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3ー3 初恋



 リーズは、買ってもらったばかりの口紅を掌に握りしめた。


「貴女達すごく頑張ったから、ご褒美ね」

 高級化粧品ペリュシュ社の口紅は、若い娘の羨望の品である。

 綺麗な色の口紅も、颯爽と去っていくオドレイも、リーズを魅了した。


「ワタシもいつかオドレイさんみたいに、強くて綺麗でカッコいい、大人の女になれるかな……」

 呟きは、切なく力ない。


 本当はわかってる。こんな口紅は、まだ自分には似合わない。

 オドレイは頑張ったと褒めてくれたけど、自分達は弱かった。これまでの思い上がりが恥ずかしかった。


 魔者との戦闘の記憶は、苦く苦しく、リーズを苛む。

(悔しい)

 守られてばかりで、役に立たず。

 自分がすごく子供で、悔しかった。

(こんな子供を、フレデリクさんが相手にしてくれるわけがない……)


 でも、もし、オドレイのようになれたら。

 二十の年の差は、埋まるだろうか。

 この口紅が似合うようになったら、フレデリクに大人として見てもらえるだろうか。


(……って、違う違う違う! フレデリクさんは関係ないったら!)

 あの日から、フレデリクのことが頭から離れない。フレデリクの笑顔が思い浮かんでは、胸を締めつける。


「いつかきっと、リーズもオドレイさんみたいになれるよ」

「フ、フレデリクさんは関係ないからね!」

 ディアはなにも言っていないが、深読みしてリーズが念を押す。結果として、リーズはこの一言を後悔した。


「おれがどうしたの?」


 その声は、強がるリーズの真後ろから、完全に虚を突くものだった。

「きゃあああああーーっ!!!」

 真っ昼間の往来に、うら若き乙女の悲鳴が響き渡る。


「え!? あ、えっと、急に話しかけてごめん! びっくりさせた?」

 衆目の中、フレデリクはしゃがみこんでしまったリーズに手を差し出した。


「大丈夫? 驚かせるつもりじゃなかったんだけど……」

「大丈夫、です」

 少女はおずおずと、その手に掴まる。伏せ目がちに答え、ススっとディアの影に隠れてしまった。


「フレデリクさん、お買い物ですか?」

 ろくに話せそうもないリーズに代わり、ディアが会話を繋げる。

「シモンとレオのお見舞いに行くところなんだ。それで、レオの好物を教えてもらえたらと思って、声をかけたんだけど」

「好き嫌いないのが、レオの長所です」

「あはは、レオらしい」


 フレデリクの笑顔に目を奪われているリーズを横目に見ながら、ディアが良いことを思いついた。

「よかったら、レオの好きそうなもの、一緒に探しましょうか?」

「!?」

 眼鏡の奥で、リーズの目が必死にディアになにか訴えるが、綺麗に無視をする。


「いいのかい? 助かるよ」

 焦るリーズをよそに、ディアは抜かりなく、フレデリクの横にリーズを並ばせる。

 後は適当な理由をつけて二人にさせようと画策するが、リーズがディアの手をガッシリと握って、絶対に離そうとしなかった。






「二人共、ありがとう。助かったよ」

「いえ、別に」

 見舞いの品を選び終えたフレデリクに、元々人見知りなリーズがいつも以上にぶっきらぼうに答える。

「もう一軒、付き合ってくれるかい?」


 フレデリクに連れられて来たのは、行き道で見かけた可愛い雑貨屋だった。

 誰への見舞いの品だろう?

 不思議そうにするリーズの前で、フレデリクは店先に並べられた髪飾りを手に取った。

 それは、リーズが道すがら惹かれていた物である。


「これ、さっき見てたから。こういうのが好きなのかと思って」

 リーズのすぐ近くで、フレデリクがにっこりと笑った。

「君達に、頑張ったご褒美」

「あ、」

 リーズは、咄嗟に言葉が出てこない。


 リーズが見ていたのは通りすがりの、ほんのわずかな間だった。それに気付いて、覚えていてくれたーーそれだけで胸がいっぱいで、なんと言えばいいかわからない。

「好きじゃない?」

 聞かれ、ブンブンと力一杯首を振る。

「よかった」

 嬉しそうに目を細めるフレデリクに、リーズはきゅっと胸を押さえた。心臓が苦しい。


「リーズもディアも、よく頑張ってくれたね。君達の頑張りが、おれ達の勝利の一因であるのは確かだ」

 それぞれに髪飾りを渡しながら、フレデリクは少女達を労う。

「君達は、これからうんと強くなる。魔者と戦った経験はなににも代え難い糧となって、君達を強くするはずだ」

 それは歴戦の一級魔法使いとしての、嘘偽りない言葉だった。


 魔法学校を卒業したての彼女達にとっては大きすぎる試練、けれどそれを乗り越えた彼女達は、目覚ましい成長を遂げるはずだ。

 きっと蛹が蝶になるように、後数年もすれば見違えることだろう。


「最後まで諦めず、おれ達と一緒に戦ってくれてありがとう」

 あの戦いは、一人でも欠けたら負けていた。

 この子達がどれだけ怖くとも、逃げずに耐えてくれたからこそ、誰一人失わずに帰還できたのだ。


「フレデリクさん!」


 募る想いが、魔法使いとしてのものなのか。一人の少女としてのものなのか。

 リーズにもわからなかったけれど。


「髪飾り、ありがとうございます! 大事にします! ずっとずっと大事にします!」

「こちらこそありがとう。それが、君達の魔者を倒した記念になるなら嬉しいよ」

 フレデリクの笑みを目に焼き付け、リーズは髪飾りを大切に握りしめた。






 街路樹の木陰になっている川辺のベンチに、涼しい風が吹き抜けた。

「……違う、から」

 リーズは、川のせせらぎに紛れるような小さな声を絞り出す。

「恋、とかじゃないから」

「うん」


 精一杯虚勢を張るリーズの背中を、ディアはそっと抱きしめた。

「憧れ?」

 リーズは、ディアがお見通しなのを承知で、その思いやりに縋った。

「そう。憧れ。単なる憧れだから」

「魔法使いなら、カッコいい魔法使いに憧れるのは当然だよね」


 親子ほど年の離れたリーズが、恋愛対象として見てもらえるわけがない。それに大店の一人娘であるリーズには、両親の決めた、顔も名前も知らない結婚相手がいる。

(恋なんて、できるわけがない)

 ならいっそ、こんな想いなど認めなければいい。


 けど、憧れ、なら。


 憧れ、という名をつければ、胸に生まれたばかりの想いを、消さずにすむのではない?


「アタシも、ジル様に憧れてる。一緒だね」

 ディアがジルに抱く憧れと、リーズがフレデリクに抱く想いは全然違う。

 わかっていても、リーズはその想いを認めなかった。

 認めれば、もっと辛くなる。


 でも、恋じゃないなら。


 きっと、大丈夫ーー。


❖ お知らせ ❖


 3ー4 一級魔法使いの洗礼 は来週7/17(水)の夜に投稿を予定しています。

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