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 <イララ>

 

 西側の方にそびえる雪を頭にかぶる山脈を眺めつつ、(わたくし)は背を伸ばすと、大きく欠伸をした。クラームの運転の休憩も兼ねて、少し森が開けた場所で休憩をすることにしたのだ。

 その無精髭の男は、私の配慮にえらく感動していたみたいなのだけれど、こちらからすると運転手が寝不足や体調不良で事故でも起こされたら困るという、それだけの理由でしかない。

 ……まぁ、本人が嬉しそうだから、私は構いませんけど。

 とはいえ、流石にいつまでも彼の都合のいい勘違いに甘えているわけにはいかないだろう。

 クラームにはクラームの人生があるし、私には私の人生(今回のループ)がある。

 ……次の村か町に辿り着いた所で、自由にして差し上げましょう。

 そう思いながらクラームの方へ視線を向けると、彼は地面を掘り起こし、竈を作って火を起こしていた。

「イララ様。逃亡の身故紅茶の様な気の利いたものはありませんが、こちらへ。お疲れでしょうから、火で温まってください」

「そんなに気が利くのに、何でずっとチンピラんなんてやってましたの? あなた」

「面目ありません……」

 騎士団のいざこざについて話は聞いていたが、別の職種で腐らずに真面目に働いていたら、クラームならそこそこの成果は出せていたように思う。

 逆に言うと、騎士団での出来事で再起をするための気力をごっそりと奪われてしまったという事なのだろうが、つくづくクルーリア王国は、人材の活かし方が下手過ぎる。

 どのループでも最終的には没落していく国なのだが、その理由もわかるというものだろう。そもそも、私の件だって――

 ……いけませんわ。もう、私には関係のない事ですのに。

 振り切ったと思ったのに、別のループでも国を捨てた事なんて何回もあったのに、またあの断罪イベントを思いだしてしまった。

 いずれ時間が解決してくれることだと他のループでも学んではいるが、ループ開始直後だとどうしても、まだふとした瞬間に思いだしてしまう。

 ……百八回も死んでいるというのに、皮肉な話ですわね。こういう感傷的な部分が残っている事で、自分の人間性を再確認するだなんて。

「イララ様?」

「……なんでもありませんわ。すぐそちらに行きます」

 怪訝気な表情を浮かべたクラームの傍に歩み寄り、彼が作ってくれた簡易のイスに座る。

 イスといっても、ただ地面の土が服につかないように大き目の葉っぱを重ねただけのものなのだけれど、こういう気遣いが今の私には嬉しかった。

 木々の間から小鳥たちが飛び立つのを横目に、私はクラームへ問いかける。

「それで、ここは今どのあたりなのかしら? 申し訳ありませんが、馬車の中で少し寝てしまいましたの。イトゥースルト山脈が見えるからおおよその位置はわかっているつもりなのですけれど、現在地がわかりませんの」

「それがわかるだけでも、大したものですよ、イララ様。おっしゃる通り、あの山はヘティオストレラ大陸の中央にそびえる、イトゥースルト山脈です。なるべく追手も近づきづらい場所を通った方がいいかと思ったもんですから、クルーリア王国、ゼルグガダール山岳国、サグラール連邦国の国境辺りを中心に馬車を走らせてきました」

「そうなると、イトゥースルト山脈が見えるのは西側。というとは、ここはサグラール連邦国ですわね? 州はどの辺りですの? クルーリア王国と国境沿いと言いますと、ヌーングリフ州かディルブリム州ですけど。あ、山沿いという事はヌーングリフ州かしら?」

