2ー48 湖上の黒城17 玉座の間 教訓
「フレデリク、ご苦労だった」
セツに労われ、フレデリクは忸怩たる思いで首を振った。
「いえ、おれの力が足りず、怪我人を出してしまいました」
フレデリクをはじめ、無傷の者はいない。中でもシモン、レオは重傷だった。
魔者を甘く見た結果である。最初から、素直にマスターの言うことを聞いていれば、誰も怪我をしないで済んだはずだ。
それても死者を出していない。その功績は大きい。
「セツ。早く怪我人を搬送しよう」
ロワメールがセツを促す。リュカにより応急処置はされているが、重傷の二人には一刻も早い治療が必要だった。
「カイが外で準備してる」
ロワメールと離れたからといって、自分の仕事を疎かにする男ではない。彼らの帰還を、万全の体制で待ち望んでいるはずだ。
「すぐに治療が受けられるはずだよ」
シモンにはオドレイが、レオにはジュール、ディア、リーズがついてる。
シモンは一番の重傷だが、オドレイの膝枕でだらしなく鼻の下を伸ばしているので、まあ大丈夫だろう。
一方レオは痛みに顔を歪めながら、持ち前の強気で元気に振る舞っていた。
「ごめん。ボク、戦闘に間に合わなくて」
「そンな顔すンなよ。ジュールのせいじゃねーし。これくらい、たいしたことねーよ」
「強がり言えるなら、大丈夫そうね」
ジュールに体を支えられて減らず口を叩くレオといつも通りのリーズに、ディアは安堵が込み上げ、これまで我慢していた涙が堰を切って溢れ出した。
「ディア!? なンで泣いてンの!?」
いつも明るいディアの涙に、レオが怪我も忘れて動揺する。
「レオ、生きてて良かったぁ。みんな無事で良かったよぉ。怖かった! 怖かったよぉ!」
生死を賭けた緊張から開放され、ディアがわんわんと大泣きする。
その泣き声に、離れている他の魔法使いも視線を向けた。共に死線をくぐり抜けた仲間達は、優しい眼差しで少女を見守る。
「ディア、泣かないでよ。ワタシまで泣けてきちゃう……」
釣られて、強がっていたリーズまでも泣き出し、少女達は抱き合って泣いた。
二人を笑う者も、非難する者もいない。
彼女達は頑張った。魔者と戦い、生き延びた。それがどれほど称賛に値するかは、ここにいる誰もが知っている。
誰も欠けずに帰還できることを、この場にいる全員が心の底から喜んだ。
セツが感知魔法で城に他に人がいないのを確認し、一行は帰途につくことにした。
気を失っていた三級魔法使いは起こされ、シモンにはランスが肩を貸し、レオにはリュカがつく。ジュールでは身長差があって支えにならないので、急遽バトンタッチだ。
「この場にいる十七人で全員だな」
「十七人?」
セツの確認に、一同が首を傾げる。
三級五人に、一級九人、それにセツとロワメール。
「一人多いよ」
「いや、十七人であってる」
ロワメールが、セツの視線を追った。三級魔法使いがいた通路に、一人の魔法使いが立っている。
赤い裏地の黒いローブに、金ボタン。亜麻色の髪に明るい水色の瞳の、背の高い青年。
ジュールがキョトンとその人を見つめた。
「兄さん、いたの?」
兄弟ならではの率直な一言が、ここにいるみんなの感想だ。
フレデリクと同等、もしくはそれ以上の戦闘力と評される炎使いは、悠々とした足取りで弟に歩み寄る。
「ジュール、怪我はないか?」
「うん。ボクはないけど……」
不穏な空気が、周囲に満ちる。
ジュールは敏感にその変化を読み取り、必死に言葉を探した。
「ジスラン、今までどこにいた?」
ジュールより先に、フレデリクが皆の疑問をぶつける。
彼らは等間隔に飛ばされたわけではない。だからここまでの到着時間にもばらつきがあるし、魔獣に多く襲われればそれだけ時間も取られる。
だが、全てが終わってから悠然と現れては、まるで終わるのを待っていたかのようではないか。
ジスランは、つまらなそうに肩を竦めるだけだった。
(ああ、兄さん、また……)
ジュールがハラハラと気を揉む。
ジスランは、とかく誤解を受けやすい人物だった。怠惰なのは事実だが、無責任ではない。しかし、それは家族だから知ることだ。
「おい!」
普段は紳士的なフレデリクが、グイとジスランの腕を掴む。
ジスランがいれば、戦局がかわった。
マスターの手を煩わせずとも、魔者を倒せたかもしれない。
シモンやレオが、これほどの怪我を負わずに済んだかもしれない。
どんなに優秀でも、それを発揮すべき時に行使しなければ意味がない。
ジュールが険悪な二人の間に割って入るより早く、声を発する人がいた。
「ジスランだな?」
セツが、ジスランの肩に手を置く。
「よくやってくれた。礼を言う」
フレデリクとジュールが目を瞠った。
「別に……」
マスターからの感謝も興味なさそうに、短く答えただけで、ついと横を向く。
ジスランは、弟を守っていただけだ。王子はついでにすぎない。
気を失った三級を魔獣から守っていたのも、その場に居合わせたからにすぎなかった。
「放してくれる?」
「あ、ああ、すまない……。ジスランは、別の役目に就いていたのか」
フレデリクが自身の早計を謝罪するも、ジスランはそれすら無関心だった。
「兄さん! すごいや! マスターのお手伝いをしてたんだね!」
ジュールは誇らしげに兄を見上げる。
「ジスランは、俺の手が回らないところをフォローしてくれていたんだ」
マスターは通路でジスランを見かけた時も、黙って見過ごしてくれた。どうも勝手が違って、ジスランは落ち着かない。
「よし、戻るぞ」
「はい!」
険悪になりかけた雰囲気も穏やかなものにかわり、マスターの号令に、魔法使いは声を揃えた。
魔法使い達は帰途につく道すがら、心に刻んだことがある。
それは、マスターを怒らせてはいけない、ということだ。
魔者と対峙するマスターは怖かった。トラウマものの怖さだった。正直もう二度と経験したくない、と誰もが心の底から思った。
しかも王子が危険に巻き込まれたというだけで、あの怒りようである。
もし王子に傷ひとつでもついていたら、どうなっていたか……。想像しただけで、寿命が縮む。
つまりマスターを怒らせない為には、死物狂いでロワメール王子を守らなければならない、ということだ。
この教訓は今後、広く深く、魔法使い達に語り継がれることとなる……。




