15
<イララ>
領主は机に乗せられている書類の束をその腕で払いのけながら、私の方を睨む。
「せいぜい、二十歳にもなってない小娘風情が、私の心を語るな! 私の半分ほどしか生きてないくせに、私の懊悩を判った気になって、知ったかぶりをして話すんじゃぁないっ!」
……外見年齢だけで判断すると、まぁ、そう思われても仕方がないですわね。
精神年齢が私の十分の一以下しか生きていない赤ん坊にイキられても、正直失笑しか出てこないのですけれども、それを今口にしても余計周りが混乱するでしょうし、何より理解してもらえないだろう。
……でも、領主。そのようなルートは私も選んだことがありますけれど、あまりお勧めしません事よ?
百八の破滅エンドの中で、グークハールが手に入らないのであれば、代わりによりいい男を求めて、より良い未来を求めて、大陸を越えて渡り歩いたこともあった。
でも、結果はいつも通り(破滅エンド)だ。
……結局、過去に囚われている時点で、前に進んでいるように見えても、心はその場から動いておりませんもの。
だから何をするにしても、振り切ろうとした元婚約者の顔が、常に頭をちらつくのだ。
そして本当は忘れ去りたい相手のはずなのに、ずっと出会う誰かをそいつと比べてしまい、結局自分が一番求めたものが手に入らない現実に傷つけられ続けるのだ。
自分でもこんな有様なのだから、そうした状況であっても自らを律せよ、と行動を見つめなおすのを求めるのは、まだ三十中盤ぐらいの青二才には酷というものだろう。
……しょうがありませんわね。この件は、搦手で物事を進めさせて頂くことにしましょうか。
百八回も人生を繰り返していたら、似たような事は沢山経験している。
正直、私としては、このもっふもふたちがひとまず生活に困らない状況へ現在の扱いを改善させれるのであれば、どんな決着だって何でもいいと思っている。
……私、今ここで興味があるのは、もっふもふの事だけですし。
だから、ここで目指すのは暫定対応だ。
領主の心を完全に癒す、恒久対応がいきなり出来るわけがない。誰か大切な人を失った傷は、そう簡単には癒えない。
『癒しの力』を覚え、使ったとしても、心の傷まではいやせないのだ。
……だからまず、領主の魔物憎し、という心について、暫定的な決着の場を用意して差し上げる必要がありますわね。
この領主の心情の様に、拗れてしまった状況を打破する方法はいくつか存在する。
今回はそもそも論、つまり、魔物排斥を『そもそも』何故この領主は行えているのか? という事について考えてみよう。
……これは、何故出来ないのか? の要素をリスト化する考え方の、応用ですわね。
こちらがやって欲しくない事、つまり、魔物を排斥するのに必要な事リストを作って、そのリストを、逆の意味で潰しこんでいく、という考え方だ。
リスト上の全ての要素を潰せなくても、使えない要素が増えれば増える程、もっふもふたちが排斥される時間を稼ぐことが出来る。
完璧じゃなくても、より良い状態を狙い続けていけば、いずれは求めている結果に届くと、そういう考え方だ。
とはいえ、こちらも時間は有限だ。
私は死んだらまたループするだろうが、もっふもふにとっては、このルートは今回だけの人生。別のループに記憶が引き継がれるなんてこともない。
そういう観点でも、リスト上から消す要素は、消すと一番効果が高いものから消していった方がこれからの時間を有効に使うことが出来る。
……今回の場合で言うと、領主が魔物排斥に一気に大きく動けたタイミングがありましたわよね?
そのタイミングとは、ジョウムが領主の立場に着任した時だ。
それはつまり、現領主の父親、ニグニン・ニルバンの失脚が発生した時期と、重なっている。
……そういえばもっふもふも、何故領主の父親が失脚したのか、理由は知らないのでしたわよね?
もし、このニグニンという元領主の失脚を取り戻すことが出来たなら、魔物との宥和策を進めていたニグニンが領主に返り咲くことが出来たなら、今もっふもふたちが直面している問題は、解決するのではないだろうか?
……ふむ、我ながら、悪くない仮説ですわね。
潰すべきリストの一要素が決まれば、あとは行動するのみだ。
私がジョウムに問う内容は、もう決まったといってもいいだろう。
だから私は、口を開いた。
「生きて来た、と言えば、前領主は当然私どころか、現領主のあなたより年齢は上なのですよね?」
「……それは、当たり前だろう。私の親なのだから」
「では問いましょう。そもそも、何故あなたは急に前領主のニグニンから領主を引き継いだのですか?」
「それは、私が魔物との宥和策をとっていた父をワザと失脚させた、とでも言いたいのか?」
「いえいえ、ただの事実確認です。それで、どうなのです? まさか、本当にあなたがハメて殺したわけではないでしょう?」
「当たり前だ! そもそも、父はまだ生きている。どちらかというと、あれは私というより、父のミスだよ」
「……ミス?」
「ああ。父は政治家のタイプ的にいうと、内政よりも外交が得意なタイプでね。それでクルーリア王国のポウラムヲォン子爵と強い繋がりを持っていたんだ。だがどうやら、それが癒着に発展していたらしくてね。先日、それが公の場で暴露されたため、子爵は失脚。そして子爵の罪状について調査をする過程で、子爵と結びつきの強かった父が賄賂を贈り、サグラール連邦国からのワインを大量に取り立ててもらっていたという事が判明したんだ。バトレネット川付近では農業も可能で、山も近いからブドウも育つ。上手く特産品としてクルーリア王国に輸出するきっかけを作り、バトレネット川が流れる複数の州に恩を売っておきたかったのだろう。しかし、まさかというタイミングで目論見が崩れ去ってしまったよう、ん? どうしたのかね? 冷や汗なんかかいて」
「い、いえ! な、何でもありませんわよっ!」
私の口から、あり得ないぐらい裏返った声が飛び出してくる。
それ以前に、私は領主の話を聞きながら背中から流れ落ちる冷や汗を止める事が出来なかったのだ。何故なら――
……領主の父上が賄賂送ってた相手って、あのポウラムヲォン子爵じゃありませんのっ!
皆さんは、果たして覚えていらっしゃるだろうか?
クルーリア王国で私の断罪イベントが発生した際、私は来賓者たちからの批難に対抗すべく、百八回のループの中で手に入れた、何名かのスキャンダルについて暴露を行った。その一つとして、私はこんなことを口にしていたのだ。
『他にもオドゥリン・ポウラムヲォン子爵はサグラール連邦国と貿易をする様になって以降、かなり羽振りが良くなったとか。このパーティで出しているワインも、そういえば全て、サグラール連邦国産みたいですわね。これだけの規模のパーティで使われるワインが一国に偏るというのは、中々あり得ない確率だと皆さん思いませんこと?』
……い、言ってる! 先日私、公の場で、ポウラムヲォン子爵とサグラール連邦国の貿易の癒着について、ばっちり言ってますのよっ!
つまり、こういう事だ。
現在、ジョウムが領主に着任するきっかけとなる、ニグニン前領主の失脚の原因を作ったのは。
……この私ではありませんのっ!