「いえ、ゲルトドゥール州です、イララ様」

「ゲルトドゥール州! 随分、飛ばしましたのね……」

 ゲルトドゥール州は、クルーリア王国と国境沿いにあるヌーングリフ州を越えた先にある州だ。

 そう考えると、今私たちがいるのここは、丁度ヘティオストレラ大陸の真ん中あたりという事になる。

「馬は、大丈夫ですの? あまり無理をさせ過ぎると、走れなくなってしまいますわよ?」

「大丈夫ですよ。実は、クルーリア王国の国境を超える直前、ニヴェルメニー川で少し休憩を取っているんです」

 そう言うとクラームは立ち上がり、休ませている馬の方へと歩いていく。

 馬の鬣を撫でながら、彼は口を開いた。

「イララ様はお休みになられていらっしゃったので起こしはしませんでしたが、そこでこいつには水も餌も食べさせてますんで」

「……あなた、本当になんでチンピラやってましたの?」

 気遣いだけでなく、今後の移動を踏まえた上で馬の運用まで行える。もし彼が運搬業にでも就職していたら、かなり重宝されたはずだ。

 部隊長という複数の騎士をまとめるポジションになる候補になっていたのは知っていたが、それにしては有能過ぎる。

 ……重ね重ね、あの国に未来はありませんわね。

 そう思いながら、私は土をかけて焚火を消す。継ぎ接ぎのドレスから土を払いながら、私はクラームの方へと振り向いた。

 少し話が脱線したが、本題に入らなくてはならない。

 ……それに、あちらの対応もしないといけませんし。

 そう思いつつ、私は口を開く。

「クラーム。あなたの腕であれば、このサグラール連邦国でも職はあるでしょう。私は追われている身ですし、ここでお別れを――」

「イララ様! 暫しお静かにっ!」

 私の言葉を遮って、クラームが馬車の下に隠していた木剣代わりになりそうな木の枝を取り出し、険しい目をして周囲を警戒する。

 火を起こすための枝だけでなく、有事の際に振るうのに適した長さの枝まで用意しているとは、流石としか言いようがない。

 それに、危険察知能力も優秀だ。

 ……クラームも、気づいていましたのね。

 この距離で彼らの接近に気付けるというのであれば、クラームは護衛なしでも運送業を行えるだろう。

 そして浮いたコストは彼の収益にもなるし、競合他社とも価格面でも優位に立って営業が行える。そしてまとまった資金で人を集めて会社を起こせば、いえ、彼の腕なら融資してくれる会社だって――

 ……って、思わず経営者目線で考えてしまいましたわ。

 ヴィルムガルド家で培った習慣は、百八回死んだぐらいでは抜けてくれない。『賢者』であり『聖女』でありながら私が魔法による解決をあまり行おうとしないのは、昔から染み付いた習性のためだろう。

 頭を軽く振り、会社運営のために負った借金を何年で返済するのかという計算式を、自分の頭から追い出しておく。今は頭の中で、そろばんを弾いている場合ではない。

 ……クラームが反応してしまいましたから、『彼ら』も出てこざるを得なくなってしまいましたものね。

 本当はもう少し様子を見てこちら側の出方を伺うつもりだったのだろうが、今回ばかりはクラームの反応の良さが仇となってしまった。

 元々『彼ら』についてはクラームと別れた後で、私の方で処理しようと思っていたのだけれど。

 ……魔法をみだりに使うのも、『賢者』バレして面倒ですのよね。

 特に、一要素の魔法の習得に十年かかる人間相手だと騒がれるに決まっている。

 ただでさえクラームにはここまでの道中、私は幻覚魔法の素養があって幼少期から修業をしていた結果、弱冠十八歳で『魔法使い』になったと嘘をついているのだ。

 その嘘のおかげで、クラームはこちらが追われている原因をこちらに都合のいいように勝手に解釈してくれて私は助かった部分はあるのだけれど、それは元々長期間一緒に行動をしない前提でついた嘘だ。

