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 <イララ>

 

 (わたくし)は部屋の入口、その木枠を壁ごと握りつぶす。折れた木片と、砕けた石が宙に舞い、よく清掃された床に落ちていった。

 そして私はその床を踏み抜かんばかりの勢いで、部屋の中に一歩踏み出す。その後ろに、当然という表情でついてきたクラームと、世にも恐ろしいものを見てしまったという表情の魔物たちが続く。

 視線を上げると、中には長い青色の髪を結んだ、緑色の瞳の男性がいた。年は三十半ばと聞いていたのだけれど、見た目の印象はもっと若く見える。

 だが特徴は、私がもっふもふから聞いていた領主像と一致していた。

「あなたですの? 私のもっふもふを虐める、悪い奴というのは」

「……もっふもふが何なのかわからんが、館の警備はどうした! 魔物の襲撃にも耐えられる人員は用意していたはずだっ!」

 その言葉を、私は鼻で笑って受け止める。

「キチゲを解放した私は、無敵ですの」

「言っている意味がさっぱりわからん!」

「はぁ? それでもあなた、ゲルトドゥール州の領主ですの? 察しが悪すぎではなくって?」

「……い、いや、さ、流石にそれでわかる人、い、いないと思います、よ? イララさん」

「キャー! 自分を貶める相手に対しても気遣いもできるもっふもふ、サイコーですわっ!」

「……そ、それは、どう、も」

 黒い毛並みに、どういうわけか金色の瞳をどんよりと曇らせたもっふもふを抱えて後頭部をクンカクンカしていると、私の抱えた獣を見て、もっふもふの(ジョウム)は目を細める。

「……『変化』しているが、チュリックか。(わたし)の施策への抗議のために、服装だけでなく言動までヤバい奴を寄こしたと、そういうことか」

「と、ところが、が、外見と言動だけじゃ、な、ないんですよ、ジョウムさん! ぼ、ボクらのグループでも、だ、誰一人手も足も出ませんでしたし、そ、それに突然、ぶ、ブレインバスターかましてくるんです! だ、だから三倍も四倍も、や、ヤバいんですよ、この人!」

 ……ああ、もっふもふが私の事を話してますわ! さいっこう! 最の高ですわっ!

 肉球を堪能し始めた私を形容しがたい表情で一瞥した後、領主は何とも言えない表情で口を開く。

「……何が何だかさっぱりわからんが、ともかく私が用意した兵はそのヤバい奴に対しては無力であり、チュリックたちも、その、なんというか、た、大変だったのだな」

「え、ええ。わ、わかってくれて、う、嬉しい、です」

「ちょっとちょっと! 待ちなさいな! あなた、私のもっふもふをクンカクンカ排斥しようとしているのですわよね? それなのに、私を通さずにもっふもふとクンカクンカ会話をするのはよしてくださらないかしら?」

「あ、あの、イララさん! は、話が進まないんで、ちょ、ちょっとだけ、ちょっとだけ、静かにしてもらってても、い、いいですか? く、クンカクンカしててもいいです、からっ!」

「じゃあ私、黙ってますわねっ!」

 もっふもふお墨付きという事で、全力でかいで吸った。

 もっふもふの敵が驚愕の表情を浮かべておりますけれど、ああ、心配なされなくても、流石に毛が抜けたり皮膚が裂ける程の無茶はしておりませんでしてよ? 私、加減が出来る女ですもの。

「そ、それで、ジョウムさん! ど、どうして、こんな、こ、こんな、突然ボクたちを除け者にするような、そんな施策を――」

「危険だから。お前たちが」

 私がもっふもふの肉球を堪能している傍ら、もっふもふとその敵が何か話し始めた。

 でも、今の私は肉球を堪能するので忙しい。

 重要な話が出たら、クラームあたりが教えてくれるだろうクンカクンカ。

「き、危険、です、か? も、もう、何年も、そ、それこそ、ニグニンさんの時から、ず、ずっと、一緒にやって来たの、に? い、今更、ぼ、ボクらが、危険だって、そ、そういうんです、か?」

「……そうだ、チュリック。私も生まれた時から、お前たち魔物が傍にいる環境で育ったせいで、認識を誤ってしまっていた。お前たち魔物は、危険だ。人間にとって、お前たち魔物は、害しか生まん存在なんだよ」

「そ、そんな! ぼ、ボクが小さかった時、い、一緒に、遊んでくれてた時も、ず、ずっと、そう思ってたんですか? ジョウムさんっ!」

「いや、あの時は、まだ――」

「な、なら、や、やっぱり、あの、ユーカックス大陸への、りゅ、留学が、留学先で、な、何か、あったんですね? そ、そうなんですね!」

「……そうだ。私は留学先で、気づいたのだよ。人間と魔物は、相容れな――。おい、そこの無精髭を生やした、君。何故右腕を回して、『巻いて巻いて』のポーズをしているのかね?」

