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やさしい魔法使いの起こしかた  作者: 青維月也
第二話 ギルド本部編
84/220

2ー44 湖上の黒城13 玉座の間 こえー女

 ドドドドドドドドドーーッ!!


 魔者の攻撃が、玉座の間を埋め尽くした。


 魔力の輝きと地を穿つ爆音が視覚と聴覚を奪い去る、果てしなく長い刹那の後。

 オドレイに覆い被さっていたシモンが、ずるり、と地面に滑り落ちた。


「シモン……?」


 ドサリと重い音を立てて、シモンの体が床に倒れ伏す。

「シモン?」

 呼びかけても、返事はなかった。静寂が恐怖を伴い、ザラリとオドレイの背筋を撫でた。


「ねえ、シモン……? シモンってば。返事してよ」

 固く閉じた瞼は、いくら呼びかけてもピクリともしなかった。


「こんな冗談よしてよ、目を開けて、……シモン!」

 肩を掴み、どれだけ揺さぶろうと、シモンは反応しない。


「いや……嘘よ……。嘘だって言ってよ! シモン! シモン!」

 地面になげだされた肢体に、オドレイは取りすがった。


 どれだけ名前を呼んでも、シモンは返事をしてくれない。

 どれだけ話しかけても、応えてくれない。いつもみたいに憎まれ口を返してくれない。笑ってくれない。


 ついさっきまで、いつもとかわらず悪態を吐いていたのに。

 どうして、シモンは目を開けてくれないの?


 抱き上げた体から、力を失った腕がダラリと垂れる。


「オドレイさん!」

 ランスが上空から急降下し、すぐさま防御魔法を発動させた。魔者の猛攻が止んだわけではない。

 こんな所で固まっていては、蜂の巣にされるだけだ。


「オドレイさん! 気をしっかり持って! 後退を!」

 その間も光球は容赦なく降り注ぎ、他の者は二人に近付けない。

「オドレイさん!」

 ランスが必死に呼びかけても、放心したオドレイには届かない。


「まずいな……」

 フレデリクが口の中で呻いた。

 戦場で戦意を失えば、死に直結する。

 このままシモンの死が確認されれば、オドレイまで失いかねない。そうなれば、戦力が大幅にダウンする。


 オドレイはシモンを抱きしめたまま、茫然と座り込んでいた。

「……ちゃんと、好きだって言えばよかった」

 ポロリと零れた呟きは、小さく細く、吐息のように震えて後悔が滲む。


 こんなことになるなら、ちゃんと伝えればよかった。

 言う機会は、いくらでもあったのに。

 ずっと、ずっと一緒だったのに。

 明日も明後日も、一年後も十年後も、ずっと一緒にいるものだと信じて疑わなかった。

 シモンのいない未来なんて、考えもしなくて。

 くだらない意地を張って、たった一言を伝え損ねた。

 涙が、静かに頬を伝う。


「……いまの、もっかい言って」


 その涙を、不器用な指が拭った。

 ひび割れた眼鏡の奥で、シモンの瞼がうっすらと開く。

「シモン……?」


「ぃったー、意識飛んでたわ……」

 額を押さえようと、シモンが右腕を持ち上げると激痛が走った。腕だけではない。意識が戻った途端、容赦ない痛みが全身を襲った。


「いっ……!」

 シモンは奥歯を噛みしめ、悲鳴を堪える。

 これ以上カッコ悪いところを、好きな女に見せてたまるか。


 けれどその決意は、瞬きの後には脆くも崩れ去ったのである。

「えーー」


 オドレイが泣いていた。

 人目も憚らず、声を上げて、あのオドレイがポロポロと涙を流しているのだ。


「オドレイ!?」

 シモンはギョッとした。傷の痛みも忘れて慌てふためく。


「な、ど、え、オ、オドレイ???」

 ふえええっと泣き続けるオドレイに、シモンはオロオロするしかできなかった。


 戦場のど真ん中には似つかわしくない光景だったが、一同はホッと胸を撫で下ろす。

 フレデリクは大きく安堵した。

(シモンに万が一のことがあったら、女の子たちが保たなかっただろう)


 オドレイはもちろん、新人たちは戦闘で仲間を失う経験をしていないはずだ。

 そうなっていたら、こちらは総崩れを起こしてしまう。


「フレデリクさん、このままじゃ……」

 同じ危惧をリュカも抱いたのだろう。低く耳打ちする声に、危機感がこもっている。


「わかってる」

 マスターがこの場にいない以上、責任はフレデリクにある。しかも渋るマスターを無理矢理説き伏せて、この有り様だ。もし一人でも欠ければ、顔向けできない。

 フレデリクは覚悟を決めた。






 オドレイはシモンに抱きしめられ、驚きのあまり涙が止まっていた。


「後でいくらでも文句は聞くから、今は泣き止め」

「………」

「心配かけてごめん」


 シモンはそれだけ言うと体を離し、すぐにランスの横に並んだ。

「ランス、悪い。世話かけた」

「いえ。それよりシモンさんこそ、戦えるんですか?」

 彼らをずっと守ってくれていた後輩に礼を告げると、再び防御魔法を張る。


 ドドドドドドドドーッ! と絶え間ない爆音が、攻撃の激しさを物語った。

 シモンが意識を失っていた間も魔者の攻撃は続き、彼らが抜けた穴は、他の仲間達が埋めてくれている。

 この猛攻を耐え、再び反撃のチャンスを掴まねばならない。

「戦えなくても戦うさ」

 仲間に負担をかけた分、挽回せねば。


 まだ頭がフラフラする。体中がズキズキと悲鳴を上げている。右腕は使い物にならず、左手だけで魔法を支える。けれど、それがどうした。

 戦いもせず、むざむざ殺されるつもりはない。こちとら

魔法使いだ。


「オドレイ! 立て!」

「……っさい! バカシモン!」


 ゴシゴシと袖で涙を拭いて、オドレイは立ち上がりざま、魔法をぶっ放した。


「『炎刃・極級』!」

 それは大きさこそ普通の『炎刃』とかわらぬものの、威力を極限まで高めた炎の攻撃魔法である。


 炎の刃が魔者の攻撃を蹴散らし、粉砕し、魔者の頬を斬り裂いた。

 黒い髪が、宙に舞う。


 魔者に届いた二撃目、だった。


「おのれ、女! よくも、我が君と同じ黒髪を……!」

「あら、ごめんあそばせ。それは、ちょっとしたご挨拶のつもりでしてよ?」

 魔者相手に一歩も引かず、オドレイは凄む。


「あたしのシモンを傷付けてくれたお礼は、たっぷりとさせていただくわ」

「こえー女」

 シモンがカラカラと笑った。


「それでこそ、おれのオドレイ」

 ひっそりと付け加えられた一言は戦闘音に掻き消され、隣に立つランスにしか聞こえなかった。


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