 その嘘が、今は私の行動を妨げる原因になりつつあるように思える。

 ……何はともあれ、まずはこの場を乗り越えるのが最優先ですわね。

 私の魔法についてはクラームにとって既知の情報とは言え、いきなり魔法を使って騒ぎを起こしたくもない。

 ひとまずここは、会話による意思疎通を行うべきだろう。

 だから私は、制するクラームの前に立つと、腕を組んで口を開く。

「隠れていないで、出ていらっしゃいな。私、ジロジロ見られて喜ぶ趣味はありませんわよ」

 そう言い放つと、草木と枝葉が揺れて、森の中から黒い影が現れる。そしてそれは、一つではなかった。二つ、三つ、四つと、存在感がこちらにも伝わってくる。

 次に感じるのは、獣臭だ。それらを放つ彼らは殆どが巨大な体をしており、彼らが四足から二足で立ち上がると、私たちは顔を上げなければ視線を合わせる事が出来なかった。

 そしてそんな彼らの顔は、獣の顔があった。

 これは、比喩ではない。

 私たちを囲んでいた人影は、本当に、猪、虎、羊といった、様々動物に似た顔をしている。彼らは二足歩行しているものだけでなく、上空には鳥、それも鷲や梟といった猛禽類の翼を宿し、木の枝に止まっているものもいた。

 彼らの姿を認識したクラームは、呻くようにこうつぶやいた。

 

「魔物の群れ、か」

 

 魔物。それは、人間と動物以外の生物の総称だ。

 この世界には人や動物以外に、人間と同程度の知能を持ちながらも、全く異なる生態系を営んでいる生物がいる。それが、魔物だ。

 この魔物という分類には、エルフやドワーフといった種族も魔物という扱いになっている。

 ……今目の前にいるのは、どうやら獣人たちのグループのようですわね。

 この世界では、魔物よりも人間の方が人口比率が高い状況になっている。

 だがその代わり魔物、とりわけ獣人は人間よりも肉体的に力強く、嗅覚や聴覚にも優れていた。更に彼らは人間より魔法の素養も高く、寿命も長い。

 そして獣人と人の友好関係については、正直地域差がかなりある。

 ……でも見た所、いきなりこちらを襲ってこようとはしませんのね。

 もしそういった状況になるのであれば問答無用でキチゲ解放だったのだが、こちらの呼びかけに素直に応えて姿を見せたり魔法を撃ってこない所を見ると、彼らには何かしら目的があるのかもしれない。

 だからそれを確かめるため、私は口を開く。

「こんな大所帯で、一体どういった御用かしら?」

「……馬車と、荷物を置いていけ。そうすれば、命だけは助けてやる」

 そう言ったのは、猪面の獣人だった。左目が怪我でもしたのか、潰れている。鋭い角に荒い鼻息が当たり、血走る目でこちらを威嚇していた。

 この魔物たちのリーダーなのだろうか? と考えていると、羊面の魔物が肩で息をしながら、猪の獣人に向かって口を開く。

「ちょ、ちょ、ちょっと、ちょっと、ま、待って。は、早い! 移動早すぎですよ、グラブキンさん! チュリックがまだついてこれてないんですから!」

 グラブキンと呼ばれた猪の獣人は視線を私たちから外し、羊の獣人へと視線を向ける。その瞳は、苛立たし気な怒りで満ちていた。

「……チュリックは、仮にもこのグループのリーダーだ。ついてこれないってんなら、やはりリーダーは俺に変わった方がいい。そう思わないか? キルキオール」

「そうそう! 軟弱なチュリックじゃ、あたいたちをまとめりゃしないよ! そう思わないかい? クールオ」

(わたし)は、皆違って、皆、いいと思うよ? リヴォック」

 クールオと呼ばれた梟の獣人は、のほほんとしながらそう言い切る。

 一方、リヴォックと呼ばれた虎の獣人は、呆れたように溜息を吐いた。

「ちょっとちょっと、そんなどっちつかずの考え方で、本当に大丈夫なの? これからは、あんたたちの世代がこのグループを引っ張っていかなきゃならないっていうのに」

「……リーダーが弱気なら、それがグループ全体に伝播する。新しい領主になった、あいつの方針に対抗できるようになるまで、やはり暫定的に俺がリーダーを引き継いだ方が良かったのではないか?」

「ですが、チュリックを次期リーダーとするのは、先代ロクとレームの遺言。その想いを無下に出来ないから、あなたも口ではそう言いつつ、無理やりリーダーを名乗らないのではないのですか? グラブキンさん。それに、ぼくはあの遺言、時期尚早でもなかったと思いますがね」

