命の長い魔物と人間のジョウムでは、ジョウムが死んだ後も継続する内容はそもそも盟約で定められる範囲を超えているという事で、残念ながら認められず、このような形で決着となった。

 そして他の内容だが、投票はゲルトドゥール州の州都ウルムニムの投票開場で行うとし、選挙は一か月後の今日、投票時間は日の出から日没までと定めた。

 これらの取り決めに従い、私の眼前でチュリックとジョウムが盟約を結ぶ運びとなる。

 二人は向かい合って立つと、その二人の腕を、老執事が掴んだ。

 執事が目を閉じ、何かを念じるように俯くと、三人の周りに幾何学模様の魔法陣が浮かび上がる。そして、それが盟約を結ぶ二人の右腕、その甲に収束した。

 見ると、先程浮かび上がっていた魔法陣が、それぞれの右手の甲に刻まれている。

「これで、盟約は成りました。お二方とも、ご健闘をお祈りしております」

 執事にそう言われ、私たちはジョウムの館を後にした。クラームと魔物たち、そして右手の甲を見上げるチュリックと共に、私は道を歩いていく。

「それにしましても、よくあの土壇場で選挙だなんて思いつきましたわね」

 そう言うと、チュリックが照れたように笑う。

「あ、あれは、そ、その、イララさんが、ぼ、ボクたちの事を考えて、ジョウムさんに、い、色々、言ってくれてたから、ぼ、ボクも、が、頑張らないと、って、思って」

「そうですのね。ですが、これから大変ですわよ?」

「は、はい! が、頑張りますっ!」

 チュリックは嬉しそうにそう言うが、選挙で勝つ確率は、残念ながらかなり低いと言わざるを得ないだろう。

 まず領主の方だが、既に魔物排斥の動きをゲルトドゥール州に、特に若年層に浸透させている。この数を一か月でひっくり返すのは、中々難しいように思われた。

 ……勝ち目があるとするのでしたら、魔物側も領民として選挙権を持つわけですけど。

 私たちを襲ってきた時の事を思いだすと、とても彼らのグループが一枚岩だとは思えない。

 むしろリーダーであるチュリックは、彼のグループの中で少数派だ。

 ……盟約の内容は、投票で魔物排斥の票が多かった場合『チュリックがリーダーを務める』魔物のグループがゲルトドゥール州を出ていく、でしたわね。

 それはつまり、チュリックをリーダーとして認めていない魔物たちは、チュリックのグループから離脱し、新しいグループを立ち上げれば、ゲルトドゥール州に無理やり残る事も可能となる。

 盟約を結ぶ場でこの点を指摘、修正させなかったのは、あの場に来ていた離反しそうな魔物にこの可能性を気づかれないようにするため、だったのだが――

 ……一か月。勘のいい魔物なら、気づいてもおかしくありませんわね。

 中でも、グラブキンとリヴォックは、要注意だろう。

 いや、それどころか彼らは既に気づいていて、本当に危なくなった時がくれば、一斉にグループを離脱する動きを取るかもしれない。

 ……それにこの条件、いろいろと、やり方が考えられますわよね?

 そう思うものの、あのジョウムという領主がこんな抜け穴を残して盟約を結んだとは考えづらい。

 だとすると、彼の考えは――

 ……やれやれ。これはどうにも、先が思いやられますわね。

 そう思うものの、目下私にとって、他に重要な懸念事項があった。それは――

「チュリック。もう盟約は結び終えましたし、『変化』して獣に戻ってもいいんですのよ?」

 そうなのだ。盟約を結ぶ関係上、チュリックは『変化』を解いて体も大きくなり、そして普通の人間の様に、今は二足歩行で歩いているのだ。だから――

「ギーブミー! ギムミーもっふもふーっ!」

「い、嫌だよ! イララさん、ま、またずっと、か、抱えたまま、は、放してくれないじゃ、ない、かっ!」

「放すわけないじゃありませんの! もっふもふですのよ? 肉球ですのよ? むしろ、何故私に献上いたしませんの? 早くお出しなさい! さぁ、早くっ!」

「こ、交渉中は、まとも、だ、だったのに、お、終わったとたん、これ、なんです、かー!」

 悲鳴を上げ、逃げるチュリックの背中を追って、私は全速力で走り始めた。

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