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2ー47 湖上の黒城16 玉座の間 薄墨

 その男を前に、薄墨は全身に鳥肌が立った。

 人間のものとは到底思えぬ魔力が、その身からは溢れている。

(痺れるようなこの感覚は、まるで我が君を前にした時と同じーー)

 その存在感に、薄墨は圧倒された。


 こんなにもゾクゾクと全身を昂らせる、その魔力。

 一目でわかった。


 こいつがマスターだ。


 他の人間とは違う。

 他の魔法使いとも違う。

 こいつはーーとても異質だ。


(ああーー)

 薄灰色の瞳を、愉悦に細める。

「確かにこれはそそられる……」


 これほどの存在ならば、手に入れたいと望むのも道理。

 思う存分戦い、壊したいと思うのも当然の帰結ーー。

 魔者は悦に入り、くくっと喉を鳴らす。


「おれが元凶なら、お前はどうするんだ?」

 セツの反応を楽しむように、なぶるように、薄墨は言葉を弄した。

「おれと戦え、魔法使い。お前とやり合えば、さぞ面白いだろう」

「………」

「どうした、怖気付いたか? そちらから来ぬなら、おれから行くまでよ」

 戦え、とセツを煽り立てる。その表情は、先程とはまるで別人のように好戦的だった。

 魔者の狙いがセツなのは、一目瞭然。

 しかし次の瞬間、予期せぬ事態にその場の誰もが絶句する。


 セツの右腕が動き、薄墨の顔を正面から鷲掴みにしたのだ。


「な……っ!?」

 薄墨が咄嗟に払い除けようとするが、魔力で押さえつけるセツの腕はびくともしない。

「貴様ッ! なにをする!? 放せ!」

「……よくも、ロワメールを危険なことに巻き込みやがって」

 地を這うような声は、聞くだけで背筋が凍るほど底冷えしていた。


 ソウワ湖に集まった人間のうち、一定以上の魔力を持つ者がこの城に転移させられている。つまり、転移したのは魔剣であり、それを握っていたロワメールは巻き添えを食っただけだった。

 だがセツは、そんな理由を知る由もない。ロワメールを危険に晒した一事が許し難く、ギリギリと薄墨を締めつけた。


「その上、ずいぶん好き勝手してくれたな」

 セツの背後には、ボロボロの魔法使い達がいる。皆、声も出せずに事の推移を見守っていた。

「放せ! おれを愚弄するか!」

「ギルドの足元でこんなことをして、俺になにをされても文句を言えると思うなよ」

「放せぇぇぇッ!!」


 薄墨の頭上に、凄まじい破壊力を秘めた複数の光球が出現する。

 フレデリク達との戦いは本気ではなかったのだと思い知らされる、高威力の魔力の塊。

 その全てが、セツに標準を合わせていた。

(あんなものを食らったら、いくらマスターでもタダでは済まない!)

 フレデリクが戦慄する。

 怒りに狂った魔者の攻撃が直撃すれば、この玉座の間どころか、城すら崩壊する……!


 フレデリクが最大出力で防御魔法を展開するより早く。

 セツがチラリと光球を一瞥した。ただそれだけで。


 全ての光球が消滅する。


 己の全魔力を注ぎ込んだ攻撃が、目の前の男に眼差しひとつで消されたのだと理解するまでに一拍の間を要し。

「貴様ぁぁぁっ!」

 薄墨は激高した。


「俺とやり合うと言ったか? お前如きが、俺とやり合えるわけないだろう」

 怒りのままに薄墨を追い詰めるセツに、フレデリクは総毛立つ。

(あれほど手強かった魔者が、マスターの前では赤子同然だ)

 視線を走らせれば、マスターの魔力に耐えきれず、三級魔法使いは気を失っていた。レオ達新人はしゃがみ込み、他の者も青い顔をしている。


 そっと足音を忍ばせ、フレデリクはロワメールに歩み寄った。

「殿下、申し訳ありませんが、マスターを止めていただけませんか?」

「え、ぼく!?」

 出し抜けに請われ、ロワメールが思わず聞き返す。

「マスターの魔力に耐えきれず、三級の人達が意識を失ってしまいました。このままでは残りの者も……。本来ならおれが止めるべきですが、すいません。怖くて近付けません」


 ロワメールは困ってしまった。

 正直に告白されても、ロワメールだって今のセツは怖い。

 だがここで、それ言うのはロワメールの矜持が許さなかった。

 魔法使いと比べて魔力がない分、直に威圧されていないだけ、まだ動ける。

 周りを見渡せば、平気そうなのはフレデリクとジュールだけで、他の者はセツの魔力に当てられ失神寸前である。


 この状況を放置はできず、ロワメールはそろそろとセツに近付いた。

「セ、セツ、あのね、ぼく、大丈夫だから。無傷だから……あの、もうちょっと……」

 抑えて……皆まで言う前に、アイスブルーの目がロワメールを一瞥する。

「お前は下がっていろ」

「は、はい……」

 本気で怒ったセツは、魔主よりも恐ろしい。ロワメールはすごすご引き下がるしかなかった。


 薄墨はセツの掌の下で、ニヤリと笑う。

 どれだけ足掻こうも、男の腕を振り払うことができなかった。

 それだけにとどまらず、この男は眼差しだけで薄墨の攻撃を無効化したのだ。

(我が君でもない限り、そんな事はできぬはずが……)

 これが、この男の力ーー。


 この男は、薄墨の予想より遥かに、遥かに強い。

(想定を超える力なら、作戦をかえるまで)

 多少の計画の狂いは構わない。

 まだ、修正できる。


「さて、答えろ。お前の目的はなんだ?」

「そうだな……」

 薄墨は、せいぜい悪者めいた笑みを唇に浮かべてみせた。

「手始めにお前を血祭りに上げ、次に、この城にいる人間を皆殺しにしてやろうか」

 この男にとって『ロワメール』が特別な存在なのは明白。そしてこの場にいる誰かだというなら、その弱点をつくと見せかけるのが最も効率的なはずである。


「ロワメールに手を出すことは許さん」

 効果はてきめんだった。セツからの圧が一気に増す。それに合わせ、薄墨の体が音を立てて氷に覆われていった。


 しかし、激したと思ったのは表面だけで、この男の内はどこまでも冷静だった。

「それで、お前の本当の目的はなんだ?」

 微動だにせず、同じ問いを繰り返す。

(陳腐な挑発に、乗りはしない、か)

 薄墨は、フッと心の中で笑った。すでに顔の半分は氷と化し、表情をかえることはできないが。


「貴様が知る必要はない」

 今はまだ、なーー。


 パキパキと音を立て急速に凍りつく体で、薄墨は満足していた。

 この男の強さの全容は掴めなかったが、片鱗は窺えた。


 氷の奥で、薄墨の双眸から光が消えていく。

 戦うことすら叶わぬ最期だが、誇り高き魔者はうっとりと笑みを浮かべた。

「ご満足いただけましたか、我が君……」

 空の玉座に向かって、恍惚と呟く。


 セツの手の中で、パリンと氷が砕け散った。

 キラキラと光を反射させながら、氷は白い霧となり、やがて空気に溶けてゆく。

 取り残された大きな白珠だけが、ゴロリと床に転がった。

 

2024/07/19、加筆修正しました。

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