「……お前は、やはり小賢しいな、キルキオール」

「誉め言葉として受け取っておきますよ。それにぼくはチュリックと同世代ですし、幼馴染ですから。彼の肩を持つのは――」

 

「キエエエェェェエエエェェェエエエェェェッ!」

 

 私がキチゲ解放し、大音量の奇声を発生。

 私の喚声は膨大な質量を伴って物理的な衝撃となり、辺りに衝撃波となって辺りの草木を揺らし、枝葉を揺らし、森そのものを揺らす。

 だから当然、森の中にいる魔物たちも物理的に揺れて鼓膜が激しく振動し、人間よりも鋭敏な聴覚がガンガン揺れた。

 鳥類系の獣人は翼で耳を塞げず、気絶して地面に落下。人間の様な四肢を持つ魔物も耳を塞いで蹲り、立ち上がる気配がない。振動で脳が揺れたせいか、魔物たちは皆目が虚ろだ。

 そんな魔物の方へ私は大股で歩み寄り、まとめ役っぽかったグラブキンを足蹴にして、宣言する。

「話が長すぎですわ!」

「み、身も蓋もなさすぎますが、流石です、イララ様……」

 事前にキチゲ解放を行うと告げていたクラームは、ふらつきながらもどうにかこちらへ歩いてくる。

 幻覚魔法でどうにかするから、大きな音を聞かないように耳を塞ぐ演技をしてくれと言っていたのだけれど、あれは演技でもなんでもなく、実際に耳にきているのだろう。

 事前にやる事を伝えていたので耳を塞いでいたクラームですら、この有様なのだ。不意打ちの形で食らった魔物たちが無事に立っていられるわけがない。

 ちなみに、私たちの馬車を引いてくれていた馬は泡を吹いて倒れている。あれは流石に後で介抱して差し上げなくてはと思いながら、私は改めてこちらを恐怖の目で見上げる魔物たちを見渡した。

 ……ブレインバスター以外のキチゲ解放でしたが、これはこれで悪くありませんわね。

 古来から、大声を発するというのは、ストレス解消にいいと聞く。試してみて、それは事実だったのだと、私は実感していた。

 昨晩は馬車の中で眠ったせいか少し体も硬くなっていたみたいだけど、今の一喝で心なしか軽くなっている。

 定期的にこのキチゲ解放はしないといけませんわね、と思いながら、ブレインバスター以外で初のキチゲ解放が上手くいった事に満足げに頷いていると、足元の獣人が呻き声を漏らした。

「き、貴様、な、何なのだ? 今のは。大音量を発するための身体強化に、その音声を魔法で指向性を持たせたのか? そんな発想、常人では――」

「そういう考察は、間に合ってますのよ?」

 グラブキンに最後まで言葉を紡がせず、私は自分の足に力を入れる。

 こちとら、百八回破滅エンドを迎えて死んでいるのだ。とうの昔に、常識という概念も私の中で死んでいる。

 そう思いなが視線を動かすと、体格差的に敵いようがない私が獣人を抑え込むのを見て、他の魔物たちは更に絶望的な表情を浮かべていた。

 ……ひとまず、この場の主導権は握れましたわね。

 何か事情がありそうな話もしていましたが、こちらとしては自分たちの身の安全確保が最優先。というか、そもそも敵対行動を取らなければ、私は獣人たちに何もせずに立ち去るつもりでいたのだ。

 ……別に私、魔物に恨みとかありませんものね。

「さて、いろいろ皆さん想いやお考えがあるのでしょうが、ここは大人しく私たちを見逃してくださいませんこと? こちらに危害を加えないと約束してくださるのであれば、私たちも皆様には何もせず、何事もなかったかのようにこの場から――」

「ご、ごめん! 皆!」

 そう聞こえてきた声に、私は反応した。

 恐らく、先程獣人たちからチュリックと呼ばれていた魔物が、ようやく追いついたのだろう。

 ……そういえば、リーダーの魔物がいるって言われておりましたわよね?

 どんな容姿をしているのかと思い、視線をそちらへと向ける。と――

「ぼ、ボク、走るの遅く――」

「もっふもふキタ――――――――!」

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