「いや、今は肉球に夢中なんで、多分大丈夫だと思うけどよ。あまり話が長くあると、ブレインバスターかまされるんでな」

「……彼は何を言っているんだい? チュリック」

「な、何言ってるのかはわからないと、お、思いますけど、ほ、本当にそうなるんですよ、ジョウムさん!」

 ジョウムは言っている意味はさっぱり理解できないものの、このままのペースで話を続けるととてつもなく尋常じゃない事が起こると察したのだろう。

 もっふもふの敵は生唾を飲み込み、意を決したように話し始めた。

「端的に言うと、だ。私の婚約者ラニが、魔物に殺されたのだ。その魔物とラニは日頃道端ですれ違えば挨拶する中で、私とも面識があった。だが、ある日、突然殺されたのだ。理由は、特にないらしい。強いて上げれば、その魔物は資金繰りに少し困っていたみたいだが、差し迫って何かの返済期限があったというわけでもなかったようだ。それでもラニの財布の中に現金が見えた。だから魔が差したと、捕まった魔物は、そう証言していたそうだよ」

「そ、そんな……」

「だから、私は学んだのだ。人間と魔物は、相容れない。それどころか、同じ場所で生活していたら、なんとなくで殺される可能性すらある。魔物は、人間よりも強いからな。私はもう、ラニを失った時の様な悲しみの感情を得たいとは思わないし、他の領民にも同じような感情を持って欲しくはないのだ! だからこのゲルトドゥール州は、サグラール連邦国の中でも魔物のいない、領民のために、人間だけの楽園を築こうと、そう考えたのだよっ!」

「……なるほど。話は聞かせていただきましたわ。やればちゃんと話をまとめれるじゃありませんのクンカクンカ」

 肉球を十分堪能したので、私は少しだけ意識をもっふもふから現実の方へと割くことにする。

「あなたの考えはわかりました。ですが、元々魔物はこのゲルトドゥール州に住んでいた。つまり、領民と同じ扱いだったわけですわよね? 人間に例えると、既に住んでいる人々の立ち退きを求めるのであれば、それ相応の対応が必要だと、領主のあなたらなら理解なされていたんじゃありませんこと?」

「……チュリック。この女、急にまともな事言い始めたぞっ!」

「ぼ、ボクも、イララさんが、ちゃ、ちゃんとしゃべってるの、は、初めて聞きまし、たっ!」

「嫌ですわ。そんな急に褒めても、何も差し上げられるものなんてありません事よ?」

 もっふもふと領主が、信じられないものを見た様な表情を浮かべてこちらを向く。

 ……なんでそんなに息ぴったりですの? ちょっと嫉妬しますわ。

 まぁ、今はいいでしょう、と思いながら、私はもっふもふを抱え直すと、領主の方へ視線を送った。

「あなたの言い分も、解らなくはありませんわ。急に婚約者がいなくなった、その辛さ。形は違えども、その喪失感は、私も共感するものがありますし」

「……それで、そんなにヤバい感じになったのかね?」

「今の私を作るきっかけにはなり得たと認めはいたします。けれども、それだけですわ。良くも悪くも、記憶は時間と共に変わっていくもの。時間的に言えば、どんな事象でも、過去に起きた一事象でしかないのです。ですが、どうしても私たちは、その一事象について濃淡や重さという差をつけてしまいがちですの。そして、その一事象を良いものと出来るのかも、悪いものとするのかも、己次第なのです。あなたとこのもっふもふと過ごした一事象は、あなたにとって本当はどういうものですの?」

「ま、まさか、イララさんが、ぼ、ボクたちの事を思って、そ、そんな、まともな事を言って、く、くれるだなん、てっ!」

 私の言葉に感動したのか、もっふもふは目を潤ませている。

 この後絶対全力吸引しようと心に決めて、領主の方へ視線を送った。

 領主は、私の言っている事が理解できているのだろう。

 親の失脚があったとはいえ、領主を引き継いだばかりだというのに、この館に来るまでに確認した州都の様子も安定している。政治的な手腕もあり、頭は悪くないはず、なのだが――

 ……でもこういう時、感情があるというのは、やっかいですわよね。

 それはきっと、人も魔物も同じなはずだ。

 自分の大切な人を奪われて、その後も冷静で理性的な判断をし続けられるというのであれば、もはやそれは、人や魔物ではない、何か別の存在だろう。

 だから領主は、苦渋の表情を浮かべながら、こう口にするしかない。

「……君の表現が迂遠すぎて、よくわからんな。それに、ラニが死んだことを肯定することなど、私にできようはずがないではないかっ!」

「あなたの婚約者の死についての話ではありませんわ。あなたの婚約者を死に追いやった魔物を憎み、その結果昔一緒の時間を過ごしたこの子との未来をなくそうとすることについて、もう少し、考えを巡らせてはいかがかしら? と、そういうことを言っているのです」

 そう言って私はもう一歩、領主の方へと歩み出る。

「さて、問いましょう、領主。私の腕の中にいるこの子は、あなたの婚約者を、殺しましたの? 婚約者を守れなかった自分を責めるのはご勝手ですし、存分にやっていただいて結構です。ですが、過去を変えられないからと自分の傍に居るものたちに当たり散らすなんて、代わりに領民(魔物)を犠牲にしようだなんて、やっている事が子供の癇癪と同じでしてよ?」

「……黙れ。黙れ黙れ黙れ黙れ!」

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